アバリシア軍の現状
ツインヘッド・ワイバーン、そしてトライヘッド・ワイバーンの検分と調査を行うため、飛空艇を上空に移動させて停泊させることになった。
複数首の魔物がいつ配備されたのかは分からないが、調査隊はそんな噂すら聞いていなかったから、おそらくここ数ヶ月の間に配備が進んだんだと思う。
俺達からすれば想定外の事態だが、さすがに放置はできないし、何よりここで帰還という選択肢は取れないから、少しでも調査して弱点なり特徴なりを把握しておかないと、どんな被害が出るかわかったもんじゃない。
見た目のインパクトもあるし、ヘリオスオーブには複数首の魔物は物語にも存在していないから、嫌悪感を抱くだけならともかく怖気づいてしまう可能性もあるから、周知しておく必要もあるしな。
その魔物、キメラと呼称することになったが、やはり予想通り、リッターもハンターもその姿に大きな嫌悪感や不快感を露わにしていた。
「キメラ、だっけ?こんな魔物がこれからも出てくるなんて、やっぱりグラーディア大陸は魔境だね」
「同感ね。正直、こんな気分の悪くなる魔物が出てくるなんて、思ってもいなかったわ」
ホーリー・グレイブのファリスさん、ファルコンズ・ビークのエルさんもご多分に漏れず、キメラを見て気分を害していた。
「それは俺も同感です。だけどいるものはしょうがないし、この先もこんなのが出てくるでしょうから、改めて覚悟を決めないといけないんですよ」
「想定外だけど、ここまで来た以上は確かにそうね」
「帰るなんて無様な真似は、さすがにできないしね。というかそんなことをしたら、来れなかった連中に殴られるよ」
「殴られるだけで済めばいいけどね」
ああ、それはあるかもしれない。
フィリアス大陸にはキメラのような魔物は存在していないが、見た目がアレな魔物も少なくない。
特に虫系の魔物は、女性どころか男性ハンターにとっても嫌悪される種が多い。
だから嫌悪感を感じたぐらいで逃げ帰ったりなんかしたら、今回の行軍に参加できなかったハンター達から何をされるか。
「まあそれはそれとして、神都アロガンシアはグラーディア大陸の中央にあると言われている。飛空艇の速度なら明後日には到達できるだろうけど、途中でアバリシア軍が襲ってくるのは間違いない。とすると、アロガンシアまでは3日から4日、場合によっては5日かかることもあり得るだろう」
「アロガンシアまでの到達に時間がかかればかかるほど、神帝が軍備を整える時間を与えてしまうことになる。だからといって大和君達を先行させてしまえば、ウイング・オブ・オーダー号を使った意味がなくなってしまうわね」
まあなぁ。
アバリシア兵士がどれぐらい魔族になっているかは分からないが、ドラゴンというAランク以上の魔物を従えているのは間違いないし、それに加えてキメラという生物兵器まで作り出していたことも判明してしまった。
しかもそのキメラは、同ランクの魔物より魔力は上のようだから、アバリシアがOランクのドラゴンを隷属させる術を確立させている以上、Oランクを超えるキメラが出てくる可能性も否定できない。
「そういえばキメラだけど、大和君や真子は生物兵器、作られたものだと言ったよね?」
「ええ、こんな生物がいる訳ないし、突然変異で出てくるにしても数が多過ぎますからね」
「うん、それは私も同感だ。だけど作られたってことは、作る方法があるってことだろう?ましてや新しく魔物を作るなんて、いったいどうやったんだろうと思ってね」
ファリスさんの疑問は、言われるまでまったく意識していなかった。
だけど確かにその通りで、人が作り出した以上はその方法があることに他ならないし、あれだけの数がいた以上、量産方法も確立されていることになる。
だけどその方法っていうのは、はっきり言ってまったく見当がつかない。
「それは確かにね。神をも恐れぬ所業であることは間違いないでしょうけど、それでも限度があるわ」
「方法か。遺伝子を組み合わせて細胞レベルから培養、っていうのはさすがに無理か」
「完全にSFの世界だし、今のヘリオスオーブの技術力じゃ無理よ。それならまだ、魔化結晶を利用したっていう方が、可能性はあるんじゃないかしら?」
まあ俺も、細胞レベルからの培養は無理だと思ってるけどな。
魔化結晶を利用っていうのは思い付かなかったけど、確かにそっちの方が可能性は高いだろう。
「魔化結晶を使ってっていうのはわかるけど、どんな方法かっていうのは、まったく想像できないですね」
「そうなのよねぇ。まあ、再利用どころか応用すらできない方法でしょうから、知りたいとも思わないけど」
「同感よ」
俺も知りたいとは、まったく思わない。
方法は分からないが、どうせ語るのもおぞましい方法で作ってるんだろうからな。
「で、こいつらに乗った魔族が、これから先襲ってくるって?」
「その可能性は高いですね。ウイング・オブ・オーダーが上陸したことは、アバリシアも既に知ってるでしょう。こっちも隠してないですからね」
「今滞空してる高度での飛行は無理なんだっけか?」
「ええ、滞空が限界です。高度に比例して魔力濃度が濃くなるから、特に魔物素材の劣化が早くなるみたいですから。滞空中は防護結界を張れるから防げるんですけどね」
ヘリオスオーブは閉じた平面世界だが、地上5,000メートルぐらいから魔力濃度が濃くなっていく。
標高5,000メートル以上の山もあることはあるが、山頂付近の魔力濃度は地上と変わらないから、多分地面からの距離が基準になってるんだと思う。
これが魔物が、地上5,000メートル以上での活動が難しくなる理由だと言われている。
地上7,000メートルの高さでも活動できるキメラは、生産過程で魔力に対する耐性が高くなってるんだろうな。
「ウイング・オブ・オーダーに使われてるのは、
「エンシェントクラスの魔力なら、マナリングの出力を上げれば耐えられますけど、それでも長時間は無理っぽい感じでしたからね」
とはいえ、エンシェントクラスでも地上1万メートルの高さだと魔力濃度の高さのせいなのか、魔力の消耗が激しく、検証は命懸けだったけどな。
なにせフライングやスカファルディングはもちろん、ウイング・バーストでさえ効果が減少してたから、安全圏と思われる5,000メートルの高度に到達するまでは、下手したら意識を失って、そのまま地上に叩きつけられるんじゃないかっていうぐらい危険だったし、エレメントクラスの魔力量でも、長時間の活動は無理だと感じたぐらいだ。
だから高度1万メートルでの滞空野営については、検証や実験を重ねに重ねて、高い魔力濃度から飛空艇を守るために様々な
おかげで展開中は高濃度の魔力に晒される危険性は無くなったが、その場から動くことはできないという欠点もある。
動けないといっても上昇や下降に限っては、速度と効果は減少するが使えるのが救いかな。
だからこそフィリアス大陸では、飛空艇の限界高度も地上5,000メートルってことにしてあって、1万メートルもの高さで滞空できるのはウイング・オブ・オーダー号のみとなっている。
まあそこまでの高度で飛ぶことは滅多にないし、ウイング・クレストの飛空艇も1,000メートル前後の高度がほとんどで、5,000メートルを越えたことは一度もないけどな。
「それは知らなかったわ。まああんまり高く飛びすぎても、地上の様子が分からなくなるだけだから、メリットは薄いと思うけど」
「それは私も同感だよ。まあウチは、飛空艇なんて持ってないけどね」
「ウチだってそうよ。あれば便利かもしれないけど、移動はトラベリングで事足りてるし、多機能獣車だってあるから野営も問題ないもの」
「同感だね。まあ今発注するにしても、国や貴族、ギルドが優先されてるから、数年は無理だろうけど」
ああ、そういえばそうだった。
現在飛空艇は、天帝家と三王家所有艇は完成し、引き渡しも完了している。
だから今は、三公家に候王家、伯王家、それからギルド分が建造中だったかな。
ああ、各国の公爵家と、アミスターの一部侯爵家の分もだったか。
出陣前に、リカさんがやっとアマティスタ侯爵家分の着工が始まったって、嬉しそうにしてたな。
「それはそれとして、これから先は魔族だけじゃなく、キメラも出てくるってことよね?」
「そう考えるしかないだろうね。マナ様とプリムが言うには、基本はフィリアス大陸のワイバーンと大差ないけど、複数の首からブレスを吐いてくるし、その首が独立した動きを見せることもあったらしい」
その話は俺も聞いている。
キメラ達の首は、1本は元々のワイバーンのもので間違いないんだが、もう1本、ないし2本は、どう見ても別種のものだった。
例を挙げるとタイガー系やブル系、トライヘッド・ワイバーンはリザード系だったな。
この違いが何なのかは分からないが、相性の問題なんじゃないかと思ってる。
「それに加えて、モンスターズランク以上の強さっていうのも確定してるみたいだし、本当に厄介よね」
「同感だよ。しかも地図を見る限りじゃ、アロガンシアまでの道程には、大きな都市が2つある。そこには間違いなく軍が駐留しているだろうし、そこそこ大きな町も多い」
「それに加えてアロガンシアの四方には、軍事基地もあるみたいですからね。さすがに機密だからソレムネのスパイも詳細を調べることは無理だったけど、それでも四神軍の存在は基地も含めて有名みたいですね」
四神軍っていうのは、北の
ヘリオスオーブ、少なくともフィリアス大陸には四神は存在どころか伝承すらないから、神帝が組織したのは間違いないだろう。
なお神都アロガンシアは、北の
中国神話の四神や四霊に加えて戦神の名を使ってるが、神帝が詳細を知ってるとは思えないから、多分カッコいいからっていうだけで命名したんじゃないかと思う。
あのバカな神帝が、神話や伝承の詳細まで理解してるとは思えないからな。
「ああ、四神軍か。確かリネア会戦の際に襲ってきた魔族も、四神軍の精鋭っていう話なんだっけ?」
「蚩尤軍も混じってるんじゃなかったかな?あの敗戦で1人逃げ延びた神帝の醜態は、一時アバリシアでも話題になってたらしいし。まあ1年ほどは、軍が国中で取り締まりを行ったせいで、口を噤むようになったみたいだけど」
「そりゃね。だけどどれだけ軍が取り締まりをしても、大敗を喫したのは間違いないし、特に辺境の村とかだと来ることすらなかったみたいね」
うん、だからこそ調査隊が、その情報を入手することができたとも言えるんだよな。
さすがに詳細までは分からなかったが、それでもリネア会戦時に集められたフィリアス大陸侵攻軍は、四神軍、特にドラゴンを使役している青龍軍を中心に、精鋭達が集められ、蚩尤軍が纏めていたそうだ。
出征時にはこの部隊を倒せる者はいないと大々的に宣伝していたため、辺境の村であっても情報は届いていたらしい。
だけど蓋を開けてみれば全滅で、唯一生き残った神帝も這う這うの体で逃げた、というか見逃しただけだから、帰還当初は荒れに荒れた上に反乱も起きたんだとか。
まあ、その反乱もすぐに鎮圧されたそうだし、調査隊も詳細までは調べられなかったんだが。
「だからこそキメラの配備は、リネア会戦の大敗を払拭する偉業だと思ってるんでしょうね」
「偉業どころか悪魔の所業でしかないけどね。まあそのキメラも、大した脅威じゃないようだけど」
「他にもいるでしょうから、油断はできませんけどね」
「それは分かってるさ」
確認できたキメラはツインヘッド・ワイバーンとトライヘッド・ワイバーンだけだが、他にもいないとは断言できない。
地球の神話のキメラは、ギリシャ神話の獅子、山羊、蛇の合成獣キマイラが有名だが、日本神話の
ああ、グリフォンやヒポグリフもか。
まあアバリシアが作り出した生物兵器としてのキメラの定義は、複数の頭部を持つ魔物になるんだが。
そのキメラだが、いつから神帝が研究させてたのかは分からないが、ツインヘッド・ワイバーンとトライヘッド・ワイバーンだけで他にもいないとは断言できない。
むしろアロガンシアを守護している四霊軍や近衛の蚩尤軍には、ドラゴンに匹敵か凌駕するキメラが配備されていると考えておくべきだろう。
だけど何がいたとしても、負ける訳にはいかない。
そのためには刻印神器の使用はもちろん、戦略級術式トゥアハー・デ・ダナンも躊躇なく使うつもりだ。
ラインハルト陛下が同行している最大の理由も、そのためなんだからな。
ヘリオスオーブの平和のため、俺達の明日のため、そして子供達の未来のためにも、絶対に勝つ。
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