スカラーズギルドの問題点

Side・プリム


 大和と真子がメモリア総合学園で講師をしている間、あたしは従魔契約を結んでいるヒポグリフ・フィリアのフロライトと一緒に、アルカの湖の畔を散策していた。

 あたしが妊娠してからは、お腹の子のことを考えてフロライトに乗ることは控えているけど、そのことはフロライトも理解してくれてるし、一緒にいる時間が増えたこともあって、けっこう喜んでくれてるわ。


「プリムさん」

「フラム。あんたもフロウと散歩?」

「はい。ただ今の私ですと、フロウと一緒に泳ぐことができないので」

「そりゃそうよ」


 従魔のリドセロス フロウと散歩をしていたフラムも、あたしと同じく妊娠中。

 フラムはウンディーネだから、人化魔法を解けば下半身は魚になり、水中を自在に泳ぐことができるし、それもあって妊娠前はよくフロウと一緒に湖で泳いでいたんだけど、さすがに臨月が近いこの時期にそんな無茶はしていない。

 フロウは少し寂しそうだけど、こればっかりは我慢してとしか言えないわ。


「そういえば、確か湖に植えた扶桑って、根付いたって言ってたわよね?」

「はい。あそこに見えるのがそうです」


 以前ヴァルトから持ってきた扶桑の樹は、森の中にある池の畔に植えてあって、今じゃその池は扶桑の池と呼ばれている。

 その扶桑の池には、バトラーのアリスが召喚契約を結んだシルケスト・クロウラーが10匹放し飼いになっていて、伸び伸びと暮らしているわ。

 その際に持ってきた扶桑が多かったこともあって、この湖にも10本ぐらい植樹したんだけど、湖の中ということもあって、天嗣魔法グラントマジック天樹魔法を使えるのがホムンクルスのアトゥイだけしかおらず、根付くのに時間が掛かってるって話は聞いていた。

 だけどフラムの話を聞くと、どうやら先月無事に根付いて、今では湖上にまで伸びているみたいね。


「へえ、さすが扶桑ね。小島みたいになってるじゃない」

「フロウもあそこが気に入っていて、よくお昼寝してるんですよ」

「ああ、だから植樹してる最中から、よく様子を見に行ってたのか」

「みたいです」


 フラムやアトゥイから、天樹魔法を使ってる最中も、よくフロウが見に来てたって聞いてたけど、ああなるって分かってたのかしら?

 フロウはナダル海の生まれのはずだし、その辺りに扶桑は無かったはずなんだけど、どうやって扶桑の事を知ったのかが疑問を感じるわね。

 まあ、本能的なものとか直感的なもので気に入ったってこともあるでしょうけど。


「そういえばフロライトだけじゃなくジェイドもですけど、確か大人になったら進化するって予想されてませんでしたっけ?」


 ここでフラムが、思い出したことを口にした。


「ああ、あの話ね。あたしや大和もそう思ってたんだけど、野生の魔物と従魔じゃ少し違うってことみたいよ」

「そうなんですか?」


 育成師の話だと、野生の魔物と人と契約している従魔とじゃ、成長速度が少し違うってことらしいわ。

 野生だと外敵の存在もあるから、少しでも多くの子孫を残すために、生まれてから数日で、遅くても1年で成体まで成長する。

 だけど従魔や召喚獣は、人と契約していることもあって、外敵を警戒する必要があまりない。

 だから成長の早い魔物でも、成体になるまでに1年かかることもあるそうなの。


「ということは、ジェイドとフロライトも、まだ大人になってないってことですか?」

「正確には分かってないけど、そう考えられてるわ」


 生まれて2年程経つジェイドとフロライトは、あたし達と従魔契約を結ぶと同時に希少種のヒポグリフ・フィリウス、ヒポグリフ・フィリアへと進化した。

 その時に、成体になったら異常種に進化する可能性があると言われているんだけど、どちらもまだ進化するには至っていない。


「楓は真子さんがエレメントヒューマンに進化してからウォー・ホースに進化しましたけど、そちらは関係ないんでしょうか?」

「それも研究中みたいね。とはいえ、従魔や召喚獣の進化については、スカラーズギルドでも調べにくいってことで人気ないそうだから、判明するとしてもいつになることやら」


 大和がエレメントヒューマンに進化したから、それでジェイドも進化するかもしれないって思ってたんだけど、結局進化どころか兆しすら見られてないしね。

 逆に真子が契約している楓は、真子の進化とほとんど同時期にウォー・ホースに進化してるわ。

 ただ、同じく真子が契約しているスノーミラージュ・タイガーの白雪は進化してないから、全く条件が分からないのよ。


「ああ、確かに白雪も進化してませんでしたっけ」

「希少種だから進化しにくいっていう可能性もあるけどね。できればスカラーズギルドに研究してもらいたいけど、魔石を使うことができないからMARSは使えないのがねぇ」

「今のスカラーは、MARSを使ってこそっていう風潮ですからね」


 できたばかりだっていうのに、スカラーズギルドの研究者はMARSの使用が前提になりつつある。

 MARSがあるのはメモリアとグラシオンだけだから、全てのスカラーが使えてるワケじゃないんだけど、検証とか実地とかのためにわざわざ出向くぐらいだから、MARSを使うことができない研究は人気が低いの。

 それはそれで問題なんだけど、MARSを使う研究は魔物の研究でもあるし、安全にもつながる内容だから、同じ魔物の研究であっても従魔・召喚獣の研究より優先度が高くなるのも仕方がない話なんだけどさ。


「それについては私も気になるから、スカラーズギルドへ研究依頼を出してるんだけどね」

「マナ。あんたも来たの?」

「ええ。サキもアスマもサツキも、お乳を飲んだら寝ちゃったからね。だからフィーナにお願いして、私は少し気晴らしに来たの」


 育児の気晴らしか。

 あたしもフラムも暇を持て余してるからよく世話をするけど、本当に大変なのよね。

 1日のほとんどを寝て過ごしてるとはいえ、起きると同時にぐずりだすから、そのたびにてんてこ舞いになるわ。

 っていうか、フィーナもサツキを出産したばかりなんだから、任せっきりっていうのは問題でしょうに。


「分かってるわ。だからもう少ししたら交代するわよ」

「フィーナさんも大変そうですからね。それでマナ様、スカラーズギルドに研究依頼を出されたとのことですけど、それって従魔や召喚獣の進化についてですか?」

「召喚獣は契約者の魔力が要因になってるとこもあるから、どちらかと言えば従魔の方かしらね」


 いつの間にそんな依頼を出したのかは知らないけど、マナは召喚魔法士でもあるし、契約している3匹の召喚獣は全て進化済み。

 いずれもマナがエンシェントエルフに進化してからだったから、確かエンシェントクラスに進化すると、召喚獣も進化しやすくなるっていう説があったわね。

 だから召喚獣じゃなく、従魔の進化の研究を依頼したってことなのか。

 というか確かそれって、マナが自分で研究してなかったっけ?


「そういうこと。従魔もエンシェントクラスの魔力に引っ張られて進化することはあると思うけど、召喚魔法士と違って直接的な魔力のやり取りはないから、別の要因の方が大きいと思うの。だから私は、それを研究することにしてるんだけど、1人だけじゃどれだけ時間があっても足りないでしょう?」

「ああ、だから研究依頼を出されたんですね」


 なるほどね。

 マナは設立と同時に、トレーダーズギルドからスカラーズギルドへと移籍してるし、研究内容も提出済みだから、なんでわざわざ依頼を出したのかと思ってたけど、多角的な意見が欲しいからっていう理由だったのか。

 確かに自分だけじゃ絶対に行き詰まるでしょうから、他の意見は聞きたいわよね。

 だけど不人気ってこともあって、依頼を受けるスカラーはなかなか現れず、マナの研究も遅々として進んでないっていうのが現状らしいわ。


「MARSで検証ができないとはいえ、ここまで不人気だとは思わなかったけどね。スカラー全員がMARSを使う研究をしてるワケじゃないとはいえ、他の研究も滞ってきてるのがあるって話だから、そっちも問題になってるのよ」


 ある意味じゃMARSの弊害か。

 だけどスカラーズギルドって、確か研究は基本的に自費だったはずよね?


「スカラーズギルドって、基本は自費でしたよね?」

「ええ。研究依頼を受けると依頼者から研究費が出て、一定の成果を出すと報酬が貰える仕組みよ。だから全ての研究が滞ってるワケじゃないんだけど、依頼者から出される研究費を節約するスカラーもいるみたいだし、共同研究っていう形にすれば費用も抑えられる。だから全額自費で賄っているスカラーは少ないのよ」


 その上で成果を出せば、自発的な研究でも報酬が出るのか。

 システムの問題もあるけど、根本的な改正が必要な気がするわね。

 特に研究依頼の研究費を節約するなんて、下手したら横領になりかねないわよ。


「そっちは既に問題になっていて、研究費は使用明細を提出して、差額は全額返金することになるそうよ。神官魔法プリスターズマジックを使うって聞いてるから、誤魔化しはできないでしょう」

神官魔法プリスターズマジックということは、プレッジングですか。確かにその方が良いですね」

「ええ。研究費は必要経費ってことで支給されてるのに、それを誤魔化すなんて、横領罪に問われても文句言えないもの。スカラーにとっては研究のためってことなんだろうけど、依頼者だって必要だから依頼を出してるんだから、放置なんてできないわよ」


 そりゃそんなことをするスカラーが増えたら、スカラーズギルドの運営が成り立たなくなるわよね。

 っと、従魔の話からスカラーズギルドの話になっちゃったけど、そっちは改正されるってことだし、また今度詳しく聞きましょう。


「それで従魔の進化だけど、マナとしてはどう考えてるの?」

「普通の魔物なら、まずは成体になってるかどうかでしょうね。次に従魔のサブランクがあって、その次に契約者が進化してるかどうかじゃないかと考えてるわ。特殊進化した従魔も、基本は同じじゃないかしら?」


 マナは、魔物は成体の方が進化しやすく、従魔であっても契約者の魔力の恩恵は受けるから、通常種や上位種は進化させやすい。

 さらに契約者が進化していれば、魔力の恩恵は更に大きくなるって考えてるみたいね。

 特にサブランク、通常種、上位種、希少種、異常種、災害種、終焉種なんかの区分のことだけど、生息数を考えたら納得は出来るわ。

 迷宮ダンジョン深層だと話は別だけど、それでも上位の存在程数が少ないのは間違いないからね。

 あと従魔も、契約時に契約者の魔力の影響を受けてるし、その後も意思疎通なんかで魔力を通わせるから、契約者が進化していれば、影響を受けるっていう話も理解できる。

 成体になると同時に進化する魔物もいるって聞いたことあるから、従魔の進化もそれが関係してるってことなのかもしれない。


「とはいえ、MARSでの検証ができないし、他にも要因はあるでしょうから、ここで行き詰まってるんだけどね」

「ジェイドやフロライト、白雪が進化しないと、先に進めないということですか?」

「その3匹は特殊進化してるから、どちらかと言えばフロウとブリーズね」


 ああ、それもあったか。


「とはいえ、フラムが妊娠中だから、フロウの進化はかなり先になるだろうし、ブリーズも進化したばかりだから、これも同じね」


 確かにね。

 ミーナの従魔ブリーズはウォー・ホースに進化したけど、モンスターズランクはS-Rランク。

 フロウはS-Nランクだけど、フラムが妊娠してることもあって、最近は狩りには同行していない。

 どちらも成体になってるのは間違いないんだけど、だからこそ進化するとしてもいつになるかが予想できない。

 しかもマナの考えてる通りなら、通常種のフロウはともかく、希少種のブリーズは進化するとしてもかなり難しいんじゃない?


「それもあるから、成果が出辛いのよ。これも不人気の理由ね」


 あ~、時間が掛かり過ぎるから、スカラーも気軽に受けられないってことか。

 スカラーズギルドの問題だけかと思ってたけど、研究には時間が掛かるから、それも理由だったのね。

 だけど研究費の横領は普通に問題だから、そっちはそっちで対処してもらわないとね。


 それにしても、妊娠中がこんなに動けないとは思わなかった。

 こんなことなら、マナと同じようにスカラーズギルドに移籍しとくべきだったわ。

 さすがに時期的に許可してもらえないから、子供を産んでから考えることにしよう。

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