野営具

Side・ラウス


 7月も半分が過ぎ、間もなく総合学園も夏季休暇に入る。

 夏季休暇は7月下旬から8月上旬の2週間で、その間は地元に帰ってもいいし学園内で依頼を受けて過ごしてもいい。

 長期休暇中はメモリアに出ることも許されてるから、不自由は感じにくいと思う。


 その総合学園だけど、先日ようやく王侯寮が完成した。

 王族や貴族用ってことで新築された学生寮だけど、夏季休暇中に俺達もそこに引っ越すことになる。

 これはユーリ様もなんだけど、ユーリ様はエスメラルダ天爵領領主でもあるから、週末にはフィールに戻ることになってるし、俺達も護衛として同行する予定だ。

 それもあって俺達は今、金鯱殿で引っ越しに必要な物を纏めている。


「とは言いましても、大抵のものはストレージに入れてありますからね。特に買い足したりする必要は無いかと」


 まあ、キャロルさんの言う通りなんだよね。

 一番の必需品である服とか下着とかは大量にストレージに突っ込んであるし、小腹が空いた時に摘まめる用の軽食や間食も同じく。

 ベッドやタンス、机なんかは部屋に据置だから、俺達が用意する必要は無い。

 だから特に用意が必要なのは……ああ、あった!


「じゃあ後は、アウローラさんのバトラーか」

「そうなるね。あたしは別にいいんだけど、王族がバトラーを連れてないっていうのはマズいらしいし」

「私がユリアを連れていますから、尚更でしょうね」

「だよねぇ」


 キャロルさんはユリアを、セラスはフィレを専属バトラーとして、学園にも連れてきている。

 だけど他の王族の方々は、アマティスタ侯爵家に滞在してることもあって、実はどなたも同行させていなかったりする。

 だから夏季休暇中に国に帰って、バトラーを1人連れてくることになってるんだ。

 俺の婚約者になったアウローラさんもそれは同様で、一度フリューゲル獣公国に行ってからフリューゲル獣公陛下にお会いして、それからバトラーを探さないといけない。


「一応城にはあたし付きだったバトラーがいると思うけど、その人じゃダメなの?」

「よっぽどのことがなければ大丈夫だと思いますよぉ」

「問題があるとすれば、そのバトラーはフリューゲル獣公家が契約していることでしょうか」

「それってダメなの?」


 ダメってワケじゃないけど、アルカに連れてくるのは難しくなるかな。

 フリューゲル獣公家だけ特別扱いになっちゃうから、大和さん達も良い顔はしないと思う。


「ああ、だから父様に会うのか」

「はい。そのバトラーがウイング・クレストに移籍するのか、それとも別のバトラーと契約するのかで、その後の動きが違ってきますから」


 だね。

 実はセラスも最初は、リヒトシュテルンでお世話になってたバトラーを連れてくるかっていう話があったんだけど、その人はリヒトシュテルン大公家にとっても重要な地位にいるバトラーだったから、それは出来なかったんだ。

 だからフィレにお願いして、侍女として学園についてきてもらうことになったんだよ。


「そちらはフリューゲル獣公陛下にもお聞きしなければならんが、もう1つ用意しなければならないものがあるだろう?」

「え?何かあったっけ?」

「大丈夫のはずですが……」


 そのセラスがまだ用意が必要なものがあるって言ってきたけど、必要な物は全部ストレージに入ってあるはずだけど?

 ステータリングを開いてストレージの中を確認してみたけど、少なくとも俺は大丈夫だ。


「まあ気付かぬのも無理もないかもしれんが。野営用のテントや寝具がまだであろう?」

「野営用?それなら多機能獣車が……あっ!」

「あ~……確かに用意しないとだったよぉ」


 セラスに言われるまで、完全に頭から抜けてたぞ。

 俺、レベッカ、キャロルさんの3人はトラベリングを習得しているから、野営をするとしたら迷宮ダンジョンぐらいだ。

 もちろん依頼で野営したこともあるけど、その時は多機能獣車を使っていた。

 だけど多機能獣車唯一とも言える欠点は大きすぎることだから、場所によっては使えない。

 だからその場合はテントを使うのが一般的だ。

 俺達はそんな場所で野営をしたことは一度も無かったから、完全に頭から抜けてたな。

 セラスが気付けた理由は、俺と正式に婚約するまでは何度かリヒトシュテルンで狩りに行ってて、テントを使った野営もしたことがあるっていう、経験談からでもある。


「そういえばそうでしたね。今までは多機能獣車で何も問題ありませんでしたし、そもそも私達はトラベリングで簡単に帰ってこれますから、野営なんて数える程しか経験がありませんでした」

「一気に進化した弊害だね」


 うん、全くもってレイナの言う通りだよ。

 俺達は縁あってレイドを組んだけど、その時点で大和さんは既にエンシェントクラスだったし、プリムさんもすぐに進化したから、装備はもちろん獣車なんかもハンターの最高水準の物を使わせてもらっていた。

 更に俺達自身も、あっという間にハイクラスどころかエンシェントクラスにまで進化している。

 だからテントを使ったことは一度も無いし、野営も行軍や迷宮ダンジョンを除けば数回しか経験が無いんだ。


「それも含めて勉強ってことかぁ。じゃあ今度フィールで……あ、いや、ダメだ」


 そういう意味じゃ、総合学園に入学して良かったって言える。

 だから今度フィールでテントを含む野営具一式を買おうと思ったんだけど、すぐにダメだと気が付いた。


「ダメですね。大和さんにお願いして素材を譲って頂いて、エドワードさん達に製作をお願いしましょう」


 さすがキャロルさん、すぐに気が付いてくれた。

 エンシェントクラスはGランク以下の魔物素材や鉄なんかの金属材、一般的な木材で作られた武具や服なんかを、その魔力ですぐにダメにしてしまう。

 魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイトであってもそれは同様だから、大和さんはエドさんに頼んで合金を開発したし、魔物素材もPランク以上の物を、木材だって桜樹や扶桑といった最高級品を使ってるぐらいだ。

 それは野営具も同様で、一般的な素材で作られてるテントとかを使おうものなら、下手したら一晩もたない可能性も十分あり得てしまう。

 だからPランク以上の魔物素材を使って、特注で作ってもらうしかないんだ。


「魔物素材は、クラテル迷宮の攻略で大量に確保できてるって聞いてるよぉ」

「海の中という、非常識な階層もあったと仰っていましたからね」


 テントは雨風を凌ぐことを目的としているから、水属性の魔物の革を使うことが多い。

 とは言っても水属性の魔物は手強い魔物が多いから、一般的なのはCランクモンスター ブルーレイク・ブルの革を使ってる物になる。

 だけどさっきの理由で俺達は使えないから、春に大和さん達が攻略したクラテル迷宮の魔物素材を分けてもらって、それを使って仕立てるしかない。


 素材の所有権はレイドやユニオンによって異なるけど、ウイング・クレストの場合だと俺、大和さん、エドさん、ルーカスさんっていう4人の男性が有することになっている。

 女性陣はその4人の奥さんや婚約者だから、夫婦ごとに所有権があるって言ってもいいか。

 エドさんはクラフターだから少し事情が違うけど、その代わり大和さんから依頼されることも多いから、これはこれで満足そうだったかな。

 俺達も魔物素材はいくつか保有してるけど、ストレージを確認してみるとPランク以上ってなると火属性と土属性しかなかった。

 だから大和さんに話して売ってもらってから、エドさんに依頼を出すっていう流れになる。


「エンシェントクラスも大変だよね」

「本当にな。ああ、野営具を仕立ててもらうなら、通常の品と同じように畳めるようにしてもらっておけよ」

「分かってる。依頼を出すのはテントにシュラフ、それからチェアにテーブルにクッカー、シートもいるな。ああ、コットもか」


 野営具って一言で言っても、必要な物は結構多い。

 専用のミラーバッグに収納して、さらにそれを別のミラーバッグなりストレージバッグなりに収納してっていうのがノーマルハンターの基本になるんだけど、そのミラーバッグも容量は限られているから、野営具は全てコンパクトに折り畳めるようになっている。

 一応ミラーバッグは余裕があるよう設計されてるそうだけど、ベテランハンターともなるといろんな野営具を突っ込んでることも多いから、野営具用ミラーバッグが複数になることもあるんだとか。

 ハンターなら常識というか基本的なことなんだけど、俺達はその基本をすっ飛ばしてしまっている。

 だから慌てて調べて用意するハメになってるんだけど、本当に種類が多いよ。


「タープもあった方がいいと思うし、焚火台も必要だよぉ?」

「ああ、確かに」


 全部お願いしても神金貨まではいかないと思うし、それぐらいならすぐに出せるけど、何度か実際に使ってみる必要もあるから、夏季休暇中に一度狩りに行った方がいいかもしれない。

 全部特注ってことになって、しかも納期は10日ぐらいしかないから、これは報酬2割から3割増しぐらいになるなぁ。

 あ、野営具の名称は、野営に必要な物を野営具として纏めて開発までした客人まれびとが決めたらしいよ。

 後でその話をしたら、大和さんや真子さんがキャンプギアかよって言ってた。

 大和さん達の世界だと、野営具はキャンプっていうレジャーに使う物で、魔物とかも生息してないから外敵に襲われることもほぼなく、野外生活を体験するために行うお遊びの一種だって言ってた。

 それだけ平和な世界だって事だけど、だからこそ娯楽も多く、そのキャンプっていうのも様々な道具が作られてるそうだ。

 大和さんは修練の一環で、真子さんは遊びとして何度か行ったことがあって、特に大和さんの実家には、そのキャンプギアは一式以上あるんだって。

 だから大和さんも興味があって、刻印具にはキャンプギアの特集を組んだ本が入ってるそうだから、俺達の野営具はそれを参考にした物になったよ。

 というか大和さんが率先して、しかも自分達用にも作ってたぐらいだ。

 天爵としての仕事もあるし、何より今はネージュ陛下も補佐もしなきゃなんだから、そっちはいいのかって思ったぐらいだよ。

 だからなのか、お願いしてから1週間で、俺達がお願いした野営具プラスαまで完成したし、料金もおまけしてくれたから、文句は言えないんだけどさ。

 まさか簡易浴場まで作ってたとは思わなかったな。

 あ、トイレは携帯トイレがあって、それは個々人で既に購入済みだよ。


 大和さんが仕立ててくれたテントは一辺が2メートルの八角状で、高さも最大で3メートル近くある。

 1本のポールとロープで張るワンポールテントっていうのだそうだけど、中はフロアレスっていって、地面がむき出しの空間になっている。

 だから言う程広い訳じゃないかもしれない。

 そんな空間の中に、僅か1平米程の広さしかないインナースペースを設置することが出来る。

 インナースペースにはミラーリング20倍付与がされているからそこそこ広く、寝るだけじゃなく携帯トイレや簡易浴場なんかもここで使う予定だ。

 それでも使うのは俺にレベッカ、キャロルさん、レイナ、セラス、アウローラさんぐらいだし、ユリアやフィレ、アウローラさんが契約するバトラーが増えたとしても9人だから、十分広いと思う。


 後は夏季休暇中に実際に使ってみて、使用感を確かめないと。

 アルカで試してから、マイライト辺りで実際に野営してみるのが無難か。

 これはこれで楽しみだな。

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