空の旅
Side・ラインハルト
フロートを飛び立ち、2日経った。
グラーディア大陸調査隊を率いたネイルの話によれば、明日にはグラーディア大陸が見えてくるだろうとのことだ。
海路では2週間程、しかも魔物を相手にしながらの航海だったことを考えれば、空路は凄まじく早く、また魔物もそこまで手ごわい種は現れていない。
「あっちの部屋も良かったけど、こっちの部屋も良いね」
「ええ。特にルーフバルコニーは凄いわ。レストやレジーナにも見せてあげたかったけど、それは平和になってから、セレジェイラでやるしかないかしらね」
「そうですね」
私、エリス、マルカ、シエルは今、大和君達が滞在している貴賓室を訪れている。
私達が滞在している貴賓室は最前部中央にあり、ミラーリング付与によってかなりの広さも確保されている。
だがそれでも、この貴賓室に比べると一回り狭い。
十分な広さだし、設備も最新の魔道具が設置されているから、特に不自由は感じないが。
「そういやセレジェイラって、ウイング・オブ・オーダーと似てたっけ。私達は多機能獣車を使ってるから、そこまで気にしてなかったわ」
「ユニオン所有ってことでいつでも使えるだろうし、ある意味じゃあたし達より使い勝手良さそうですけどね。セレジェイラを動かすなら、ライダーズギルドで契約した専属の御者を呼ばないといけないし」
「ああ、そういえばそうだっけ」
セレジェイラというのは天帝家専用の飛空艇、ライダーズギルドは昨年設立された新しいギルドだ。
獣車や船、飛空艇の製造はもちろん、従魔・召喚契約をするための魔物の管理に加え、定期便の運行も行っているライダーズギルドは、早くも民の生活になくてはならないものになっている。
特に町中を走っている乗合獣車、いくつかの町を結んでいる船や飛空艇の定期便は人気が高く、フィリアス大陸を小さくしたと言っても過言ではない。
だからという訳ではないが、天帝家専用飛空艇セレジェイラや、他国の王家専用飛空艇には、ライダーズギルドから専属の御者を雇っている。
正確には御者だけではなく料理人やバトラー、護衛となるリッターもいるのだが、飛空艇を使う機会は月に一度あるかないかでしかなく、またフィリアス大陸なら、3日もあれば端から端まで辿り着けてしまう。
だが彼ら彼女らも、月に一度程度の依頼では生活が成り立たないため、実際にセレジェイラや王家専用飛空艇を使用する場合は、遅くとも数日前には予定を立てねばならず、各ギルドとも調整が必要となる。
そんな手間を掛ける必要がないユニオン所有の飛空艇は、私達にとっては羨ましく感じられるな。
「俺達の飛空艇は、基本短距離の移動用ですけどね。ああ、
「設備は豪勢にしてあるけど、実際に使ったことって、確かに
「それは分かるわ。私達も何度かセレジェイラを使ったけど、目的地によっては遊戯室どころか大浴場も使う時間がなかったもの。移動時間が短くなったのは歓迎すべきことなんだけど、それでも施設が使えないっていうのは悩みどころよね」
「贅沢な悩みではあるけどね」
エリスやマルカの悩みは私も同意するが、確かに贅沢な悩みと言ってもいいだろう。
それでもマナの言う通り、
「
「そうですね。ですが多機能獣車に接続可能な艇体は有用ですから、ラインハルト様も近い内に製作依頼を出されると仰っていましたよね?」
「ああ。退位した後は、セレジェイラを使えなくなる。だがその頃には、飛空艇の移動に慣れきってしまっているだろうからな。使うのは私達4人になるから、さすがにウイング・クレスト程巨大にするつもりはないが」
「俺達の場合、アライアンスでの使用も考えましたからね。だからあれだけ巨大になったんですけど。まあ、アライアンスで使う機会があるかは、わかりませんけど」
それはあるな。
もともと多機能獣車は、小数台で多数の戦闘員を輸送するために大和君が開発したものだ。
その名の通り多くの機能を有する獣車は、今では王侯貴族にとって標準となっており、裕福なハンターも所有している。
だが通常の獣車の倍近い大きさでもあるため、小回りが利きづらく、町中では使い辛いことが欠点か。
まあその欠点も、兵員輸送機能を省略し、獣車そのものを小型化することで解消されているが。
その多機能獣車には、オプションとなる船や飛空艇と接続させることもできるが、多機能獣車が大きいほど船体や艇体は巨大となる。
そのため最初期型でもあるウイング・クレストの多機能獣車用飛空艇は、セレジェイラに匹敵するほどの大きさとなってしまっている。
使えない訳ではないが、それでも実際に使う機会は少ないため、大和君達も持て余し気味だ。
兵員輸送には多大な効果を発揮するが、数年前ならいざ知らず、エンシェントクラスが増えてきた今では、おそらく機会そのものが激減していくだろう。
「新しい獣車を作る気はないの?」
「ないですね。確かに使い勝手はちょっと悪いですけど、それでも気に入ってますし、何かの拍子に使うことになるかもしれないですし」
「それに天樹の枝なんて、よっぽどのことがないと下賜なんてされないしね。まあ大和の功績を考えれば、あの獣車に使った分と同量ぐらいは下賜できるでしょうけど」
それは当然だ。
数々の
それどころか王連街に、大和君の邸宅を建ててもいいのではないかとすら思っているぐらいだ。
まあ王連街は、アミスター王や天帝のみが屋敷を構えることを許された区画であり、そのために神々が用意して下さったと伝えられているから、さすがに無理なんだが。
「それはそれで欲しいけど、それでも今のところ新しく造るつもりはないですね。愛着もありますから」
「もう3年近くになるし、それはあるわよね」
そうか、もうそんなに経つのか。
特に多機能獣車試作1号車が完成した際は、私達も丁度休暇をとれたから、共にイスタント迷宮に入ったな。
そう思うと、懐かしく感じるものだ。
「ただいまー」
「ああ、おかえり。どうだった?」
「さすがに全力じゃ無理だけど、そこさえ気を付ければ、制限は少なかったよ」
「そのために作ったしな。まあエレメントどころかエンシェントでも、全力で動いたらアウトだが」
たった今戻ってきたリディアとルディアだが、デッキ下に用意されている広大な訓練場に顔を出していた。
この2日、数度程魔物の襲撃を受けているが、全てリッターが討伐している。
だが全てのリッターが戦える訳ではなく、対応したのは見張りや待機番となっている者達だった。
それ以外の者達は、個室で体を休めたり遊戯室で親睦を深めたりしているのだが、最も人気が高いのは訓練場の利用だ。
数日とはいえ何もしなければ、いざという時に体が動かず、思わぬケガを負ってしまうことも考えられる。
そのためにこのウイング・オブ・オーダー号には、1万平米もの広さを誇る訓練場が用意されている。
さすがにエンシェントクラスやエレメントクラスは無理だが、ノーマルクラスどころかハイクラスまでなら全力で動いても問題ない程の強度も有しているため、軽く体を動かす程度ならば問題ない。
「ハイクラスの魔力を防げるっていうだけでも、十分凄いけどね。まあそれだけ、真子のヨツンヘイムっていう刻印術が凄いってことなんだけど」
「さすがにエンシェントクラスは無理ですけどね」
マルカの言うように、訓練場には真子のヨツンヘイムという刻印術が付与されている。
大和君と真子曰く、状態を維持するために特化させているそうだ。
正直、何を言っているのかよく理解できていないが、簡単に言えばハイクラスまでならどれだけ攻撃を加えてもヨツンヘイムの結界を破ることはできず、それどころかエンシェントクラスであっても7割程度までなら防げることは確認されているらしい。
本気を出せばエンシェントクラスであっても完全に封じられるそうだが、1万平米という広大な訓練場を覆い、さらに真子本人ではなく付与させた天魔石によって発動されているため、どうしても強度は落ちてしまうそうだが、それでも十分だろう。
「だけどライ、訓練場が人気なのはいいけど、明日にはグラーディア大陸が見えるんでしょう?なら疲れを残さないのはもちろん、ケガもしないように制限を掛けた方がいいんじゃない?」
「ああ、確かに。ケガは
「既に通達している。訓練場の使用は、今日の夕方までだ」
訓練の際にケガをすることは、日常茶飯事だと言っていい。
少々のケガなら、エンシェントクラスなら数分、ハイクラスでも1日足らずで回復できるのだが、ハイクラス以上の訓練では四肢断裂ということもさほど珍しくないため、その場合は
だが此度の親征で
エンシェントヒーラーの曾祖母殿、エレメントヒーラーの真子がいるが、それでも魔力には限りがあり、さらに真子には役目があるのだから、無駄に魔力を使わせる訳にはいかない。
だからこそ、訓練場の使用は今日の夕方までと、制限をかけている。
「明日のいつぐらいに見えてくるかは分かってないですけど、それでも使用は禁止ですか」
「仕方ないさ。我々が飛空艇で攻めてくるとは思っていないだろうが、それでもアバリシアは、AランクどころかOランクのドラゴンすら使役する方法を確立させている。それは兵の減少を補って、余りある戦力となるだろう。そのような敵を前にケガをするなど、無能のすることでしかない」
「まあ、それはそうですが」
ケガをしても
戦闘によるケガならともかく訓練でのケガ、それも禁止された状態でなど、魔力の無駄遣いでしかない。
そのような者が此度の親征に参加しているとは思えないが、だからこそ体を動かしていないと落ち着かないという者はいるだろう。
訓練場使用禁止の通達は、そういった者を抑えるためでもある。
「ああ、確かにそっちの方がいそうか」
「Oランクのドラゴンなんて、フィリアス大陸だと災害種クラスになるものね」
「ですけどリネア会戦で戦ったバーニング・ドラゴンは、そこまで強くはありませんでしたよ」
「だね。異常種か、下手したら希少種と同じぐらいだったかもしれない」
「そうなのか?」
「言われてみれば、確かに災害種程の強さじゃなかったわね。ブラッドルビー・ドラゴンでも、O-Iランクが精々じゃないかしら?」
リディア達の話、特に真子の話は、なかなかに衝撃的だった。
アバリシアによる侵攻の際、神帝はAランクのレッド・ドラゴン、Oランクのバーニング・ドラゴンを従え、さらに同じOランクであり、バーニング・ドラゴン以上であろうブラッドルビー・ドラゴンを座乗騎としていた。
だが真子は、ドラゴン達の強さは明らかにランクより弱く、最上位のブラッドルビー・ドラゴンでさえ、O-Iランクに届くかどうかだったと口にした。
「やっぱりグラーディア大陸が、別の世界だからなんでしょうか?」
「だと思うわ。そもそもスライムとかの低級の魔物ならともかく、ドラゴンっていう最上位の魔物のことを神々が知らないなんて、あり得ないわよ」
さすがにグラーディア大陸が、本当に別世界から転移してきた大陸なのかは今でも疑っているが、真子の言うことももっともだ。
だがそのことを議論する意味も、間もなくなくなる。
遅くともあと数日で、我々はグラーディア大陸に上陸し、神帝の座す神都アロガンシアへも到達する。
そしてその神帝を倒せば、全ての謎は解かれるだろう。
同時にヘリオスオーブも、滅亡の危機から救われる。
そのために我々は、遥かグラーディア大陸を目指しているのだから。
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