総合学園の問題点

 メモリア総合学園の特別授業は、好評のうちに終了した。

 俺達にとっても得るものは多かったし、イスラさんも次の授業を依頼されていたぐらいだ。

 ただイスラさんが講師を務めるとしたら、マールも呼び出さないといけない。

 だけどマールは短時間しか空を飛べないし、総合学園にはプールもない。

 今回は俺やフラムが試作したミラープールを使ってるが、次回はイスラさんだけで授業を行うことになっているから、そっちもなんとかしないとだしな。


「え?マールを運ぶための多機能獣車を、ですか?」

「ええ。ただこれは、講師依頼の報酬の先払いですから、3ヶ月に1度、ここで特別講師をしてもらうことになります」


 これが対策の1つなんだが、イスラさんの行動を縛ることにもなるから、多機能獣車は完全なオーダーメイドで作る予定だし、他にも何か考えておくつもりでいる。


「いえ、私としては、金銭で貰うよりありがたいです。ですが期間は、どれほどになるんですか?」

「3年ですね。もちろんそれ以上でも構いませんけど、それ以降の報酬は元に戻ることになります」


 イスラさんへの報酬は、高名なGランクハンターってこともあって高額で、これに交通費や宿泊費なんかも加わるから、1度の依頼で30万エルとなっている。

 多機能獣車は、ミラーリングの付与倍率にもよるが、200万エルぐらいが平均になるから、オーダーメイドってことを考えると妥当な期間になると思う。

 イスラさんはマール以外の召喚獣はいないから、しばらくは移動用っていうよりマールの陸上生活拠点っていう扱いになりそうだけど、そこはイスラさんに考えてもらわないとだ。


「わかりました。娘のこともありますし、私にとっても破格の報酬ですから、その依頼、受けさせて頂きます」


 俺達も講師として教壇に立つつもりはあるが、時間の都合が付けられるかが分からないから、イスラさんが非常勤とはいえ定期的に講師をしてくれるのは助かる。

 あとでハンターズギルドに行って、正式に指名依頼を出さないといけないな。

 それと多機能獣車だが、マールが使うのはもちろん、人間の居住空間に車獣用の中庭も必要か。

 今は契約していないとはいえ、いずれは契約するかもしれないし、水陸両用の魔物との契約も考えておこう。

 なんか考え出したら、いろんなアイディアが出てくるな。

 海で使うことの方が多いだろうから、色々やってみてもいいかもしれない。


「それはいいけど、この後はアマティスタ侯爵家で、施設の増設についての話をするんでしょ?いつまでもここにいられないわよ?」

「分かってますよ。だけどその前に、イスラさんをオケアノスまで送らないと」

「それは私がやるわ。私はオケアノスに行ったことあるから」


 マジで?

 そういや真子さん、父さんと母さんが日本に帰った後、アバリシアの進軍に備えるために、アミスター沿岸沿いの町を回ってたっけか。

 その時にオケアノスにも行ってたってことなのか。


「え?」


 だがイスラさんだけは、何の話かわからないって顔をしている。

 オケアノスからメモリアまでは、定期船を使ってきてたから、帰りもそうするつもりだったんだろうし、次回以降はそうしてもらうしかないんだが、今回は少し無理をしてもらってるから、早く帰った方が領主のトパージオン伯爵も安心すると思う。


「トラベリングを使うんですよ。この獣車を使いますから、マールを送還する必要もないですし」


 あ、この獣車は使うんですね。

 俺はアマティスタ侯爵邸に行った後は、そのままアルカに帰るつもりでいるから、それは別に構わないんだが、このデカい獣車に乗るのが真子さんとイスラさん、御者のアリスだけって、逆に使いにくくないか?

 ああ、それならジェイドはアルカに送還して、代わりにアリスが契約してるグラントプスのヴァレイを呼んでもらって、繋ぎなおさないとだな。


「じゃあイスラさんは、真子さんにお願いしますよ」

「ええ。その後は、少しオケアノスで狩りをするかもしれないけど、そう遅くならないうちに帰るわ」

「了解」

「え?え?」


 まだ少し混乱してるイスラさんを獣車に乗せてからアリスに指示を出し、まずはアマティスタ侯爵邸へ向かってもらう。

 メモリア総合学園からアマティスタ侯爵邸まではだいたい30分ぐらいだから、その間に少しでも増設する施設の詳細を考えておこう。

 プールだけっていうのもアリだが、できれば屋内訓練場との複合施設っていうのを建てたい。

 ハンターやリッターだって泳げた方がいいし、漁師や船乗りには必須なんだから、本当にもっと早くに気付くべきだったと思う。


 屋内訓練場は、閉鎖空間での戦闘訓練用になるが、貴族とかの護衛や警護も担当するバトラーもいるから、これも必要なものになる。


 なのに今日イスラさんが招聘されるまで、一切頭に無かったからなぁ。

 誰からも突っ込まれなかったところを見るに、俺と同じく考えてなかった人が多いか、必要と思わなかったって人ばかりだったってことなんだろう。

 俺が言うなって話ではあるんだが、できれば提案ぐらいはしてほしかった。


 幸いというか総合学園の敷地は、屋内訓練場を建てるスペースぐらいは空いてるから、リカさんからの認可が下りたら、すぐに着工に入ろう。

 リカさんは3ヶ月前にアスマを産んだばかりだから、諸々の手配は俺がしないとな。

 また忙しくなるけど、頑張っていこう。


Side・アウローラ


 メモリア総合学園での生活も慣れてきた今日この頃だけど、問題がないワケじゃない。

 まだ本格的な戦闘訓練は行われていないこともあって、ラウス達の実力は知られてはいないんだけど、それでもラウス達があたし達王族の護衛だってことは隠しようがないんだ。

 護衛っていうことは、当然それに相応しい能力を有していることになるんだけど、レベルどころかギルドランクすら非公開ってことで、特にハンター登録済みの人達から、疑惑や嫉妬の眼差しを向けられているんだよ。

 ラウス達は困ったような顔でその都度対応してるんだけど、相手側も領主アマティスタ侯爵家や夫君フレイドランシア天爵家、さらに各国王家がバックにいることに尻込みしてて、今のところは小康状態ってところかな。

 学園内じゃ地位や権力をひけらかすことは禁止されてるけど、全く無くなるワケじゃないし、何より総合学園は開校したばかりだから、公式にそう明言されてても、簡単には信じられないってことだと思う。


 だというのに、そんな一触即発に近い状況を、一気に動かしかねない授業が開かれてしまった。

 オケアノスの主力ハンター イスラが講師として来てくれたことは嬉しかったし、すっごく勉強になったんだけど、同じく講師として、ラウスのお師匠様でヘリオスオーブ最高レベルを更新し、エレメントクラスにまで進化してしまった大和天爵、奥方であり、ヘリオスオーブ最高の魔導士と言われ、同じくエレメントクラスの真子夫人まで来られてしまったんだから、みんな大興奮状態だったよ。

 あたし達は事前に聞いてたけど、他の学生は今朝唐突にだったから尚更ね。

 しかも授業が終わってから、親し気にラウス達に話しかけてたもんだから、ハンター達の視線には嫉妬と羨望、さらには殺意まで加わってたんじゃないかな?


 だからこそ、今っていう状況になってるんだから。


「何度も言うけど、なんであんたごときが王家の護衛なのさ!」

「そうよ!レベルが非公開なのだって、あたし達の方がレベルが上だからでしょ!」

「さすがにこれ以上は、俺達も黙ってられねえんだよ!」


 ってことで、レベル30を超えているハンター達が、大和様と親し気に話していて、基礎戦闘訓練の授業にも参加していないラウスにいちゃもんをつけてきてるっていう状況です、はい。


「王家から護衛を任されるってことは、それなりの理由があるんだよ。そもそも護衛は、俺達からじゃなくて王家から打診されたことだしね。レベルが非公開なのも、同じ理由だよ」


 毎回そう言って逃げるラウスなんだけど、いつもはそれで追及を避けられてるのに、今日はちょっと様子が違う。


「うるせえよ!いつまでも、そんな屁理屈で逃げられると思うなよ!」

「だいたい、なんでお前が、大和天爵に声を掛けてもらえるんだよ!」

「そうよそうよ!」


 分かってもらえたと思うけど、彼ら彼女らは、授業が終わった後で声を掛けてもらっていたラウスに、ただ嫉妬してるだけでしかないんだ。


「天爵は天帝位継承権を有してるんだから、俺のことはもちろん、王家の護衛を務めてるってこともご存知だからだよ」


 非常に面倒臭そうに答えてるけど、ラウスって我慢強いよね。

 あたしだったら、とっくに剣を抜いてる状況だよ。

 レイナはちょっと怯えてるけど、セラスはあたしと同じような感じだし、レベッカもちょっと額に青筋が浮かんでる。

 キャロルが抑えてくれてるけど、これはあんまりよくない状況だなぁ。


「うるせえよ!そんな屁理屈、聞き飽きたって言っただろ!前からお前は目障りだったんだ!ここで一度、どっちが上から分からせてやるよ!」


 そう言って殴りかかってきたオーガのハンターだけど、ラウスはその拳を簡単に受け止めた。


「な、なんだ!?う、動かねえ!」


 そりゃそうだよ。

 オーガは膂力の高い種族で、ラウスに殴り掛かったハンターもレベル30になってたはずだけど、それでもエンシェントウルフィーのラウスにとっては何の違いも無い。

 本当は指一本動かさずに止めることもできるはずだけど、そんなことをしたら進化してることに気付かれるかもしれないから、あえて受け止めたってことなんだろうけど、それでも疑惑は避けられないんじゃないかな?


「ここには俺だけじゃなく、王家の方々もいるんだよ?なのに大した理由もなく手を出すってことは、王家への反意有りってみなされても仕方ない行為だって分かってる?」


 さすがにラウスの一言で、ラウスを取り囲んでいたハンター達の顔が青くなった。

 学園内じゃ身分は通用しないけど、だからといって王家に手を上げていいなんていう理屈はないし、そもそも学園内でも身分は無くなったりしていない。

 ギルドが身分に関係なく依頼を出したり対応してるから、学園もそれに倣ってるだけに過ぎないんだ。


「あと、俺に手を出したっていうのは、ハンターだから目を瞑るよ。だけどこれ以上は、あっちで睨んでる人達を抑えられないよ?」


 そう言ってラウスが向けた視線の先には、オーダーが5人程、こちらの様子を見ながら待機していた。

 あたしも見覚えある人達ばかりだし、確か全員ハイクラスじゃなかったかな。

 既にラウスに手をあげてる以上、先生方に報告されて、職員室でのお説教は確定。

 加えてラウスに殴り掛かったオーガは、オーダーからも怒られる。

 王家の警護はオーダーが就いてるし、それも公表されてるんだから、これは彼らが短慮だったって言うしかないよ。


 青くなりながら小さくなったハンター達は、そのままオーダーに連れて行かれてしまった。

 一部始終目撃されてたってキャロルが言ってたし、学生同士の諍いで終わらせるようにってラウスも進言してたから、今回は厳重注意ってところかな。


「思っていたより早かったですけど、やはり問題になりましたね」

「本当に面倒臭いなぁ。思い切ってライブラリー公表したいよぉ」

「いや、それやっちゃったら、今以上の問題になるってことで、陛下からも止められるだろ。いつまでも隠し切れないとはいえ、それとこれとは別なんだからな?」


 ラウスだけじゃなくキャロルとレベッカもエンシェントクラスだし、フィリアス大戦役として纏められた戦争への参加経験まで持っている。

 だからさっきのハンター達の言いがかりも、特に気にも留めていないんだけど、それでも何度目かも分からないから、面倒臭くなってきてるのも間違いない。

 本格的な戦闘訓練が始まったら、さすがに気付く学生も出てくると思うけどね。


 あ、でもハンターやリッター登録をしている者を対象にした魔物狩りが、確か来月あったんじゃなかったっけ?

 希望者のみって形になってるけど、入学してから学園の外に出られなかったんだから、希望者は多いと思う。

 多分ラウス達も参加を打診されると思うけど、状況次第じゃ実力を見せることになるだろうから、ハンターの態度が変わるとしたら、それからになるかな。

 あたしも、久しぶりに狩りをしたいから参加するつもりだけど、できたらラウスと一緒に行きたいなぁ。

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