忘れられていた設備

 準備や手続きに時間がかかってしまったため、妊婦達の帰還は昼前となってしまった。

 そのため出発も昼過ぎとなってしまったが、これは仕方がない。


「レックス、見張りからの報告は?」

「現状ではありません。いえ、追手が来たようです。報告を」

「はっ!後方よりワイバーンらしき魔物が複数、こちらに向かってきております。距離があるため、現時点では種別は不明」


 グラーディア大陸に上陸して1時間ほど経つが、いくつかの町や村を通過している。

 そこには空軍戦力がなかったのか、ウイング・オブ・オーダー号を追ってくるような存在はなかった。

 だが10分ほど前に大きな街を通過したんだが、そこには空に対する備えがあったようだ。


「クエスティングで確認するにしても、もう少し接近させる必要があるか」

「それに加えて、背に乗ってるのが魔族かどうかも判明していません。速度の問題がありますから、あと数分もせずに接敵しますが、いかがいたしますか?」

「迎撃は当然だが、誰を当てるかだな」

「陛下、僭越ですが私が参ります」

「それもそれで問題だろう。とはいえ、モンスターズランクも分からず、魔族かどうかも判断できない現状では、それもやむを得んか」


 魔物がワイバーンとは限らないし、ワイバーンだったとしてもフィリアス大陸と同じモンスターズランクとも限らない。

 さらに騎獣だったら背中に誰かが乗ってるはずで、それが人間なのか魔族なのか、ノーマルクラスなのかハイクラスなのかの判断もできない。

 である以上、ハイクラスには荷が重く、モンスターズランクや相性によってはエンシェントクラスでも単独では厳しいだろう。

 となると候補は、エレメントクラスの俺達か、エレメントクラスに最も近いレックスさんが適任となる。


「なら、あたし達が行くわ」

「私もプリムもエレメントクラスだし、積層魔法マルチプルマジックもあるからね。まあ、それ以上手の内を晒すつもりもないから、エオスには待機しておいてもらうけど」


 誰が行くべきか悩んでたら、プリムとマナが立候補した。

 確かに2人はエレメントクラスであり、相性もコンビネーションも良く、マナが言うように積層魔法マルチプルマジックも開発してるから適任と言ってもいい。


「確かにお2人でしたら適任ですが、よろしいのですか?」

「行軍中に襲ってきた魔物はリッターやハンターが倒してたから、あたし達の出る幕はなかったしね。だけど決戦も近いから、そろそろ体を動かしておきたいのよ」

「毎日体を動かしてはいるけど、それとこれとは別だもの。大和だってそうでしょう?」

「否定はしない」


 この数日で襲ってきた魔物は多くはないが、俺達が出る幕もなく倒されている。

 だが決戦も近い以上、一度ぐらい戦っておきたい。

 戦闘勘は鈍ってないと思うが、神帝との闘いでは何が起こるか、何をしてくるかもわからないからな。


「そういうことでしたらこちらは構いませんが、陛下はいかがですか?」

「構わない、と言うしかないだろう。だが、こちらでも調べるが、クエスティングを使うことを忘れないようにな」

「わかってるわ」

「当然じゃない」

「2人とも、気をつけてな」


 本音を言えば俺も戦いたいが、プリムとマナに加えて俺までっていうのは過剰戦力でしかない。

 いや、この場合過剰戦力だろうとさっさと倒すに限るから、本当なら俺も加わるべきなんだが、プリムもマナもやる気になってるから、ここで俺が手を出すと2人の戦意に水を差すことになるかもしれない。

 もちろん万が一の時には、俺も手を出すつもりだが。


「ええ、もちろん」

「それじゃあマナ、行きましょか」

「ええ」


 そう言って2人は、ブリッジを出て行った。

 普通ならデッキに出ないといけないんだが、俺達に当てが割れている部屋にはルーフバルコニーがあるから、そこから飛び立てるのは大きい。


「各員に通達。ウイング・オブ・オーダーは現空域で停止。後方から追ってきている魔物は、ラピスラズライト天爵殿下、並びにフレイドランシア天爵夫人が迎え撃つ。だが万が一がないとは言い切れない。デッキ上のリッターは後方に集結し、打ち漏らしに備えろ。監視員は周囲の索敵を怠るな」


 同時にレックスさんが、通信具を応用した艇内放送を使い、通達を行った。

 数は20程だから、フィリアス大陸のワイバーンと同じならプリムとマナが打ち漏らすことはあり得ないが、グラーディア大陸なら違う可能性はあり得るし、そもそもワイバーンとも限らない。

 だから打ち漏らしに備える必要はあるし、俺もそのためにルーフバルコニーに向かうつもりだ。


「やっぱり各所にカメラを配置して、ブリッジでも周囲の様子を確認できるようにしとくべきだったわね」

「同感ですけど、思いついたというか思い出したのが最近だから、どうしようもなかったですよ。幸いというべきか、通信具やMARSの技術を応用できるだろうし、帰ったら大改装しましょう」

「それがいいわね」


 ウイング・オブ・オーダー号の索敵は、艇内のいくつかの場所に配備されたリッターが目視で行い、ブリッジ直通の伝声管で報告を行っている。

 本当なら専用通信具を設置したかったんだが、さすがにそこまでは素材が足りなかったし、何よりブリッジに報告するだけならそこまでコストをかける必要もないだろうと判断された。

 だから伝声管になり、今回の行軍でも有用性は証明されているんだが、進軍の数日前の他愛のない話をしている最中、俺と真子さん、そしてサユリ様が同時に頭に浮かべてしまい、思わず叫んでしまったことがある。

 それがサユリ様が口にしたセリフだ。


「モニターは既にMARSで実用化されてるし、映像の送受信も通信具で同じく実用化済み。なんでこれをウイング・オブ・オーダー号に組み込むことを思いつかなかったのか、本当に当時の私達を怒鳴りつけたいわね」

「俺は当時の自分を殴りたいですね。あっちじゃ一般的だし、軍用どころか民間でも標準といってもいいんだし、装備的にも俺が一番最初に気付けよっていうレベルの話ですから」

「通信具のモニターとしても使えるものね。さすがにあっちみたいに使うのは、まだ無理だろうけど」


 ブリッジのモニターに周囲の様子やデータを映し出したり、通信のやりとりっていうのは、地球じゃ当たり前の話だし、特に軍艦や軍用機、軍用車には最新技術が使われている。

 真子さんやサユリ様もその程度の話は常識として知ってるし、俺は興味があったからさらに深い知識を持っているんだから、それぐらいは飛空艇の考案、並びに建造と同時に提案なり開発なりしとけよって話だ。

 高ランクモンスターの魔石や素材は必須になるが、そんなもんは俺達のストレージやインベントリにけっこう死蔵されてるし、そもそもウイング・オブ・オーダー号じゃなく天樹製多機能獣車用の飛空艇はウイング・クレストでしか使わないから、監視の穴もかなり大きい。

 だがその監視システムが確立できれば、穴はかなり小さくなると思うから、監視員の負担も死角も大きく減ることになる。

 なんでそんな大切なことを忘れてたんだろ?


「なんかヘコむなぁ」

「それだけヘリオスオーブに馴染んでるってことじゃない?まあ大和君発案の技術も多いから、中途半端に馴染んでるって思えなくもないけど」

「余計にヘコむんで勘弁してください」


 サユリ様に揶揄われたが、自分でも中途半端に馴染んでるような気がしてくるな。

 俺が発案、というか提案した技術は合金に多機能獣車、金属船、通信具、飛空艇、MARS、あとはいくつかの奏上魔法デヴォートマジックだが、いずれもヘリオスオーブの発展に大きく貢献していると自負している。

 だからって訳じゃないが、去年クラフターズギルドから、オナーズ・クラフターズマスターの称号を贈られた。

 とはいえ俺だけの手柄じゃないから、手伝ってくれた真子さんにフラム、ルディア、エド、マリーナ、フィーナもオナーズ・クラフターズマスターの称号を贈られているし、クラフターズランクも1つだが昇格させてもらっている。

 オナーズ・マスターはギルドから贈られる最上位の称号だから、一度に何人も贈られることはほぼないんだが、俺の助手や相方、共同開発者っていう扱いだから、ほとんど特例に近かったな。


 それはそれとしてだ、合金、多機能獣車、金属船、通信具、飛空艇、MARSは、地球の知識を元に開発したようなものだったりする。

 だから出来る出来ないは別としても、付随する機能やら設備やらもその時に頭に浮かんではいた。

 だが再現が出来ない、あるいは難しいと判断して諦めることになったんだが、飛空艇のブリッジモニターやカメラなんかもその時に無理と判断して切り捨てた覚えがある。


「中途半端というより、いろんなものを同時開発してたから、それを組み合わせるっていう発想が飛んじゃったんでしょうね。私もそうだし、人のことは言えないんだけど」

「ああ、確かにMARSのモニターが完成した時も、それだけで満足しちゃって、他の使い方には一切思い至らなかったっけか」

「あれはあれで画期的だったけど、だからこそ視野が狭まったってことね。まあ、よくあることと言えばよくあることか」


 改めて言われるとその通りだとしか言えないが、だからこそヘコむな。

 むしろ地球はよく見るどころか当たり前にあった物でもあるんだから、用途が多いことぐらいすぐに思い付けって話だ。


「まったく、客人まれびとの世界というのはとんでもないな。分かっていたことだが、ヘリオスオーブの技術と比べると、どれほどの差があるというのか」

「あちらには魔法がありませんから単純には比べられませんけどね」

「その代わり、今は刻印術が使われてるんでしょう?魔法と言っても過言じゃないんだし、それを踏まえたら数百年は固いんじゃないかしら?」


 それについては何とも言えないが、確か地球で産業革命が起きたのが18世紀中頃だったはずだから、それより前か同程度っていうところが無難だろうか?

 いや、その頃は刻印術は使われてなかったし、一部技術は20世紀前半と比べても遜色ないと思うから、やっぱり単純に比べられるもんじゃないな。


「後部監視室より報告。ラピスラズライト天爵殿下とフレイドランシア天爵夫人が接敵!戦闘を開始しました!」

「了解した。そのまま監視を続行。戦況を注視せよ」

「はっ!」


 おっと、マナとプリムの戦闘が始まったか。

 プリムはエレメントフォクシー、マナはエレメントエルフだから、よっぽど油断しない限り、遅れをとるようなことはないだろう。

 それが油断って言われたらそうなのかもしれないが、俺達は2人の実力を知ってるし信じてもいる。

 クエスティングを使って魔物の鑑定も済ませてるだろうから、戦い始めたってことは対処可能だと判断したってことだしな。

 俺もどんな魔物なのか気になるし、少し遅くなったが、俺達もルーフバルコニーに移動するとしますかね。

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