皇都消滅

 皇王家の処刑が終わり、首を掲げながらコバルディアを後にする。

 その後、ラインハルト陛下とレックスさん達、ファースト・リッター達に俺達の獣車に移ってもらい、アテナに竜化してもらってから空に上がる。

 残ったリッターやハンターは、コバルディアの西にある小高い丘に移動してもらったのを確認してから、俺と真子さんは行動に移る。

 あ、小高い丘にも魔物がいるのか。

 でもあっさりと狩られてるし、真子さんのフィールド・コスモスも展開されてるから、あれ以上魔物が出てくることはないだろう。


「それじゃあ真子さん、行きますか」

「ええ」


 お互いにウイング・バーストを纏い、フライングを使って獣車から離れた俺達は、コバルディア上空でクラウ・ソラスとアガート・ラムを構えた。

 真子さんはアガート・ラムを背中から目の前に移動させて腕状に変化させ、俺はその手にクラウ・ソラスを持たせる。

 そして互いに魔力を込めていく。


「クラウ・ソラス、アガート・ラム。準備はいいか?」

「いつでも」

「対象、皇都コバルディア。捕捉も完了している」

「今更の話だけど、本当に皇都であっても全域を補足できるのね」


 俺も真子さんと同じ事を思ったが、本当に今更の話だ。

 それがわかったからこそ今回の作戦に使われることになったんだし、相手が相手なんだから忌避感も罪悪感も薄い。

 それでも気軽に使える術式じゃないから、使いどころはしっかりと考えないとな。


「それじゃあ真子さん」

「ええ。やるとしましょうか!」


 クラウ・ソラスとアガート・ラムが捕捉した皇都全域全てを対象に、俺と真子さんは神話級戦略型広域干渉対象系術式の言霊を唱えた。


「「トゥアハー・デ・ダナン!」」


 言霊を唱えると、アガート・ラムの翼が大きく広がり、クラウ・ソラスの6つの刀身全てが光を放った。

 同時に皇都上空、つまり俺達の足元に、皇都全域を覆うかのように、クラウ・ソラスと同じ意匠の魔法陣が浮かぶ。

 その魔法陣から、コバルディア全てを飲み込むような光の柱が降り立つ。

 真子さんが言うには、父さんと母さんが生成する刻印神器 神槍ブリューナクの最大術式バロールとほとんど同じ術式ってことなんだが、威力はそこまでじゃないだろうと予想していたな。

 確かバロールは、TNT換算で1,5ギガトンだったはずだが、トゥアハー・デ・ダナンも1ギガトンは超えてるんじゃないかと思う。

 神話級戦略型術式は、どれも1ギガトン前後の威力があるらしいからな。


「アガート・ラム、皇都の様子はわかる?」

「既に魔族を含め、全てが消滅している。これ以上は無意味であろう」

「わかった。それじゃあ止めよう」


 アガート・ラムの声に従って、トゥアハー・デ・ダナンの発動を停止させる。

 そこで俺達が見たのは、皇都跡地と思われる巨大なクレーターと、そこに流れ込む海水と湖水だった。


「……やり過ぎたか?」

「やり過ぎたわねぇ。まあ地形的に見ても、いずれコバルディアの跡地に新しい街を作ることになったと思う。だけど魔族が蔓延っていた土地にっていうのは、心情的に避けたいでしょうから、その懸念が無くなったとでも思っておきましょう」

「そうしますか」


 思いっきり適当な理由だが、俺もそう思うことにしておこう。

 オルカ湾とサベル湖が繋がってしまった形になるから生態系にも異常が出てくるだろうが、そこは経緯を注視しとけばいいだろうし、何よりサベル湖には宝樹がある小島があるから、そっちに異常がなくて良かったと思う。


「異常っていうワケじゃないけど、その小島が大きくなってるわよ?」

「はい?」


 ところがその小島に視線を向けた真子さんが、突然そんなことを口にした。

 いや、島が大きくなったって、意味がわからないんですけど?

 そう思って俺も視線を向けると、確かに大きくなってるのが確認できたんだ。

 いや、一回りじゃ効かないぐらいデカくなってないか?


「……なんで?」

「さあ?だけどあの宝樹って、神々が魔族の魔力から守ってたんでしょ?その魔族が一気に全滅したから、逆に神々の力の方が強くなって、その結果湖底が隆起したとかなんじゃない?」


 真子さんの言う通り、宝樹のある小島が広がったというより、湖底が隆起したっていう印象だな。

 実際島のほとんどはずぶ濡れだし、小島だったとこは山になってるし。


「調査は必要だけど、あれだけの規模になってれば新しい街を作れそうだな」

「ああ、確かにベスティアみたいな街は作れそうね。いえ、島に繋がる橋も橋上都市みたいに設計すれば、国都に匹敵しそうだわ」


 そこまではいかないと思うが、それでも大都市と言える規模の街はできそうな気がする。

 宝樹の麓ってことにもなるし、しかも都合の良いことに島の中央部になってるから、象徴としても十分だろう。


「大和君かマナ様が拝領する可能性が高いでしょうけど、まずは陛下のお考えを聞かないとだけどね」

「確かに」


 誰が拝領するにしても一からの開発ってことになるし、魔物の数も尋常じゃないと予想されてるから、かなり難航することになるんじゃないかと思う。

 それを考えると、確かに俺かマナにっていうのは、理解できなくもない話だ。

 俺はMINERVAの設置を前提とした学園都市風の街を考えてるんだが、その構想を陛下達にも知られてしまったため、領地はフィリアス大陸中央部が良いんじゃないかって言われてる。

 だけどフィリアス大陸中央部はアレグリアの土地がほとんどだから、俺が拝領するとしたらアレグリア国外の無人島か、再建不可能となっているリベルター地方の橋上都市跡が最有力だ。

 どっちも一長一短あるから、俺的には頭が痛い。

 まだ拝領どころか場所すら決まってないのにな。


「ユーリ様が卒業してからの話になるんだし、サベル湖とオルカ湾の生態系がどうなるかも見とかないとだから、慌てなくてもいいでしょ。それに陛下のことだから、突然押し付けるんじゃなくて、前もって打診ぐらいしてくれるわよ」


 それもそうだ。


「ですね。じゃあ終わったことだし、帰りましょうか」

「ええ」


Side・ラインハルト


 完全竜化したアテナの抱えるウイング・クレストの天樹製多機能獣車の展望席で、私達は世界の終わりかと思える程の光景を目撃した。

 大和君と真子の刻印術トゥアハー・デ・ダナン、都市ぐらいならば消滅させることは可能だと聞いてはいたが、見ると聞くとでは大違いだ。


「す、凄まじ過ぎる……」

「コバルディアが……跡形も残っていないなんて……」


 ファースト・リッター達も、絶句しているな。

 彼らはリッターズギルドの見届け人でもあり、王達の代理でもある。

 なにしろ都市1つを丸ごと消し去るという、神にも匹敵する程の偉業を成そうというのだから、いかに私であっても、彼らの不安を収めることなどできはしない。

 ファースト・リッターは信用が置ける者達であり、事実リッターズギルド内でも重職に就いている者達ばかりだ。

 だからこそロイヤル・ランサーズマスターのような者は、考慮にすら値しなかったのだが、まさか出立の直前でフロートに姿を現し、無理やり同行してくるとは思いもしなかったが。


「これで本当に、レティセンシアも滅んだな」

「はい。陛下は名実共に、真の意味でフィリアス大陸の覇者となられました」

「望んでなった訳ではないがな」

「存じておりますが、これからのフィリアス大陸は、陛下のご采配によって進んでいきますから。それに20年もすれば、陛下は退位なさるのでしょう?」


 レックスに、私の考えが見透かされてしまっている気がするな。


 レティセンシアが滅んだことで、フィリアス大陸の敵対勢力は消滅した。

 これによって、私は真の意味でフィリアス大陸の支配者となってしまった。

 正直私には荷が重いのだが、今更逃げる訳にはいかないから、息子に譲位するまではしっかりと天帝として務め上げなければならない。


 アミスター・フィリアス連邦天帝国の法では、例え天帝や王であっても、在位期間は最長30年と定められている。

 その理由は進化すると寿命が延びるため、それによって起こるであろう混乱を回避するためだ。

 ハイクラスは約150年、エンシェントクラスは約250年の寿命を持っているため、エンシェントエルフでもある私が死ぬまで天帝の座にいてしまえば、私の在位中は問題ないであろうが、次の天帝は私の息子や孫ではなく、何代も先の子孫ということになってしまう。

 そこまでいけば、市井に身を寄せた者の子孫も出てくるであろうし、対立候補を擁立する者達が争い、国内どころかフィリアス大陸が再び戦火に包まれてしまう可能性もあり得る。

 それを回避するためにも30年以上の在位は、特殊な事情がない限りは認められていないのだ。

 特殊な事情とは次代の王となる子が成人していない場合や、急病によって王太子の即位が遅れてしまう場合等だな。

 どちらも今まで一度も無かったことでもあるため、完全に形骸化してしまっているが。


 かく言う私も、30年も天帝の座にいるつもりは微塵もない。

 私の息子であるレスハイトは5歳だから、立太子すらまだできていないのだが、10歳になれば総合学園に入学させる予定でもあるし、無事に卒業してくれた暁には立太子してもらい、数年後には譲位することになる。

 レックスも言っていたが、それがだいたい20年ほどだろうという予想になる訳だ。


「上手くレストに譲位できたとしても、それぐらいはかかるだろうな。まあ、その後はハンターとして生きていくだけだから、後の楽しみがある分、私としては気が楽だ。お前とは違ってな」


 思わず口元が綻んでしまったが、レックスはそんな私に苦笑を返してくる。


「確かに仰る通りですね。なにせ私は、後任が現れるかどうかも微妙なのですから」


 グランド・オーダーズマスターに就任しているレックスだが、彼こそいつ引退できるか分からない。

 更に先だってスレイプニルの討伐を成し遂げたこともあり、レベルも94にまで上がっている。

 妻達と共にとはいえ、終焉種討伐を成し遂げたリッターは皆無であり、レベルもインサイド・オーダー歴代最高記録を更新してしまっているから、おそらく40年もの長きに渡ってグランド・オーダーズマスターの大任を務めあげた先代トールマンと同じく、いや、それ以上に後継者には困ることになるだろう。

 トールマンの事があるから30年経てば退かねばならないが、法では連続して同じ地位に就くことを禁止しているだけなので、数年後に再任といった手段も取れてしまうしな。


「法で認められているとはいえ、基本的には領主が再任するケースがほとんどだからな。まあ、それについては私にも考えがある」


 跡を継いだ領主が不慮の事故や病で命を落としてしまった場合、やむなく先代が領主として返り咲くこともある。

 そうしなければ領内は混乱するし、国としても莫大な損害を出してしまうのだから。

 だからこそそのように定められているのだが、領主以外に適用できないのかと言われると、しっかり適用は可能なのだ。

 だから法に則る以上、レックスは死ぬまでグランド・オーダーズマスターという地位に縛れてしまう。

 さすがに問題でしかないし、私もそのような真似はさせたくないから、近いうちに腹案を正式に立法させたいと思っている。


「少し話が反れたが、大和君と真子があの刻印術を使う場合は、緊急時を除いて私の許可を得ることになっている。彼らの生成する刻印神器達も、そうするべきだと認めてくれた。故に彼らが不必要に、あの刻印術を使うことは無い」


 私のセリフで、ファースト・リッター達はあからさまな安堵の表情を浮かべたが、これについてはやむを得まい。


 既に王達は知っているし、ファースト・リッター達も知らされているはずだが、皇都とまで呼ばれた大都市が跡形も残らず消滅という光景を目の当たりにしてしまった以上、いつか自分達に向けられてしまうのではと感じてしまうのは、人として仕方のない話だ。

 だから私は、改めてファースト・リッター達に説明を行う。


 この刻印術を、普段は封印しておくべきだと提案してきたのは、驚いたことに刻印神器達だ。

 都市すら消滅させることができるトゥアハー・デ・ダナンという刻印術は、一歩間違えば再びフィリアス大陸を戦火に包み込む。

 彼らにとってもそれは本意ではないし、その刻印術を使うような事態は考え辛い。

 更に大和君と真子の2人がかりでなければ使えないという事情もあるし、マハ・ジャルグやディアン・ケヒトという刻印術もあるため、必要以上に使うことはないだろう。

 だからこそ刻印神器達は、私の魔力をその身に宿すことで、私の許可が無い限りは使用できないよう、自ら封印を施してくれたのだ。

 正確には私ではなく、天帝の許可が必要ということなのだが、私が初代天帝でもあるため、私の魔力を宿しておけば、私の子孫であっても解除や再封印は可能なのだとか。

 よくわからない理屈を伝えられたが、それが可能というだけで十分だろう。


 この後私は封印を施さねばならないが、実際に行うのは初めてのことになるから、しっかりと覚えておかなければな。

 これも天帝の責務として理解しているし、後世にまで伝えなければならない重要案件でもあるから、心して臨もう。

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