海竜と休息と迷宮

Side・ミーナ


 第12階層の探索をはじめてから、そろそろ10時間が経とうとしています。

 この階層では分かりにくいですが、時刻はそろそろ夜6時を過ぎる頃ですから、今日の探索はここまでになります。


「残ってるのは北西部と中央部だけど、都合の良いセーフ・エリアって無いわね」

「来た道を戻るっていうのが、この場合はベストでしょうね」

「それしかないが、さっきのセーフ・エリアからここまで、だいたい1時間ちょいかかったよな?」

「魔物の襲撃次第だけど、戻るにしてもそれぐらいはかかるでしょうね」


 ここまでの道のりは、何度か分岐路に遭遇しましたが、回廊内ということもあって特に迷った覚えはありませんし、マッピングで地図も記録されていますから、迷うことなくセーフ・エリアに戻ることができます。

 ですが先程のセーフ・エリアからここまで、魔物の襲撃は受けませんでしたから、戻る最中に襲撃されるという可能性は低くなく、それどころか高いと言ってもいいかもしれません。

 襲ってくる魔物はM-UランクからA-Cランクまでではありますが、今のところ終焉種を含むOランクモンスターの襲撃はありません。

 だからといって生息していないとは言えませんし、Mランクであっても十分脅威ですから、私達も神経をすり減らしており、一刻も早く休みたいというのが本音です。


「ともかく戻りましょう。フロウも疲れてるでしょうから、早く休ませてあげたいし」

「お腹空いたけど、さすがにここでっていうのは無理だよねぇ」

「いつ襲われるか分かりませんから、セーフ・エリアに着くまでは我慢をお願いします」


 確かに今日はフロウはずっと獣車を引いてくれていますし、何より高ランクモンスターの巣である第12階層を歩き回らせているのですから、肉体的にも精神的にも疲労は大きいはずです。

 もちろん私達もお腹が空いてきていますから、早くセーフ・エリアまで戻りたいですよ。


「そう思ってる時ほど、こういったことが起こるのよねぇ」

「仕方ないと思いたいけど、実際たまったもんじゃないわよねぇ」


 そう思いながらセーフ・エリアへ戻っていると、マナ様とプリムさんがこちらに向かってきている魔物を発見しました。

 しかもその魔物は、今までこの階層では見かけなかったドラグーンのようです。


「ちっ!ヴォルテクス・ドラグーンか!」

「それも2匹とはね。あたし達も消耗してるこのタイミングっていうのは、さすがに厄介だわ」


 A-Iランクのドラグーンですか!

 ただでさえドラグーンは1つ上のランクに匹敵する個体が多いのに、このタイミングで異常種が複数というのは、さすがに私達でも厳しいですよ!

 いえ、ここには逃げ場はありませんから、戦うしかないんですが。


「不幸中の幸いと言うか、ヴォルテクス・ドラグーンにはノーチラスみたいな殻は無いから、こっちの攻撃も普通に通るか」

「通るわね。だけど時間はかけたくないから、一気に行くわよ」

「それはもちろん」


 確かにヴォルテクス・ドラグーンは、異常種ということを除けば一般的なドラグーンになりますし、災害種のノーチラスのような防御力は有していないでしょう。

 ですが油断は禁物ですし……って、ちょっと待ってください。

 左側のヴォルテクス・ドラグーン、何かおかしくありませんか?


「ちょっ!左のヴォルテクス・ドラグーン、Wランクじゃん!」

「マジか!」

「ここでWランクって、冗談でしょ……」


 Wランクは1つ上のランクになりますから、A-Iランクのヴォルテクス・ドラグーンはA-Wランクということになり、終焉種に匹敵、下手をすれば凌駕している可能性もあります。

 よりにもよってこのタイミングで出てくるなんて、最悪としか言いようがありません。


「さすがになりふり構ってる場合じゃないか。真子さん!」

「そうした方が無難ね。だけど素材は惜しいから、ディアン・ケヒトを使うわ」

「え?あれってそんな……ああ、そうか。了解」


 何か理解されたような大和さんですが、すぐに真子さんと手を重ね、刻印神器 聖剣クラウ・ソラスと聖翼アガート・ラムを生成します。

 そして真子さんは、すぐにアガート・ラムに魔力を集め、神話級術式ディアン・ケヒトを発動させました。


「ディアン・ケヒトって雨みたいに光の弾を撃つ刻印術だと思ってたけど、そんな使い方もできるのね」

「集束させてる分制御に処理能力が割かれるけど、アガート・ラムはスピリチュア・ヘキサ・ディッパーの特性を継承してマルチ・コアだからね。これぐらいなら問題無いわ」


 マルチ・コアとは確か、魔導具に例えると複数の魔石を使うことで処理能力を上げる、とかそういった感じのお話でしたっけ?

 刻印法具に魔石は使われていませんが、それでも魔石に該当する物は1つが普通だそうです。

 ですが真子さんのスピリチュア・ヘキサ・ディッパーのように、稀にそれを複数持つ刻印法具を生成されると聞きました。

 そのスピリチュア・ヘキサ・ディッパーを使ったアガート・ラムも、どうやら同じ特徴を持っているそうなので、少々の無茶は大和さんのクラウ・ソラスより利きやすいみたいです。

 なにせ本来なら雨のように光を降らせるディアン・ケヒトが、槍のように一点に集中されていたんですから。


「さすがのA-Wランクでも、神話級には耐えられないか」

「終焉種でさえ一撃で倒せるんだしね。はい、回収終わったよ」

「ありがとう、アテナ。それで、どうする?このまま獣車で戻ってもいいけど、また襲われると面倒よ?」


 確かにそうですけど、他に方法なんて……あっ!


「ああ、そうか。迷宮ダンジョンでの移動は獣車が基本だし、この階層でもそうしてたから忘れてたけど、よく考えたらあたし達って、昨日一昨日は獣車を使わず飛んできてたんだったわ」

「だったわね。こんな回廊階層でっていう問題はあるけど、手前のセーフ・エリアの場所は分かってるし、飛ぶかどうかはともかくとしても走るっていう手もあるわ」


 プリムさんとマナ様の仰る通り、獣車で移動するより私達が駆けた方が断然早いですし、その方が安全ですね。

 それにフロウも限界でしょうから、アルカでゆっくりと休ませてあげられます。


「その手があったな。じゃあフラム、フロウを獣車から離したら送還してもらえるか?」

「分かりました。お疲れ様、ゆっくり休んでね、フロウ」


 フラムさんに撫でられて目を細め、小さく声を上げるフロウ。

 本当にお疲れ様でした、ゆっくりと休んでくださいね。


Side・エオス


 フラム様が獣車を引いてくれていた従魔フロウを送還し、大和様がインベントリに多機能獣車を収納した後、私達は来た道を駆け、僅か10数分でセーフ・エリアへと戻ることができました。

 遠目では数匹の魔物が目に付きましたが、幸いにも襲われることもなかったため、大和様は収納した多機能獣車を、セーフ・エリアの中央付近に置きなおされています。


「これで良し。それにしてもこの階層、マジで広い上にAランクが多いな」

「本当ですね。Mランクも多かったですけど、Aランク程じゃないように思いました」

「実際には半々ぐらいで、稀にPランクも混じるけど、生息してるのが海棲種ばかりな上にこの階層だから、ランク以上に手強い感じがするわよね」


 多機能獣車を設置してすぐに、大和様、リディア様、マナ様がこの階層の感想を口にされていますが、私も全く同感です。

 元々海を含む水棲種は、陸に上げてしまえば1ランク落ちるとされていますが、水の中では十全に能力を発揮できるため、ランク通りどころか1つ上のランクに感じてしまいます。

 これは大和様が開発されたMARSによる実証も行われた結果、ハンターズギルドとスカラーズギルドから、水棲種は陸上では1ランク下、水上ではランク通り、そして水中では1ランク上という扱いが正式に公表されており、私達も身を以てその事実を痛感した形と言えるでしょう。


「『クエスティング』。思ったより多いけど、モンスターズランクを考えればこんなもんなのかしら?」

「どれどれ……う~ん、そんな気はするな。というか、デカいのばっかだな」

「それは確かにね。それでいてこっちはあんな狭い回廊の中だから、エンシェントクラスでも数が少なかったら全滅の危険性大ね」


 真子様がクエスティングを使い、大和様と共に第12階層で倒した魔物を確認されています。

 私も確認しましたが、確かに巨大な魔物がほとんどですし、それでいてモンスターズランク的に考えれば思ったより多いとは感じられます。

 通路は水でできていることもあってか、グランド・ソードのような魔法を使ってもすぐに再生しますし、海水が入り込んできてもすぐに同化しますから、通路内への浸水や水没といった危険性が無いことは幸いと言えるでしょう。


 ちなみにではありますが、プログナトドン(M-I)5匹、アビス・フロウ(A-C)2匹、クリプトクリドゥス(M-I)1匹、メガロス・レブマ(A-C)8匹、フォルト・ウェルティス(M-C)5匹、アームズ・フィッシュ(M-C)4匹、セージ・オクトパス(P-R)3匹、クラーケン(M-I)9匹、ノーチラス(A-C)3匹、キラー・ホエール(PーR)2匹、フォートレス・ホエール(M-I)7匹、アイランド・ホエール(A-C)2匹、アビス・セイレーン(G-R)29匹、セイレーン・プリンセス(P-I)8匹、セイレーン・クイーン(M-C)3匹、ヴォルテクス・ドラグーン(A-I)1匹、ヴォルテクス・ドラグーン(A-Wランク)1匹、以上88匹が、以上がこの海中回廊階層で倒した魔物の内訳になります。

 アビス・セイレーンというGーRランクモンスターが一番多いですが、亜人は迷宮ダンジョン内では1ランク上となりますから、ランク的には適性と言えるでしょう。

 それを考慮してもMランクが多く、しかも海中ということで1ランク上扱いで考えますと、Aランクモンスターの巣と言っても過言ではないかもしれません。


「明日は残りの未踏破区画を調べるとして、どっちから行く?」

「ルート的に見ても、北東側からになりませんか?」

「そうですね。分岐点も多いですけど、全体的に見るとこの階層は北西側からグルっと周るような感じがします」

「確かにな。そう考えると、階動陣は中央ってことか」

「ありそうだねぇ」


 生息している魔物の情報も重要ですが、階動陣の場所を調べることも重要です。

 今日1日でこの階層の7割は踏破できていますので、遅くとも明日中には突破できるでしょう。

 そしてその階動陣の場所ですが、私も大和様と同じく中央にあると予想しています。

 階動陣ではなく、守護者ガーディアンの間という可能性もありますが。


「そういえばさ、どっかのレイドがエニグマ迷宮に挑戦するって噂無かったっけ?」

「エニグマ迷宮?いや、俺は聞いたことないな」

「あたしも……あ、待って。それってレイドじゃなくてオーダーじゃなかったっけ?」


 ここでアテナ様が話題を変えられましたが、その噂は私も聞き覚えがあります。

 正確には攻略ではなくオーダーとランサーの合同調査ですから、それが噂として流れているのでしょう。

 エニグマ迷宮はアレグリア獣王国にあり、リッターズギルドとしてはランサーの管轄になります。

 ですがエンシェントランサーはグランド・ランサーズマスターしかおられませんから、オーダーズギルドからエンシェントオーダーを派遣し、訓練と調査を合同で行うことになったと聞いています。


「ああ、なるほど」

「ですが、時期や人員は未定だったと記憶しています。訓練も兼ねているとはいえ調査が主目的だそうですから、人選に難航しているのは当然とも言えますが」

「そりゃねぇ。ランサーが指揮権を持つとしても、エンシェントオーダーが来たら指揮系統が乱れるかもしれない。だけど円滑に調査を行おうと思ったら、エンシェントオーダーは絶対に必要だわ」

「なにせエニグマ迷宮って、確か分かってるだけでも20階層以上は確実で、Mランクモンスターも確認されてるって話だしね」


 私のセリフに続かれた真子様とプリム様。

 エンシェントハンターならばランサーも気にしないはずなのですが、オーダーズギルドはランサーズギルドの上位組織という位置付けですから、双方やり辛いでしょうね。

 かといってオーダーが指揮権を持つのも、立地的に見てよろしいとは言えません。

 下手をすれば、いずこかのユニオンが先に攻略してしまうという可能性も、無いとは言い切れないのです。

 そのユニオンがウイング・クレスト、というオチになりそうな気がしますが。

 それはそれで、逆にオーダーやランサーの懸念事項が減ることになりますから、歓迎されそうですけどね。

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