夜明けのマイライト

Side・レベッカ


 無事にテントも立て終えてご飯も食べた後、夜番を決めることになった。

 と言っても大和さん達とはテントが違うから、夜番は私達だけでやらないといけない。

 こっちは私とラウス、キャロルさん、レイナ、セラス様、アウローラ様の6人だけど、マイライト山脈の中腹っていう場所の問題から、エンシェントクラスの私とラウス、キャロルさんは分かれる必要がある。

 だから今日の夜番は、最初にキャロルさんとセラス様、その次が私とアウローラ様、最後がラウスとレイナに決まってしまった。

 順番はエンシェントクラス組とノーマルクラス組に分かれてじゃんけんで決めたんだけど、中番って途中で起きないといけないし、もう一度寝るのも中途半端になるから、一番のハズレ。

 なのにしっかりと負けちゃったから、少しテンション下がっちゃったよぉ。

 まあ私はエンシェントウンディーネだから、一晩どころか数日ぐらいなら寝なくても全然大丈夫なんだけど、アウローラ様はノーマルクラスだから、そういう訳にはいかない。

 だから私よりテンション下がってたなぁ。


「夜番は10時から、3時間交代ですよね?」

「そうだよ。あと今回はタープを立ててないから、周囲の警戒だけじゃなく火の方も注意を怠るなって言われてる」

「このテントは簡単には燃えないけど、普通のテントはすぐ火事になっちゃうもんね」


 テントは雨や風はもちろん、夜露とかだって凌げるんだから、防水性の高い素材を使うことになる。

 そういった魔物は必然的に水属性系統の魔物になって、だから耐火性も高かったりするんだけど、だからといって絶対燃えないワケじゃないから、火の番もしっかりとしないと、火事で命を落とすなんてこともあり得てしまう。

 実際野営に慣れてないルーキーハンターがテントを燃やしたっていう話は、月に何回か聞くよぉ。

 それにある程度稼げるようになれば冷房や暖房の天魔石を買いやすくなるから、火の番は減るんだけどねぇ。

 稀に天魔石の魔力が切れて使えなくなるから、その場合に備えて予備も持っておくのが常識なんだけど、迷宮(ダンジョン)みたいに何日も買い足しができないような状況もあるから、暖を取るためにも使える焚火台は必須でもあるけど。


「そういえば野営用の天魔石って、どんなのがあるの?」

「えっと、冷房に暖房、施錠や魔除け、念動や結界もあるな」

「確か循環の天魔石もあったはずですよ」


 レイナの疑問に答えるラウスとキャロルさんだけど、そんなに天魔石使ってたのかぁ。

 テント用というか野営用の天魔石は野営用に特化させていることもあってか、低ランクの魔石でも通常の天魔石より効果が高く、その代わり魔力の補充が効かない。

 特に結界や施錠、循環の天魔石は必須で、これが無いと寝てる最中に誰かが無断で入ってくるかもしれないし、テント内の空気が澱んだりしちゃうから。

 だから野営用天魔石の中では安い方で、数百エルから数千エルってとこなんだけど、それでも安いと数日しか使えないから、予備として多めに買っておかないといけない。

 あと必須っていうワケじゃないけど冷房や暖房の天魔石は、その名の通りテント内の温度を快適に保ってくれるから、特に暖房の天魔石は持ってないとトラレンシアでの野営は厳しかったりする。

 ただTランクの魔石を使ってる天魔石でも数千エルはするから、新人どころかベテランでも使ってない人は多いんだよねぇ。

 なにせ焚火台も数千エルで買えるけど、こっちは薪とか燃える物を用意すれば火属性魔法(ファイアマジック)で着火できるし、循環の天魔石を使えばテント内どころかタープの下でも暖かくなるから。

 火の管理を怠ったら窒息しちゃうけど、必ず誰かが夜番に立つから、その心配も少ないしねぇ。

 それでも危険なことに違いはないから、夏季休暇明けの授業でしっかりと教えられる予定になってるし、そのために必要だから、急いで作ってもらう必要があったんだよぉ。


「そんなに用意してたんだね」

「今日は暖かいというか暑いから、冷房の天魔石を使っておくね」

「助かるけど、授業で使ったら怒られない?」

「ああ、そうか。ああ、だから真子さんは、これを作ったんだ」


 学生で冷房の天魔石を使うとしたら王族や貴族ぐらいだろうけど、授業内容によっては使用を禁止される可能性もあるって聞いてる。

 もちろん場所によっては必須に近いんだけど、実習を行うのは迷宮(ダンジョン)の中だから気温も気候も安定しているし、しかもセーフ・エリア内だから、余程のことが無い限り問題にはならない。

 それでも場所によっては必要だからってことで、真子さんが作った物がある。

 ラウスが野営用のミラーバッグから取り出して組み立てている金属製の箱が、それだよぉ。


「何それ?」

「魔導クーラーだって。ここに取り付けた製氷の天魔石で箱の中に氷を作るんだけど、それでこっちの吸気口から取り込んだ空気を冷やしてから排気口から出して、テント内を冷やすんだって」


 真子さん、そんなのも作ってたんだぁ。

 だけど暑いのは私もイヤだし、この魔導クーラーっていうのは構造も簡単で低ランククラフターでも作れるから、とてもお安く買える。

 製氷や循環、氷が解けてできた水を吸収する吸水の天魔石こそ必要になるけど、これも野営用で売ってるから、それを使えるのはいいよね。

 ちなみに私達の魔導クーラーは、いつものごとく瑠璃色銀(ルリイロカネ)製なんだけど、鉄製の魔導クーラーと比べるとちょっと効きが悪いんだって。

 素材の差ってことなんだけど、高性能・高品質の素材だから優れてるってワケじゃないんだねぇ。


Side・レイナ


 空がゆっくりと明るくなってきた。

 もう夜明けなのか。


「警戒してはいたけど、魔物は来なかったかぁ」

「野営中って、魔物より同業者の方が怖いからね」


 一緒に野営してるラウスが言うように、野営で一番怖いのは、実は同業のハンターだったりする。

 もちろん魔物も怖いんだけど、夜行性の魔物ってそんなに多くないから、野営中に魔物に襲われることは多くないんだ。

 迷宮(ダンジョン)だって、セーフ・エリアには従魔や召喚契約した魔物以外は入ってこれない。

 だからといって無警戒っていうワケにはいかないし、稀に襲ってきた魔物が高ランクだったっていう話もあるから、夜番はしっかりとしないとダメだよ。


 だけど同じハンターが相手だと、テントを張る場所はもちろん隠蔽結界の存在も簡単に見破ってきちゃうから、夜番を立ててないと何かを盗まれたり犯されたりっていうこともあっちゃうし、最悪の場合は皆殺しなんていう事件もあったって聞く。

 だから勝手にテントに入ってきた人の命を奪ったとしても、よっぽどのことが無い限りは無罪放免になるんだ。

 それは押し入ろうと考えてる方も承知の上だから、自分達より格上のテントには近寄らず、逆に弱そうなハンターばかりを狙ってくる。

 やってることって、完全に盗賊だよね。

 まあ見た目だけで判断してるから、たまに格上だってことに気付かずに押し入って返り討ちっていう話も聞くけどさ。


「だけど夜明けになると魔物も動き始めるから、この時間帯になるとハンターより魔物の方が襲ってきやすくなる。だからレイナ、いつでも戦えるように準備しといてね」

「分かってる」


 夜行性の魔物は確かに少ないけど、多くの魔物は夜明けとほとんど同時に動き始める。

 だから盗賊にとっても危険度が上がることになって、夜明け近くになると襲ってくることはほとんどない。

 リスクとリターンが釣り合わないってことらしいんだけど、そんなこと考えるぐらいならしっかり働きなよって思う。

 そんなことよりもラウスの言う通り、魔物が襲ってくる可能性が高くなってきてるんだから、あたしも今まで以上に周囲を警戒しないといけないし、いつでも戦えるように準備しておかないと。

 あたしはメモリア総合学園に入学する際に、お姉ちゃんから貰ったウエスト・ポーチ型のストレージ・バッグの中から星球儀グリフィスライト・スターを取り出して、動作確認をすることにした。

 このポーチに付与されてるストレージングの容量はすごく多くて、貴族のお屋敷と同等だって聞いてる。

 その中にはグリフィスライト・スター以外にもクレスト・ディフェンダーコートを含むハンター用装備、教本や筆記用具なんかの学園で使う物、そして防犯用としてゲート・クリスタルが3つに麻痺させる程度の威力のスタンガンっていう魔導具も入ってるんだ。

 総合学園じゃあたしが狙われるかもって言われてたから、お姉ちゃんだけじゃなく大和さん達も過剰なまでに気を遣ってくれたんだよね。

 ありがたいんだけど、過保護すぎないかなって気もするよ。

 ハンターになって2年だし、近接戦の訓練だってちゃんとしてるんだから、早々酷いことにはならないと思うんだけどなぁ。


「何か問題ある?」

「毎日ちゃんとお手入れしてるから大丈夫」


 動作確認をしてると、同じくラピスライト・ブレードとラピスライト・シールドの確認をしてるラウスが声を掛けてきた。

 あたしがちゃんとお手入れしてるのって、ラウスも見てるんだから知ってるでしょ?


「ならもし魔物が来たら、いけるところまでは1人でやってみる?」

「うん、やってみる!」


 あたしは今レベル42だから、頑張れば進化出来るかもしれない。

 まあ今進化しちゃったら何年かは大変なことになるし、どれだけ大変かもラウス達を見てよくわかってるから、もう少し先でもいいやって思ってるけど。

 だけどそれとは別に、魔物は倒したいって思ってる。

 ハンターになって2年になるし、レベルもすっごく上がってきてるんだけど、それでも経験はまだまだだから、少しでも経験を積みたいんだ。

 ラウス達のことがあるから、大和さん達も卒業するまでは今のままでいいって言ってくれてるけど、それでも足手まといにはなりたくないから。


「あっ!出たっ!」

「オーク、いや、グラン・オークもいるな。4匹だけみたいだし、やってみる?」

「うん!」


 夜が明けてからしばらくは、ラウスととりとめのない話をしていたんだけど、そろそろみんなが起きてき始める時間になってから、オークが姿を現した。

 1匹はグラン・オークだったけど、今更Sランクモンスターが1匹でた程度じゃ驚かないよ。


「それっ!」


 グリフィスライト・スターの周囲に浮かんでいる星は翼を模していて、それが全部で8つある。

 その翼は8枚の羽根を束ねて作られているから、全部バラせば64枚になって、それに魔法を使うことで広範囲に攻撃できるし、威力不足も補えるんだ。

 さすがにそこまでしたことはまだないし、危ないからってことで止められてるけど、翼に魔法を纏わせて使うのは星球儀の基本だから、それぐらいなら問題なく使える。

 その翼の1つをバラしたあたしは、羽根に水属性のグランド・ソードを纏わせ、オーク達に向けて放った。

 真っ直ぐにしか飛ばせないからグラン・オークには避けられちゃったけど、3匹のオークは避け切れなくて腕が千切れたり動きが止まったりしている。

 その隙を逃さずに、今度はアクア・ストームを放ち、間髪入れずにアクア・ランスでトドメを刺す。

 だけど残ったグラン・オークは、アクア・ストームやアクア・ランスまでも避けちゃって、逆にあたしに向けて火属性魔法(ファイアマジック)を纏わせた槍を投げ付けてきた。

 何とかグリフィスライト・スターの翼で防げたけど、その間に距離を詰められてしまい、攻撃する暇もないぐらいに殴り続けられてしまった。

 グリフィスライト・スターの翼で防げてるからダメージは無いけど、下手に攻撃しようものなら翼のガードがこじ開けられるんじゃないかっていうぐらいの勢いがあるから、完全にジリ貧だ。

 近接戦の訓練も積んできてるけど、あたしは手持ちの武器は持ってないし、グラン・オーク相手に付け焼き刃が通用するとも思えない。


「短剣ぐらいはすぐに使えるようにしとくべきだったか。帰ったらエドさんやフィーナさんに、相談してみよう」


 だけどラウスがそう言いながら間に入ってきて、ラピスライト・シールドの刃を振るった。

 グラン・オークは自分が斬られたことも気付かずに真っ二つになって倒れたけど、接近を許したのはあたしの戦い方がマズかったってことになる。

 足手まといにならないようにしようと思ってた矢先だっていうのに、ちょっとショックだ……。


「気にしないで。近接戦の訓練もしてるとはいっても、魔導士は近接戦に不向きだし、そもそもレイナは近接戦用の装備は持ってないんだから。帰ったらエドさんやフィーナさんにも相談して、何か考えてみよう」

「うん、ありがとう」


 そう言って慰めてくれるラウスが優しいよ。

 ラウスがいたから接近された場合の対策を怠ってたけど、それじゃいけない。

 だから近接戦の訓練も今まで以上に頑張らないといけないし、装備も整えないと。

 何がいいかはお姉ちゃんにも相談するけど、剣や槍は使えなし向いてるとは思えないから、短剣とかになるかな。

 同じ魔導士だし、真子さんやアリアさんにも相談してみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る