人魚の叙爵

Side・フラム


 プリムさんがツバキちゃんを、私がミズキを産んでから1ヶ月が経ちました。

 私は安産だったので産後の肥立ちも非常に良いのですが、プリムさんは体調を崩す日もあり、私もとても心配です。

 プリムさんも肥立ちは悪くないのですが、ノーマルクラスどころかハイクラスでも母子のいずれかが命を落としていたと言われる程の難産だったため、産褥期が終わるまでは油断できないと真子さんやユーリ様が仰っていました。

 産褥期は平均2ケ月ほどと言われていますが、プリムさんは大事を取って3ヶ月程を見ており、その期間が終わるまでは本格的な狩りは禁止されたままです。

 妊娠中は狩りに出れませんでしたし、ブランクも気になりますから、リハビリ代わりの簡単な狩りは許可されていますが、最低でも2人お供を付けることが条件になっていますから、気軽に行けるワケではありません。

 これについては、私も同様なんですが。


 そんな中、今日は大和さんに付き添っていただき、天樹城へとやってきました。

 理由は私の叙爵のためです。

 ユーリ様が治めるエスメラルダ天爵領は、領都となったフィール以外は町となったプラダしかありませんが、それでも代官は必要になります。

 そのプラダは、元は私の生まれ育った村でもありますから、その縁もあって、私が男爵として代官となるように話が進んでいたんです。

 別に私である必要性はないように感じますし、今もそう思っているのですが、私がエンシェントクラス唯一の弓術士であること、エンシェントウンディーネであるためナダル海とベール湖に挟まれた立地でも十全に力を振るうことができることも加味されてしまっています。


「これでフラムも男爵か」

「そう言われても、まだ実感はありませんよ?」

「俺もそうだったな」


 謁見の間での叙爵式の後、私と大和さんは天帝家のプライベートスペースにあるリビングへ招かれました。

 先程の叙爵式で私は新たな家名を賜り、フラム・ミカミ・フロルラグナ男爵となっています。

 夫でもある大和さんはフレイドランシア天爵の爵位を拝命していますが、こちらも唐突な出来事でした。

 いずれ領地を下賜される予定ではありますが、急な話でもありましたので、今はエスメラルダ天爵領とアマティスタ侯爵領の代官といった立ち位置になり、先日ソレムネ統制官に就任されたヒルデ様の補佐もされています。

 これはマナ様も同様ですが、マナ様は育児を優先していますから、大和さんの負担が増えている形でもあります。

 ですから私も、今回の叙爵と代官就任を断ることができなかったんですよ。


「実際、正式な代官就任は2年後だからな。それまでは研修もだが、育児を優先してくれて構わない」


 本来であれば、この後はフィールまで赴きユーリ様へご挨拶し、それからプラダの代官として職務に励むことになるのですが、今の私はミズキを出産したばかりですし、何より代官としての知識も経験も一切ありません。

 ですから2年程は、現代官のベラノ男爵について勉強をすることになっています。

 本来ベラノ男爵は、別の場所を治めることになっていたのですが、私がミズキを妊娠したことをうけ急遽予定を変更され、陛下の命でプラダに赴任されてますから、そこは少し申し訳なく思っていますけど。

 ミズキのこともありますから、このご采配はとてもありがたいです。


「ありがとうございます」

「いや、半ば無理を言って叙爵したようなものだからな。それに産後間もないんだ、これぐらいは考慮するさ」

「でも助かります。今のプラダはひっきりなしに商船が来てますから、開発だけでもてんてこ舞いなんですよ」

「その話は聞いているし、私も一度見に行った。最小範囲とはいえ、結界を施しておいて良かったと思ったよ」

「同感です」


 それについては、私も同感です。

 陛下の仰る結界とは、儀式魔法アルターズマジックプロテクト・フィールディングのことです。

 これは害意を持つ魔物を防ぐ結界なのですが、最小でも直径10キロもあるため、小さな町や村には使いにくいことが欠点とされています。

 あと異常種はともかく、災害種や終焉種は防げないとも言われていますね。


 プラダは元々森と湖に囲まれた漁村に近い小さな村でしたから結界は無かったのですが、ユーリ様がエスメラルダ天爵となられ、マイライト山脈一帯を拝領したことで開発が進み、港が出来ました。

 アミスターでナダル海に面しているのはプラダのみですから、以前より望む声は多かったのですが、実現したことによって今では交通の要衝となっていますし、そうなることは予想されていましたから、プラダは結界の最小範囲内に収まる町になるよう開発がされているんです。

 これ以上結界を広げると、対岸の方へも広がってしまい、何かあった際に対処が遅れてしまう可能性が高くなりますから、それを防ぐためという理由もありますが。

 今はオークの異常種どころか災害種も多くなってきてしまっていますし、実際問題として何度か現れていますから。


「そのプラダですけど、近いうちに波止場を増築することになりました。フェブロ・レヒストレスからの船も来るようになりましたし、トラレンシアも海路を考えてるようですから」

「フェブロ・レヒストレスはともかく、トラレンシアもか。いや、アミスターとトラレンシアは、空路でしか行き来がなかったのだから、海路もあるに越したことは無いな」

「はい。計画は前々から進んでましたが、ブリュンヒルド陛下が即位されたことで、本格的に動くことになったと聞いています」

「ああ、ヒルドの手柄にするために計画を遅らせたのか」


 私も初耳でしたが、大和さんと陛下のお話を聞いて納得しました。


 アミスターとトラレンシアは最友好国と言ってもいい間柄ですが、往来は空路のみしかありませんでした。

 トラレンシアはアミスターから最も遠い国であり、尚且つ島国であるため、海路を使う場合は敵国だった国の近くを通らなければなりません。

 途中までは陸路を使うとしても、こちらも敵国を通過する必要があるため、費用が嵩めばまだマシという状況でした。

 ですから空路以外に選択肢が無かったのですが、空路だとワイバーンをはじめとした空を飛ぶ騎獣を使うしかないため、人数は限られてしまいますし、ミラー・バッグやストレージ・バッグといった魔導具も必須になります。

 ミラー・バッグは、容量さえ気にしなければ数千エルで購入できますが、ストレージ・バッグは最小容量でも数十万エルですし、魔石も最低でもGランク以上のものが必要になりますから、さりげなく入手難だったりもします。

 まあ、今は魔石を手に入れるのは難しくなくなってきていますし、そのおかげかストレージ・バッグも値下がりしてきているそうなんですが。


 ですが船が就航するとなれば獣車での移動が可能となりますし、獣車に付与しているミラールームやストレージルームも活用しやすくなりますから、持ち運べる物が飛躍的に増えます。

 ハンターも移動しやすくなるでしょうから、トラレンシアへ行く人は今以上に増えることになるんじゃないでしょうか?


「連邦天帝国としても、往来が活発になるのは歓迎すべき事態だ。もちろん飛空艇にも期待している。その飛空艇だが、大和君、今どうなっているか分かるかい?」

「そっちは先日クラフターズギルドの試作が完成したんで、その結果待ちですね」

「確か、明日が試乗だったはずですよね?」

「そのはずだ」


 現在クラフターズギルド フィール支部に製作を依頼している飛空艇ですが、数日前にようやく試作が完成しています。

 原型は私達が製作し、それをクラフターズギルドに預けてあるのですが、クラフターズギルドとしても製作する必要がありますし、何より初めてのことでもありますから、どうしても時間が掛かってしまうんです。

 それでも1ヶ月と少しで試作が出来ているのですから、十分早い方ではあるんですけど。


「明日か。ということは、その結果次第では総本部はもちろん、各支部にも製法が共有されることになるという認識でいいのかな?」

「各支部というか、物が物なんで総本部以外だと各国の本部だけにするって話ですね」

「ああ、簡単に作れる物でもないし、小さな町だと下手をすればクラフター総出になる可能性もあるか」

「ええ。それに頻繁に受注が入る物でもありませんしね」


 飛空艇は水上船としても使えるようになっていますが、それでも頻繁に受注されることはないでしょう。

 素材もですが、費用も最低でも神金貨10枚は下りません。

 それに使いどころも、交通機関として以外だと、ハンターや貴族が移動に使うぐらいにしかならないような気もします。

 ドラゴニアンよりは遅いですが、それでも1日でフロートからフィールまで到着できますし、空の上で寝泊まりすることも可能ですから。

 エンシェントハンターが在籍するユニオンは発注されるでしょうが、それ以外ですと本当に国や貴族、あとはギルドがということになるのではないかと思います。


「試作の出来にもよるけど、俺達が発注したのがいつ完成するかも分からないし、本格的に受注するとしてもそれ以降だろうな」

「そうだな。多機能獣車へ接続することを考えると、それなりに受注はありそうだが、数年も経てば落ち着くだろう。あとは輸送用の大型や中型の飛空艇をどうするかだ」


 飛空艇のサイズ規格は、真子さんによって大雑把にですが提案されています。

 全長20メートル未満を小型、50メートル未満を中型、それ以上を大型、そして獣車に接続させる獣車型です。

 獣車型は小型サイズが平均となるでしょうが、リッターズギルドが所有している多機能獣車に接続させることを考えると中型サイズ、もしかしたら大型サイズになることも考えられます。

 実際、私達が発注している飛空艇筐体は、全長40メートル近くありますから。

 本当ならここまで大きくするつもりはなかったんですが、ウイング・クレストの多機能獣車は兵員輸送も考えて製造されているので、どうしても大きくせざるを得ないのです。

 簡単な運動は中庭でできますが、外に出られないというのも問題ですから。


 ちなみに飛空艇は、重量軽減や大きさの問題もあって、獣車を搭載するような場所はありません。

 なのである程度は競合するでしょうが、船は船で需要が無くなることはないと予想されているそうです。


「まずは簡単にでも空路を設定してから、サイズを決めた方が良くないですか?」

「ふむ、確かにそれもアリか。まあ何にしても、試作が完成してからの話だが」

「ですね」


 飛空艇の存在はまだ公表されていませんが、噂にはなっており、クラフターズギルドへの問い合わせも多いと聞いています。

 クラフターズギルドの試作が完成した後にお披露目を行い、大和さん、真子さん、ルディアさん、私の4人も製作者として公表され、受注はそれからになるのですが、既に裏では順番が決まっており、第1号がウイング・クレスト用筐体、第2号が天帝家の多機能獣車用筐体となっているんだとか。


「ああ、それから大和君」

「なんでしょうか?」

「大和君とマナに与える領地だが、候補としては放棄された橋上都市、ナダル海にあるオルデン島、コバルディア跡地が挙がってるんだが、君達としてはどう思う?」


 もう大和さんとマナ様が拝領する領地の候補が出ているんですね。

 いえ、事前準備とかも必要でしょうから、特におかしくはないのでしょうか。


「やっぱりその辺りになりますか」

「他にも無い訳ではないが、2人の構想を鑑みるとな」


 あ、既に大和さんは予想されていたんですね。

 そういえば大和さんとマナ様の構想は、学園都市と観光都市だったはずですから、特にコバルディア跡地とオルデン島は最有力候補かもしれません。


「マナにも聞いてみないとですけど、多分橋上都市は選ばないと思いますよ」

「候補に挙がってはいるが、私もそうなるだろうと思っているよ。まあ時間はまだあるから、慌てずに考えてくれ」

「分かりました」


 マナ様の意見も必要ですし、陛下の仰る通り時間はありますから、慌てる必要がないのは助かります。

 お2人が拝領するのは、早くても3年後の予定ですから。

 私も頑張って代官のお仕事を覚えて、お2人を支えていきたいと思っています。

 これは私だけではなく、ユニオンの皆さんが思っていることでもあります。

 陛下から候補地選定のお話も出たことですし、今晩は議論が捗りそうですね。

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