バトラー事情

 月末に予定が取れそうなので、その辺りを目途にバリエ迷宮攻略に行けそうなことをラインハルト陛下に報告した後、俺はプリム、マナ、エオスと一緒に、フロートのバトラーズギルド総本部へ足を運んだ。

 フロートにはフレイドランシア、ラピスラズライト、エスメラルダ天爵家、アマティスタ侯爵家の王都屋敷があるが、三天家の屋敷は基本無人で、バトラーズギルドに週に2度の派遣依頼を出して掃除なんかを頼んでいる。

 この依頼はバトラーズギルドの常設依頼になっているし報酬も悪くないため、Cランクバトラーからも人気が高い。

 ただ日はずらしているとはいえ、エオス、マリサ、ルミナのいずれかが必ず立ち会うことになっているし、フィールのウイング・クレストのユニオン・ハウスの管理もあるから、現状だとアルカに常駐してるバトラーへの負担が大きい。

 それに使用頻度は低いとはいえ貴族屋敷が無人というのも外聞がよろしくないし、アルカへ繋がるゲート・クリスタルも設置してあるから、できれば誰かが常駐していた方が防犯上の観点から見てもいいだろう。

 だからこの機会に、常駐してもらえるバトラーを雇いたいと考えた訳だ。

 ちなみにアマティスタ侯爵家の王都屋敷は10人程のバトラーが常駐しているし、文官や武官も数人ずつ勤務している。

 バトラーは住み込みが一般的だが、結婚した場合は退職するか相手も雇うかのいずれかで、文官や武官は自宅からの通いっていうのがスタンダートらしい。

 なので三天家も、そのスタンダートに倣おうと思っている。


「ようこそいらっしゃいました、大和天爵、マナリース天爵、プリムローズ夫人」


 バトラーズギルドに到着すると、すぐにマスターズルームへ通され、ウンディーネのグランド・バトラーズマスター リオ・バレイアの出迎えを受けた。


 元々バトラーズギルドはトラレンシアに総本部があったんだが、他のギルド同様に、アミスター・フィリアス連邦天帝国建国と同時にフロートに総本部を移転している。

 その際、当時のグランド・バトラーズマスターは、後進の教育を行うために引退し、新たなグランド・バトラーズマスターにリオさんが就任することになった。

 リオさんはレベル47のハイウンディーネだが、元々は白妖城で契約していたらしい。

 グランド・バトラーズマスターへの就任を打診された際、雇用主であるブリュンヒルド陛下と相談して白妖城を辞したっていう経緯だったか。


 ラインハルト陛下へ報告してる最中にエオスに先触れを頼んでおいたから、内容はグランド・バトラーズマスターも承知してくれている。

 さすがに三天家に常駐となると、それだけで30人近い人数になるから、バトラーズギルドでもすぐに用意するのは無理だろう。

 それは承知の上で依頼を出すことになっているが、どれぐらいなら大丈夫なのかが気になるところだ。


「お掛け下さい」


 俺達が席に着くと、すぐにお茶が用意された。

 うん、さすがバトラーズギルド総本部、対応が早い。


「そちらのエオスから、お話は伺っております。現在派遣待ちのBランクバトラーは8名です。この8名はすぐにでも派遣できますが、ご存知の通りBランクバトラーの更新は1年です。こちらからも通達は致しますが、お忘れないようお願い致します」

「ええ、分かってるわ」


 派遣可能なBランクバトラーは8人か。

 さすがにSランクバトラーはいなかったが、Sランクバトラーは永続契約を結んだバトラーでもあるから、バトラーズギルドで待機していることはほとんどない。

 もちろん結婚を理由に契約を解除したり、引っ越しなんかで契約解除せざるを得なかったりといったことはあるんだが、そういったSランクバトラーなら新しい契約も結びやすかったりもする。

 今回は残念ながら、そういった事情のSランクバトラーはいなかったか。

 まあBランクバトラーは長期契約待ちっていう状況でもあるし、Bランクに昇格してから何年か経っていて、資格もしっかりと習得していれば、契約と同時にSランクに昇格できる事もあるんだが。

 実際ルミナが、このパターンだったし。


「その8人は全員契約するとして、Cランクバトラーはどうなの?」

「こちらは10名程でしたら、すぐに可能です。ですがCランクバトラーは3ヶ月ごとに更新が必要になりますし、総本部に在籍しているCランクバトラーは40名を超えています。ですので申し訳ございませんが、Cランクバトラーとの契約は、彼女達に経験を積んでもらうことを優先させたいのです」

「それは承知していますから構いません」

「ありがとうございます」


 Bランクバトラーへの昇格は派遣実績だけど、最低でも1年は問題無く実績を積む必要がある。

 さらにその上のSランクは、資格を最低でも2つ習得している必要があるため、多くのバトラーはCランクの派遣待ちの間に勉強をして習得することが多い。

 だからCランク中に長期契約を結んでしまうと、資格試験勉強が疎かになってしまい、Sランクへの昇格が難しくなってしまう事がある。

 だからバトラーズギルドでは、CランクやBランクバトラーの長期契約はあまり勧められていない。

 

 だが今回契約予定のBランクバトラーは、8人ともSランクへの昇格条件の1つの資格習得に関してはクリアしてるから、長期契約をしても問題が無い。

 だからこそグランド・バトラーズマスターも、紹介してくれてる訳だ。

 ただ派遣実績が足りてないから、Sランクへ昇格できるバトラーはいないみたいだけどな。


「じゃあCランクバトラーは、とりあえず通いになるのかしら?」

「ご希望でしたら住み込みも可能ですが、あまりお勧めは致しません」

「まあ、そうよね」


 そりゃ長期契約って訳じゃないし、最長でも契約は3ヶ月なんだから、住み込みっていうのは雇う側も雇われる側もキツイよな。

 かといって通いっていうのも厳しいんだが、何人かBランク昇格間近だったりはしないんだろうか?


「Bランクに昇格できそうな子っていないの?」

「いない訳ではありませんが、該当者は既に契約を結んでいるため、今回の候補からは外しております」


 げ、マジか。

 ということは候補に挙がってるCランクバトラーは、昇格したばかりの新人も少なくないってことか。


「さすがに2,3人ずつっていうのは問題でしょうから、どこかの屋敷に固めておくべきかしらね」

「かもしれないわね。エオスはどう思う?」

「私もそうするべきかと思います。その場合、エスメラルダ天爵邸に集めておくべきでしょう」


 エスメラルダ天爵家は既に拝領もしているし、フィールには家臣もいるから、そろそろフロートでも家臣を雇う方向で調整している。

 だからBランクバトラーはエスメラルダ天爵邸に固めておいて、Cランクバトラーは今まで通り週2回の派遣にしておくか。


「それが無難かしらね。ああ、でも常駐ってことで話を持ってきてるワケだから、それはそれでバトラーズギルドとしては困るのかしら?」

「困るという程ではございませんが、可能であるならば派遣日数を加味していただけますと助かります」


 そうなるか。

 Bランクバトラーをエスメラルダ天爵邸に固めれば、エスメラルダ天爵邸は気にしなくてよくなる。

 その分フレイドランシア天爵邸とラピスラズライト天爵邸に回す事は可能だが、それだとエオス達の負担は変わらない。

 エオス達の負担を減らすことが目的の1つでもあるんだから、それはそれで厳しいな。


「エオス、あなたの意見はどう?」

「はい、グランド・バトラーズマスターには申し訳ありませんが、何も総本部で全ての人員を賄う必要はございません。特に国都の本部でしたら、人員には余裕はあるのではないかと思います」


 ああ、その手があったか。

 特にベスティア、ドラグニア、グラシオンという三王国の国都なら、フロートに匹敵する程の人員がいてもおかしくはない。

 場合によっては家族ごとフロートに引っ越してもらうことになるから、条件は詰める必要があるが、問題はそれぐらいか。


「その手があったわね。っと、グランド・バトラーズマスター、それって問題はありますか?」

「国のバトラーが減る事にはなりますが、連邦天帝国が建国されている今では大きな問題にはなりません。事実としまして、三王国から三公国に派遣されるバトラーも増えてきておりますので」


 なるほど、そういうことならその手はアリだな。

 ならBランクの8人は、とりあえずエスメラルダ天爵邸に住み込んでもらうが、他の支部でBランク以上のバトラーと契約が出来た場合は、フレイドランシア天爵邸かラピスラズライト天爵邸に移ってもらうこともあり得るって事にしとくか。

 それか先に他の支部を確認してからまとめて契約して、それから割り振ってもいいか。

 もちろんその場合は不安になるだろうから、契約するってことは確約しとかないといけないが。


「いるかどうかは分からないから、先に契約してエスメラルダ天爵邸にまとめて置いた方がいいでしょうね。バトラーは契約で派遣先の事については守秘義務が課せられてるから、万が一機密に触れたとしても他言することは無いわ」


 CランクやBランクバトラーはいろんなとこに派遣されるんだから、守秘義務は徹底されてないと信用失うか。

 万が一他言してしまうと、最悪の場合はバトラーズギルド除名の上で犯罪奴隷落ちっていう処罰が下るが、数年に1人は出るとも言われている。

 まあどれだけ徹底してても、うっかりっていうことはあり得るし、脅されてっていうこともあり得るから、処罰に関してはリッターズギルドも巻き込んだ上でしっかりと決められるみたいだ。

 実際ソレムネで登録したバトラーが何人か、手っ取り早く金を稼ぐために機密を売って、除名された上で犯罪奴隷になってたっけな。

 そいつらに脅されてたバトラーもいたが、そっちはバトラーズランクの降格と罰金で済んでいた気がする。

 犯罪奴隷になった奴はともかく、脅されたバトラーは公表されていないが、それでも噂になってるのは地球と同じだな。


「そっちはそれでいいとして、Cランクの子達はどうするの?」

「他国で契約が出来たとしても、最初の内はエオス達の誰かが見ておく必要はあるか」

「はい。ですがそれも、数ヶ月程でしょう。ですのでグランド・バトラーズマスターのご希望通り、派遣日数を増やしてもよろしいかと」

「それでもフレイドランシア天爵邸とラピスラズライト天爵邸だから、週3日が限界よ?もちろんBランク以上のバトラーと契約できたら、通いでもいいなら毎日っていうのはアリだけど」

「そこは契約更新の際に、どうするか決めるべきじゃないか?資格試験の勉強もあるんだから、毎日、というか週に数日っていうのはもしかしたら厳しいかもしれないだろ?」


 住み込みであっても、週に1日から2日の休みは必須だからな。

 純粋に体を休めるためっていう理由もあるが、資格試験のためっていう理由の方が大きい。

 Cランクバトラーはほとんどが通いだが、これは経験を積むためっていう理由が大きいし、何より資格を習得しなければ昇格できないんだから、休みが無ければ勉強も出来ないし試験を受ける事も出来ない。

 どのタイミングで試験を受けるかはバトラーによって異なるから、事前に休みを申請しておくのも厳しいだろう。

 だからとりあえずエオスの言葉に甘えて週3日で契約して、Bランクバトラーが慣れてくる3ヶ月後の契約更新時に日数を増やすかどうかを決めるのもアリだと思う。


「それもそうか」

「あたしもそれに賛成」

「おっし。じゃあグランド・バトラーズマスター、条件ですけど……」


 大まかな内容は決まったから、後は詳細を詰めないとな。

 ここで決めた条件を元にして他の支部でも契約するから、しっかりと細部まで詰めよう。

 グランド・バトラーズマスターもそれは承知してくれてるから、俺達が思いつかなかった事にも意見を貰えたのは助かった。

 おかげで俺達にとってもバトラーズギルドにとっても良い条件が纏まり、Bランクバトラー8名、Cランクバトラー11名と正式に契約を交わせたぞ。

 俺にとっても良い経験になったし、明日からのバトラーズギルド巡りも意欲的に回ろうって気になれたな。

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