オルデン島開発準備
8月になった。
フィール、というかアミスターの夏は日本の夏と違って湿度はさほど高くなく、気温も暑くても30度を超えることはないから、とても過ごしやすい。
それは俺が拝領予定のオルデン島も同じで、湿度こそフィールより高いが、それでも日本ほどジメジメしてる訳じゃないな。
だから今日から開発準備に入ることになったとしても、少々暑さを感じるぐらいで、言う程苦でもない。
シャー、シャー、シャー!
「ただ開発準備とは言っても、まずは整地からになるし、トレーダーズギルドに船を出してもらうよう依頼も出さないとなんだよなぁ」
「航路指定はもちろんだけど、ブライン山脈をどうするかっていう問題もあるしね」
それなんだよな。
オルデン島はナダル海に浮かぶ島で、アミスターが領有している。
だがナダル海を就航している船の航路からは外れているし、対岸にはブライン山脈が連なっているため、陸路経由も難しい。
だからブライン山脈にはトンネルを掘るか一部を崩すかして、その先にオルデン島までの橋を架けようと思ってるんだが、今日はそのための最終確認をするためにブライン山脈に足を運んだ。
メンバーは俺、プリム、フラム、リディア、ルディア、アテナ、真子さん、エオスの8人だ。
マナはフィールで、ヒルデはデセオで、リカさんはメモリアでお仕事だし、ユーリとアリアは学園に行ってるぞ。
ミーナは妊娠中だから、狩りなんて論外だ。
ジジジジジジ!
「トンネル、でしたっけ?それは止めるんですよね?」
「エモシオンのハンターズギルドで仕入れた情報だと、地面に潜る魔物もけっこういるらしいからな」
ブライン山脈にはホール・ドッグっていう地面に穴を掘って暮らす犬もいるが、虫系の魔物も多い。
特にこの時期にはシケイダ種っていう、いわゆる蝉の魔物の幼虫が地面から出てきて成虫になる時期でもある。
虫系魔物は地球の虫と同じく、完全変態種と不完全変態種に分類される。
シケイダ種はビートル種やモス種、ビー種なんかと同じく完全変態種で、以前オルデン島で狩ったホッパー種は不完全変態種になるな。
不完全変態種が地面に潜ることはないからたまに狩られてるが、完全変態種は幼虫の時は地中で過ごしてるから、狩られることはほとんどない。
まあビートル種やビー種の幼虫は珍味で有名だから、稀に狩られてるんだが。
幼虫だと該当ランクの通常種より1つ下扱いになるが、攻撃手段がほとんどない上に体も柔らかいから、掘り起こしてさえしまえばTランクモンスター並みに楽に倒せると聞く。
蝉っていう字面から分かるように、シケイダ種はやたらとデカい音で鳴くし、しかもその音は
俺も本音じゃ入りたくはないんだが、フレイドランシア天爵領の開発のためにはブライン山脈の一部を崩して道を作り、オルデン島までの橋を架ける必要がある。
だから本気で喧しいが、なんとか耐えて調査や自然破壊をするつもりだ。
エレメントクラスに進化したことで耳も良くなってるから、マジでキツいぞ。
本当ならこの時期に来たくなかったんだが、完全変態種が成虫になるのは夏って決まってるし、冬には冬眠する種も多いから、冬より夏の方が手強い魔物が多い。
だからブライン山脈の強さの上限を調べるという意味もあって、来るしかなかったんだよ。
ジャーホー、ジャーホー、ジャーホー!
「煩いっての!」
シケイダは魔物だから、俺達の姿を確認すると同時に襲い掛かってきたんだが、デカい音を鳴らしながらだからマジで喧しい。
キレたルディアが、フレア・グラップルの手甲剣にグランド・ソードを纏わせて一刀両断にしていくが、気持ちは俺もよくわかる。
「B-Nランクのソルダート・シケイダにS-Uランクのアーミー・シケイダか。希少種はいないみたいですね」
「まあまだ麓ですし、しかもエモシオン側ですから」
「確かに、ナダル海側には希少種どころか異常種がいてもおかしくはないわね。あ、でもシケイダって、幼虫の時は通常種しかいないんだっけ?」
「そう言われていますね。確か幼虫の時に魔力を溜め込んだ個体が進化しやすいのでは、と言われていたはずです」
シケイダ種の幼虫はC-Nランク扱いで、蛹を経て成虫となる。
地球の蝉は蛹にはならなかったはずだが、ヘリオスオーブだとしっかりなるのが不思議なところだ。
ただその蛹は、幼虫の時よりさらに地中深く潜ってから変態するそうだから、抜殻を見つけるのは幼虫を見つけるより難しいらしい。
シケイダの幼虫は蛹になる際に溜め込んでいた魔力を使って繭を作り、そのまま1年程で成虫になることがMARSを使った研究で明らかになったって、確かスカラーズギルドが公表してたと思う。
どうやって魔力を溜め込むのかは分かってないが、ナダル海側はほとんど手付かずの魔境になってるから、希少種どころか異常種がいてもおかしくはない。
この爆音の中ブライン山脈を縦断するのは気が滅入るが、覚悟を決めて行くか。
Side・プリム
フレイドランシア天爵領開発のためにブライン山脈に来てるあたし達は、山頂でお昼ご飯を食べてからナダル海側へ移動した。
ハンターズギルド・エモシオン支部で聞いてた通り虫系魔物が多いけど、獣系もけっこうな種類がいたわね。
ただ食用には適した魔物は2,3種ぐらいしかいなかったし、モンスターズランクもSランクやGランクがチラホラ目についた。
しかもブライン山脈の魔物は群れる種が多いから、ノーマルクラスだけで狩りにくるのは自殺行為だわ。
「うん、やっぱりトンネルは無しね」
「ですね。虫系は地面に潜るのばっかだし、ホール・ドックなんていう中途半端に厄介な魔物もいやがるから、下手にトンネルなんて掘ったら大惨事だ」
真子と大和は、当初からトンネルを掘ることに消極的だったけど、今日の調査で完全に断念した。
だけどその理由は納得だし、あたしも無理に掘る必要はないと思う。
というかヘリオスオーブにトンネルって、かなり難しい気がするわ。
「ということは刻印神器を使って、ブライン山脈の一部を切り開くことに?」
「それが無難だな」
オルデン島の地理を考えたら、トンネルを掘らない以上はそうなるわよね。
ブライン山脈は標高2,000メートル級の峰が南北に連なる山脈で、一番高い峰は2,500メートルに達する。
普通ならそんな山を切り崩すなんて無理なんだけど、大和と真子が持つ刻印神器ならそれも可能よ。
クラウ・ソラスとアガート・ラムの神話級刻印術トゥアハー・デ・ダナンを使うにはライ兄様の承認が必要だけど、フレイドランシア天爵領開発のためだし、大和も真子もライ兄様からの信頼も厚いから、多分許可は下りるでしょう。
ここで問題となるのは、ブライン山脈のどこを切り崩すのかということね。
まあそれも、オルデン島までの道を敷設するためだから、ある程度は決まってるんだけど。
「せいっ!……またアーミー・シケイダかぁ」
「いえ、今度は希少種も混じっています!たあっ!」
アテナが襲い掛かってきたアーミー・シケイダを倒しながらボヤくけど、そんなアテナを諫めながらフラムがタイダル・ブラスターを放つ。
そのフラムが倒したのは、どうやらG-Rランクのマーセナリー・シケイダのようね。
マーセナリー・シケイダは希少種だけど、他の魔物より生まれやすいって言われている。
その理由は、マーセナリー・シケイダは見かけたらその10倍はいると言われているし、最低でも5倍いることは過去の統計から確定しているからよ。
これは虫系魔物に多い傾向なんだけど、特にマーセナリー・シケイダは多いわね。
シケイダは幼虫の期間が数年と、他の虫系魔物と比較しても群を抜いて長いから、それが理由だと考えられてるわ。
「本当に面倒だな」
「これ、ただ山間路を作るだけじゃダメね」
「ええ。渓谷程度にしようかと思ってましたけど、山間部はもうちょっと広げとかないと、無用な被害が出ます」
「ええ。最低でも幅数十メートルは確保しとかないと、街道としては使えないわ」
それはあたしも思うわ。
ブライン山脈に生息してる虫系の魔物は空を飛べる種も多いから、ある程度距離をとっておかないとすぐに襲われるわ。
魔物の襲撃をゼロにする事は出来ないけど、それでも頻繁に起こるようだと誰も街道を使わなくなる。
街道が使われないということは、その先にあるオルデン島まで来る人もいなくなるってことだから、それじゃあ開発する意味もなくなるし、廃れる未来しか見えないわ。
そんなことになったら大和はもちろん、フレイドランシア天爵を継ぐことになった娘のツバキも立場が無くなるし、それどころか処罰されることになりかねないんだから。
「どうするかはこれから考えるけど、ブライン山脈は完全に南北に分断させようと思う。予定より規模は大きくなるけど、街道の安全には代えられない」
「完全な自然破壊だけど、安全を考えたらそうするしかないか」
真子は気が進まさそうだけど、それが一番安全だと思うし、魔物の被害を減らすことにも繋がると思う。
もちろん完全に魔物の被害を無くすことはできないんだけど、少しでも減らすことができれば、それは人々の安全に繋がるわ。
「ラインハルト陛下に許可をいただくのはもちろんだけど、厄介な魔物がいないとも限らないから、その前にしっかりと調査をしないといけないわね」
「そうですね。ブライン山脈奥地まで来るハンターはいないと言っても過言じゃありませんから、異常種どころか災害種がいてもおかしくありません」
「本当ですね」
魔族と化した神帝が上陸してしまった影響で、今のフィリアス大陸では新しく終焉種に進化してしまった個体が複数体出てきてしまっている。
その余波で異常種や災害種も増えてきているから、ブライン山脈もその例に漏れていないと考えておくべきでしょう。
言ったそばから、P-Iランクになるレギオン・シケイダがやってきたしね。
「喧しいんだよ!」
そのレギオン・シケイダも、あまりの騒音にキレた大和のアイスエッジ・ジャベリンをいくつも受けて、体中穴だらけになりながら墜落していったけど。
「大和君、シケイダのお腹は反響材として人気が高いんだから、倒すときは気を付けてよ?」
「あ、そうだった」
そういえばシケイダって、優秀な反響材になるんだったわ。
シケイダは森に生息してるから、バリエンテ地方にもけっこう生息している。
ソルダート・シケイダはB-Nランクモンスターでもあるから、反響材としての耐用年数は長くても2年そこそこだったはず。
だから定期的に需要があるんだけど、モンスターズランクに比例して耐用年数や効果が上昇していくから、高ランクのシケイダは人気が高かったりもする。
まあ腹部に傷が付いてたりしたら反響材にならないから、素材を優先した狩りの難易度は高いし、モンスターズランクが上がれば上がる程危険度も比例するのよね。
確かマーセナリー・シケイダの反響材が天樹城をはじめとしたいくつかの王城のダンスホールに使われいて、レギオン・シケイダの反響材は使われたことがなかったはずだわ。
「そうだったんですね。なら、これって献上した方がいいですか?」
「え?って、フラムも倒してたのね」
ホントだわ。
しかもタイダル・ブラスターで頭部を貫いて倒してるから、腹部は見事に無傷。
うん、これは喜ばれるわね。
「あ~、やらかしたなぁ……」
「今の状況が状況だし、2匹いたってことは、多分あと数匹ぐらいいるんじゃない?」
「でしょうね。それにレギオン・シケイダは何度か討伐されてるって話だけど、異常種だから腹部を無傷で倒せた例はない。今回フラムが倒した個体が初になるし、別に依頼を受けてるワケでもないから、次から気を付ければいいでしょ」
「そうします」
少し落ち込む大和だけど、そこはあたしと真子がしっかりとフォローをしておく。
大和は気持ちの切り替えが早いし、これも経験になるから、次のレギオン・シケイダからは素材として使えるように狩ってくれるわ。
それに今回はオルデン島、ひいてはフレイドランシア天爵領の開発のためだから、大和も落ち込んでる暇なんて無い。
あたしとの娘ツバキが次期フレイドランシア天爵になる予定でもあるんだから、娘のためにしっかりと開発を頑張りましょうね、お父様。
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