学園の特別授業

Side・キャロル


 総合学園の授業は、朝は9時に朝礼が行われ、9時30分から授業が開始されます。

 50分おきに10分の休憩が挟まれ、その10分の間に次の授業の準備をしたり教室を移動したりします。

 そして12時30分から1時間の昼休みとなり、2時間の授業を受け、その後終礼をして終わりとなりますね。

 校内はかなり広いですし、学科によっては学園の端から端まで移動なんてこともあり得ますから、4月からはカリキュラムの見直しもあると言われていますが。


 ですが本日は最初の授業、つまり1時限目が終わると同時に、全ての学生が校庭にある訓練場へと移動していきます。

 何故なら本日はヘリオスオーブ初のエレメントクラスであり、最高レベル更新者でもある大和さんが、全ての学生を相手に戦闘授業を行うことになっているからです。


 だというのに、幾人かの学生達の顔色は優れません。

 その理由は、先程授業が終わると同時に喜々として教室を飛び出した、5人のハンター達にあります。

 大和さんの授業は全ての学生が対象となっており、体調不良などの理由がない限り欠席や辞退は禁止されています。

 ところが、現時点で把握できているだけでも、20人近い数の学生が辞退を望んでいるんです。

 中にはハンター志望であり、話を聞いた時には喜んでいた学生もいるのですが、これには理由があります。


 その理由は、5人のハンターが、授業を辞退するよう脅しをかけているからです。

 彼らが学園に入学したのは、大和さんに稽古をつけてもらうためなのですが、そのためなら他の学生がどうなろうと知ったことではないという、非常に自己中心的な考えを持っています。

 実は既に何度か先生方から、そのような考えを改めるよう注意されているのですが、それでも彼らは受け入れず、それどころか聞き流している始末です。

 さらに噂ですが、大和さんの授業を受けないよう脅しをかけている現場を、何人かの先生方に目撃されているんだとか。

 処罰されていないので噂だと言われていますが、王族の方々は現場を目撃し、その上で注意もされていますし、何より私達は大和さんから、その噂が事実であり、処罰していないのはわざとだと聞かされていますけど。

 今日の授業の結果如何によって、彼らの処罰が決まるんだそうです。


「そんな話になってるのに、相変わらず何を考えてるのかわかんないなぁ」

「理解しようとするだけ無駄でしょう」

「ですね。あんな連中、重用しようとも思いませんよ」


 ラウスさん、ユーリ様、アウローラ様が、大和さんの向き合っている5人のハンターを見やりながら、呆れた態度を隠そうともしていません。

 私もお気持ちは、心から理解できますが。


「大和さんと手合わせなんて、普通のハンターでも簡単にできないですしねぇ。この機会を逃したら、次はいつになるか」


 レベッカの言う通り、普通に活動しているハンターであっても、大和さんが稽古をつけるようなことはありません。

 エンシェントクラスを擁しているレイド・ユニオンは頻繁に行っていますが、それは彼らが信用に足る方々だからという理由がありますし、こちらから無理をお願いしてトラレンシアやバシオン、ソレムネやレティセンシアへ同行して頂きましたから、特殊な事情だと言えるでしょう。

 リッターはそれなりにありますが、これは大和さんがアウトサイドとはいえRランクオーダーでもあるため、業務の一環でもありますね。

 総合学園でも初のことですが、そもそも総合学園は大和さんも設立者の1人となっていますから、かなり気にされているんです。

 ですから事情があるとはいえ、いずれ大和さんは戦闘訓練授業は行われる予定でもありました。


「それもあるだろうけどよ、あいつらあのまま時間いっぱいまで大和様に手合わせをしてもらうか、あわよくば弟子にしてもらおうと考えてねえか?」

「考えているでしょうね。教師はもちろん王族にまで注意されていますから、焦っているのでしょう」


 彼らは授業が始まると同時に、真っ先に大和さんの前に立っているのですが、ライオ殿下の仰る通り、交代などしそうもない雰囲気がありますね。

 ユーリ様の仰る通り、教師や王族に直接脅している現場を目撃されているのですから、焦っているのは間違いありません。

 だからといって、さすがに短絡的過ぎる考えですが。

 とはいえ、これで彼らの処遇、つまり退学という最悪の処分が下ることは確定ですね。


「初年度から退学者続出ですけど、問題無いんですかね?」

「初年度だからこそ、こういった問題が出ているのだと思いますよ。むしろ前例として残しておく方が、今後のためになるでしょう」

「そうそう。問題が起きるのは間違いないけど、上の方はちゃんと考えてるはずだよ」


 入学式でいきなり退学となった者もいますし、さらにこのタイミングで5人もということになると、開校から1年足らずで6人も退学者が出てしまうことになります。

 ですがユーリ様やアウローラ様の仰る通り、前例として残しておくことは重要ですし、学園上層部や国も事前に報告は受けていますから、起こるであろう問題についても考えておられます。

 むしろ考えておられるからこそ、彼らの退学が検討され、結果次第では本当に処罰として実行されるという結論も出ていると言えます。


「あ、だけど退学になったら、ギルドってどうなるの?」

「既にハンターとして活動はしてるから、そっちは問題ないらしいよ。ただ当然だけど、問題行動を起こす可能性が高いってことで、ハンターズギルドからも目を付けられることになるけど」


 レイナの疑問にラウスさんが答えていますが、凡そはその通りです。

 少し補足しますと、他のギルドへの登録はかなり厳しくなり、また国を守る者としては不適格という判断が下されることにもなりますから、リッターズギルドへの登録は不可能となります。


「完全にあいつらの自業自得だし、後のことまであたし達が気にかける必要はないでしょ」

「アウローラの言う通りだな。それよりラウス、レベッカ、キャロルの3人のことを、いつ公表するかの方が気になる」


 アウローラ様とセラス様は辛辣ですが、私もお気持ちは理解できますから、あまり興味はありません。

 むしろセラス様が口にされたように、いつ私達のライブラリーが公表されるのか、そちらが気になります。

 私やラウスさん、レベッカはエンシェントクラスに進化していることを理由に、学園内での王族の方々の護衛を仰せつかっています。

 そもそも非公開にしていた理由は、エネロ・イストリアス伯国の元王子から、王族の方々のみならず学園生を守るためでした。

 彼は入学式での言動が問題視され、既に退学となり、エネロ・イストリアス伯国で幽閉されていますが、ライブラリーの内容は個人情報でもありますから、本来でしたら公開する必要はありません。

 ですが彼ら5人の身勝手さは、学園内でも問題になりつつあり、授業にも影響が出始めてきています。

 ですから私達のライセンスを公表することで、彼らを抑え込むつもりもあるんです。

 もちろんそれだけが理由ではありませんが、きっかけになったのは間違いありません。


「数日中といったところでしょうね。それはそれとして、あちらはどうしましょう?」

「こうなることは想定内ですから、大和さんにお任せになります」


 私達のライセンスの件は、今すぐにという話ではありません。

 それよりも目の前の問題をどうするのか、そちらの方が重要ですか。

 大和さんに一任されているとはいえ、非常に面倒なお話ですね。


Side・大和


 今日はミーナ、真子さんと共に、メモリア総合学園に足を運んだ。

 なにせ今日は、全ての学生を相手に、俺が戦闘訓練を行う日だからな。

 さすがに学生数が200人近いからマンツーマンっていうのは時間的に厳しく、数人ずつのチームを組んでもらうことになってるし、戦闘訓練の授業の一環でもあるから、余程の事情が無い限り辞退はできない。


 だというのに半数近くの、特にクラフターやスカラー、プリスター志望の学生達が、数日前になって突然辞退を申し出てきて、逆にハンターやリッター志望の学生達を優先してくれと言ってきてしまった。

 どうせ例のハンター達が脅してるんだろうし、実際にその現場を目撃した教師もいるんだが、マジで何を考えてやがるんだかだな。

 当然だが授業の一環なんだから、俺がそいつらを特別扱いする意味も理由もない。


 ところがだ、その授業で最初に俺と手合わせをしたまでは良かったが、そこからが滅茶苦茶だったんだよ。


「……で、お前達は何をしてるんだ?」

「何って、続いて稽古をお願いしているだけですが?」

「あいつらより俺達の方が優秀なんですから、俺達が優先的に天爵から教えを受けるのは当然ですよね?」


 とか寝言を抜かして、次の子達と交代する素振りも見せやがらねえ。

 というか、自分達を優秀だなんて自惚れてるようじゃ、はっきり言って三流も良いところだろうに。

 秋の魔物討伐訓練の教訓や先日の真子さんのお説教も、何の意味も無かったってことか。


「お前達は、どうやら何も成長できてないようだな。少なくとも俺は、そんな勝手な者を優遇することは無い。さあ、とっとと交代しろ」

「で、ですが!」

「あんな奴らより、俺達が稽古をつけてもらった方が、絶対に役に立ちます!」

「そうです!お願いします!」


 見事に自己中な考えだな。

 前にも話に出たが、総合学園設立の理念とは対極の考えだし、俺個人としてもこいつらを優遇する理由は本気で見つけられんぞ。


「ダメだ。何度も言ってるはずだが、これは授業だ。特定の個人を優遇するんじゃなく、学生全員に平等に授業を受ける権利がある。お前らが何を言おうと何をしようと、これは変わらない。さあ、これ以上は言わない。さっさと代われ」

「でも!」


 一向に交代する気配が見えないな。

 こうしてるのも時間の無駄でしかないし、こんな事態も一応想定はしていたが、実際に遭遇するとマジで面倒だ。


「ひっ!」

「あ……ああ……」

「何度も同じことを言わせるな。これは授業であって、お前達を特別扱いするつもりは一切無い」


 魔力を少し、ほんの少しだけ、目の前のガキどもに解放する。

 指向性、とは少し違うかもしれないが、必要以上の範囲に魔力が拡散しないように気を遣ってるから、他の学生達が俺の魔力を感じることは無い。


 なんでこんなことが出来るようになったかだが、以前父さんがフィールのハンターズギルドで、アーククラスの魔力を解放してしまい、ギルド内どころか周辺の人々にまで影響を与えてしまったことがあったからだ。

 さすがに俺はアーククラスみたいな馬鹿げた魔力は有してないが、それでもエレメントクラスではあるから、ノーマルクラスやハイクラス相手には十分過ぎる影響を与えてしまう。

 だから魔力を壁か何かで遮るように意識して、必要以上の距離に影響を出さないように考えて、それを実践できるように色々と頑張ってみたという訳だ。


 それはともかくとして、抑えているとはいえ、エレメントクラスの魔力をまともに浴びた彼らは、完全に腰を抜かしている。

 本当はここまでするつもりは無かったんだが、いくら口で言っても効かないし、多分俺が縦に振るまで自分達の主張を曲げることもないだろう。

 そんな奴らの面倒を見るなんて、正直ごめんだ。


「やり過ぎな気もするけど、気持ちも分かるし、今回は仕方ないか。で、この後はどうするの?」

「その辺に放置ですよ。邪魔したとはいえ、授業中ですし」


 真子さんも、連中をフォローするつもりが一切無い。

 だから俺のセリフにも、特に何も感じてないな。

 そして俺は念動魔法を使い、彼らを訓練場の端まで移動させた。


「お前達の処罰は、授業後にするからな。さて、時間を取らせた。授業再開だ」


 最後に一言告げてから、俺は連中は一瞥もくれずに授業を再開させた。

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