魔導士の護身具

Side・アリア


 野営具の撤収を終えた私達は、午前中はマイライトの様子を確認し、いくつかのオークとゴブリンの集落を潰しました。

 オークの集落は小さく、ジャイアント・オークが長の集落しかありませんでしたが、ゴブリンの集落にはゴブリン・クイーンやゴブリン・プリンセスが生まれていたため、数が多くて討伐が面倒でしたね。

 他にも道中で遭遇したフェザー・ドレイクやウインド・ロック、それらの上位種や希少種も狩り、昼食前にアルカに帰りました。


 その昼食の席でラウス君とレイナから、魔導士の装備について相談を持ち掛けられることとなりました。

 私も魔導士ですから興味がありますが、それは真子さんも同様のようです。


「すぐに使えるようにってことになると、コートに短剣あたりを縫い付けておくか、星球儀に内臓させるかだな。ただ真子さんは星球儀を使ってないし、緋桜もあるから近接戦でも不安はないですよね?」

「ないとは言い切れないけど、スピリット・ディッパーもあるし、アガート・ラムも羽根を分離させて似たような使い方が出来るから、武器については特にはね。でも短剣は魔導士以外でも使えるから、コートのどこかに付けておいてもいいんじゃない?」


 魔導士と呼ばれるハンターは増えてきていますが、それでも絶対数から見れば1割、多くても2割にも満たない程度でしょうし、星球儀に至っては完全な特注品です。

 ですから多くの魔導士は杖を使っているのですが、杖は杖で近接戦闘用ではなく、魔法の補助を目的としています。

 戦い方は弓術士と同じく完全な後方支援攻撃型になりますが、力の弱い者も多いですから、近接戦は弓術士以上に不向きですね。

 ですがだからといって近接戦が出来ないようでは、レイドでは足手まといになることも多々あります。

 ですから短剣を星球儀やコートに付けておくというのは、十分対策になると思います。


「それはアリだな。短剣は……いっそのこと星球儀とコート、両方に付けとくか」

「どっちかだけで良くない?」

「いや、俺達も補助武器として短剣は持っときたいと思ったし、魔導士は近接戦に不慣れでもある。だから予備ってことで用意しとけば、リスクも減ると思う」


 確かに私は近接戦は不得手ですから、例え短剣を使用したとしても大した戦果は得られないでしょう。

 ですが体勢を立て直す隙ぐらいは作れるでしょうから、あるのとないのとでは大違いです。

 慣れないことをするワケですから、短剣を落としてしまう、あるいは取られてしまうこともあるでしょうし、壊されてしまうこともあるでしょうから、予備としてもう1本用意しておくというのも理解できます。


「ああ、そういう意味での予備か」

「確かに必要ですね。それにソーディングを使えば、短剣でも十分な攻撃力を見込めます。ですから慣れれば、普段の狩りに使うこともできるかもしれません」


 ミーナさんの仰る通り、刀身や穂先、鏃に属性魔法グループマジックを纏わせて飛躍的に攻撃力を増大させる奏上魔法デヴォートマジックソーディングという、最近大和さんが奏上した新しい魔法を使うことで、短剣特有の間合いの狭さや攻撃力不足を補えます。

 私達やエンシェントクラスの方がよく使っているグランド・ソードは、ハイクラス以上でなければ使えません。

 ノーマルクラスでも似たような魔法を固有魔法スキルマジックとして使うことは可能なのですが、威力を出そうとすればそれに応じた魔力を消費するため、すぐに魔力が枯渇してしまうんです。

 ですからグランド・ソードより威力や魔力消費を抑えた下位互換版として、奏上されることになったと聞きます。


 ソーディングは威力も魔力消費も一定ですが、武器の強度や破壊力を5倍ほどにまで引き上げる魔法なので、ノーマルクラスにとっては使いやすく、同級生も迷宮ダンジョン実習ではよく使っていました。

 しかも魔力強化も5倍に引き上げてくれているので、武器も簡単に壊れたりしない点が素晴らしいです。


 また短剣は、主武器が使いにくい閉所での戦闘でも使いやすいですから、長柄武器を使っている方にも有用でしょう。

 投擲に使用することも可能ですから、それも含めてクレスト・ディフェンダーコートと星球儀、合わせて数本というのが良い気がします。


「投擲にも使えるけど、咄嗟にストレージは使えないから、1本は利き腕とは反対の腕か腰の後ろのどっちかっていうのが無難かしら?」

「腰の後ろだとストレージバッグを付けられないだろうから、利き腕の反対の腕っていうのが無難じゃないか?」

「専用のミラー・シースにしておけば数も用意できるから、投擲にも使いやすくなると思うよ」


 ミラー・シースですか。

 ミラーリングを付与させた鞘ということですが、確かフラムさんとレベッカは大量の矢を収めたミラー・クイバーという矢筒も持っていましたね。

 それの鞘版ということなのでしょうが、矢と短剣ではだいぶ違いますから、作るのも簡単ではないと思うのですが?


「え?短剣をいくつも鞘に入れるって、それって抜くとき危なくない?」

「いや、大丈夫だ。少ないけど投剣士って呼ばれてるハンターがいて、その連中は短剣を投擲することも多い。だから投剣士専用のミラー・シースも出回ってるんだよ」


 投剣士というのは短剣を主武器とするハンターのことで、近接戦はもちろん投擲による遠隔戦もこなす方々だそうです。

 投擲という戦術上、随時補充が必要になってしまうためにコストがかかることが欠点ですが、投擲専用の短剣と近接戦用の短剣とを使い分け、さらに投擲用には鉄製の短剣を用いることでコストを抑え、更に念動魔法の使い手ならば自在に操ることはもちろん回収も容易になるため、出費は思っているより抑えられるんだとか。

 そういった投剣士が使っているのがミラー・シースと呼ばれる鞘で、大量の短剣を収納でき、抜く際も手を斬ったりしないようになっているんだそうです。


「そっか、念動魔法が使えたら大和さんのアイスエッジ・ジャベリンみたいな使い方もできるから、攻撃の幅が広がるんだ」

「ソーディングも一緒に使えば尚更な」


 確かにそれはありますね。

 星球儀によって、周囲に展開されている星は形状が異なり、レイナのグリフィスライト・スターは翼、ユーリ様のエレメンタル・キャッスルは菱形、そして私のグロリアスター・オーブは星型をしています。

 私が以前使用していたスターライト・オーブは完全な球形で、しかもスターライト・オーブが初の星球儀でもありましたから、それに倣って星と呼ばれているのですが、その星にソーディングを使用すれば、レイナや大和さんの仰った使い方は可能です。

 ですが魔導士全員がそのような戦い方ができるワケではありませんし、投剣士は武器の関係から不可能です。

 ですからミラー・シースは、投剣士専用に近い感覚で使われているんだそうです。


「あれ?でも確か昔って、ハイクラスに進化すると武器がすぐに壊れましたよね?なら他の武器も壊れた時なんかは、そのミラー・シースから取り出してたんですか?」

「いや、ミラー・シースを作るには、最低でもSランクの魔石が必要でな。しかも付与する魔法や付与のさせ方の関係もあって、短剣用が限界だったんだ。一応長剣用はあるが、確かそっちは最低でもPランクの魔石が必要だったはずだぞ」

「あと槍とか斧とかだけど、そっちは鞘から取り出すっていうのは非現実的だからね。普通にストレージから取り出した方が早かったって聞いた覚えがあるわよ」


 アウローラ様の疑問に答えるエドワードさんとプリムさんですが、そういった事情があって投剣士ぐらいしか使っていなかったのですね。

 ですが付与する魔法はともかく付与のさせ方まであるとは、さすがに考えたこともありませんでした。

 今ならPランクどころかMランクの魔石も使いやすくなっていますが、それでもミラー・シースに使うハンターはいないだろうとのこと。

 Mランクの魔石を使用したとしても、収納数が増えるぐらいしか目立った効果がなく、それでいて万が一壊されてしまった場合は赤字になりかねないことが理由だそうです。

 確かに普通の武器や鞘でも壊されてしまうことがあるのですから、ミラー・シースだけが例外なワケがありませんでしたね。

 しかもミラー・シースを壊されてしまうと、収納している短剣全ても壊れてしまうそうですから、相手をしている魔物によっては完全に赤字です。

 だからこそ投剣士は、剣を投げる剣士ということになるんだそうです。


「そうなんだ。あ、だから携帯性に優れた補助武器になるし、いざって時は投げてもいいってことか」

「そういうことですね。それに朝方のレイナの戦い方を見ると、近接されてしまうと格下相手でも思わぬ不覚を取りかねません。格下相手でもそうなのですから、同格や格上相手となると、どうなるかは明らかでしょう」


 確かにそうですね。

 これはレイナの戦い方が悪かったというワケではなく、魔導士に共通する問題だと言ってもいいでしょう。

 杖を使う魔導士であっても、杖は魔法の補助に使っていますから、近接武器としては剣や槍、斧などとは一歩も二歩も劣ります。

 それでも攻撃を受け止められるだけマシなのですが、星球儀ではそのような真似すらできません。

 念動魔法や結界魔法といった魔法も付与されていますから、格上相手でも簡単に防御を突破することはできませんが、自分の力で受け止めるワケではありませんから、ある意味ではこちらの方が恐怖は大きいでしょう。

 ですが短剣であっても、マナリングで強度を高めさえすれば、自分で攻撃を受け止めることが出来るようになりますし、ソーディングを使うことで一撃必殺の威力を持たせることも可能になります。

 もちろん短剣の使い方を学ぶ必要はありますが、命がかかっているのですからその程度の労を惜しむつもりはありません。


「問題なのは、今クレスト・プロテクターコートの試作を仕立ててる段階だってことだな。日緋色銀ヒヒイロカネはもちろん高ランクの素材も惜しみなく使うから、ミラー・シースはもちろん、フラムやレベッカのミラー・クイバーも直接つけるつもりでいるんだ。だから短剣製作もだが、ミラー・シースを作るのにちょっと時間が掛かる」

「あ、それは私がやりますよ。レイナのためですし、ユーリ様やアリアさんも早急に用意しておくべきでしょうから。間に合わせになってしまうのは申し訳ないですけど」


 確かにクラフターの方々は、クレスト・プロテクターコートという新しいコートを仕立てている最中でしたね。

 リヴァイアサンをはじめとしたクラテル迷宮の最高位ランクモンスターの素材を惜しみなく使い、装甲には日緋色銀ヒヒイロカネを用い、魔石の補助として高ランクの宝石も使う予定となっているため、今私達が使用しているクレスト・ディフェンダーコートを越える性能となることが確定しています。

 その分魔法付与や仕立てに時間がかかっており、クラフターの方々は手が離せません。

 ですからミラー・シースの製作はクレスト・プロテクターコートの製作が落ち着いてから、もしくはクレスト・プロテクターコートに最初から取り付ける形になるかだと思っていたのですが、レイナの実姉であるフィーナさんが手を上げて下さいました。


「私達としては、間に合わせだとしても助かります」

「はい。近接戦の訓練もしているとはいえ、基本的には対人向けです。さすがに進化していようと、素手で魔物を倒すのは無理ですから」


 やってやれなくはないでしょうが、できればやりたくないというのが本音です。

 ですからフィーナさんが仕立てて下さるなら、ユーリ様の仰る通り非常に助かります。


「お姉ちゃん、サツキちゃんのお世話もあるのに、いいの?」

「ええ、もちろん。カメリアさんも妊娠したってことで狩りには行ってないし、その分サツキだけじゃなくサキ様達の面倒も見てくれてるから。それにミラー・クイバーを仕立てたのは私だから、間に合わせならそんなに時間はかからないわ」


 フラムさんとレベッカのミラー・クイバーを仕立てたのは、フィーナさんだったのですね。


「え?カメリアお義姉ちゃんも妊娠したの?」

「ええ。昨日分かったの。3ヶ月ですって」


 カメリアさんの妊娠が発覚したのは、昨日だったのですか。

 さらっと仰られたので一瞬聞き流してしまいましたが、エドワードさんにとっては2人目のお子さんになりますし、カメリアさんは孤児院育ちということもあってか子供のお世話もお上手で、サキ様をはじめとした子供達にも好かれていますから、フィーナさんの娘サツキちゃんも懐いています。

 ですから作業中は、カメリアさんにお任せできるということですか。


「カメリアも妊娠したのか。これはめでたいな」

「それじゃあ今晩は、秘蔵の食材を使ってお祝いしないと」

「ありがとよ」

「ありがとうございます」


 少し顔を赤らめられたカメリアさんですが、とても幸せそうです。

 今妊娠3ヶ月ということは、出産予定は2月頃でしょうか。

 ミーナさんやライラさんのお子さんと、同い年ということになりますね。

 あちらは、確か10月が予定日だったはずです。

 去年程ではありませんが、今年も出産ラッシュが続きますか。

 おめでたいことですし、またアルカも賑やかになりますね。

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