試作飛空艇

Side・ルディア


 8月も終わりに差し掛かったある日、あたしは大和の手伝いに精を出していた。

 場所は工芸殿の裏に新しく建てた工廠で、ここしばらくあたしはそこで作業を続けていたんだ。

 大和は仕事があるしフラムは妊娠中、真子もヒーラーの講師としてメモリア総合学園の教壇に立つことが増えてきたから、あたし1人で作業する日も多かったなぁ。

 だけどその甲斐あって、今日やっと試作が完成したんだ。


「いよっし、できた!」

「だね!後は試乗して、問題無かったら大型?」

「そのつもりだけど、俺達用にも作っておきたいから、そっち優先になるかな」


 あたし達が作ってたのは、お義母さんから提案された飛空艇。

 お義父さんやお義母さんか帰る前に一応形にはなってたし、試乗も済ませてるんだけど、試作の試作だけあって出来はいまいちで、速度も出ない上にいつ墜落するか分からなかった。

 だけどあれから4ヶ月、あたし達は試行錯誤を繰り返して、やっとここまでにすることができたんだ。

 それが今あたしと大和の目の前にある、全長18メートル、幅6メートル、高さ5メートルの試作飛空艇だよ。


「まずはアルカで試すんだよね?」

「ああ。下でやってもいいんだが、どこでやるのかっていう問題がある。それに下手に墜落なんかしたら、大騒ぎになるに決まってるからな。だからまずはアルカで試して、その後で、どこか適当なとこで試すつもりだ」


 確かに飛空艇なんて、今まで誰も試したことがないんだから、試乗だろうと何だろうと大騒ぎになるか。

 それだけならともかく、取り上げようとしてくる輩だって出てくるに決まってる。


「それじゃあ早速乗ってみる?」

「そのつもりだ。本音を言えばみんなで乗りたいんだが、さすがに妊婦に無理をさせる訳にはいかないし、仕事を中断させるのもどうかと思うしな」


 それはあたしもそう思うけど、話だけでもしとかないと怒るんじゃない?

 それにフラムと真子は建造に携わってるんだから、声を掛けておかないと怒るだけじゃすまないと思うよ。


「だよなぁ。じゃあ今日は最終確認だけにしといて、試乗はみんなの都合が付いてからにするか」

「それがいいと思うよ」


 あたしとしてはすぐにでも乗りたいけど、みんなを差し置いてなんて思ってない。

 だから何日か後になったとしても、それはそれで仕方ないかな。


「それじゃあ確認作業に入ろう。まずは天魔石からだな」

「うん」


 飛空艇の外観は多機能獣車とほとんど同じで、船としても使えるようになっている。

 理由は海や湖を滑走路?っていうのの代わりにするためだから、船としても使えないと飛べないんだ。

 垂直離着陸も出来るけど、天魔石の魔力の消費が激しくなるから、緊急時以外は使わないことにしてある。

 だから天魔石も、あたし達が使ってる天樹製多機能獣車とそんなに違わない。

 というか、操縦の天魔石に風属性魔法ウインドマジックとフライング、念動魔法を加えてる以外はないんだけど。

 飛空艇は船として使うためのハイドロ・エンジン、空を進むための風を後方に噴出するためのエアロ・エンジンが搭載されている。

 ハイドロ・エンジンもエアロ・エンジンも前方に3基、後方に5基ずつあって、それを使うことで前進はもちろん後進に右折や左折もできるし、減速なんかもできるんだ。

 だから飛空艇の中でも最重要機関で、それを操作するための操縦の天魔石も必須。

 これの確認を怠るなんて、一番やっちゃいけないことなんだよ。


「うん、魔力はしっかり流れてるし、問題はなさそうだな」

「ハイドロ・エンジンもエアロ・エンジンもしっかり動いてるしね。実際にどうなのかは使ってみないと何とも言えないけど、この時点でしっかり稼働してるんだから大丈夫じゃないかな」


 ハイドロ・エンジンは水が無いと確認しにくいし、エアロ・エンジンも20メートル近い飛空艇を動かす風を出したりなんかしたら工廠の中がえらいことになるから、本当に動いてるかどうかの確認だけしかできない。

 本当なら天魔石は操縦席に固定しておくんだけど、最終確認が終わってから本設置しないと諸々の確認ができないから、今は仮設置で、簡単に持ち外しできるんだ。

 そうじゃないと、確認するのも一苦労どころじゃないし、手間でしかないもんね。


「翼も……うん、しっかりと動くな」

「だね。ただ今思ったんだけど、ちょっと華奢な感じがしない?」

「それは俺も思った。だけど翼の役割はフライングを使うためだし、面積は大きめにしてるから、カバーはできるはずだぞ」


 それもそっか。

 翼にはフライングを付与させてあって、これがないと絶対に空を飛べない。

 フライングは自分の翼を使うことで空を自在に飛ぶ魔法だから、付与させる以上は絶対に飛空艇にも翼が必要だったんだ。

 その飛空艇の翼は、コバルディア事変で倒したオーシャンハウル・グランドの革や骨を使って、人工的に作っている。

 だから竜化したドラゴニアンとかドラグーンとかの、いわゆる竜系の翼を模してるんだけど、これが一番作るの大変だったんだ。

 左右均等にしないといけないのはもちろん、簡単に折れたりしないように骨組みはしっかりと加工して、それでいて折り畳めるようにしておかないといけないし、翼膜だって破れないように革を重ねたり結界魔法を付与させたりと、満足のいく物を作るのに2ヶ月もかかったよ。

 ただここまで頑張って作ったのに、オーシャンハウル・グランドは水属性の魔物で、さらに陸棲種でもあるから、空を飛ぶ飛空艇との相性は微妙な感じになっちゃってて、魔力消費も多めなんだよね。

 実際少量の革で翼を作ってテストをしてみたところ、一番相性が良かったのは風属性かつ空を飛ぶ魔物だったから、仕方ない話ではあるんだけどさ。


「よし、ちゃんと畳めてる。本格的に作ることになったら、ソルプレッサ迷宮でガスト・ドラグーンを狩らないとだけど、ノウハウができたのは大きいな」

「本当に面倒だったよ……」


 実はこの翼、作ったのはあたしなんだ。

 あたしが一番時間が取りやすかったっていう理由もあるんだけど、まさかこんなに時間かかるなんて思わなかったよ。

 オーシャンハウル・グランドはA-Cランクモンスターだから、骨も革も丈夫なんだけど、その分加工が大変だったりするし、骨組みをしっかり作っとかないと簡単に壊れるからね。

 だから試行錯誤を繰り返したし、ドラゴニアンやドラグーンの翼とドラゴニュートの翼は似てるから、自分の翼を見ながら頑張って作ったんだ。

 だからこの試作飛空艇に取り付けられた翼は、ちょっとやそっとどころかかなりの力を加えても壊れない。

 翼膜は瑠璃色銀ルリイロカネに浸して、更にシールディングも付与させてるからね。


「デッキは……うん、これも問題無いな」

「飛空艇本体は、多機能獣車と同じだしね」

「船を飛ばすようなもんだしな」


 だね。

 というか、多機能獣車が船の形をしてるっていう方が不思議なんだよ。

 もう慣れちゃったし、多機能獣車は貴族やハンターからも人気があるから、今更の話でもあるんだけどさ。

 だからデッキは前部も後部も同じだし、前部デッキには御者席もある。

 キャビンの上には幌付き展望席も用意してるから、使い勝手はほとんどどころか全く同じって言ってもいいと思う。

 変える必要も無かったしね。


「収納テーブルとかはないけど、今回はいいんだよね?」

「試作だし、試験艇として使うつもりもあるから大丈夫だ」


 ああ、だからデッキや展望席には、収納テーブルとかベンチとかは無しでって言ってたのか。

 工芸魔法クラフターズマジックがあるから設置や撤去は難しくないし、試験艇ってことは必要に応じて新しい機能とかも試すことになるはずだから、何もない方がいいよね。

 ただそれもあってか、デッキは御者席や幌っていう、本当に必要最低限の物しかないから、ちょっと寂しいかな。


「ルディア、ミラールームは?」

「そっちはリビングとあたし達の寝室、客室2部屋、それから厩舎兼中庭は用意したよ」


 さすがに試作兼試験艇とは言っても、内装は整えておかないとね。

 実際に使うことがあるかは分からないけど、何にも無しで試験飛行なんてできないんだから。

 あ、ちゃんとトイレとお風呂も用意してあるよ。


「了解。じゃあそっちを確認してから、本殿に戻るとするか」

「わかった」


 ミラールームも基本は多機能獣車と同じだから、確認は最低限で済む。

 というより多機能獣車と飛空艇の違いは、空を飛ぶための翼とエアロ・エンジンぐらいなんじゃないかな?

 多機能獣車は陸を走る船、飛空艇は空飛ぶ船だから、似てて当然なんだけどさ。


 ミラールームに下りて最初に目につくのは、多機能獣車と同じくリビングになる。

 広さは70平米あって、食堂も兼ねているから、調理場も隣に20平米の広さで確保してあるよ。

 トイレやお風呂はもちろん、中庭や寝室に繋がる廊下やドアもここにあるんだ。


 さすがにあたし1人じゃどう考えても無理だったから、妊娠中のフラムやサツキを出産したばかりのフィーナにも手伝ってもらったけど、内装って本当に大変だよね。


「多機能獣車と比べると設備が少ないが、俺の指示通りだし、装飾で補ってるのか」

「そりゃそれぐらいしかできなかったからね。フラム達に無理はさせられないから、助かったけど」

「俺も真子さんも忙しかったからなぁ」


 それは仕方ないって。


「お、風呂はけっこう気合入れてるんだな」

「それも当然だよ。普段から湯殿使ってるんだから、例え試作でも、お風呂に手なんて抜けないよ」


 湯殿は王家でさえも持ってないような豪華な造りだし、普段から自由に使えてるんだから、お風呂を無くすとか簡略化するとか、そんなことはあり得ない。

 たとえ大和の指示だったとしても、絶対にみんな猛反対するに決まってる。


「いや、反対なんてしないからな。俺だって湯殿や本殿の風呂は気に入ってるんだから、試作だろうと風呂はこだわるぞ」


 ちょっとビビってる感じがするけど、気のせいってことにしとくよ。


「お、けっこう広いじゃないか」

「そりゃそうだよ。あたし達全員一緒に入ることを考えて作ったし、子供達のこともあるんだから」


 大和が話を逸らしたけど、このお風呂はミラールームの中じゃ一番力を入れたんだ。

 さすがに日ノ本屋敷程広くはないけど、20人ぐらいなら同時に入れるし、洗い場も同じぐらいの広さを確保してある。


「あとは中庭だけど、あっちも頑張ったよ」

「フロウもいるから、水場は必要だもんな」


 最後に見たのは、一番大変だった中庭兼厩舎になる。

 従魔・召喚獣が増えた上に大型種も出てきたから、広さは500平米を確保したんだけど、これでも少し手狭に感じられるかもしれない。

 その理由が、100平米使って作られたプールなんだ。

 フラムの従魔フロウはリドセロスだから、水場は必須になる。

 だから用意したんだけど、そのフロウは全長5メートル以上あるから、これでもまだまだ狭い。

 一応中央に2×2×2メートルの箱状のものを作って、そこにミラーリングをエレメントクラスの最大値になる80倍付与をしてるから、フロウしか水棲従魔がいない現状じゃ十分だと思う。

 他の従魔達にとっては手狭で申し訳ないんだけど、根本的な解決方法は広くするしかなくて、試作だとこれが精一杯だったんだ。


「試作飛空艇だけじゃなく、天樹製の多機能獣車も何とかしないとだなぁ」

「それをやると、客室を減らすしかないよね?」

「あとはミラールームを拡張するかだが、そっちは一度内装を撤去しなきゃだ。だけど客室は下手に減らさない方がいいだろうから、やるとしたらこっちなんだよなぁ」


 悩ましい話だね。

 だけど中庭兼厩舎の拡張は必須なんだし、できるうちにやっといた方が良い気もする。

 どれだけ時間がかかるかにもよるけど、考えるだけなら問題ないし、どうするべきかは、あたしも頑張って考えてみよう。

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