行軍中のトラブル

 フロートを経って3日目の夕方、進行方向に陸地が見えた。

 あれがグラーディア大陸か。


「ネイル、間違いはないのだな?」

「はっ、あの地形には見覚えがあります」


 調査隊だったネイルさんに見覚えがあるということは、想定通りの航路をとれてたってことか。

 太陽や星の位置、航路上にあった島々も確認しながらだったから大丈夫だと思ってたけど、実際に到達できると安心するな。


「ついに来たね」

「ああ。だがもう日も暮れる。今日はここに留まり、グラーディア大陸への上陸は明朝とする。レックス、そのように通達を頼む」

「はっ!」


 今日はこの位置で飛空艇を滞空させて、上陸は明日か。

 ラインハルト陛下の言う通り、日もかなり傾いてるから、それは仕方がない。


「陛下、少し後退することを進言致します。可能であれば、陸地が見えなくなるギリギリの距離が望ましいかと」

「それは村が近いからか?」

「仰る通りです。小さな村ですが、我々が上陸したことを怪しみ、近隣の町へ報告を入れておりました」


 確かにその報告はあったな。

 その町から派遣された兵士と戦闘になり、全て倒してはいるが、そのせいでその村では情報収集が行えなくなったんだったか。

 当然警戒はされているだろうし、増員されている可能性もあり得るんだから、陸地が見えなくなる地点まで後退するという意見は至極もっともだ。


「よし、では陸地が見えるギリギリまで後退せよ。ただし、アバリシアは高ランクのドラゴンを使役している。警戒を怠るな。無論、夜中でもだ」


 言うまでもないことだが、アバリシアはAランクやOランクのドラゴンを使役している。

 ドラゴンはフィリアス大陸のドラグーンとほぼ同じ種族であると推測されているが、本当にそうかは分からない。

 だが推測通りなら、ドラゴンも属性を問わず空を飛ぶことが可能だ。

 1匹や2匹程度なら問題なく倒せるが、何匹従えているかまでは調査隊も調べることはできなかったし、何よりこちらが飛空艇で攻めてきたことを知られる訳にはいかない。


「はっ!翼角修正、前部エアロエンジン噴射」

「了解。翼角修正、前部エアロエンジン噴射」


 レックスさんの指示を復唱し、操舵手が操縦を開始すると、ウイング・オブ・オーダー号が後退を始めた。

 ゆっくりとした速度だが、それでもグラーディア大陸が徐々に小さくなっていく。


「完全ではないが、これで少しは安全だろう」

「ですね。ネイル卿、グラーディア大陸近くではトラベリングが使えないと聞きますが、この場所はどうなのですか?」

「おそらく無理でしょう。ご報告通り、グラーディア大陸が視界に入る位置では使えず、かといって見えなければいいというワケでもありませんでした」


 確かに報告だと、さっき通過した小島が境界線っぽい感じだったな。

 小島ではトラベリングが使えるって話だから、今日はそこまで後退してもいいんじゃないだろうか?


「ふむ、となると、今日はその小島で野営というのもありか」

「偽装には限度がありますが、少しでも敵の目をそらすこともできるでしょうから、私も賛成します」

「丁度いい入江もありますから、そこに着水し、夜を明かすことは可能です。魔物も、陸棲水棲ともにBランクまでしか確認できておりませんから、危険度もさほど高くはないかと」


 少し入り組んだ入江だが、水深も10メートル近くあるそうだから、接岸させることも十分できるらしい。

 だからこそ小島の調査も捗り、生息してる魔物も正確に調べることができたそうだ。

 うん、本当に丁度いいって感じだな。


「なるほど。では今晩は、その入江に停泊しよう。ただし時間も時間だし、物見遊山に来た訳ではないから、下船は禁ずる」

「はっ、徹底させます。必要はないと思いますが」

「私もそう思うが、念のためだ」


 選抜されたリッターもハンターもモラルは高いから、無許可で島に上陸する者はいないだろう。

 だがここで、真子さんが口を挟んできた。


「でしたら時間は問題ありませんね。陛下、エリス妃殿下とシエル妃殿下、それからグリシナ陛下は国許にお戻り頂くことになりますので、トラベリングの使用許可をお願いします」

「また突然だが、何故だ?」

「お三方とも、妊娠が確認されたからです」


 真子さんの一言に、ブリッジが騒然となった。

 俺も驚いたが、確認したのは真子さんだけじゃなくサユリ様もらしいから、今日はどうあってもトラベリングを使える地点で停泊してもらうつもりだったんだそうだ。


「正確に申しますと、エリス妃殿下が妊娠4ヶ月、グリシナ陛下とシエル妃殿下が妊娠3ヶ月です」

「そ、そうなのか?」


 さすがにラインハルト陛下も、驚くよな。

 エリス妃殿下とグリシナ陛下にとっては2人目だが、シエル妃殿下にとっては初めての子供ってことになるか。

 非常におめでたいことだけど、そういうことならお三方には、すぐにでも戻ってもらわないといけない。


「はい。さすがに妊娠が判明してしまった以上、同道していただくワケにはいきません。ですので陛下方には、国許にお戻り頂かなければなりません」

「わかった。そういうことならば仕方がない。エリス、シエル。すまないがフロートで帰りを待っていてくれ」

「本音を言えば同行したいけど、仕方ないか」

「残念ではありますが、私達は戻らせていただきます。マルカ様、ラインハルト様のことをよろしくお願いしたします」

「もちろん」


 さすがに妊婦を戦場、それもヘリオスオーブの明日を左右するような決戦場に連れていくなんて、非常識極まりないから、帰ってもらうことになるのは当然の話だ。


「グリシナ獣王も、このような場ではあるが、慶事を言祝ごう。だが申し訳ないが、そなたにもグラシオンに帰還してもらうことになる」

「やむを得ませんか。いえ、お言葉に甘えさせていただきます」

「それと真子、他に妊娠している者はいないのか?」

「います。オーダー2名、セイバー3名、ドラグナー1名、ランサー2名、ソルジャー4名、そしてリディアです」

「私もですか!?」


 リディアもかよ!

 想定外とは言わないが、このタイミングでっていうのは思ってもなかった。

 いずれも妊娠2ヶ月から4ヶ月らしいが、リディアは妊娠5ヶ月に入っていて、今日の検査で判明した妊婦の中では一番出産が近いそうだ。

 多分リディアがエレメントドラゴニュートに進化してるから発覚が遅れたんだろうと、真子さんとサユリ様は推測していた。


「わかった。ではその者達も帰国させよう。明日以降に判明した者はこのまま同行させるしかないが、後方支援に従事させることにしよう」

「グラーディア大陸でもトラベリングが使えれば問題なかった話なんですけどね」

「確かにそうだが、わかっていた話でもあるからな。それに妊娠については、考慮しておくべき問題だった。それを怠ったのは、我々の過失だろう」


 過失とまではいかないと思うが、確かに考えておくべきだったなぁ。


「リディアは真っ直ぐアルカに帰ってもらうとして、リッターはひとまずフロートに送り届けよう。その後で各国に事情を説明し、トラベリングを使えるエンシェントリッターに故郷まで送るように指示を出しておいてくれ」

「はっ、至急伝えます」


 通信具はリッターズギルド総本部と各国本部には設置されているし、ウイング・オブ・オーダー号にも用意されている。

 定時報告として数時間おきに通信はしてるから、多分トラベリングを使える島ならつながると思う。

 それを使って先に指示を出し、その後でエリス妃殿下、シエル妃殿下、グリシナ獣王陛下、そしてリッター達を帰還させることになる。

 護衛は、フロートのオーダーとグラシオンのランサーを派遣してもらえば事足りるだろう。


「それとレックス、帰還させるリッターの夫だが、同行しているなら付き添いで帰還することを許可する」

「それはどうして……ああ、風紀の問題からですか」

「そうだ」


 なんでって俺も思ったけど、そう言われたら確かに納得だ。

 今回行軍に参加しているリッターは、例外なく夫婦や恋人同士だ。

 これは男女間の、特に性的な問題を防止するために一役買ってるんだが、今回みたいに行軍中に妊娠が発覚し、途中で離脱することになった場合、問題となる場合がある。

 参加しているリッターはモラルが高いから大丈夫だと思うんだが、魔が差すっていうこともあるから絶対とは言い切れないし、グラーディア大陸では何が起こるかわからないから、ラインハルト陛下は妊婦のパートナーのリッターの帰還も認めることにしたようだ。


「そちらもすぐに通達致します」

「頼む。我々は一度部屋に戻る。時間も時間だから、場合によっては帰還は明日になっても構わない。すまないが頼んだぞ」

「はっ!」


 レックスさんにそう伝えてから、ラインハルト陛下はエリス妃殿下、シエル妃殿下、グリシナ獣王陛下を伴ってブリッジを後にした。

 おっと、俺もリディアを帰さないといけないし、何より妊娠を喜ばないといけない。

 さすがにブリッジで羽目を外す訳にはいかないから、俺達も部屋に戻ることにしよう。


「レックスさん、すいませんが俺達も部屋に戻ります」

「了解しました。ごゆるりと」


 レックスさんに敬語で話しかけられるのは違和感あるけど、お互いの立場が立場だから仕方がない。

 許可も得られたし、みんなを伴って部屋に戻らせてもらおう。

 ブリッジから俺達に割り当てられている部屋までは5分弱ってところだが、ブリッジを出た途端にみんなからもみくちゃにされて、祝いの言葉を掛けられていた。

 俺も祝いたいんですけど?

 まあ場所が場所だし、まずは部屋に帰ることを優先するとしようか。


「改めておめでとう、姉さん!」

「ありがとう、ルディア。できればルディアも一緒にが良かったんだけどね」


 部屋に入るなり、ルディアがリディアに抱き着きながら祝いの言葉を口にした。

 そんな妹に嬉しそうな、そして少し残念そうな顔をしているが、いくら双子でも同時に妊娠なんて難しいし、妊娠し辛いヘリオスオーブなら尚更の話だ。

 場合によってはルディアの方が先に妊娠する可能性もあったが、真子さん曰くルディアが妊娠してるような兆候は、嗜好的にも魔法的にも見られないらしい。

 まあ魔法による確認には個人差があるし、嗜好も同じだから、実はルディアも妊娠してましたっていう可能性もゼロじゃないんだが。


「ありがとう、リディア」

「大和さん……はい!」


 少し、いや、かなり遅れてしまったが、ここでようやく俺もリディアに祝いを言葉をかけることができた。

 俺にとっては8人目だがリディアにとっては初めての子でもあるから、感極まったリディアが俺に抱き着いてきたが、俺もそのリディアを抱きしめる。

 俺にとっても、もちろん嬉しいことだからな。


 ただ残念なことに、リディアは明日の出発までにアルカに帰らせないといけない。

 妊婦を戦場に連れていくのは非常識どころの話じゃないし、何より今回の敵は神帝だから、悪い影響を与える可能性は十分あり得る。

 実際魔物は、神帝の魔力の影響を受けて進化する個体が増えてるからな。


 だからこそ神帝は倒さなきゃいけないし、そのために俺達はここまでやってきた。

 ヘリオスオーブの破滅を防ぐためにも、前回の借りを返すためにも、そして子供達のためにも、絶対に倒さないとな。

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