九、嫌煙家の話

 斯くして、ふかしを放棄し、ライターを手に入れ、喫煙量を増やした私であったが、その生活に立ちはだかる一人の嫌煙家がいた。彼女は、他でもない私のかつての恋人であった。

 私と彼女との出会い、彼女の魅力、幾重も重ねた言の葉の数々、などというものは読者諸君の妄想で補っていただこう。ここで大切なのは、「彼女が嫌煙家であった」という一つの事実のみである。

 さて、とは言っても、彼女と私の恋愛は距離を隔てたものであった。具体的には、車で4時間程度の距離を隔てたものであった。私は彼女が嫌煙家であることは知っていたし、彼女もまた、私が喫煙者であることを知っていた。しかし、幸い、その距離のお陰で彼女に煙が届くことはなかった。彼女に会う日は朝から喫煙を控え、非喫煙者を気取っていたことが懐かしい。いずれ同棲にでも漕ぎ着けられれば、真の非喫煙者になってやろうなどとも考えていた。なんと立派か。

が、終わりは呆気なく訪れた。


 これに関しても多くを語る必要はあるまい。煙草が主だった理由でなかったことは示しておこう。何度目かの失恋である。別に初めてのことではない。が、それでも失恋が精神衛生上よろしくないことは周知の事実である。私は大変に落ち込んだ。別れを告げる電話が切れ、その足で夜のコンビニに煙草を買いに足を運んだことが思い出される。嫌煙家と別れたのだ。もう、思う存分、喫煙が出来る。なんと素晴らしいことか。そんな訳があるか。

 そうして、また喫煙量は増加の一途を辿ることとなった。心が弱ると身体も病みたがることは、先程示した通りである。

 嫌煙家は、読んで字の如く煙草の煙を嫌う。嫌煙家に嫌われた私は「煙」に等しいのかもしれない。成程。おっと、もう終わりに近い。


 では諸君、ここらでドロン!

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