聖女と歌姫
第13話 聖女と歌姫 その1
私は
――あの人と一緒に歌う為に。
儀式では、神と英雄を称える聖歌が欠かせないものとなっている。しかし予算や敷地の関係上、聖歌隊を置くことができない。
だから、この礼拝所では、できる限り外部から聖歌隊をお招きすることになっていた。良くいらっしゃるのは、内ブラッドリーにある大礼拝所所属の聖歌隊、あと、隣村にある女性求道所所属の聖歌隊だ。彼女らの歌は特に人気がある。
参加者は歌そっちのけで、タオルやら手作りの旗などを振っている。中には、「キャロル」と刺繍されているものもあった。
ひときわ伸びが良く、澄んだ歌声が響き渡る。本来無いはずのソロパートが入る。それを歌い上げているのが、キャロルと呼ばれる少女であった。
拍手が沸き起こり、最高潮の盛り上がりを見せる。このタイミングでこっそり小さな籠を回し、寄付を募る。聖職者の立場としてお金にがめついのはよろしくないと思うのだが、合唱のタイミングで回すのが一番実入りが良いそうだ。予算が少ない中、気前よく渡してくれるのは確かにありがたい。
歌が終わると、聖歌隊は参拝者達に見送られながら、礼拝堂を後にする。いつも合唱が終わると、待機場所の食堂へ移動することになっていた。聖女の名前を呼ぶ声、手を振り答える女性達。時には花が投げられることもあった。
興奮冷めやらぬまま儀式終了の挨拶が始まる。既に席を立つ人がちらほら出始める。彼らは儀式に参加するために来ているのか、単に歌を聴きに来たのか、どちらだろう。手頃な娯楽だと思われては困るのだが。
「最近の聖歌隊はけしからん。あんな歌は神への侮辱だ」
「戦争は終わったし、流行病も治まった。平和になると神様への祈りも忘れるんだろうさね」
「だから神がお怒りになるのだ。グリフはもっと厳粛にせねばならん。最近の若者は舐めているとしか思えん」
グリフの後、片付けをしている最中、席に座ったまま談笑する老人の声が聞こえてきた。聖歌隊は至って真面目に歌っているのだろうが、囃し立てている人々は俗な感じがしていた。真剣に参加している人もいるのだ。心なしかいつもより張り切った気持ちで務めができているような気がした。
日が傾いて来た頃、ベラが遊びにやってきた。彼女は、アシュリーの元へ良く相談にやってくる女性で、黒魔女の会に所属しているという。彼に思いを寄せるものの、手当たり次第に女性を口説く所に不満を持っているらしい。2人の喧嘩に巻き込まれたこともあった。
今日は藍色のローブを身につけ、革の鞄を持っている。普段より落ち着いた格好。学校帰りみたいだ。
僕は門の周りを掃く手を止め、ベラに軽く手を振る。向こうも手を振り、駆けよってきた。
「お久しぶりです。アシュリー兄さんなら礼拝堂にいると思いますよ」
「今日はアシュリーじゃなくて。あなたに相談があってきたの」
「どうされたんですか? 一体」
「座って話をしましょうよ」
僕達は、近くのベンチに腰掛ける。広場と収穫の終わった畑を見渡すことができた。子ども達が追いかけっこをして遊んでいる。心地よい秋風が頬を撫でる。赤く色づいた葉っぱが風に乗ってはらはらと落ちていった。軽く上着をはためかせながら彼女はぽつりぽつりと話し始める。
「秋祭りの事なんだけど、あなた初めてなのよね」
「はい。ですが、元いた所でも秋に収穫祭が行われていましたから」
「そっちでも、顔のついたリンゴとかカブとか飾ったりするの? ギルドが行列の順番巡って争ってたり」
「ええ。大きなかがり火が焚かれて、一晩中騒がしくて」
「やっぱり? ねえねえ、子どもの頃、銅貨占いって無かった?」
「銅貨占い?」
知り合いが、魔除けとして銅貨を持たされたという話を聞いた事はあるが。子どもは特に狙われやすいとか。
「魔除けの銅貨を親がくれるでしょ。願い事を唱えながら噴水に向かって投げて、表が出たら願いが叶うって言われてるの。この辺でしか行われてないのかしら?」
「地域によって色々違うのかもしれませんね」
「そうねえ。とにかく、出店とかいっぱい出るから、楽しみにしててね。串焼き、あれは食べておかないと損するわよ、絶対」
「ええ、まあ」
秋祭りは元々英雄ノーヴァムの一番弟子、ルーメンの生誕を祝うものである。礼拝堂では、規模の大きいグリフが執り行われ、故人の供養や、叙階式が行われることもある。聖職者としては、羽目を外すのではなく、厳かに過ごしたいものだ。
前にいた所でそんな事を話していたら、先輩達にたかが読師が何を言っているんだ、ノリが悪い、と無理矢理飲みに連れて行かれたっけ。あの時、ふらふらしながら踊っていたのだろうか、嘲る様な笑い声が、脳裏に響く。忘れてしまおう。余り良い思い出ではない。
「ああ、話それちゃったんだけど、そう、広場で友達が歌うの。応援しに行きたいんだけど、やっぱりお祭りの時位、アシュリーと出店を回って、かわいいもの探して、美味しい物食べて、一緒に踊ってってしたいじゃない。どうしよう?」
昔を思い出している場合ではない。相談を受けているんだった。
「アシュリー兄さんと一緒にご友人の歌を聴きに行ったら良いじゃないですか」
それ程難しい話では無いと思うが、どうして悩んでいるのだろう。ベラがおおげさに肩を落とす。
「言うと思った。でも、そういうことじゃ無いのよ」
「なんでですか」
「だってね、だってフラン、あ、友達フランって言う名前なんだけど、すっごい可愛いのよ、町一番と言っても良いくらい美人なのよ、歌も上手いし、私と違って本物の金髪なのよ。アシュリーにそんな人見せたら、絶対ゾッコンよ。あたしは惨めに散るだけよ。ぜーったい駄目」
足をばたつかせ、顔を近づけながら凄い剣幕でまくし立てる。
「ま、まあ。お祭りは3日位あるのでしょう。そこは予定をすりあわせていくしかないんじゃ」
「そうね、最初の日はアシュリー駄目って言ってたし3日目は学校行って、その後、親とパレード見なきゃいけないから駄目で、夜は会でご飯食べる事になってるし……。やっぱり重なっちゃう。ああっ、あの人の事だから、早くしないと他の子とどっか行っちゃうかも、きっと行くわ、絶対行くわ」
大げさな位頭を抱えている。さてどうしたものか。黒魔女の会で集まる事になっているのなら十分ではないかと僕は思うのだが、きっと2人きりで出かけたいのだろう。
「そもそも、本人に話をしたんですか?」
「まだ」
とか細い声。
「とりあえず聞いてきたら如何です? 既に予定が入っているかもしれませんし」
「それもそうね」
彼女はおもむろに立ち上がり、大きく背伸びをした。
「じゃあ、行ってこようかな。どこにいるんだっけ」
僕は、礼拝堂を指さした。すると、彼女は軽やかな足取りでそこへ走って行った。
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