第31話 聖ウァレンヌの日 その2

 沢山積まれていたパイが全て無くなり、ベラは片付けを始めた。僕達は再び祭の準備を始める。お祈りに来た人へ配る花もあるので結構な量が必要な上に、子ども達を見守りながらだと作業が全然進まない。


 だが、西日が差し込み、子ども達を見送った頃には、なんとか花を作り終え、半分位は礼拝所に飾ることができた。僕達はモモ、そして皿洗いを終えたベラと共に食堂で一服することとなった。


「ずっと気になっていたことなんだけど、モモちゃんってどこから来たのかな?」


 アシュリーが話しかけると、両手でカップを持ちながらミルクを飲んでいたモモが顔を上げた。困ったように眉を下げ、首をかしげながら、


「……kinokuni……」


 と不思議な言葉を呟く。何処かの地名だとは思うのだが、音も碌に判別できないし、思い当たる場所がない。今はぶかぶかで、黄ばんだ藍色のコットを身につけている。が、椅子にかけてある籠の材質や、顔立ちからして遠い国、下手したら南の大陸、となるともうお手上げだ。


「じゃあどうやってこの街に来たの? 歩いて?」


 ベラが身を乗り出して聞く。モモはかぶりを振った。歩きは流石に難しいのでは無いだろうか。何年かかるか分からない。


「海は渡りましたか?」


 南大陸出身なら、海を渡っているはずだ。しかし、モモは首を傾げている。海を渡った覚えがない? であれば北大陸内なのか? 釈然としない。


「船には乗りました?」


 首を振る。


「行って、山、光って……あの、部屋の中、見てない」


 モモが腕で目を覆い、机の上に突っ伏して、起き上がり、驚くような仕草をする。言葉と合わせると、まるで山に行った後、何らかの光が眩しくて目を覆い、暫くして目を開けたら知らない部屋にいた、とでも言いたげだ。


「何それ、変なの。魔法みたいね、あ、そうだ、魔法じゃないかしら? きっとそうだわ。あなた、転送魔法で来たのよ」


 ベラがガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。


「魔法だからって、何もかも都合良くはできないでしょう」


 つい、思った事を言ってしまう。


「なによ、だって魔法としか思えないじゃないの。そうだ、そろそろ仕事が終わる時間だから、ママの所に行って、できるかどうか聞いてみれば良いのよ。元いた所に帰る方法だって分かるかもしれないでしょ」


「お母さんって、魔術師ギルドにいるんだっけ」


「そう! アシュリーだって気になっていたんでしょ。だったら、行きましょうよ。ほら、モモ、急いで。会館が閉まっちゃう」


 そう言ってベラはモモを立たせ、アシュリーを引っ張りつつ食堂を飛び出して行った。モモは慌ててミルクを飲み干そうとしてむせてしまっていた。


 嵐が去った後のように静まりかえる。僕を含め残された人達がホッと胸をなで下ろした。のも束の間。襟足をぐいっと掴まれる感触がした。襟が喉に押しつけられて苦しい。


「あなたも来るのよ」

「な、なんで僕まで」


「聞いたわよ。貴族のご子息様なんですってね。もしよ、億万が一、私達が追い出されたとしても、あなたが話をしたいんですって言えば、ははー。これは失礼しました。どうぞどうぞ、って入れてくれるかもしれないでしょ」


「僕にそんな権力はありませんよ」

「良いから来るの」


 一応、貴族として扱われるのは嫡子までとなっている。抗議をしても、彼女の手が緩むことはなく、引きずり出されてしまった。

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