ハンターの野営

 ラウスが学園の実習で使うからってことで作った野営具だが、俺にとってはすげえ懐かしい物だった。

 別に俺はアウトドアが趣味って訳じゃないんだが、師匠の1人で父さんの親友が好きでよく連れて行かれた覚えがあるし、連れて行かれた先で修行も付けてもらったから懐かしくなって、思わず自分用にも一式作っちまったぞ。

 それは真子さんも同様なんだが、真子さんは大学に進学してから数回程度しかキャンプに行ったことがないそうだから、懐かしくはあるけど俺みたく一式揃えようとまでは思わなかったらしい。

 プリム達にも呆れられたが、多機能獣車が使えない場所での野営をする可能性はゼロじゃないし、ハンターにとってテントでの野営は基本でもあるから、この機会に使い方を覚えておくのもアリだと思う。

 ラウスも言ってたが、俺もハンターとしての基本はすっ飛ばしてるからな。

 今度メモリアの外で野営実習だって言ってたから、俺も混ざる……のは色んな意味で厳しいから、後でラウス達から教わることにしよう。

 ちなみに俺が仕立てた野営具一式は、基本はラウスに渡した物と同じだが、デザインは少し変えてある。

 素材は耐水性が高いヴォルテクス・ドラグーンの革や居心地の良いグラン・デスワームの革、中綿に光絹布や王絹布、金属材も瑠璃色銀ルリイロカネを使ってるぞ。

 野営用だから四方に出入口があるんだが、インナースペースを設置することで一方の視認性が悪くなるのが欠点だな。

 いや、こればっかりはどうしようもないんだが。


 だからって訳じゃないが、光属性魔法ライトマジックと結界魔法、奏上魔法デヴォートマジックデオドリング、サイレンシングを組み合わせた天魔石を作ってみた。

 これは結界内のテントを光属性魔法ライトマジックで周囲の風景に同化させ、デオドリングで臭いを消し、サイレンシングで音を防ぐことを目的としている。

 結界はテントを覆うだけの範囲があればいいから半径数メートルで足りるし、消臭や防音も最低限で済む。

 光属性魔法ライトマジックの付与は大変だが、周囲に同化することで姿を消せるカモフレオン種やジャガー種の魔石を使えば比較的簡単に作れるし、慣れてくれば光属性の魔石なら大抵は付与できるっていうのも良い。

 少し手間取ったがフィアナが作った天魔石はちゃんと作動したし、魔物も気付きにくいみたいだったからな。

 もちろん全ての魔物が気付かない訳じゃないが、結界魔法のおかげで体勢を整える時間も稼げるから、野営時の危険は下がったと思う。

 クラフターズギルドには魔除けの天魔石って名称で登録してあるが、おかげで低ランクの光属性スライムが乱獲されてるって噂だな。

 特にライト・スライムは、数はそんなに多くないそうだが高い山の上や広い平原なんかに生息してるから、狩られる事が増えたって話だ。

 ライト・スライムはI-Uモンスターだが、それでも最低限の隠蔽は出来てたからな。

 隠蔽してるとはいえ絶対じゃないから過信は禁物だし、数回使ったら効果を失って魔力の補充も不可能になること、価格も最低1万エルすることが欠点といえば欠点だろうな。

 効果を考えれば安いと言えるんだが、低ランクハンターには手が出にくいことを考えると、中ランクハンター以上推奨って感じか。

 ちなみに高ランクモンスターの魔石を使った場合だと、魔力の補充が出来ないのは同じだが、効果は低ランクモンスターの魔石の比じゃなく、むしろ一度テントの外に出たら、使用者であっても見付けられなかったほどの隠蔽効果が発揮されてしまった。

 テントの場所は分かってたから事なきを得たが、これは別の意味で問題だったな。


 そんな訳で今日は、その野営具を使って野営の勉強をするために、マイライトにやってきた。

 俺以外の同行者はプリム、マナ、真子さんの3人と少ないが、他のみんなは仕事があるから仕方がない。

 週末は学園も休みだからラウス達も一緒だし、もちろんユーリとアリアも来ているぞ。


「それで張り切ってきたはいいけど、こんな場所じゃせっかく仕立てたテントが立てにくいわよ?」

「……完全に忘れてた」


 呆れたようなマナの言う通り、俺は完全に失念していた。

 ワンポールテントは開けた場所向きのテントであって、木々が生い茂っている森の中で立てるには向いていないということを。

 立てられないって訳じゃないんだが、ワンポールテントは中央に立てるポールとペグで支える形になる。

 だからペグを打つ分のスペースも確保しなきゃいけないんだが、森の中だとそんなスペースを確保するのは非常に難しい。

 木の幹にロープを結び付ければとも思うが、そうしてしまうと魔除けの天魔石の効果が中途半端に発揮されてしまうから、逆に目立って仕方がない。

 不自然に欠けた木とか半分だけ消えた木とか、何かあるって言ってるようなもんだからな。


「ここがマイライトで良かったわね」

「激しく同意」


 プリムの言う通りだ。

 マイライトの森は、所々開けた場所が存在している。

 かなり広く、オークやゴブリン達が集落を作ってることも珍しくないし、フェザー・ドレイクが群れてる事もよくある。

 実際、今日もオークの集落を3つ潰したし、フェザー・ドレイクも10匹近い群れを殲滅している。

 オーク集落はオーク・プリンスやオーク・プリンセスがリーダーだったが、フェザー・ドレイクの方はG-Iランクのエビル・ドレイクが生まれてやがったから、また山狩りする必要が出てきたな。

 あとヒポグリフの群れも見かけたが、ジェイドやフロライトがいるからなのか、襲ってくるようなことはなかった。

 同種を従魔や召喚獣にしてても普通は襲い掛かってくるんだが、多分ジェイドがヒポグリフ・レックスに、フロライトがヒポグリフ・レギーナに進化してるから、本能でヤバいと感じたんじゃないだろうか?


 ああ、ヒポグリフ・レックスもヒポグリフ・レギーナも、どちらもM-Iランクになるぞ。

 進化したのは先月なんだが、色んな育成師に調べてもらった結果を総合すると、どうやら2匹とも大人になると同時に進化したって判断出来るらしい。

 見た目としては、馬っぽさが前面に出てきた感じか?

 それでいて気品に溢れた雰囲気を醸し出してる気もするな。

 まあそのジェイドとフロライトだが、テントの中には入れないから、設営を済ませたらアルカに送還する予定なんだが。

 丁度ウインガー・ドレイクとフェザー・ドレイクの群れを倒したところだし、日も傾いてきてるから、今日はこの広場で野営をするとしよう。


「えっと、まずはシェルターテントを広げて、それからペグを打つ、んでしたっけ?」

「それであってるぞ」


 俺が仕立てたワンポールテントはフロアレスタイプだから、そのまま地面の上に広げて8角形の頂点にそれぞれペグを打っていく。

 念動魔法が使えるなら最低でも2ヶ所ぐらいは同時にペグダウンが出来るし、ラウスは5本打ち込んでるな。

 かく言う俺は、8ヶ所全部まとめて打ち込み終えたが。

 ペグってさりげに時間かかるから、これはこれで非常にありがたい。


「伸ばしたポールを、シェルターの中央に立てて……よし、立った!」

「次は中でインナーテントを立てて、それからチェアやテーブルなんかの設置ですね」

「その後でインナーの中に入って、寝床作りね」


 テントを立て終えた俺に続いて、プリム達も中に入ってくる。

 いや、6人だから問題なく入れてるが、人数が増えたら入り切れないんだから、先にインナーテントを立てて、寝床の準備をした方がいいぞ。

 というかインナーテントは小さいから、シェルターテントと同時に組み立ててもいいと思う。


「これをこうして……立ちました!」

「思ったより簡単なんですね」

「そりゃな。天魔石はこのポールにセットできるけど、それでも半径数メートル、どんなにデカくても10メートルも無いんだ。しかも結界の作用はテントのみに特化してるから、外で組み立ててる最中に魔物に見つかったら、普通に危ないだろ?」


 インナーテントは普通のテントより一回り小さいサイズだが、シェルターテントの中ででも十分に組み立てられる。

 インナーテントも簡単に組み立てられるように、地球で言うAフレーム型と呼ばれるタイプにしてみた。

 慣れれば手早く立てられるが、組み立ててる最中に魔物に襲われたりなんかしたらベテランハンターどころかハイハンターであっても手傷を負うんだから、組み立てる時間は短い方が良い。

 だからワンポールにAフレームっていうのは、手早く野営の用意をしたいハンター向きだと思う。

 さらにポールには、魔除けの天魔石を吊るすためのフックも用意されているから、先にシェルターテントを組み立ててから天魔石を設置して起動させてしまえば、周囲の警戒は必要だが、それでもそれなりに安全に残りの野営具を用意できるようになるはずだ。

 ちなみに森の中や洞窟の中のように、ワンポールテントを立てられない場所でも使うことが出来るように、インナーテントも防水性の高い魔物素材を使っているし、入口には魔除けの天魔石を吊るせるフックもあるぞ。

 本当に寝るためだけに使うことになるし、夜番は外に出ないといけないから、その場合はタープとの併用推奨だけどな。


「なんかこうやってると、楽しくなってくるわね」

「組み立ててるだけなのにね。でも私も久しぶりだし、確かに楽しくなってきてるかも」

「私は懐かしいかな。真桜達と行ったキャンプも、こんな感じだったし」


 実は俺も、密かに楽しくなってたりする。

 なにせ刻印術の修行の一環で、年に何度かキャンプに行ってたからな。

 冬はもちろん、雨や雪の中でキャンプしたことも何度もあるぞ。

 半ば強制ではあったが、それでも師匠はアウトドアが趣味ですげえ手慣れてたから飯も美味かったし、暑さや寒さ対策も完璧だったから、密かに憧れてもいた。

 厳しい人ではあったが、師匠の中じゃ一番甘い人でもあったな。

 まあその師匠の奥さんがサユリ様と同じ名前で、高校ん時の先生でもあるんだけどな。

 夫婦揃って俺に対してに甘く優しいのも、子供が出来なかったからっていう理由もあったみたいだし。

 父さんと母さんがヘリオスオーブに来た時も、その2人は最後まで同行を希望してたとも言ってたぐらいだ。

 もしヘリオスオーブに来なかったら、その師匠達の養子になるっていう未来もあったのかもしれないって思う事もある。

 テントを張りながら師匠達の事を思い出していたが、真子さんはその師匠達とも親友同士だから、俺とは別の、それでいて同じ理由で懐かしがっていたな。


「大和さん、タープはどうしますか?」

「全員テントに入り切ってるし、今回はいいだろう。全員で使うとなったら必要だけどな。あとは雨が激しい時か」

「分かりました」


 懐かしがってると、アリアがタープをどうするかと聞いてきた。

 テントはシェルター、インナー共にA-Iランクモンスター ヴォルテクス・ドラグーンの革を使用しているから、小雨どころか豪雨や嵐の中でも雨漏りや浸透することは無いし、少々の攻撃じゃ傷一つつかない程の耐久力もある。

 なのになぜタープが必要かと言うと、簡易的な雨除けになるからだ。

 昼飯を食う時とかでテントを立てるまでも無い時に、一番使うことになるだろう。

 換気の問題もあるから、火を使う場合もテントの外の方が良い。

 タープもテントの一部とみなされるから魔除けの天魔石の範囲内に入っていて、直接インナーテントを設置できるっていうのも強みか。

 あとはシェルターテントに収まりきらない人数で使う場合だな。

 インナーテントを設置したシェルターテント内は、どれだけ多くても10人も入れない。

 だからシェルターの入り口を全開にしてタープを立てれば、最大で20人ぐらいはゆったり出来るだろう。

 まあワンポールテントにタープを接続させるスペースがあるなら、小型の多機能獣車なら使えるんだけどな。


「後は飯だが、ストレージやインベントリで持ち運びできるから、野営用の調理器具って少ないんだよなぁ」

「失敗なんかしたらお金が無駄になるし、調理してる最中に魔物が襲ってきて台無しになるなんてこともあるんだから、そればっかりはね」


 食事はキャンプの醍醐味だと思うが、それは地球の話であって、ヘリオスオーブだとそういう訳じゃない。

 理由は真子さんが言った通りだ。

 特に魔物は、こっちの都合なんて一切お構いなしなんだから、こっちが寝てようが飯食ってようが、襲ってくる時は襲ってくる。

 当然、飯の支度をしててもだ。

 その際魔物に調理器具をひっくり返されるなんてことも起こり得るし、その場合は飯が無くなるってことになるから、ヘリオスオーブだとノーマルクラスでも安いミラーバッグを買って、手早く食える飯を買って狩りに行くのが基本となっている。

 だから野営用の調理器具は、簡単な食器ぐらいしかなかったりする。

 俺や真子さんには少し残念な話だが、普通に命に関わる問題だから、無理に流行らせるのもどうかと思うし、そもそも流行らないだろうしな。

 必要なら自作すればいい。


 そんなことを考えながらも、シェルター内の準備を進めていく。

 チェアやテーブルも用意できたし、簡易浴室は使う前に用意すればいいか。

 さて、それじゃあラウス達の方がどうなってるか、そっちを確認に行くとするかな。

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