騎士の翼

「おお、さすがにデカいな」

「そりゃね。完成まではもう少しかかるけど、どれだけ遅くとも年内には仕上がるだろう」

「ということは、アバリシアへの侵攻は春、場合によっては夏頃になりそうですね」

「ああ、そのつもりで予定を立てている」


 俺は今日、ラインハルト陛下やレックスさん、グランド・クラフターズマスターと一緒に、天樹城に新設された飛空艇ドックに来ている。


 飛空艇ドックは王連街よりは下層に位置するが、全長50メートルサイズの飛空艇が最大で5隻係留させられる程の大きさで、天樹は幹回り数キロあるから、まだまだ拡張する余地すらあるのが凄い。


 その飛空艇ドックには、現在2隻が係留されていた。


 1隻は飛空艇第2号となる天帝家専用艇で、セレジェイラと命名されている。

 ポルトガル語で桜っていう意味だが、天樹は桜とほとんど同じ花を通年咲かせているからってことで、真子さんがラインハルト陛下に提案したのがそのまま採用された形だ。

 真子さん、学生時代はドイツ語の他にスペイン語を勉強していて、そのスペイン語に似た言語のポルトガル語にも手を出したらしいからな。

 俺はフランス語を少々ってとこだから、もう3年ぐらい使ってないから、日常会話すら怪しい。

 ちなみに英語はほとんど公用語で、授業も普通に組み込まれていたな。


 セレジェイラ号は全長55メートルだが、その隣には倍以上の大きさの飛空艇が係留され、多くのクラフターが作業を行っている。

 その飛空艇こそ大量の人員輸送を目的とし、アバリシア侵攻の要となる、オーダーズギルド所有の超大型艇だ。

 艇名はウイング・オブ・オーダーで、正式就航時にラインハルト陛下が命名することになっている。

 そのウイング・オブ・オーダー号は、現在完成度70%程だとグランド・クラフターズマスターが説明してくれた。


「こいつは中央にあるメインブリッジに天魔石を集中させてあるが、前部と後部にそれぞれ設えたキャビンも小型多機能獣車として使うから、いくつかはそこにも設置してある」


 ウイング・オブ・オーダー号は飛空艇として使うことを大前提に建造されているが、それだけじゃなく小型の多機能獣車としても使用できるようにしてるとは思わなかった。

 前部と後部のキャビンも、階下に30人ほどが寝泊まりできる寝台スペースや食堂、簡易浴槽にトイレも用意されている。

 分離後は床面がせり出してくるから、使用中はデッキが広くなるようにも調整されてるらしい。

 ウイング・オブ・オーダー号の全長は130メートルで、竜骨を含む木材は天樹の枝を使用している。

 100メートル以上の樹木はいくつか存在しているが、木材として使うとなると天樹しかないし、安全性を考えると天樹一択だったっていう理由もあるけどな。

 小型多機能獣車は全長6メートルほどだから、小型多機能獣車となるキャビンは8つも用意しているとも言っていた。

 しかもウイング・オブ・オーダー号はデッキ下に広大なミラールームを備えているが、デッキ上部分は3階建てになっていて、そちらも多くの部屋がミラールームになっている。

 貴賓室や上級士官室が多く並び、監視室や艦橋なんかも階上部分だ。

 デッキはキャビンがあるから使いにくいが、戦闘時は速度を落とし、フライングやスカファルディングを使うことを前提にしているから、大きな問題にはならないだろう。


 階下は区画ごとにミラーリングを施したミラースペースで、多機能獣車と同じような感じでオーダーの個室も用意されている。

 実際は移動中の運動不足解消用訓練場が大半を占めてるんだが、その訓練場は1万平米あるし、さらにハンターが同行する場合は自前の多機能獣車を使ってもらうことを前提とした駐車スペース1,000平米も確保してあるから、それを活用すれば更に大人数の輸送も可能だろう。

 定員は2,000人を想定しているが、その倍どころか10倍の人数でもいけるんじゃなかろうか?


 ちなみに1万平米っていうのがどれぐらいの広さかと言うと、確かサッカーグラウンドの広さがFIFA規定で約6千平米から約8千平米だったはずだから、それより一回り広いな。


 ただ、だからこそ調整に難航してるし、俺達が狩ってきた高ランクモンスター素材の加工にも手間取ってるから、完成が遅れてしまっている。

 まあ仕方ない話だし、冬の間はこちらも動きにくいから、春までに完成して試運転も終えることができれば、来年の夏頃にはアバリシアへ攻め込めるんじゃないかと思う。


「木材は天樹、金属材は瑠璃色銀ルリイロカネ、魔物素材は終焉種を含むOランクやAランクモンスターですから、少々の攻撃では傷一つつかんでしょう。あとは積載重量ですが、これは当初の予定より余裕が出そうです」

「承知した」


 素材に関しては、間違いなくヘリオスオーブ最高峰の物を使用しているから、少々どころかCランクモンスター辺りまでの攻撃は通用しなさそうだ。

 どのランクまでかは魔力強化の度合いにもよるから一概には言えないが、魔力強化を行うのがレックスさんなら、Sランクモンスターの攻撃でも無効化してくれそうな気もする。

 さすがに24時間休まず魔力強化なんてのは出来ないから、そっちは監視体制を整える予定だし、そのために船底にも数ヶ所に監視室を用意してあるから、不意打ちを受けるようなことはないと思う。


 それより問題になるのは、積載重量だな。

 ウイング・オブ・オーダー号の定員は2,000人の予定だが、これを1人辺りの重量を100キロと仮定して換算すると200トンになる。

 そんな重量、支えることができたとしても飛ぶことが出来る訳が無い。

 だけどミラースペース内の重量は加算されないから、階上を利用する貴族や指揮官クラスプラスαを見ておけばいいだろう。

 それでもミラールームになってるから、人数は100人近くになり、重量的には10トンになるんだが、ウイング・オブ・オーダー号の翼はO-Cランクモンスターのヴリトラとグリフォン・シーザーの複合革材を加工して作られているから、最大100トンぐらいまでなら支えられるようだ。

 デッキに人が出ることも多くなるだろうから、積載重量に余裕があるのはありがたい。

 まあ風系ドラグーンの災害種か終焉種なら、200トンっていうバカみたいな重量でも行けそうな気がしないでもないが。


「細かい進捗状況も効きたいが、急いだ結果仕事が雑になっても困る。グランド・クラフターズマスター、申し訳ないが後で報告書を頼めるか?」

「畏まりました、後程お持ちします」

「頼む」


 ウイング・オブ・オーダー号が完成すれば、アバリシアへ向けての進軍が開始される。

 神帝が生きてる限りヘリオスオーブは滅亡の危機に瀕したままだから、絶対に倒さないといけない。

 だが去年の春に神帝が率いてきた大軍は全滅しているから、アバリシアが魔族の国と化していたとしても、数を揃えるのは難しいだろう。

 対して連邦天帝国側は、犠牲者も少なくはなかったが、それでも主戦力となるエンシェントクラスは増えているし、エレメントクラスも同様だ。

 しかも、今後も増える可能性が高い。

 だからアバリシアの戦力が低下している今が、神帝を倒す好機でもある。


 そのための期待を込めた言葉をグランド・クラフターズマスターに告げてから、俺達はドックを後にした。


 その足で俺達が向かったのは、ラインハルト陛下の執務室だ。


 ウイング・オブ・オーダー号の建造はアバリシア侵攻のための最重要の準備だが、それ以外の準備も着々と進んでいる。

 進化しそうなリッターやハンターの武具の新調、道中の食糧の用意もその内の1つで、こちらも順調だ。

 武具は、リッターはそれぞれのリッターズギルドが対応しているし、ハンターも素材を優先的に回すことで用意できている。

 逆に遅々として進んでいないのは、グラーディア大陸までの航路開拓と偵察だ。

 一応エンシェントオーダーの1人をリーダーに海路でグラーディア大陸に向かっていて、中継地となる島もいくつか発見してはいるんだが、肝心のグラーディア大陸までは到達できていないらしい。

 今日はそのエンシェントオーダーが帰還してきているから、これからその報告を聞くことになっている。


「報告致します。ソレムネ帝王城より入手した地図を元に航路の調査を行っておりますが、昨日ようやく、フィリアス大陸とグラーディア大陸の中間となる無人島に到達しました」


 そのエンシェントオーダー ネイル・トライナードさんは女性ロイヤル・オーダーだが、水竜のエンシェントドラゴニュートってことで調査隊隊長となるファースト・オーダーに選出されている。

 航路調査は3月になってから始まったんだが、それでも4ヶ月経ってもまだ半分っていうのは、予定よりかなり遅れてるな。

 いや、海の魔物は手強いのも多いし、ソレムネから入手した海図の正確性も確かめながらだから、時間が掛かるのは仕方ないんだが。


「予定より時間が掛かっているが、やはり最大の原因は魔物か?」

「はっ、ご推察通り、魔物との遭遇率が想定以上に高く、高ランクモンスターも多数存在しました。最も高ランクだったのはM-Iランクモンスター クリプトクリドゥスですが、他のMランクも確認しております」


 クリプトクリドゥスはプリオサウルスの異常種ってこともあってか、遭遇したのは1度だけらしいが、他にもいないとは言い切れないし、遠目だがフォートレス・ホエールも確認したそうだ。

 更に上陸した小島もほとんどが魔物の楽園状態だったため、上陸してもロクに休息も出来ず、ネイルさんがトラベリングを習得してなかったら全滅しててもおかしくはなかったとも続く。

 島を見つけるまで最短でも数日、最長だと3週間近くも海を彷徨ってたそうだから、オーダーも士気を保つことが難しかっただろうな。


「M-Iランクか。現状調査隊のエンシェントオーダーはネイルのみだが、これは後何人か増員を検討すべきか」

「その方がいいでしょう。ネイル卿は水竜のエンシェントドラゴニュートですから水中戦も行えますが、あまりにも負担が大き過ぎます」


 ネイルさんの報告を受けて増員を検討すべきか悩むラインハルト陛下に、レックスさんが即座に賛成を口にするが、俺も同意見だ。

 クラテル迷宮程じゃないとはいえ、Mランクモンスターが複数、それもいつ襲ってくるか分からないのに、同行してるエンシェントオーダーがネイルさんだけなんて、さすがに負担をかけ過ぎる。

 もしかしたらAランクモンスターも出てくるかもしれないんだから、エンシェントクラスは複数いないと調査もままならないだろう。


「分かった。グラーディア大陸が見えたら増員する予定だったが、それを前倒しにしよう。レックス、後で伝えてくれ」

「はっ!」


 ああ、グラーディア大陸が見えたら、エンシェントクラスを増員する予定はあったのか。

 増員となるのはエンシェントウンディーネ2人と風竜のエンシェントドラゴニュートの計3人になるそうだが、折り合いが付けばシー・ドラゴニアンやアクア・ドラゴニアンと結婚してるハイドラグナーにも参加してもらえるかもしれないそうだ。

 とはいえ、さすがに明日すぐにっていうのは無理だから、予定とかはこれからレックスさんがグランド・ドラグナーズマスターや当人達と話し合うみたいだが。


 それと後で聞いたら、何でエンシェントオーダーがネイルさん1人だけだったのかと言うと、フィリアス大陸に生まれているかもしれない終焉種の警戒、コバルディア事変で起きたとされる迷宮氾濫で溢れた魔物への対処、オーダーズギルドの体制の刷新と、調査隊に回せるエンシェントオーダーがいなかったかららしい。

 あと、ソレムネは10回以上もグラーディア大陸にスパイを派遣していたが、その際に遭遇したのが最高でもP-Iランクモンスター シー・サーペントで、Gランクモンスターとの遭遇率もさほど高くなかったから、エンシェントオーダー1人でも他はハイオーダーで固めれば大丈夫だろうと判断された事も大きかったみたいだ。


 これもやっぱり、魔族へと堕ちた神帝がグラーディア大陸を出た影響なんじゃないかと思う。

 連中は空を飛んできた訳だが、フィリアス大陸では神帝の魔力の影響で、陸上ばかりか海中にも終焉種が生まれてしまっていた。

 だからグラーディア大陸とフィリアス大陸の間にある海の魔物達も、そのせいで進化しやすくなってるっていう可能性は否定できない。

 実際ラインハルト陛下やレックスさんも、そう考えている。


 神帝の正体は俺や真子さんと同じ地球出身の日本人で、剣状刻印法具の生成者でもある。

 ただ刻印術師優位論なんていう頭悪い思想に被れたテロリストでもあり、昔父さんに粛正されかけた。

 その際、どんな偶然か奇跡が起きたのかは分からないがグラーディア大陸に転移してしまい、そこから瞬く間にグラーディア大陸を統一し、自身を神として崇めさせ、神の皇帝、神帝と名乗ったと、ソレムネのスパイが調査報告を纏めていた。

 異世界転移の成り上がりお約束ストーリーではあるが、グラーディア大陸に転移したのは200年近くも前の話だし、自分に都合の悪い話は徹底して弾圧してたようだから、曖昧になってる部分はある。

 まあコバルディア事変で相対した際の傲慢な態度を見るだけでも、ソレムネ帝王やレティセンシア皇王も真っ青な暴君なんだろうってのは容易に想像つくが。


 そのコバルディア事変では、俺も大きな借りができちまったから、その借りは絶対に返したい。

 だけどそのために調査隊に無理を強いるのも違うから、安全第一で無事に任務を終えてほしいと思う。

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