侯爵の懸念

Side・リカ


 アマティスタ侯爵邸に帰ってきた大和君から、突然メモリア総合学園に不足している施設があるから早急に作りたいと言われてしまったから、詳細を聞いてみることにした。

 すると確かに、あった方が良いどころか、何故誰も進言してこなかったのかが不思議な施設だった。

 だけど私にとっては、すぐに建設を許可するワケにはいかない理由がある。


 何かと言えば、まずは建設予算の捻出。

 ただでさえメモリア総合学園は開校したばかりだというのに、いきなり新しい施設を増設するなんて、アマティスタ侯爵領の運営費を圧迫するに決まってるわ。 


「あ~、やっぱり予算がキツいかぁ」

「そりゃねえ。いえ、必要だっていうのは分かるし建てるべきだって私も思うけど、どう考えても1,000万エルは下らないでしょう?」

「下手したら、その倍ぐらいかかるかなぁ」


 でしょうね。

 さすがに、それは厳しいわよ?


 アマティスタ侯爵家は、国から年間7,000万エルの公金を支給されている。

 それに加えて領内の税収もあって、国や代官を務めてくれている男爵家に収めた分を除くと、年間予算としては2億7千万エルぐらいが平均になるかしら。


 だけど公金も税収も、基本は領地運営のために使われるものだし、メモリア以外の町や村にも使わないといけないから、メモリア総合学園にばかり予算を割くワケにはいかない。

 年によって違いはあるけど、予算はメモリアに5,000万エル、5つの町に各2,000万エル、6の村が各800万エルとして組んでいるから、この時点で約2億エルとなり、残りは予備費やプリスターズギルドへの寄付金、アマティスタ侯爵家として使用する公費に充てている。

 だけど今年からは、メモリア総合学園の維持費に人件費も加わり、それに3,000万エルを見ているから、これ以上は去年までの貯蓄分を崩さないと、とてもじゃないけど対応できないわ。


「なら、俺の公金から出すよ。去年の分も少し残ってるから、それぐらいは賄える」

「ありがたいけど、遠慮しておくわ。必要なのはわかるけど急いで建てたりなんかしたら、学生や教師からの嘆願も増えるかもしれないわ。寮にバトラーを連れて行きたいっていう貴族子弟も多いんだから」


 大和君は学生のために提案してるんでしょうけど、すぐに建設なんていうのは問題にしかならない。

 メモリア総合学園は天帝家を始めとした王家からの期待も高いし、入学直後のラルヴァ・イストリアスの処罰の件もあるから、今のところは大きな問題は起きていないんだけど、潜在的な問題児は何名かいるし、レベル30前後のハンター達も不満を持っているという報告もある。

 屋内訓練場は嘆願があったワケじゃないけど、そのうち似たような嘆願は出てくるでしょうから、今すぐに建設っていうのは、そういった問題児や不満を持つ者達を増長させてしまう可能性があるわ。

 だから建てるとしても、数年後を見ておいた方が良いでしょうね。


「あ~、ごめん。そこまで考えてなかった」

「だとは思ったわ。だけど学生達の事を思ってのことだし、建設自体は私も賛成なのよ。だから……そうね、2年後ぐらいを目途に、着工予定を立てておくわ」


 それだけ経てば、ハンターの不満もある程度は解消できるでしょう。

 なにせハンター達の不満は、自分達より格下だと思っているラウス君が、王家の護衛に就いていることだからね。

 はっきり言って自惚れが過ぎるんだけど、未成年でレベル30前後っていうのは優秀な部類に入るし、実際に狩りにも出ていて、それぞれがBランクモンスターの討伐を成しているって聞いてるから、そうなってしまうのも分からなくもないわ。

 だからこその不満なんだけど、それもラウス君がエンシェントウルフィーだって知れば、自然に立ち消えるんじゃないかと思ってるの。

 来月には希望者を募った魔物狩りが行われる予定だから、早ければその時に鼻っ柱をへし折られるでしょう。

 それでも理解できないようなら、ハンターとして大成出来ないどころか、卒業前に命を落とすことになりかねないもの。


「聞いてはいたけど、ハンター達ってそんな天狗になってるのか」

「レベルもだけど、年齢も上の方だしね。だけどだからこそ、自分達より上の実力者は山ほどいるってことを、身を以て理解してもらう必要があるわ。大和君だって覚えがあるでしょう?」

「そりゃもちろん」


 お義父様もお義母様も、本当にとんでもない方々だったものね。

 だからハンター達も、ラウス君が少しでも実力を見せたら、掌を返さないまでも、態度を改めてくれると思うわ。

 むしろ問題なのは、貴族子弟の方なのよね。


「なんで?」


 なんでそこで、首を傾げるのよ。

 大和君も話は聞いてるでしょう。

 要注意として名が挙がっていた貴族家よ。


「ああ、思い出した!」


 貴族関係の話は、本当に弱いんだから。

 だけど思い出してくれたんだから、とりあえずは良しとしておきましょう。


 大和君が思い出してくれたのは、各国から警戒するように言われていた貴族家のこと。

 いずれの貴族も、領民を虐げていたり跡取りの教育に失敗していたりと、悪い意味での貴族家になる。

 前者は3家ほどだけど、後者は多くて10家を超えているわ。

 どちらも問題なんだけど、前者は入学と同時に退学となったラルヴァ・イストリアス同様、何か問題を起こしたら即退学の上で家も処罰を行うことになってるから、まだ対処は楽になる。

 問題なのは後者の方で、現領主の親御さんは真っ当な方な分、安易に処罰を下せないの。

 もちろん問題を起こしたら、その跡取り達は廃嫡と伝えてあるんだけど、4家はその問題児しか子供がいないところだから、ものすごく難しい話になってるのよ。


「ああ、イストリアスのバカが速攻で退学になった上で廃嫡されたから、今は大人しくしてるってだけで、その内何かやらかすって事か」

「そういう事。何かやらかすっていうのは確定事項みたいなものだから、今は下手に刺激したくないのよ」


 何を仕出かすかは予想できるんだけど、どのタイミングでっていうのは、全く予想が出来ないわ。

 もちろんラウス君達もなんだけど、ユーリ様にセラス様は王族として、キャロルさんは伯爵令嬢として入学してるから、さすがにこの3人には下手なことはしてこないでしょう。

 なにせ下手に手を出したら、家の方にもどんな咎がいくかわかったものじゃないんだから。

 いえ、まだ子供だから、後先考えずに行動する可能性はあるわね。

 オーダーや教師にも、その点を考慮してもらうように伝えておきましょうか。


「それはあるな。あとパターンではあるんだけど、傍目には仲良くしてるように見せておいて、裏ではっていうのもある。教師やオーダーの目の届かないとこでやることが多いから、死角になりそうなとこの見回りにも力を入れておいてもらった方が良いと思う」

「確かにありそうね。というかパターンっていうことは、地球ではよくあることだったの?」

「頻繁にな。特にやられた方が思い詰めて自殺したって、社会問題になることもよくあったよ。教師が事なかれ主義だったり責任逃れした結果だったりっていうのも多かったけど、本当に気付けない程陰湿にやってた奴も多いからな」


 それは大問題じゃない。

 しかも親が学園側に文句を言うなんて、何のために通わせてるのって話になるわ。

 今はそこまでじゃないけど、昔は本当に酷くて、そのせいで教師を辞める人も多く、教育の質も大きく下がってしまい、結果国力の低下まで招いたってことだけど、よくそれで持ち直したものだと思うわ。


「幸か不幸か、そこは戦争のおかげでもあるんだよな。その時代のことはサユリ様が当事者だから、俺より詳しいと思うよ」

「それは初耳だわ」


 大和君は歴史の授業で習っただけのようだけど、それでも国を支えるべき政治家が自国より他国の益になる行動ばかりしていて、教育ばかりか経済も優遇していたっていうから驚いたわ。

 そのために情報操作までしていたそうだけど、戦争が起きてしまったおかげでその国とは敵対することになり、さらにはその国が自国に向けて禁忌の武器を使用したことで、大きく状況が変わった。

 それなのにその政治家や活動家はその国をかばう発言をしてしまったから、完全に国民からの信用を失い、ようやく国内が正常に戻るきっかけができたっていうから、戦争のおかげっていうのも分かる話だわ。


「話が飛んだけど、俺の時代だと刻印術の上手い奴が、昔だと腕っぷしの強い奴がつるんで、弱い奴から金を巻き上げたり、理由もなく暴力を振るったりっていうのが多かったな。もちろん犯罪なんだけど、まだ学生ってことで処罰されなかったり、されても大したことなかったりだったから、そっちも社会問題になってたよ」


 学生だから処罰されないなんて、随分と甘いわね。

 将来があるからってことだけど、それは加害者側の理屈になるし、被害者側には何の配慮もされていない気がする。

 あまりの辛さに命を断ってしまった子の将来は失われてしまっているのに、何故加害者側の将来を保証する必要があるのか、本当に理解できないわ。

 世界が違うからと言ってしまえばそれまでかもしれないけど、さすがにそんなことは、絶対に許容できないわよ。


「今は刻印術が一般化してるし、俺や真子さんみたいな生成者も少なくないから、法改正は何十年も前にされてるよ」

「当然ね。むしろ少年法、だったかしら?そんな悪法が100年近くも施行されていたなんて、信じられないわ」

「ヘリオスオーブの人達からしたら、悪法にしか見えないのか。俺からしたら過保護っていう認識だったんだけどな」


 悪法よ。

 子供だからという理由で罪を減じるのはもちろん、氏名の公表もしないんでしょう?

 反省する子もいるでしょうけど、再犯を、それも重篤な犯罪を犯す子も多そうだわ。

 大和君も詳しくはないそうだけど、実際にそういった子はいたようだし、少年犯罪だからこそ後の人生が台無しになってしまった子も少なくないそうよ。

 中にはそれを自慢したり脅しに使ったりする、本当に救いようのない者もいたそうだけど。


「まあ、それはそれとして、ラウス達に突っかかってるっていうハンターだけど、確か最高でレベル32だったっけ?」

「ええ。入学してからも許可を得て、月に何度か狩りに行っているわ」


 本来は卒業するまでは、授業や長期休暇以外で学園外に出ることは禁止されてるんだけど、ハンターだけは例外になる。

 魔物を狩ることがハンターの仕事であり存在意義でもあるのに、それを禁止されてしまったら意味がないし、何より生活もできないんだから。

 入学した以上は学業を優先してもらうけど、それでも生活費を稼ぐ必要もあるし、勘を鈍らせるワケにもいかないから、申請されれば狩りのための外出は許可を出さざるを得ない。

 帰りにメモリアをぶらつくこともあるでしょうけど、住民に迷惑を掛けなければ、それぐらいは見逃すわ。


「なのに来月、希望者を募っての魔物狩りすんの?本来の入学対象者の年齢からすると、早すぎる気がするんだけど?」

「さすがに年齢制限は設けてるわよ」


 ああ、大和君が気にしてるのはそこか。

 いくら何でも、まだ10歳の子達に魔物を狩れなんて、教師達だって言わないわよ。

 だから対象となってるのは12歳以上の子達よ。

 準備とかもあるから先月から募集を掛けてるけど、今のところは30人ぐらいかしらね。

 ただ、王族も何名か参加を希望されているから、ラウス君達も来てもらわないといけないんだけど。


「王族からってことは、アウローラ殿下?」

「他にルシア殿下とネブリナ殿下もね」

「マジで?」


 頭の痛いことだけど、王族であっても特別扱いはしないから、断れないのよね。

 アウローラ殿下はハンター志望で、既に何度も魔物を狩ってるから、メモリア周辺の魔物に後れを取ることは無いでしょう。

 ルシア殿下はスカラー志望だけど、トラレンシア妖王家の伝統で大鎌を使った戦闘術を学んでいる。

 問題は人見知りの激しいネブリナ殿下ね。

 だけどアウローラ殿下と親しくなられているからなのか、ハンターの勉強もしてみたいと考えておられて、その一環として来月の魔物狩りへの参加を希望されてしまったの。

 それでいて魔物狩りの経験は無しだから、お三方に護衛を付けるにしても、ネブリナ殿下を一番厚くしないといけない。


「8月の真ん中かぁ。ラウスの誕生日前ってのが気になるところだな」

「失敗したって思ってるけど、今更予定は変えられないのよ」


 本当に失敗したと思うわ。

 ラウス君は9月の中頃が誕生日で、16歳を迎えることになる。

 背も伸びて、今じゃ大和君より少し低いぐらいなんだけど、偶に進化してしまった副作用で、動けなくなるほど体が痛むことがある。

 16歳になれば症状は出なくなるそうだけど、まだ15歳のラウス君は、いつその痛みで動けなくなってしまうか分からない。

 だから魔物狩りの日に症状が表れてしまう可能性も、決してゼロじゃないのよ。

 これはレベッカにも言えることだから、もし2人同時に症状が出てしまったら、同行できるエンシェントクラスはキャロルだけになってしまう。


「そこは俺も、何か考えとくよ」

「お願いね」


 本来ならエンシェントクラスが護衛なんて、1人でもとんでもなく贅沢な話なんだけど、初年度の初の魔物狩りで犠牲者を出すワケにはいかないし、それは大和君も同じ考えだから、自分が動けなくてもウイング・クレストの誰かの派遣を検討してくれている。

 経験も積んできてるし、実力も十分過ぎるから、1人でも来てくれたら助かるわ。

 既に臨時講師として、経験豊富なハンターへの指名依頼も出し終えてるから、本当に日程を変更できないのよ。

 まだ1ヶ月近くあるけど、その日はラウス君とレベッカが動けることを祈るしかないわね。

 ケアレスミスの類になるんでしょうけど、もっとしっかりしないとだわ。

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