元王妃の企み

Side・サユリ


「これが……」

「本当に首が複数あるとはな。このような生物が存在するなど、実物を見ても未だに信じられん」


 嫌悪感を露わにするレックスとライだけど、その気持ちは私も全くの同感。

 ヘリオスオーブには、たとえ物語であっても複数の首を持つ生物の記述は皆無だから、その感情は仕方がないわね。


 私達は今、ウイング・オブ・オーダー号下部に用意されている訓練場に来ている。

 訓練場はサッカーグラウンド並の広さがあるから、マナとプリムが倒したワイバーンも余裕をもって出せるからね。


「大きさはフィリアス大陸のワイバーンとほぼ同じだけど、首が2つ、あるいは3つ。1つはワイバーン本来の首だけど、残りは全然違う魔物の首だわ」

「どう見ても、自然に生まれた魔物じゃないな。プリム、マナ。隊長っぽい魔族は、これを神帝が作ったって言ったんだよな?」

「ええ、言ってたわ」

「キメラとも言ってたわね。意味は分からなかったけど」


 キメラということは、このワイバーンは一種の生体兵器で確定ね。


「キメラかよ。ってことは確定か」

「でしょうね。だけど……」


 さすがに大和君と真子も気付くか。


「この場合のキメラは、改造魔獣っていう意味なんでしょうね。神帝がそこまで考えたかどうかは知らないし、知りたいとも思わないけど」

「でしょうね。リネア会戦の時に連れてこなかった理由は分からないけど、完成したのが最近なのかも」

「それか、単純に強さが足りないからかな。こいつらはGランクってことだし、Aランクのドラゴンには遠く及ばないだろ」


 マナとプリムは、2つ首のツインヘッド・ワイバーンがGランク、3つ首のトライヘッド・ワイバーンがPランクだと言っていた。

 ツインヘッドにトライヘッドってそのまんまだけど、分かりやすいからひとまずそれはよしとしましょう。

 だけど大和君の言うように、リネア会戦の際に神帝が連れてきたドラゴン達はAランクどころかOランクもいたから、そのドラゴン達と比べると戦力としては圧倒的に劣っている。


「サユリ様をはじめ、客人まれびとの方々はあまり驚いていませんが、もしや客人まれびとの世界には、複数の首を持つ生物が存在していたのですか?」

「いいえ、いないわよ」

「神話や伝承で残ってるぐらいですかね」

「いることはいますけど、太古の昔に封印された存在ですから、実在を信じてる人はいないと言ってもいいかと」

「え?いるの!?」


 さすがに地球にも、複数の頭を持つ生物なんて存在していない。

 ところが真子は、いると断言したから驚いたわ。


「マジですか?」

「ええ。って飛鳥君や真桜から聞いたことないの?」

「さすがに無いって。というか、もしかして真子さん、見たことあるんですか?」

「八岐大蛇をね。さすがに死ぬかと思ったわ」

「マジか……」


 八岐大蛇って、日本神話に出てくる8つの頭を持つと言われる大蛇じゃない。

 確か素戔嗚尊すさのおのみことが倒したんじゃなかったかしら?


「はい。神話では尻尾から草薙の剣、つまり天叢雲剣あめのむらくものつるぎが出てきたとされていますけど、実際に退治、というか封印したのは刻印術師でもあった皇族の1人で、その時に初めて刻印神器 天叢雲剣が生成されたんだそうです」

「そうなの?」

「天皇家に代々伝わる書物によれば。さすがに直接見た事はなく、大和君のお爺様から聞いた話ですけど」


 真子が言うには、京都にある護国院神社というところで厳重に管理されていた封刻印を、力に溺れ、狂った刻印術師が盗み出し、解放してしまったことがあるそうよ。

 盗まれた封刻印はいくつかあり、鵺とか鬼とかもいたそうだけど、その内の1つに八岐大蛇が封印されていて、その男の死とともに封印が解かれてしまったため、ほとんどなし崩し的に戦うことになってしまった。

 最終的には大和君のご両親 飛鳥さんと真桜さんの刻印神器 神槍ブリューナクによって倒されたそうだけど、被害はかなり大きかったようね。


「え?あの大地震って、八岐大蛇のせいだったの?」

「ええ。もう少し場所が東だったら、最悪富士山の噴火もあり得たでしょうね」

「マジか……」

「それは……」


 大和君が口にした大地震は、マグニチュード9,2、死者1万人以上というとても痛ましい災害だったらしい。

 いえ、大和君はそう教えられていた。

 だけど真子は、それが八岐大蛇が解放されてしまったせいだと断言し、それどころか自分もその化物と戦うことになったと口にした。


「8本の首を持つ大蛇……」

「化物じゃない」

「実際、その通りでしたね。ドラグーン並の巨体でしたし、首は1つ1つがそれぞれ独立した意思を持ってたようにも見えましたから。強さも、ドラグーンどころか終焉種を凌駕していましたし」


 何よそれは。

 そんな化物、よく倒せたわね。

 いえ、飛鳥さんと真桜さん以外にも刻印神器の生成者は何人かいたそうだから、倒すだけなら問題ないんでしょうけど。

 ちなみにだけど、真子がS級刻印術カラミティ・ヘキサグラムを完成させたのは、その八岐大蛇との闘いの時だったそうよ。

 当時はまだ未完成だったけど、それでも使わざるを得ないほど追い込まれたそうだから、どれほどの化物だったのか想像もできないわね。


「地球には他にも複数の頭部を持つ化物が封印されていますけど、一般には公表されていません。八岐大蛇も、封印されていた場所が広大な地下空間だったこともあって、かろうじて秘匿することができました。ですが封印を解いた男は刻印術師優位論者へも支援を行っていましたから、神帝も話を聞いたことがあるかもしれません」

「その話を元に、このワイバーンのような魔物を作り出したと?」

「断言はできませんが」


 それはあり得るかもしれない。

 だけど作り出したとしても、どうやってかが全く分からない。

 知りたいとも思わないけど、それでもさっきの追撃部隊は全員がツインヘッド・ワイバーンに、隊長はトライヘッド・ワイバーンに騎乗していたことから考えると、アバリシア国内には配備され終わってると考えてもいいでしょう。

 ここはグラーディア大陸の端、つまり辺境と言ってもいい場所だから、中央に近付けばトライヘッド・ワイバーン以上の改造魔獣がいてもおかしくはないわ。


「魔族だけでも面倒なのにキメラまでいるとか、魔大陸かよ」

「魔大陸……言い得て妙ね。魔族どころか改造魔獣までいるんだから、そう言いたくなる気持ちもわかるわ」


 それは私も同感。


「いや、曾祖母殿。客人まれびと3人で分かったように話をされているが、我々にもわかるように話してもらえないだろうか?」

「ああ、ごめん。簡単に言うと、ツインヘッド・ワイバーンもトライヘッド・ワイバーンも、人為的に作り出された魔物ってことよ」

「はい?」

「つ、作り出された?」

「正確には、改造されたって言うべきでしょうね」


 ライだけじゃなくマナ達も困惑してるけど、無理もない話だわ。

 ヘリオスオーブでは魔物と共存してはいるけど、その魔物を改造しようなんていう発想は、一度も出たことがない。

 改造っていう言葉はよく使われてるけど、それが魔物という生物にも適用されるなんて、考えたこともなかったでしょうね。

 地球だとままある話だし、品種改良だってある意味じゃ改造って言ってもいいだろうから、客人まれびとの私達にとっては珍しくもない話だけど。


「そ、そんなことが……」

「地球とヘリオスオーブじゃ環境も生態系も何もかもが違いますし、その必要もありませんでしたからね」

「推測でしかありませんけど、グラーディア大陸でも魔物の生体改造が開始されたのは最近ではないかと思います。おそらくですけど、きっかけはリネア会戦でしょう。あの時に倒したドラゴンは、Oランクも含めれば30匹近くいましたから」


 確かにアバリシアは、Oランクドラゴンすら隷属させ、フィリアス大陸に攻めてきたわね。

 その時、つまりリネア会戦時に襲ってきたドラゴンは全滅させてあるけど、神都アロガンシアにはまだ残っているでしょう。

 だけどアバリシアにとっても、無視できる損害じゃないのも間違いないはず。

 だから神帝が、魔物の改造を研究させ、具体例として複数首の魔獣の存在を示唆した。

 そして先程の数から判断して、その研究は完成し、量産も済んでいるってことでしょう。

 研究内容とか製造方法とかは、反吐が出そうだから知りたいとも思わないけど。


「アバリシアの技術力は、蒸気船をソレムネに故意に流出させたことから考えると、地球の産業革命と同程度といったところでしょう。その程度の技術力じゃあ、キメラっていう生体兵器を作り出すのは無理ですが、ヘリオスオーブには魔法があります。グラーディア大陸の魔法はちょっと違いますけど、それでも魔法は魔法ですから、何かしらのブレイクスルーでもあったんでしょうね。まあその研究内容は、神帝とともに永遠に葬り去るつもりですが」

「確かにそのようなおぞましい研究など、世に出すべきではないな」


 ライ達も、嫌悪感が半端じゃないわね。

 どうやって改造したのかっていう疑問がないワケじゃないけど、知ったところで得る物はないし、それどころか気分を害するだけでしかない。

 だから研究内容の破棄は当然だわ。


「それにしても、たった数年でこのような神をも恐れぬ行為をしでかすとはな。いや、グラーディア大陸で信仰されているのはヘリオスオーブの神々ではなく、邪神アバリシアだったか」

「正確には父なる神を否定しているわね。母なる神をはじめとした女神達は、もともとはアバリシアの妻で、父なる神が立場を含めて奪ったっていうのが、アバリシア正教の教義だったはずよ」

「そんなことはヘリオスオーブの成り立ちから見てもありえないし、本当にグラーディア大陸が他の世界から転移してきた大陸だとしたら、根本から矛盾するわね。神官とかも腐ってるらしいし、どうでもいいんでしょうけど」


 アバリシア正教はグラーディア大陸の宗教だけど、フィリアス大陸にも入り込んできてしまっている。

 ただ正教徒は、ほぼ全てがレティセンシアで活動をしていたし、そのレティセンシアも魔物によって滅ぼされているから、現在フィリアス大陸で活動している正教徒は確認されていない。

 もちろんゼロとは言い切れないんだけど、アバリシア正教はフィリアス大陸では既に禁忌、邪教として忌み嫌われているから、信じる者はいないんじゃないかしら。


「アバリシア正教か。確か神帝って、アバリシアの支配者ってだけじゃなくて、アバリシア正教のトップでもあるんでしたっけ?」

「あ~、どうだったかしら?お兄様、覚えてる?」

「確かそうだったはずだが」

「はい、神帝はアバリシアの支配者であると同時に、アバリシア正教の最高司祭でもあります。かつてのバシオン教国に近い政治形態だったと記憶しています」


 そういえば、そんな報告があった気がするわね。

 今はアミスターの一部となっているけど、かつてフィリアス大陸にあったバシオン教国は、教皇であるグランド・プリスターズマスターをトップとした宗教国家だった。

 政教一致の政治形態は暴走しやすいし、色々と問題が起こりやすくもあるんだけど、バシオン教国に関しては建国に私達と同じ客人まれびとが関与していて、その可能性や危険性を各国に説いていたし、何より神々もヘリオスオーブの統治に関与することはないと明言されていた。

 だからバシオン教国は、教皇と枢機卿によって何事もなく統治されていたんだけど、アバリシアはどうかしらね。

 神帝が国家と宗教のトップを兼ねてるってことだけど、あの男が善政を敷いていたとは思えないし、辺境の村々しか調査できなかった調査隊が、実際に悪政蔓延るデストピアだと報告しているぐらいだから、無能っていう言葉も生易しい愚物なのは間違いないでしょう。

 年代的に真子と同世代か少し上になるそうだけど、真子も神帝の正体が刻印術師優位論者、それも下っ端だっていうことぐらいしか把握しておらず、顔はおろか名前も知らなかったものね。

 そんな男が神帝となり、魔化結晶を取り込むことで魔族の王となってしまったのは、どんな運命のいたずらだって思わずにはいられないわ。


 あ、良いこと思いついた。

 フィリアス大陸では神帝は魔族の王、つまり魔王とも呼ばれているけど、魔王を倒すのは勇者の役目よね。

 そしてその勇者には、聖女がついてるものよね。

 なら無事に魔王を倒して凱旋した暁には、大和君は勇者に、真子は聖女になってもらうとしましょうか。

 ただそれだけだと、マナやプリム達が蔑ろにされかねないから、ここは神々に倣って大和君は12人の聖女を娶り、魔王を倒したってことにするべきかしらね。

 うん、我ながら良いアイディアだし、面白いことになりそうだわ。

 ライも反対しないだろうし、むしろ称号としては最上級と言ってもいいんだから、歓迎してくれるんじゃないかしら?

 そうと決まったらセルティナとヒトミにも話して、12人の聖女の称号を考えてみるのもいいわね。

 あの子達の戦闘スタイルや特徴を考えると、さて、どんなのがいいかしらね。

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