神牛討伐

Side・ミーナ


 6月も末になり、グラーディア大陸への進軍準備は着々と進められています。

 私はアサヒを出産してからというもの、ハンターとしてのリハビリとフォールハイト伯爵領の開発を平行して行っています。

 あ、もちろんアサヒの世話もしっかりやっていますよ。

 私にとってはお腹を痛めて産んだ、大切な娘ですから。


 そんな生活を送っていますが、エニグマ迷宮の攻略には同行させてもらいましたし、その後で行われたゴルド大氷河の新たな終焉種アルミラージ討伐にも参加したおかげで、私とフラムさんのレベルも99になりました。

 そして今日、新たにガグン大森林の宝樹を棲み処にしている終焉種クジャタ討伐にも参加しています。


「クジャタって牛よね?」

「ええ。グレイロック・ブルの最終進化になるから、肉は最上級でしょうね」

「ならあまり外傷を与えない方がいいんだろうけど、ミーナとフラム、それからアテナも進化できるかもしれないから、正面から戦うのよね?」


 私とフラムさんはレベル99ですが、アテナさんもレベル98になっていますから、クジャタを倒すことができれば、エレメントクラスへ進化することは不可能ではありません。

 今回のクジャタ討伐は私達のレベル上げも兼ねていますから、刻印神器による介入は、ギリギリまで行わない予定になっています。


「ええ。ハヌマーンと違って空を飛んでても襲ってくることはなかったから、偵察は楽でしたね」

「空の相手は無視、というか興味なしってことか」

「俺のことを視認してたのは間違いないんで、そう考えてもいいでしょうね」


 クジャタ討伐を行う理由はいくつかありますが、ガグン大森林にはブル種は生息していないことが一番の理由になります。

 既にガグン大森林の生態系は乱れに乱れているのですが、ブルの終焉種クジャタが生まれてしまったせいで、元々ガグン大森林に生息していた既存種はかなり追いやられ、ここ数ヶ月は近隣の町や村に少なくない被害も出るようになっています。

 ブルの終焉種となると、高確率で2年前の迷宮氾濫で溢れたカトブレパスかダークブレス・ブルが進化してしまったことになると思います。

 それもあって早期討伐が望まれており、そのために大和さんが上空から偵察を慣行されたのですが、万が一に備えてクラウ・ソラスは生成されていました。

 幸いにもクジャタは、上空からの偵察には反応を示さず、宝樹の根本で大きな体を横たえていたそうですから、偵察は楽だったみたいですね。

 終焉種であるクジャタには竜種のような翼があるそうですから、大和さんは襲ってくることを視野に入れていたんですが、そんな様子は一切なかったから拍子抜けしたと仰っていました。

 そのクジャタ、全長約30メートル、全高約15メートル程だったそうですが、終焉種としては小柄と言ってもいいでしょう。

 ドラグーンやサウルスの終焉種は100メートルどころかそれ以上の巨体でしたから、それに慣れてしまったのかもしれませんけど、アルミラージも全長10メートル弱とクジャタと大差なく、こちらも終焉種としては小柄な部類になりますから、尚更そう感じてしまってのかもしれません。


「手を出さなければ、襲ってくることはないってこと?」

「かもしれないけど、終焉種だから何とも言えないな。だけど2匹いたから、さすがに放置はできないだろ」

「確かにね」


 クジャタがいるという噂は、去年あたりから出回っていたため、一度詳細な調査が行われています。

 それによって存在が確認されてはいたんですが、相手が相手ですから姿を視認し、クエスティングによる確認を行った時点で調査隊は撤退しています。

 その際のクジャタは、先ほど大和さんが仰ったように宝樹の根本でのんびりと日向ぼっこでも楽しんでいたそうですから、当時は緊急性は低いと判断されたと聞いています。

 ところが最近になって、クジャタが2匹いるとしか思えない報告が相次ぎました。

 その話をネージュ様から伺った大和さんが、すぐにクラウ・ソラスを生成してガグン大森林の調査に向かわれたんです。

 さすがに2匹もいるとなれば、バレンティアのこともありますし、被害も出始めているのですから、捨て置くことはできません。

 ですから私達のレベル上げも兼ねて、今日挑むことになりました。


「確認したわ。間違いなく2匹いるわね」

「ええ。奥の方が少し小さいけど、これは個体差かしら?」

「進化して間もないから、ってことかもしれませんね」

「ああ、それはあり得るか」

「どうでもいいわ。それより問題なのは、この数でしょ」


 宝樹の前に広がっている広大な空間には、2匹のクジャタを中心にカトブレパスやダークブレス・ブルが群れを成していました。


「ダークブレス・ブル8匹にカトブレパスも3匹か。サードアイ・ブルも少ないけどいやがるし、ジュエル・ブルに至っては数えるのも面倒だ」

「完全に牧場になってるわね。クジャタが2匹もいるんだから、そりゃ他の魔物は近寄ってこないでしょうけど」

「見ようによっては牧歌的だけど、実態は凶悪でしかないわ。2年も経ってるんだから数が増えてもおかしくはないけど、それでも増えすぎね」

迷宮ダンジョン攻略を優先してたとはいえ、クジャタがいるのは知ってたんだから、少しは間引きしとくべきだったなぁ」

「どうせ今日全部倒すんだから、今更でしょ」

「まあな」


 もともとブル種はガグン大森林には生息していませんでしたから、この現状はガグン大森林の生態系が完全に狂ってしまっている状況です。

 ですから生態系を元に戻すためにも、この場のブル種を全て倒すことは決まっています。

 それでも数が多すぎますから、ヴァルトのハンターズギルドだけでは引き受けきれないので、そこはラインハルト陛下やネージュ陛下、グランド・ハンターズマスターと相談になると思いますけど。


「じゃあ予定通り、奥のクジャタは真子さんに抑えてもらって、その間にミーナ、フラム、アテナはもう1匹のクジャタを、俺はその援護。みんなは他のブル達を頼むな」

「了解よ」

「1匹も逃がすつもりはないから、一気にやりましょうか」

「もちろんよ」


 みなさん、やる気が満ち溢れていますね。

 私も、レベルを上げるのはもちろん進化することも目指していますし、その進化も目前と言えるレベルになっていますから、気力は十分です。

 正面から終焉種と相対するのは二度目ですが、どんな攻撃だろうと私の後ろには通しませんよ。


Side・大和


 2匹のクジャタのうち、1匹は真子さんのフィールド・コスモスによって完全に動きを封じられた。

 万が一に備えて俺はクラウ・ソラスを、真子さんはアガート・ラムを生成してあるから、フィールド・コスモスの強度は普段より遥かに強いんだが、それでも終焉種を完全に封じ込めるって、マジで凄いと思う。

 さらにクジャタ以外のブル種は、プリム、マナ、リディア、ルディアの4人によって蹂躙され、次々と肉塊となっていっている。

 上位種だろうと災害種だろうと構わずだし、素材のことを考えて倒す余裕まであるから、あっちは任せても大丈夫だな。


「ここは通しません!」


 そしてクジャタの相手をしているミーナ、フラム、アテナの3人だが、息の合った連携で攻撃を繰り返し、早くも左側の角を落としている。

 そのことに腹を立てて突進を仕掛けてきたが、ミーナの新固有魔法スキルマジックワイドミラー・シールドによって防がれた。

 土属性魔法アースマジック氷属性魔法アイスマジック、ミラーリングやスカファルディング、さらに結界魔法や念動魔法などを組み込んでいるワイドミラー・シールドは、クジャタより巨大な鏡の盾となり、数十トンはあろうかというクジャタの突進を受けると同時に砕け散ったが、すぐに新しい鏡が生成されては砕けてを繰り返し、ついには完全に突進を受け止める。

 グリズリーの災害種にサイスシザー・ファランクスっていうのがいるんだが、こいつは攻撃を受け止める際、その名の由来となったファランクスを光属性魔法ライトマジックで再現してくるために非常に防御力が高い。

 ミーナはそのサイズシザー・ファランクスの光属性魔法ライトマジックを参考にして開発したんだが、ワイドミラー・シールドは物理攻撃を防ぐだけではなく、魔法攻撃を跳ね返すこともできるように仕上がっている。


「フラムさん!アテナさん!」

「はい!」

「うん!」


 ワイドミラー・シールドによって突進を受け止められ、足を止めてしまったクジャタに対し、巨大になった複数のタイダル・ブラスターを同時斉射するフラムの新固有魔法スキルマジックタイダル・ディザスターが次々と突き刺さっていく。

 さらにトドメとばかりに、完全竜化したアテナのブレイズライト・ブレードがクジャタの首を斬り裂いた。

 切断には至らなかったが、それでも首の中程までに達したアテナの爪の一撃を受けたクジャタは地面に倒れ、大きく痙攣した後で完全に動きを止めた。

 思ったよりあっさりと倒せたが、終焉種相手に時間をかけるような戦い方は悪手でしかないから、これはこれで問題ない。

 何より今回は、もう1匹いるからな。


「真子さん!」

「ええ、分かってるわ。だけどその前に」


 フィールド・コスモスで足止めをされていたクジャタに対して、真子さんがスターライト・サークルを発動させ、両の角を撃ち落とし、翼もズタズタに斬り裂いた。

 終焉種にとっても翼は大切なものだから、翼を傷つけられたクジャタの怒りは、そのまま真子さんに向かう。

 だがその程度のことは、真子さんはもちろん俺達も承知の上だ。

 その証拠に、ミーナのワイドミラー・シールドが、クジャタの巨体をしっかりと受け止めている。


「ありがとう、ミーナ」

「これが私の役目ですから!」


 そう言ったミーナは、フレアライト・ソードに固有魔法スキルマジックメイス・クエイクを纏わせ、クジャタの顎に、切り上げるような形で力いっぱい叩き付けた。

 その一撃でメイス・クエイクは砕け散ったが、クジャタも無傷ではなく、衝撃で大きく脳を揺らされてしまい、一瞬だが意識が飛んだように見える。


「今です!」


 その隙を逃さず、フラムのタイダル・ディザスターが直撃し、アテナのブレイズライト・ブレードが、今度はクジャタの首を落とした。

 いつでも手を出せる準備はできてたが、その必要は全くなかったな。


「お疲れ様。ナイス連携だったわよ」

「ありがとうございます。皆さんのおかげです」

「私も最後の攻撃を放つ瞬間、一気に魔力が増えた感じがしましたから、進化できたようです」

「あ、ボクも進化できたっぽいよ」


 お、フラムはエレメントウンディーネに、アテナはエレメントドラゴニアンに進化できたか。

 ミーナも戦闘中に魔力が増えてるような感覚があったから、多分進化できてるだろうな。


「ミーナはどう?」

「待ってください。『ライブラリング』。はい、エレメントヒューマンに進化できていました」


 やっぱりな。

 これでエレメントクラスも9人になり、グラーディア大陸進軍に向けて大きな戦力アップだ。

 神帝はヘリオスオーブにとって害悪でしかないから、次に相対したら舌戦なんてせずに即殺するつもりだが、それでも神帝以外のエンシェントデーモンがいる可能性は拭えていないから、エレメントクラスが増えたことは素直に心強い。

 進軍まで2週間切ったし、それまでは腕を鈍らせない程度の狩りと領地開発に精を出しておこうと思う。

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