石英

Side・フィーナ


 ラウス君やレイナから提案され、魔導士の皆さんが希望された短剣は、翡翠色銀ヒスイロカネで打つことになりました。

 エレメントクラスの魔力には耐えられないんですけど、真子さんの魔扇・緋桜は近接戦にも十分使用できる日緋色銀ヒヒイロカネ製の扇ですから、特に急がれてはいません。

 また希望者がユーリ様やアリアさん、レイナといった魔導士、フラムさんとレベッカという弓術士のみだったこともあり、さらに今回は急ぎということもあって、翡翠色銀ヒスイロカネで打つことになったんです。

 いずれ短剣は日緋色銀ヒヒイロカネ製の物に交換し、現在仕立ててる最中のクレスト・プロテクターコートに縫い付ける形になりますから、間に合わせ品でもありますね。

 それに私達クラフターは未だに武器を作っていませんから、私達の護身用にもなります。

 クラフターの武器を用意できていない理由は、単純にどんな武器にするか、したらいいのかが決めきれなかったからですけど。


「ミラー・シースをどこに縫い付けるかだが、候補としては利き腕の反対側の二の腕、腰の後ろ、それから太腿辺りが無難か」

「太腿は無いわね」

「だね。あたしはいいけど、他のみんなはスカートを捲らないと取れないんだから時間がかかるし、何より恥ずかしいでしょ」


 大和さんの案の1つを即座に却下する真子さんとルディアさんですが、私も同感です。

 戦闘中はスカートが捲れることもよくありますから、皆さんちゃんとスカートアーマーの下にはスパッツを履いているんですけど、だからといって自ら捲るなんて、はしたないにも程があります。

 唯一ミニスカートのルディアさんは問題無いんですけど、プロテクターコートにする際に少しスカートの丈を伸ばす事にもなっていますから、結局は影響が出てしまいますね。


「じゃ、じゃあ腕か腰だけど、みんなとしてはどっちがいい?」


 一瞬怯んだ大和さんですが、それでも案は残り2つあります。

 どこに付けるか決めないと、私も製作のしようがありませんから、出来るだけ早めに決めてもらいたいです。

 あ、ちなみに私は腕派です。


「腕かしらね」

「あたしもその方がいいかな。腰だと動く時邪魔になるかもしれないから」

「私の場合、予備ミラー・クイバーが腰に付けられるようになってますから、腰だとちょっと」


 ああ、そういえばフラムさんはミラー・クイバーを3つ持っていましたっけ。

 私が仕立てたミラー・クイバーは100本の矢を収納できますから、普段使いする分には十分な量となりますし、さらにアロー系の属性魔法グループマジックも使えば、余程の事が無ければ尽きることは無いでしょう。

 ですがフラムさんは、大和さんと共に迷宮ダンジョンに行かれることも多いですし、迷宮ダンジョンでは矢の補充は出来ませんから、予備として多めに矢を持っておきたいと考えられました。

 ですから今年に入ってから、私が新たに2つ作ったんですけど、クラテル迷宮攻略の際はアロー系属性魔法グループマジックがなければ矢が尽きていたそうです。

 低ランクモンスターならアロー系だけで倒せますが、高ランクモンスターともなれば矢に魔力強化を施さなければ牽制にもならないそうですから、フラムさんに限らず高ランクの弓術士は必ず予備のミラー・クイバーを持っています。

 その話を聞いたレベッカも、1つだけではありますが予備として用意しましたから。


「うん、そう言うだろうと思ったよ。俺も腰の後ろにあると、ちょっと邪魔じゃないかなって思ってたから」

「じゃあなんで候補に挙げたの?」

「そっちの方が良いっていう意見が出るかもしれなかったから。実際、腕より腰の方が抜きやすいのは間違いないからね」

「ああ、そういう事ね」


 なるほど、納得です。

 確かに腰の後ろ側なら、短剣は抜きやすいですね。

 ただ腰を動かす際には少し気になりますから、武闘士として腰の動きが重要なルディアさんには邪魔になるでしょうし、剣士である大和さんにもそれは同様です。

 ですから考慮外になる選択肢なのですが、メリットが皆無というワケではありません。

 抜きやすいですし、背中側にありますから正面からでは見えにくいため、しっかりと擬装を施せば一種の隠し武器としても機能するかもしれません。

 魔物が相手ではあまり意味はありませんが、人が相手になった場合には有効でしょう。

 腕だと丸わかりですから、万が一の時に使えない可能性もあるかもしれませんね。


「なるほどね。じゃあ利き腕の反対側の二の腕でいい?」

「それが無難だろうな。利き腕側にもミラー・シースと同じデザインを擬装しとけば、分からないだろうしな」

「それはアリね。完全に隠し武器になるけど、護身用なんだからその方が良いわ」


 というワケで、ミラー・シースは利き腕の反対の腕に決まりました。

 さすがに利き腕側にもミラー・シースと同じデザインの擬装を施すのは想定外でしたが、対人戦を想定するなら必要とのこと。

 さらに向きも上向きではなく下向きの方が取りやすいため、そちらに決まってしまいました。

 いえ、投剣士にもそういう使い方をされている方はいますから、落下防止効果のあるミラー・シースは普通に売ってるんですけど。


「確か投剣士用のミラー・シースは、結界魔法とロッキングを付与させてたよな?」

「はい。結界魔法で落下しないように蓋をして、ロッキングで短剣を内部に固定しますね。あと念動魔法を付与させて、天魔石に魔力を流すと柄が飛び出してくるようにします」


 ただ腕に縫い付ける場合、天魔石より宝石の方が邪魔にならないですし、見た目的にも綺麗になりますから、今回もそうすることになると思います。

 念動魔法を付与させるなら天嗣魔法グラントマジックと相性が良いアンバーやパール等がありますが、最も相性が良いのはローズクォーツと呼ばれる淡いピンク色をした宝石です。

 結界魔法はアンバーと相性が良いのですが、今回作るミラー・シースの場合は念動魔法の方が重要になりますから、加工したローズクォーツに魔法を付与させていく形になります。

 問題なのは、ローズクォーツは石英と呼ばれる鉱石から精製される宝石だということです。


 石英はアミスターでしか産出せず、しかも2,3ヶ所しか鉱山が無かったはずなので、それから作られるクリスタルやアメジスト、ローズクォーツなどは高価になりやすいんです。

 クォーツ・パペット種という魔物も存在していて、確かフロート迷宮にもいたはずですから、現地調達がしやすいという点が救いでしょうか。

 ただ、それも問題になりかねないんですよね。


「クォーツ・パペット、しかもフロート迷宮かよ」

「行ってもいいけど、あたし達が行くと狩りつくしかねないからね」

「ええ、狙ってるハンター達から苦情が来るわ」


 でしょうね。

 クォーツ・パペットが出るフロート迷宮第12階層は、フロートを拠点にしているハンターの多くが訪れる場所ですし、それもあって諍いが起きることもあると聞きます。

 そんな中にエンシェントクラスやエレメントクラスが素材目当てでやってきたりなんかしたら、間違いなくハンターズギルドにクレームが行ってしまいます。

 大和さん達にとっては片手間でも、彼らにとっては生活するためのお仕事なんですから。


「一応行ってみて、人が多いようなら場所を変えるしかないか」

「それかバリエ迷宮に行ってみる?あそこも全部見て回ったワケじゃないから、もしかしたらいるかもしれないわよ?」

「あ、確かに」


 そういえばバリエ迷宮最深層には、ジュエル系やコランダム系、さらにはオリハルコン系のパペット種が生息していて、しかも上位種のドールや希少種のゴーレムもいたというお話でしたね。

 しかも探索できたのは半分にも満たないそうですから、確かにクォーツ系だけではなく、他の系統種もいるかもしれません。


「余計な諍いは避けたいし、調査っていう意味もあるから、バリエ迷宮に先に行く方がいいかもしれませんね」

「そうね。もしバリエ迷宮にいなかったらその時はフロート迷宮に行って、邪魔をしない程度に狩りましょうか」

「それが無難だね」


 まあ、そうなりますよね。

 フロート迷宮第12階層にいないのはオリハルコン系ぐらいで、他の鉱石系は全て生息していると言われています。

 ですがそれに反して広さはそれほどでもなく、狙っている系統のパペットと遭遇しないことも珍しくないそうですし、何日待っても狙っている系統が出現しないことも珍しくないんだとか。

 さすがに狩りつくされたことはありませんし、物理的に不可能だとも言われているのですが、それでもハンターにとっては人気の狩場の1つですから、ハンター同士が遭遇することは非常に多く、セーフ・エリアには常に人がいるとも言われているぐらいです。

 ですから先にバリエ迷宮に調査に行くというのは、私も賛成です。

 Pランクモンスターも生息しているためノーマルクラスでは辿り着くことすら難しいですが、そのPランクモンスターがいるために、エンシェントクラスご用達の迷宮ダンジョンになりそうですから。

 問題なのはエレメントクラス以上ですが、幸いエレメントクラスでもPランク素材が有用ですし、アーククラスでもMランク素材が問題無く使用できましたから、こちらは慌てなくても大丈夫でしょう。

 いえ、Mランクのパペット種がいる迷宮ダンジョンを私は知りませんから、早めに探しておいた方が良い気もしますけど。


「じゃあ今度の休みにでも、バリエ迷宮に行ってみるか」

「道中に屋内階層がいくつかあるから、そこだけが面倒だよね」

「ですね。とはいえ他に高ランクのパペットがいる迷宮ダンジョンは知らないですから、まずは確実なところから行ってみるしかないかと」

「確かガリア迷宮の深層にいるっていう噂があった気がするけど、あそこって確かドラグーンだかサウルスだかが大量に生息してる階層で止まってるのよね?」

「そんな話ですね。いつか行こうと思ってたけど、すっかり忘れてた」


 そういえばガリア迷宮のお話を聞いたのは、もう3年も前の話になるんですよね。

 アミスター南部にあるボールマン伯爵領領都ガリアは宝樹を中心に据え、数十年程前に生まれた迷宮ダンジョンもある、アミスター有数の大都市となっています。

 そのガリア迷宮は生活に必要な素材となる魔物が多数生息しており、しかもガリアから獣車で1時間弱の距離にあるため、常にハンターが入っているため、迷宮氾濫はおろか迷宮放逐の可能性すらない迷宮ダンジョンです。

 ですから大和さん達はもちろん他のエンシェントハンター達も、緊急性が低いということで攻略を後回しにしており、それもあって今までガリアに行ったこともないんだそうです。


「私は行ったことあるけど、本当に大きな街だったわよ。公都と同じぐらいか、それ以上だったわね」


 真子さんだけは行ったことがあるそうですが、その理由はいつヒーラーとして呼び出されてもいいようにされているためです。

 トラベリングを使えば、緊急依頼が来てもすぐに動けますからね。

 ですから真子さんは、この1年でフィリアス大陸にある全ての町や村を訪れており、いつでも動ける準備を整えていたりします。

 既に5,6回ほど緊急依頼を受けていますし、そのおかげで今のところは大事に至ったことも無いそうですから。


「あ~、確かにデカい街だって話は聞くな。そういえばガリアの収穫祭は宝樹を称える祭りでもあるって話だったし、いつか見に行こうと思ってたんだった」

「ああ、そういえば」


 そういえば3年前にビスマルク伯爵の依頼を受けた際に、そんな話も出たと言っていましたっけ。

 あの頃はフィールがどうなるか不安でしたから、他の町のことを気にする余裕はありませんでした。

 ですがそれを解決してくださったのが大和さんとプリムさんで、そのお2人を中心としたユニオンに参加できるようになるなんて、思ってもいませんでしたっけ。


「収穫祭か。とはいえ、行けるのは爵位を子供達に譲ってからでないと無理でしょう?」

「無理ですねぇ」


 肩を落とす大和さんですが、収穫祭はフィールでも行われていますし、他の町だって同じ時期ですからね。

 しかも大和さんの場合だと、フィール以外にもメモリアやデセオといった大都市の収穫祭も無関係じゃありませんから、そっちの準備や後始末にもかかわらないといけません。

 本当に子供達が爵位を継いでからでないと、他の町の収穫祭には行けないでしょうね。


「まあ進化したおかげで寿命は延びてるし、死ぬまでには見に行けるでしょう?」

「そうなりますよねぇ」


 残念そうな顔をされる大和さんですけど、お仕事が優先ですからこればっかりはどうしようもありません。

 エレメントクラスの寿命がどれくらいなのかは分かりませんが、エンシェントクラスで約250年程だったはずですから、300年以上なのは確実でしょう。

 それまでは大変ですが、天爵としてのお仕事を頑張ってくださいとしか言えません。

 思いっきり他人事ですけどね。

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