天都凱旋

 トゥアハー・デ・ダナンを使ってコバルディアを消し去った後、真子さんのフィールド・コスモスの中で休養を取りながら、クレアさんがフロートに、レックスさんとファースト・ランサー ファルコ卿がグラシオンに向かった。

 クレアさんはフロートへ報告のためでもあるし、凱旋の準備や王達を呼ぶために残っているエンシェントオーダーを動かすためでもあるんだが、レックスさんとファルコ卿は違う。

 なにせ勝手に付いてきて、さらにラインハルト陛下の命令にまで逆らったロイヤル・ランサーズマスターを連行し、処罰してもらうためなんだからな。

 勝手に同行してきただけでも問題なのに、ラインハルト陛下の命を受けたファルコ卿を押しのけてまで王子に剣を振り下ろして手柄を立てようとしてたんだから凱旋なんてさせられないし、それどころか密かに処刑っていうこともあり得る。

 むしろアレグリア乗っ取りに近いことを企んでたみたいだから、公に処罰するとアレグリアどころか連邦天帝国が揺らぐ可能性もあるし、ロイヤル・ランサーズマスターは外面は良かったみたいだから、名誉の戦死っていう扱いの方が楽かもしれない。


「いや、ロイヤル・ランサーズマスターは職務放棄、不敬罪、反乱罪、そして反逆罪ということで、獣王陛下がランサーズライセンスを剥奪され、取り調べの後死罪となったよ」


 ところが戻ってきたレックスさんは、しっかりと裁かれたと教えてくれた。


 昔からロイヤル・ランサーズマスターに言い寄られていたグリシナ陛下だが、それは自分に好意を抱いているからだと思っていた。

 だがグリシナ陛下が選んだのはハンターで、その結果デイヴィッド殿下が生まれている。

 昔からの顔見知りでもあるから、グリシナ陛下はロイヤル・ランサーズマスターに応えられなかったことに少し負い目を感じてしまっていたみたいで、それがデイヴィッド殿下の父親の登城を妨げる結果になっていたし、ロイヤル・ランサーズマスターが良からぬ野心を抱く遠因にもなってしまっていた。

 だからこそグリシナ陛下は、自分がもっと毅然と対応しておくべきだったと悔いて、ロイヤル・ランサーズマスターの処分を決定したんだそうだ。


「トールマン様への相談が無ければ、もっと面倒なことになっていたかもしれないし、ある意味ではそのランサーのお手柄かな。とはいえ内部告発に近い内容だったし、ハイクラスに進化したばかりでもあるから、役職に就ける訳にはいかないんだ」


 ランサーに限らず、リッターズギルドで役職に就くには、ハイクラスへの進化が最低条件となっている。

 ロイヤル・ランサーもハイクラスではあるんだが、そのハイランサーは2週間ぐらい前に新たに任命されたばかりでもあるそうだから、無用な争いを防いだ功績ってことで、報酬は金銭のみになるんだそうだ。

 後任のロイヤル・ランサーズマスターには、コバルディア攻略戦の功績ってことで、ファルコ卿が就任するらしい。


「陛下、獣王陛下は迎えに来たロイヤル・オーダーと共に、フロートへ向かわれました」

「分かった。クレアはまだ戻ってきていないが、グリシナ獣王がフロートに向かったということなら、あと2,3時間ほどで戻ってくるか」

「おそらくは」

「ではそれまでの間はレティセンシアの地をどうするか、大和君も交えて検討していくとしよう」


 レティセンシア地方をどうするか、か。

 コバルディア跡地はトゥアハー・デ・ダナンの余波で、サベル湖とオルカ湾が繋がってしまったが、そのせいで跡地は完全に水没してしまっている。

 その代わり宝樹のある小島が、湖底が隆起したおかげで街を作れるぐらいの広さになってるから、開発するとしたらそこだろう。

 もちろんその島へ繋がる橋も架けないとだから、街を作るとしても何年かかるか……。


「レティセンシアは魔化結晶によって進化した魔物も多く、さらに迷宮氾濫の疑いまである。よってまずは調査からだが、終焉種までもが現れた以上、依頼できる者は多くはない」

「討伐するにしても逃げるにしても、エンシェントクラスは必須ですね。それも1人ではなく、数人は必要です」

「ですね。オーダーズギルドか、あとはエンシェントハンターの多いレイドへの指名依頼になりますか」


 エンシェントクラスの多くはトラベリングが使えるから、相手が終焉種でも逃げられる可能性は高いだろう。

 もちろん討伐できるならそれに越したことはないが、1人だと厳しいのは間違いないから、可能なら数人、できるならエンシェントクラスだけで調査に行ってもらうのが理想だな。

 オーダーズギルドもエンシェントクラスが増えてきているが、半数がロイヤル・オーダーってことを考えると、こっちはちょっと動かしにくいか。

 他のリッターズギルドだとエンシェントクラスは1人か2人だから、こっちはこっちで動かしにくいんだが、レティセンシアと隣接しているヴァーゲンバッハ橋公国はソルジャーズギルドの管轄だから、ソルジャーはそんなこと言ってられないかもしれない。


迷宮ダンジョンの攻略も必要ですね。未確認の迷宮ダンジョンや新しく生まれた迷宮ダンジョンもあるでしょうが、判明している迷宮ダンジョンも放置はできません」

「それは同感だ。だがいずれの迷宮ダンジョンも、深層の詳細は分かっていない。特にフェルサ迷宮はディザスト・ドラグーンを放逐したこともあるのだから、30階層以上あっても不思議ではないな」

「確かブルガル迷宮も、19階層まで到達してるって話でしたね」

「そう聞いているな。さらにロウクーラ迷宮に至っては、モンスターズランクが高いこともあって、2階層までしか人が入ってなかったはずだ」


 フェルサ迷宮とブルガル迷宮は高階層低難易度、ロウクーラ迷宮は低階層高難易度の迷宮ダンジョンに分類されているが、最深層は確認されていない。

 30階層あるかないかっていう迷宮ダンジョンが多いんだが、フェルサ迷宮は150年程前の迷宮氾濫でA-Iランクモンスター ディザスト・ドラグーンを放逐しているから、30階層以上ある可能性が高い。

 逆にブルガル迷宮は、第19階層でもGランクまでしかでないらしいから、深かったとしても守護者ガーディアンはさほど強くないと思われる。

 だけど何より問題なのは、ロウクーラ迷宮なんだろうな。

 第2階層からGランクモンスターが出てくるが、それは異常種だったそうだから、確認したハンターは先に進むのを諦めたって話だし、そのせいですげえ不人気の迷宮ダンジョンだったはずだ。

 多分7か8階層ぐらいなんだと思うが、ソルプレッサ迷宮やイスタント迷宮のことを考えると、守護者ガーディアンは高確率でAランクモンスターじゃないかと思う。


 だけどその迷宮ダンジョンをどうするかの結論は、この場で出すことは出来なかった。

 なにせその話の途中で、クレアさんが準備完了の報告をもって戻ってきたからな。

 王達も待ってるから、指定された時間にフロートの前に転移して、それから凱旋ってことになる。

 凱旋式は何度か経験してるとはいえ、正直出たくないんだが、皇王家の他に終焉種も3匹討伐してるから、出ない訳にはいかない。

 面倒だが、諦めて素直に参加するしかないか。


Side・ミューズ


 私のかつての上司でもある、エスコート・オーダーズマスター クレア様が戻られた。

 既に王達は揃い、民達にも周知されているそうなので、あとは私達が戻れば、いつでも凱旋式を始められるそうだ。

 そのクレア様の言葉に従って、私達はトラベリングを使ってフロートの外にあるゲート・ポイントに転移する。

 ゲート・ポイントはそれなりの広さを確保しているが、さすがに10台以上の多機能獣車が同時に転移できるほどの広さは無い。

 だから転移した獣車は、ゲート・ポイントの外まで進み、そこで待機となる。

 そして全ての獣車が転移し終わってから、私達や陛下が搭乗させてもらっているウイング・クレストの獣車を先頭に進む。

 その後ろにリリー・ウィッシュが続き、グレイシャス・リンクスとファルコンズ・ビーク、ホーリー・グレイブとセイクリッド・バードが2列になって続く。

 その後ろをセイバーとホーリナー、ドラグナーとランサーが並び、ソルジャーとオーダーは2台ずつ使用している関係上、その後ろから続いていく。


 ウイング・クレストの獣車の後部デッキには、私達と大和君、真子が討伐した3匹の終焉種の首と皇王の首を晒している。

 王妃や王子、王女の首は最後の情けとして晒さず、ファースト・リッターやクレア様のストレージに保管されている。

 終焉種3匹の同時出現は初の事態でもあるため、恐怖と吃驚で迎え入れられたが、既に討伐に成功していること、私達オーダーも討伐に成功したことも広まっているため、ものすごい大歓声だ。

 エンシェントクラスに進化していることで聴力も良くなっているからか、鼓膜が破れるんじゃないかと思ったぞ。


 そのまま大歓声に包まれているフロートを進み、天樹城へ到着する。

 テラスには各国の王達はもちろん、天妃殿下も揃っておられる。


「出迎えご苦労。王達も忙しい中、よく集まってくれた」

「いえ、今日はフィリアス大陸が真に統一された、記念すべき日です。何をおいても駆けつけましょう」

「魔族へと堕ち、世界を滅ぼしかねなかったレティセンシアを滅ぼす日を、我らは待ち望んでおりました」

「更に複数の終焉種までも現れていたとお聞きします。放置していれば、世界は滅亡していたでしょう」


 獣車から集まった王達を労うラインハルト陛下に、ヒルデガルド妖王陛下、グリシナ獣王陛下、フォリアス竜王陛下が代表して言葉を紡ぐ。

 三王陛下の仰る通り、魔族や終焉種を放置していては、滅びないまでも致命的な被害を被る可能性は高い。

 特に魔族は、神々さえも警告を発せられる程の存在なのだから、一掃できたことはフィリアス大陸どころかヘリオスオーブの存続と安寧にもつながるだろう。


「天帝陛下、今一度民達に、フィリアス大陸統一の宣言をお願い致します」

「分かった」


 ヒルデガルド陛下の言葉を受け、ラインハルト陛下はスカファルディングを使い、護衛としてレックスと大和君を従え、王達の待つテラスへと上っていく。

 護衛などなくとも陛下を害せる者がいるとは思えないが、それはそれだ。

 同時に私達も獣車から下り、テラス前の広場に整列する。

 ハンターは獣車から下りなくてもいいのだから、そこは羨ましいと思ってしまうが、私達はリッターなのだから、この程度の手間を惜しむワケにはいかない。


「皆、既に聞いていると思うが、改めて告げさせてもらいたい。我らフィリアス連合軍は、レティセンシア皇都コバルディアを攻め、皇王の首を取った。これもオーダーをはじめとした誇り高いリッター達、勇壮たるハンター達の協力あってこそだ。いや、それだけではない。武具や獣車の製作を担ってくれたクラフター、素材や糧食を用意してくれたトレーダー、些細なことでも全力で動いてくれたバトラー、神々のご意思を伝えてくれたプリスター、様々な研究の成果を惜しまずに提供してくれたスカラーと、全てのギルド・レジスターが手を貸してくれたおかげだ。フィリアス大陸を治める天帝として、改めて礼を言いたい」


 実際にコバルディアを攻めたのはリッターとハンターだが、他のギルド・レジスターの協力がなければ、我々は戦うことすらできない。

 そして連邦天帝国の法では、国民はいずれかのギルドへの登録を義務付けられているため、先程の陛下の演説は全ての国民を称えるものということになる。


「だがレティセンシアが滅んだとはいえ、あの地は多くの魔物が生息し、迷宮氾濫すら起きている可能性がある。よって不本意ではあるが、私の名において、かの地への立ち入りを禁ずる。だが安心してほしい。たとえ終焉種が相手であろうと、恐れることは無い。フレイドランシア天爵のことは皆も知っているだろうが、ここにいるグランド・オーダーズマスターも、妻達と共に、見事終焉種スレイプニルの討伐を成しているのだ」


 ここで私達の討伐まで公表しますか、陛下!

 いや、今までは大和君達しか終焉種討伐の実績を持っていなかったのだから、彼ら以外で終焉種の討伐を可能とする者が現れたということは、民達にとっても歓迎すべき事態ではある。

 ですがそれなら、せめて事前に教えておいてほしかったのですが!

 声を大にして叫びたいが、さすがにこんな場でそんな真似をしてしまえば、処罰されても文句は言えないのがまた辛いな……。


「そしてレティセンシア地方だが、いずれ必ず開発を行うことも約束しよう。その際には、皆の力も借り受けることとなる。力を合わせ、このフィリアス大陸に安寧をもたらし、更なる発展を願うものである!」


 ラインハルト陛下が最後にそう告げられると、民衆から大歓声が起こった。

 レティセンシア地方の扱いは、王達との協議の上で正式に決定されるが、数年は封鎖されることになるだろう。

 迷宮氾濫に終焉種と、通常であれば一時的どころか永続的な封鎖すら検討すべき事態だが、幸いにもエンシェントクラスは30人を超えているし、エレメントクラスも2人いる。

 さらに終焉種討伐の実績も、ハンターだけではなくオーダーにも生まれたのだから、複数の場所に同時に現れてしまったとしても、対処不可能といったことにはならないで済む。

 レティセンシア地方の開発も口にされたし、既にレティセンシア国民が全滅していることは知られているのだから、無理に入り込む者もいないだろう。

 後は誰がかの地を任されるかだが、大和君やマナリース天爵殿下のいずれかの可能性が最も高そうだ。

 広大な土地なのだから、他にも必要になるが、今すぐ考える必要も無いだろう。


 まあ、一介のオーダーである私が考えることではないし、陛下方にお任せするとしよう。

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