天帝と空の旅

 試作飛空艇が完成し、アルカでの試乗も終えた。

 プリムやフラムも乗れたし、エド達やラウス達も乗ってもらって意見をもらったんだが、数ヶ月前の試作より安定度は増してたし、設備も問題無しとクラフターからのお墨付きが出ている。

 だから今日は、アルカの外での試乗を行う予定だ。


 だがどこから聞きつけたのか、ラインハルト陛下が妃殿下方やレックスさん達を連れて、フロートで待ち構えていたりする。


「陛下、執務は大丈夫なんですか?」

「もちろんだ。ラライナは良い顔をしなかったが、飛空艇が実用化されれば流通も変わる。積載量の問題もあるから、既存の交通網が受けるダメージも最小限で済むだろう。経過は注視しておく必要があるがね。だが飛空艇がどのようなものなのかは、実際に乗ってみなければわからないから、何とか説き伏せたよ」


 乗りたいだけって気もするが、陛下の言ってることも間違ってないから反論しにくい。

 墜落したらどうすんだっていう問題もスカファルディングを使えば解決してしまうから、墜落死も起こりにくいし、そもそも陛下達もエンシェントクラスに進化してる方が多いから、まかり間違って墜落しても死ぬようなケガはしない気もする。

 その上で新しい流通網や交通網ができるかもしれないから、宰相も止められなかったってことか。

 タチが悪い気もするしラライナさんの胃も心配だから、今度何か差し入れでもしないといけない気になるな。


「いやあ、楽しみだなぁ」

「本当にね。まさか空飛ぶ船に乗れるなんて、考えたこともなかったわ。シエルは?」

「私もです。ですけど、レスハイト様は分かりますけど、レジーナ様までお連れしなくてもよろしかったのでは?」

「確かにそうなんだけど、1人だけお留守番っていうのも可哀そうだしね」


 天妃殿下方がキャイキャイとお話されてるが、マルカ妃殿下はレジーナ殿下を抱いてるし、エリス妃殿下の傍らにはレスハイト殿下もいる。

 レジーナ殿下はまだ1歳になってないからか眠っているが、レスハイト殿下はすごく嬉しそうだな。


「大和君、今日はフィールまで行くと聞いているが、その後はどうするんだい?」

「今回は試験飛行ですから、問題無ければ乗造部門に持ち込んで、正式に登録するつもりです」


 今回の試験飛行は、フロートからフィールまでを予定している。

 飛空艇の速度は、さすがにドラゴニアンやワイバーン程早くはなく、精々時速100キロってとこだ。

 ワイバーンとかの空飛ぶ騎獣は平均して時速150キロ、完全竜化したドラゴニアンだと180キロぐらいが平均で、ドラゴニアン最速のエオスは時速300キロぐらいは出せるようになってるから、それらと比べると大きく劣るんだが、天魔石の魔力が尽きさえしなければ飛び続けてられるというメリットがあるから、住み分けはできると思う。

 騎獣は従魔か召喚獣のどちらかになるが、餌代とかがかかるから契約してる人はハンターやリッター、後は裕福なトレーダーぐらいしかいないし、何より体力が尽きるまで飛ばせることは出来ないからな。


「問題無ければって、クラフターズギルドだって試作ぐらいは作るんだから、もう丸投げでもよくない?」

「すぐに多機能獣車用の筐体を依頼する予定なんで、ある程度はデータを用意しときたいんですよ」


 俺達が使ってる天樹製多機能獣車を接続させる飛空艇筐体は、当初は俺達だけで作るつもりでいた。

 多機能獣車の製造の中心人物だったフィーナもいるから、寸法とかは問題ないと思ってるし、俺達だけじゃなくエド達もいる。

 さらにこの試作は、本当に俺達だけで、特にルディアが頑張ってくれて、クラフターズギルドは一切関与してないから、時間はかかるだろうが十分できると思ってたんだよ。


 だけどそれはクラフターズギルドの仕事を奪う、というか無くす形になるし、何より絶対的に経験が違うから、マナやヒルデからは依頼を出すべきだって言われてしまった。

 飛空艇1隻作るのに、多分多機能獣車数台分の予算は必要になるだろうし、外観が船ってこともあって慣れてるクラフターも多い。

 さらに内装も含めると多くのクラフターが依頼を受けられることにもなるから、経済的に見てもそうするべきだって言われたな。

 経済の事も考えないといけないと思ってたのに、言われるまで全く気付かなかったから、本当に反省だ。


 だから飛空艇筐体の製作依頼はクラフターズギルド・フィール支部に出す予定なんだが、飛空艇は空を飛ぶ船だから、詳細なデータはいくらあっても足りない。

 クラフターズギルドも試作を作るだろうが、事前に分かってる情報があればそれを活かしてくれるから、俺達が作るより早く仕上がるっていう理由もある。


「そっちの理由もあるのか。だが確か、大和君達が使っている多機能獣車には船体が収納されていただろう?それはどうするんだ?」

「実はそれが悩みの種なんですよね」


 ラインハルト陛下の疑問は、俺達の間でも意見が纏まっていない。


 天樹製多機能獣車に収納している船体は、その名の通り船として使っている。

 多機能獣車と接続することが前提だから船室とかはないんだが、今のところはクラテル迷宮第4階層ぐらいでしか使っていないし、天爵として動く場合はエスメラルダ天爵家用として翡翠色銀ヒスイロカネ製の船も完成してるから、こっちを使う。

 だが飛空艇は船としても使えるから、完成すれば翡翠色銀ヒスイロカネで作った船体も使う機会が無くなってしまう。

 だからどうするべきか、本当に悩んでるんだよ。

 鋳潰して再利用っていうのもアリだが、それも違う気がするしな。


「飛空艇が船としても使えるからこそ、船体の必要性が低くなってるのか」

「だけど翡翠色銀ヒスイロカネ製だから簡単に処分なんてできないし、していいシロモノでもないわね」

「ええ。なんで飛空艇が完成したらしばらくはアルカで保管しといて、いずれフレイドランシア天爵家かラピスラズライト天爵家の船として再利用が無難かなって思ってます」

「それがいいかもね」

「フレイドランシア天爵領もラピスラズライト天爵領も、まだどこになるか決まってないから、それから決めてもいいと思うけどね」


 マルカ妃殿下とエリス妃殿下の言うように、領地がどこになるかはまだ未定だから、決めるとしてもそれからでもいいと思う。


「そのつもりです。じゃあ、そろそろ行きましょうか」

「あ、そうだね」

「フィールまでって聞いてるから、よろしくお願いね」

「よろしくお願いします」

「了解です」


 翡翠色銀ヒスイロカネ製の船体をどうするかは、今ここで決めなくてもいいから、今は飛空艇の方を優先だ。

 試乗では問題無かったが、アルカは結界に包まれてるある種の閉鎖空間だから、実際の環境下での使用は初になる。

 結界魔法は常時展開してるから、デッキに出ても寒さに震えることは無いし、少々の雨風も凌げるんだが、それでも空の上だと何が起きるか分からないから、しっかりと注意しとかないとな。


Side・マルカ


 大和君達が作ったっていう飛空艇の試乗の話を聞いたあたし達は、天帝家総出、とまではいかないけど、親子6人で乗り込むことにした。

 あたしの娘レジーナは来月1歳になるけど、エリスの息子でもあるレストは5歳になってるから、昨日から楽しみにしていたし、出発した今も展望席ですっごく興奮している。


「ちちうえ!すごいです!」

「ああ、すごいな。これは飛空艇といって、ドラゴニアンに運んでもらわずとも飛べる船だ。あそこにいる大和叔父上達が作ったんだ」

「すごいです、おじうえ!」

「はは、ありがとうございます」


 レストに叔父上って呼ばれて、大和君はなかなか複雑そうな顔をしている。

 気持ちはわかるけど実際に叔父さんになってるんだから、こればっかりはね。


「もうメモリアなのね」

「あ、ホントだ。さすがにドラゴニアンよりは遅いけど、それでも船よりは全然早いよ」

「ですけど、この飛空艇が普及したら、船乗りが困りませんか?」

「それは大丈夫だろう。積載量は船の方が圧倒的に上だし、利用料を高めに設定しておけば、急ぎでもない限りは船を使うはずだ」

「あとルートも、天帝国と三王国に限定すれば、船とはかち合わないと思いますよ」


 シエルの疑問にライと大和君が答える。

 確かにミラールームを使えば積載量は増やせるけど、それでも飛空艇だと限界がある。

 ミラールームの広さ次第ではあるけど獣車や従魔・召喚獣を載せることは想定しない、したとしても万が一の場合は自己責任でってことになると思う。

 しかも天帝国と三王国の間でしか運航しないってことなら、到着した先で獣車なり騎獣なりを用意しとかないと、商売にも支障が出るね。

 ミラーバッグやストレージバッグを持ってれば話は別だけど、それなりに高額な物だし、どっちも容量に限界はあるから、獣車とかを収納しようと思ったら別に買わないといけない。

 それなら時間はかかっても、今まで通り船を使った方が安上がりだ。


「色々考えてるんですね」

「考えないといけない立場ですからね。まあ、まだ慣れてないから、見逃すことも多いんですけど」


 天爵に叙爵されてから、まだ1年半ぐらいだしね。

 こればっかりは経験と慣れが必要だから、頑張ってとしか言えないよ。


「あ、総合学園が見えてきたわ」

「ホントだ。こうして上から見ると、けっこう大きいね」

「1つの村……いえ、町に近い規模ですね」

「ギルド出張所があるからこそ、だな。だが以前行われた魔物狩りは、あまり成果が芳しくないと聞いているが?」


 ああ、丁度1ヶ月前に、初めて希望者を募っての魔物狩りを行ったんだっけ。

 だけど狩場になっている森の最深部にはゴブリンの集落があって、異常種どころか災害種までいたって報告があった。

 だから狩りは森の外周部のみに限定してたんだけど、ラウス君に隔意を抱いていたレベル30前後の学生ハンター達がその集落に手を出してしまい、あわや大惨事になるところだったんだ。

 幸いにもラウス君だけじゃなくレベッカとキャロルも森に入ってたし、大和君達ウイング・クレストも控えてくれてたから大事にはならなかったけど、そうじゃなかったらいったいどうなってたことか。

 その学生ハンター達は罰金を科せられたし、目の前でゴブリン・クイーンを瞬殺したラウス君に驚いて、今ではかなり大人しくなったって話だったかな。


「マルカ妃殿下の仰る通りです。なので西の森は、定期的にハンターに依頼を出して、ゴブリンが大きな集落を作らないように間引きしてもらうことになりました。それでも絶対とは言えませんが、あまり過保護にし過ぎても問題にしかなりませんからね」

「確かにな。学生とはいえハンター志望である以上、危険とは隣り合わせで生きていくことになる。学生の内から慣れておいてもらわなければ、大成するどころか生き残ることもできまい」


 だね。

 あ、もう見えなくなっちゃったか。

 速いのは良いけど、ゆっくり景色を見れないっていうのは残念な気がするなぁ。


「ああ、それとラウス君の件だが、ポラリス獣公も認めてくれた。よって近日中に、ラウス君とアウローラ公女の婚約を公表することになる」

「ああ、決まったんですね。ってことは、いずれフリューゲル獣公配になるのが確定ってことですか」

「そうなるな。まあラウス君本人も観念してるようだから、フリューゲルは安泰と思っていいだろう」


 こないだ直接話したけど、何かを悟ったかのような顔してたよね。

 実際に結婚するのは卒業してからになるけど、アウローラ殿下は獣公位を継ぐから初妻っていうのは難しいし、本人の性格的にもできないと思う。

 ラウス君の婚約者にはリヒトシュテルン大公女セラス殿下も名を連ねてるけど、大公と獣公は同格の三公だから、アウローラ殿下が初妻にならない以上はセラス殿下もバランス的に無理。

 レイナは婚約した時期が時期だし、何より一番年下だから候補外。

 本当なら一番最初に婚約したレベッカが初妻になるべきなんだけど、アウローラ殿下と同じく面倒ごとは苦手だし、性格的にも向いてるとは言えないから、ラウス君の初妻はキャロルになることが決まってるんだ。

 キャロルはアミスター北部に領地を持つベルンシュタイン伯爵家のご令嬢だし、何より一番年上で落ち着いてるから、ライも賛成してたぐらいだよ。


「あと明後日ですけど、ブリュンヒルド殿下と一緒にクラテル迷宮に入ることになってます」

「聞いている。ハイヴァンパイアに進化してもらうためだったな」

「ええ。エンシェントヴァンパイアの跡を継ぐのがノーマルヴァンパイアっていうのは、トラレンシアの人達にとっても不安みたいですから」

「やむを得ない話だな。おそらくレストも似たような問題が出てくるだろうから、ハイクラス辺りには進化させることになりそうだ」


 エンシェントクラスの次の王がノーマルクラスだと、暗殺とかにも気を配らないといけないしね。

 それが普通なんだけど、暗殺がし辛いっていうだけでも進化する価値はあるし、ライの次の天帝ってことになるとレストへの期待は大きなものになるはずだから、ノーマルクラスのままだと失望されかねない。

 だからレストも、即位前にハイエルフに進化してもらう必要はあるってことか。

 まあ、あたし達はエンシェントクラスに進化できてるから、数代は教育係というか、そんな感じでレベルアップに手を貸してもいいと思う。

 ライが退位したらあたし達も悠々自適に過ごすつもりでいるけど、だからって連邦天帝国が分裂したり滅びたりっていうのは望んでないからね。

 実際にどうするかはその時になってみないとわからないけど、検討しといてもいいかな。


 だけど今は、空の旅を楽しむことにしよう。

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