第19話 聖女と歌姫 最終話
今日の出来事を思い返してみると、先程からのフランの行動に、どうにも引っかかる所があったのだ。
何故、僕達が控え室に来た時、出てきた女性では無く、あの時はいなかったフランが除霊の後、僕達の元へ来たのか。何故、キャロルが僕達と一悶着あったと認識しているにも関わらず、彼女に対して無事で良かったと話したのか。何故、既に消えたはずのセイレーンがいた噴水の方を少しの間見ていたのか……。
これに関しては、僕にも見えたのだから、彼女の元へ向かう途中で実体化したセイレーンを見たのかもしれない。けれど、衣装はそのままだったから、急いで来たような感じがするし、見ていたのなら、取り憑かれていたとまでは思わなくても、実体化したセイレーンに対して驚きだの困惑だのといった反応を示すはず。どこか、辻褄が合っていないような気がするのだ。
そんな事を考えていると、僕はある妄想めいた結論に行き着いた。
フランは、キャロルが取り憑かれている事を、知っていたのではないか、と。
それが真であった場合、更に2つの考えが浮かび上がる。
1つ目は、フランが、セイレーンに取り憑くようけしかけた黒幕である、というもの。そんな手段があるのかどうかは知らないが、ベラが僕にしたことを思えば、黒魔術かなんかでできそうな気がする。
但し、これが成立するには、少なくとも、フランがキャロルを知っていなくてはいけない。呪いをかけるだけの強い動機が必要だ。端から見ていると、キャロルが一方的に羨望のまなざしを向けているように思われる。だから、この線は比較的薄いような気がする。
そしてもう1つ、フランは、精霊の類いが見える体質、つまり、ライリーやアシュリーと同類の人間である、というものだ。これならライリーが行った様に、さほど面識がなくても取り憑かれている事に気づくはずだ。
だから、できる事なら聞いてみたいと思っていた。
貴方には見えていたのですか、と。
***
馬車が止まる。扉を開けて貰い、外に出ると、祭司様、二日酔いで寝ていたアシュリー、ビル、昼間話していた聖女の方が門に押し寄せてきた。
「キャロル、キャロル、どれだけの人を心配させたと思っているの」
「ごめんなさい」
「お前らまでいなくなっちまってどうしようかと思ったんだぞ」
「ごめん」
「君達だけキャロルちゃんと一緒だったなんてずるい」
「兄さん……。後で話しますけど、結構大変だったんですよ」
僕とライリーが馬車から降りると、フランが窓から顔をのぞかせる。
「そこにいらっしゃる聖女様、宜しかったら乗っていただけませんこと? キャロルさんには、今夜私の家に泊まって頂こうと思っていましたの。ほら、ここには男しかいないでしょう? 折角だから貴方も私達とお話しましょうよ」
「お言葉は有り難いのですが……」
聖女は困った様子で祭司様の方を見る。
「今日は疲れたでしょう。ここは粗末なベッドしかないし、偶にはお言葉に甘えさせて貰ったらどうかね。それくらいなら神もお許し下さるよ」
「では、そうさせて頂きますわ」
聖女が馬車に乗り込む。その間、キャロルがこちらを手招きした。窓から手が差し伸べられる。こちらも手を出すと、彼女は勢いよく手を伸ばして、軽く握った。
「今日は遠いところまで探しに来て下さって、ありがとうございました。明日、たっぷりと怒られることに致しますわ」
「それは、仕方のないことかもしれませんね」
「あの、マルクさん。私、もう少し聖女として歌い続けようと思います。舞台で歌うのも楽しかったんですけど、ちょっと、しっくり来ないというか、私が私じゃないような気がして」
取り憑かれていたのだから、ある意味その感覚は正しいと思う。そう話す彼女の姿は、柳の下であった時よりずっと、晴れやかで、それこそ憑きものが落ちたように見えた。聖女の歌は、どうあるべきか、彼女は相応しいのか、彼女は誰の為に歌うのか、自分なりに答えが出せたのだろう。
「また歌いに来ます。今度来た時は、一緒に歌の練習しましょうね」
「ん?」
「ずっと思っていたんです。綺麗な声しているのに、調子外れで勿体ないなって、きっと沢山練習すれば良い歌を歌えるんじゃないかって」
確かに僕は歌が苦手だが、それは今関係あるのだろうか。よくよく考えれば、僕の下手な歌は、神に捧げるのに足るものだろうか。足りている、とは言えないが、きっと、大切な事は上手いかどうかじゃなくて、もっと別の所にあると思う。そう信じたい。
「はい、えっと、頑張ります。それはそれとして、えっと、キャロルさんが、いつも一生懸命歌っているところを、神様はちゃんと見ていて下さっていると思います。だから、また歌いに来て下さい」
「はいっ」
聖歌隊の歌声に憧れてここまで突き進んできた彼女、神に、迷える人々に捧げると心に決めたキャロルの歌は、多くの人の心に染み渡っていくのだと思う。
ゆっくり手を離す。カーテンが閉められ、彼女の姿は見えなくなった。そうして、馬車は、夜の闇へと消えていった。
***
馬車の中にて
「聖女様余程疲れていらしたのね」
「そうですね。申し訳なかったです」
「そう謝らなくてもいいわよ。そうだわ。……さっきの質問の答えだけれど…………。私はね、歌で色々な人に楽しんで貰いたかったのよ。その為には、聖歌隊より、演劇や、広場で演奏会開く方が良いのかしらって思ってね」
「そうでしたか。確かにフランさんは、演劇の方が似合っている気がします」
「ありがとう。そんな事より、貴方、好きなんでしょ……マッシュルーム頭君のこと」
「え、は、はあ、いえ、そ、そんな事は」
「あら可愛い。図星だったみたいね。聖職者は辞めた方が良いわよー。一応結婚できないことになっているんだから」
「それは、そうなんですけど、良いんです。それで、一緒になれなくても」
「あらら」
「あの人と同じ道を歩きたいんです。あの人が見ている景色を一緒に見たいんです。それで、十分です」
だから、私は
――あの人と一緒に歌う為に。
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