合金と言語

「いよっしゃあああああっ!!」

「うおっ!ビビったぁ!!」


 ある日工芸殿で作業をしていると、突然エドがバカみたいにデカい声を上げやがった。

 作業と言っても日緋色銀ヒヒイロカネ作りだから、少々手元が狂ったとしても問題は無い。

 繊細な作業中だったら、確実に手元が狂ってたけどな。


「あ~ビックリした。いきなり大きい声出さないでよ」

「本当ですね。というか、何を作っていたんですか?」


 俺と同じく日緋色銀ヒヒイロカネを作っていたルディアとフラムも、驚いて苦情を口にしている。

 というか、何を作ってたんだ?


「おうよ、これを見やがれ!」


 喜色満面の笑顔を浮かべて俺達に見せたのは、瑠璃色銀ルリイロカネより薄い青色のインゴットだった。

 澄んだ空みたいな鮮やかな青色をしてるが、確か天色あまいろって言うんだったか?


「インゴット?青ってことは金剛鉄アダマンタイト系の合金かな?」

「もしかして、瑠璃色銀ルリイロカネに匹敵する青鈍色鉄ニビイロカネが完成したんですか?」

「いや、日緋色銀ヒヒイロカネに近いな」


 マジか!


 日緋色銀ヒヒイロカネ瑠璃色銀ルリイロカネもいい合金だが、欠点があるとしたら同じサイズの鉄より軽い事になる。

 もちろん軽くて悪い事は無いんだが、武器としてみると欠点になってしまう。

 実際重さを活かした重量武器を使う人は、瑠璃色銀ルリイロカネの下位互換と言える翡翠色銀ヒスイロカネではなく、青鈍色鉄ニビイロカネを好んでるからな。

 もちろん青鈍色鉄ニビイロカネもいい合金なんだが、こちらはエレメントクラスに進化すると使えなくなってしまう。

 今のところエレメントクラスに進化できそうな人の中に、重量武器を好む人はいないが、それでもいずれ進化しそうな人は何人かいるから、瑠璃色銀ルリイロカネに匹敵する性能の重量金属材の開発は必須に近かった。

 まあ、そんなのは建前で、エドが半ば趣味に近い感じで試行錯誤を繰り返してただけなんだが。


「こいつは青鈍色鉄ニビイロカネ神金オリハルコン魔銀ミスリルを加えてみた。比率は5:2:4だ」


 ほう、青鈍色鉄ニビイロカネをベースにってのは、日緋色銀ヒヒイロカネと同じだな。

 だがその比率に到達するまでは、かなり試行錯誤が必要だったはずだ。

 数字が苦手なエドがわずか数年で完成させることができるとは、正直驚いたぞ。


「数字が苦手なくせに、よくこんな早く完成させれたね」

「うるせえよ!確かに苦手だが、出来ねえって訳じゃねえんだよ!って、んなことはどうでもいい。とっととこいつを見やがれ!」


 自覚はありやがったか。

 いや、嫁達にも口を酸っぱくして言われてるんだから、これで自覚が無かったら問題でしかないんだが。

 それより俺も、この新しい空色のインゴットがどんな性能なのかは興味がある。

 どれ、早速工芸魔法クラフターズマジックメジャーリングを使ってみるか。


「げっ!」

「え?マジ、これ?」

「す、すごいですね……」

「だろ!」


 得意満面なエドだが、そんな顔するのも仕方がない。

 なにせエドが作ったこのインゴットは、魔力強度10、硬度11、魔力伝達率9、魔力耐久値11、魔力蓄積率10、重量2,400と、本当に日緋色銀ヒヒイロカネに近いと言っても過言じゃない性能だったんだからな。

 正確に言うなら、瑠璃色銀ルリイロカネ日緋色銀ヒヒイロカネの中間だが。


「計算すると……総合性能値102か。確か100以下だとアーククラスの魔力に耐えられなかったはずだから、こいつならギリギリ耐えられるかもってとこか」

「そこはお前辺りがアーククラスに進化しねえとわからねえけど、少なくともエレメントクラスなら問題ねえ」

「だね」


 アーククラスに進化できるとは思えないが、それでもこれなら耐えられるんじゃないかと思う。


「で、だ。大和、こいつの名前を頼む」

「は?いや、作ったのはお前なんだから、お前が考えろよ」

「こいつも瑠璃色銀ルリイロカネ日緋色銀ヒヒイロカネと同じ感じの名前を付けたいと思ってるんだが、俺にはさっぱり浮かばねえんだよ。多分お前の国とヘリオスオーブの言語の違いってのもあると思うが」


 ああ、なるほど。

 だけど言わんとすることは分かるが、そこまで気にせんでもいいと思うぞ?


 今更の話ではあるんだが、ヘリオスオーブで生活していて、言語に不自由したことはない。

 だが同じ意味でも、複数の単語があったりする。

 例えば騎士を意味する言葉は、オーダー以外にもナイトやシュヴァリエ、リッターが該当してるし、セイバー、ドラグナー、ホーリナー、ランサーなんかもそうだ。

 合金も、日緋色銀ヒヒイロカネはヘリオスオーブだとフレアライト、瑠璃色銀ルリイロカネはラピスライトと呼ばれることもあるな。

 日本語でも役職の違いとかそんな感じで使い分けることがあるから、俺は慣れてたから気にしたこともなかったんだが、実は父さんが来た際に言語が通じることも含めて違和感を感じてたから、いくつかの仮説を立てていた。


 聖書の創世記には神が傲慢になった人々の言葉を乱し、各地に分散させたっていう記述があるから、それが原因で地球には多種多様な言語が生まれ、逆にヘリオスオーブは神々の元に言語は統一されているから、客人まれびとも含めて言語には不自由しないんじゃないかって父さんは考えていたな。

 もしかしたらヘリオスオーブにも方言とか地域言語みたいなのがあるが、神々の加護を受けているヘリオスオーブでは自動翻訳されていて、誰も気付いてないんじゃないかとも言ってた気がする。


 だからエドは、地球、というか日本語とヘリオスオーブ語の両方で通用する名称を付けたいんだろうが、そもそも瑠璃色銀ルリイロカネ翡翠色銀ヒスイロカネ青鈍色鉄ニビイロカネどころか日緋色銀ヒヒイロカネを作った時だってそんなの気にしてなかったんだから、そこまで深く考えんでもいいと思うぞ。


「それはそうなんだが、あれ以来時折頭にチラつくんでな」

「まあ、気持ちは分からなくもないよ」


 エドだけじゃなくルディアもか。

 俺からしたら言語が共通なんて便利でしかないし、日本語で付けた名称も自動翻訳してくれてるっていう印象しかないんだが、これは俺が異世界から来た客人まれびとだからなのかもしれない。


「そうだな、なら蒼穹色鉄ソライロカネってのはどうだ?日緋色金ヒヒイロカネに近いから青生生魂アポイタカラってのもよぎったが、どうせなら統一性を持たせた方がいいだろ?」

「そりゃな。ってことは蒼穹色鉄ソライロカネは……スカイライトか。うん、悪くねえな」


 青生生魂アポイタカラも捨てがたいが、確か青生生魂アポイタカラ日緋色金ヒヒイロカネの色違いみたいな感じだった気もするから、蒼穹色鉄ソライロカネの方がシックリくる。

 ヘリオスオーブ語だとスカイライトで、これも日緋色銀ヒヒイロカネ=フレアライト、瑠璃色銀ルリイロカネ=ラピスライト、翡翠色銀ヒスイロカネ=エメラルライト、青鈍色鉄ニビイロカネ=ディライタイトとほぼ同じだから、統一性も出ていい感じだ。


「陛下やクラフターズギルドへの報告は、お前がやれよ?」

「面倒だが仕方ねえ」


 開発者はお前なんだから、それは当たり前だろうが。

 フロートなら三天家の天都屋敷に設置してあるゲート・ストーンを使えば簡単に行けるんだから、さっさと行っておけよ。

 まあ蒼穹色鉄ソライロカネも製法は秘匿されて、日緋色銀ヒヒイロカネと同じ扱いになる気がするけどな。

 今のところ日緋色銀ヒヒイロカネは、製作者特権でウイング・クレストぐらいしか使ってないが、近いうちに天帝家やグランド・リッターズマスター、グランド・ハンターズマスターの武具にも使われる予定だ。

 ただグランド・ランサーズマスターとグランド・ホーリナーズマスターは重量武器を使ってるから、日緋色銀ヒヒイロカネで新造するか青鈍色鉄ニビイロカネのままにするかが問題だった。

 だけど蒼穹色鉄ソライロカネが完成したとなれば、その問題も解消される。

 日緋色銀ヒヒイロカネには劣るが、それでもエレメントクラスの魔力に耐えられるのは間違いないし、もしかしたらアーククラスの魔力でもってなれば、もう魔力を気にしながら武器を振るう心配は無くなるからな。


「これで色名合金も5つ目かぁ。他にも作ったりするの?」

「いや、さすがにもういいだろ。そもそも合金は、ハイクラス以上の魔力に魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイトが耐えられねえからってことで、大和ができねえかって言ってきたのが始まりだからな。日緋色銀ヒヒイロカネっていう最高性能の合金も完成してるし、上に関してはさすがにこれ以上はないだろ」

「鉄も、ソレムネの技術や大和さんの知識を合わせることで、精度の高いはがねが精製されていますし、クロムも混ぜることで錆びにくく熱にも強い不銹鋼ステンレスも開発されましたね」


 ああ、そういえばステンレスも完成してたな。


 鉄鉱山はヘリオスオーブにはかなりの数があり、特にアミスターやソレムネ地方の鉄鉱山からは用途不明の鉱石も多く産出する。

 いくつかは刻印具にインストールされてる高校時代の教科書と照らし合わせることで判別できてるが、それでも全部じゃない。

 だけど判別できた鉱石の中には、クロムやマンガン、モリブデン、コバルトがあって、それらを使った合金の開発も行われている。

 これはクラフターズギルドやスカラーズギルドに丸投げしてるが、ステンレスは比較的早く完成した合金だな。

 何故か不銹鋼ふしゅうこうっていうのが日本語名、ステンレスがヘリオスオーブ語名になってるが、理由については全く分からん。

 他にも鉄にクロムとモリブデンを混ぜて剛性や耐熱性を上げた耐熱鋼クロムモリブデンも完成してたな。

 名称には色々と物申したいが、既に登録されてるから変更もできやしねえ。


不銹鋼ステンレス耐熱鋼クロムモリブデンか。どっちも普通の鉄より性能が上だから、ノーマルクラス用の武器にもよく使われてるって聞くな」

「はい。特に耐熱鋼クロムモリブデンは硬度は魔銀ミスリル以上ですから、Bランクハンターの主力になりつつあるそうです」

「だね。あと不銹鋼ステンレスは錆びにくいから、調理師からの評価も高いよ」


 その話は俺も聞いたな。

 確か性能としては、魔力強度、硬度、魔力伝達率、魔力耐久値、魔力蓄積率、重量は、こんな感じになってたはずだ。


   不銹鋼ステンレス   5、6、6、6、7、1,200

  耐熱鋼クロムモリブデン  6、7、5、7、6、1,150



 総合値は不銹鋼ステンレスが60、耐熱鋼クロムモリブデンが62だから、どちらもハイクラスの魔力に耐えられるため、戦闘中に進化してしまっても武器の劣化を気にしないで済むのもポイント高い。

 特に耐熱鋼クロムモリブデンの耐熱性は、魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイト以上だったりする。

 まあ、さすがに鉄ベースだとハイクラスまでが限界だから、エンシェントクラス以上だと使えないのは変わらないが、それでも鉄の需要が増えてきてるのも間違いない。

 鉄合金はCランクから作れるから、クラフターにとっても作りやすいのも良いな。

 まあソレムネ地方は、天与魔法オラクルマジックを使える人が少ないから合金は輸入がほとんどだし、鍛冶なんかも地球と同じような感じだから、廃業した人も少なくないのが問題になってきてるんだが。

 まあそういった人達も転職することが多いし、ヒルデもしっかりとフォローしてるから、今のところは大丈夫かな。


 合金も増えてきたし、まだまだ研究も続けられている。

 個人的には地球のオリハルコンと言われている、銅合金の研究もしてみたいな。

 だけど確か、ベリリウムやコバルトが必要だったはずで、特にベリリウムの方は見つかってないから、現状だと別の鉱石を使うしかない。

 まあ今後見つかるかもしれないし、エレメントクラスに進化してる俺の寿命は少なく見積もっても300年ぐらいはあるはずだから、焦らずじっくりと研究しよう。

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