父と日緋色銀の刀

 日緋色銀ヒヒイロカネが完成してから1週間、メモリアでの仕事を終えてアルカに帰ってくると、エドにマッハで拉致られ、工芸殿に連れ込まれた。


「できたのか?」

「おうよ!現時点の、俺の最高傑作と言っても過言じゃねえ!」


 などと息巻くエドだが、差し出された剣を見れば、そう言いたくなる気持ちもわかる。


「注文通り、基本的には薄緑と大差ないな」

「使い勝手の点から見ても、大きく変える必要はないだろうからな」


 日緋色銀ヒヒイロカネ製の刀の見た目は、瑠璃銀刀・薄緑とほとんど同じだ。

 微妙に色や意匠が違うぐらいか。

 まあ、エンシェントクラスに進化した際に新調せざるを得なかったマナやフラム、レベッカの武器も、見た目やバランスはほとんど変わってないし、使い慣れてる方が俺達としても助かるから当然なんだが。


 その剣の柄に手をやり、瑠璃色の鞘からゆっくりと引き抜く。

 すると薄緑とは異なり、薄い緋色をした刀身が姿を現した。

 おお、綺麗だ。


「どうだ?」

「うん、手に馴染むし、バランスも良いな。それに重さも、すげえいい感じだ」

日緋色銀ヒヒイロカネ瑠璃色銀ルリイロカネより少し重いが、逆にそれが良かったってことか」


 確かに鉄1キロに対して、魔銀ミスリルは500g、瑠璃色銀ルリイロカネは700gだが、日緋色銀ヒヒイロカネは800gになる。

 だけど軽すぎると武器としては使いにくいことがあるし、重さを利用する重量武器には向いていない。

 これは瑠璃色銀ルリイロカネでも同じだし日緋色銀ヒヒイロカネもそうなんだが、それでも瑠璃色銀ルリイロカネより少し重くなってるから、魔法を使えばカバーはできるだろう。


「多分な。あとは使い勝手だが、こればっかりは実戦で使ってみないと何とも言えないか」

「そりゃな。とはいえ、今日はもう日も暮れてるんだから、試し斬りは明日だな」


 残念だがその通りだな。

 本当ならすぐにでも試し斬りに行きたいんだが、さすがにそれは嫁さん達が許可してくれないだろう。

 だけどこの剣は、リチャードさんが打ってくれた薄緑に匹敵する程の出来栄えだし、手の馴染み具合も勝るとも劣らないから、多分使い勝手としてはさほど変わらないだろうし、それどころか超えているかもしれない。

 あ、肝心なことを忘れてた。


「エド、父さんはなんて言ってたんだ?」

「飛鳥さんか?試作の方で試してもらったが、絶賛してたぞ」


 インゴットを簡単に加工した簡易版じゃなく、本格的に打った試作の方だよな?

 だけど父さんの魔力にも耐えられたってことなら、アーククラスでも十分使えるってことになる。


「それなら悪いんだが、少しデザインを変えた剣を、もう1本打ってもらっていいか?」

「それは構わないが……ああ、飛鳥さんに贈るのか」

「ああ。魔道具も考えたが、あっちじゃ使えるか分からないからな。日緋色銀ヒヒイロカネも同じなんだが、こっちは金属として完成してるから、多分大丈夫だろう。だからヘリオスオーブ独自の土産になるんじゃないかと思ってな」


 多分地球に帰ったら、魔法は使えなくなるだろう。

 魔道具も、いくつかは使えるような気はするが、ストレージ・バッグは無理だと思うし、魔石だって宝石ほどの価値があるとは思えない。

 王絹を使った普段着やドレスなんかは既に贈っているが、これは生活に必要だからっていう理由もあるから、土産とは少し違う。


「ヘリオスオーブ独自の土産か。悪くないな。確か飛鳥さんと真桜さんが帰るのは、10日後ぐらいだったか?」

「4月10日だから、それぐらいだな」

「それなら大丈夫だが、1本が限界だぞ?」

「わかってる。悪いが頼む」

「おうよ。もう少し打てばコツも掴めるし、俺としてもいい経験になるからな」


 そういやエドが本格的に日緋色銀ヒヒイロカネを使ったのって、これが初めてになるんだったな。

 まあ日緋色銀ヒヒイロカネは完成したばかりだし、当たり前の話なんだが。

 いずれは俺以外のみんなの武器も日緋色銀ヒヒイロカネで作り直してもらいたいと思ってるから、エドには少しでも慣れておいてもらいたい。


「それはそれとして、大和、銘は決めたの?」

「当然だろ」


 剣の銘は、イークイッピングを使う上でも必須だ。

 他にも使い手との魔力をより馴染ませたりなんて言われてるし、愛着も持てるから、俺も日緋色銀ヒヒイロカネの剣のために、頑張って考えたぞ。


「こいつの銘は、日緋色刀ひひいろとう天照あまてらすだ」


 日緋色銀ヒヒイロカネは日本の伝説の金属で、太陽の色をしていると言われている。

 なので太陽の神様であり、うちの主祭神でもある天照大神の名前を使わせてもらうことにした。


「大和の世界の神様なのか。なかなか豪胆な気がするね」

「まあ、それを言ったらMARSやMINERVAもそうらしいし、あやかるって意味じゃ無難じゃねえか?」


 会心の命名だと思ってたんだが、マリーナとエドにあっさり流された気がする。


「それはそれとして、いずれみんなの武器も日緋色銀ヒヒイロカネで作るんでしょう?」

「そうしてもらえるとありがたい。まあすぐにって訳じゃないから、焦らないでいいんだが」


 エレメントクラスに進化できてるのは真子さんだけだが、いずれはみんなも進化できるだろう。

 瑠璃色銀ルリイロカネなら大丈夫なんだが、武器を打ってくれたのはエドだから、純粋にバージョンアップにもつながる。

 かといって日緋色銀ヒヒイロカネは、製錬するのもかなり大変だから、武器やクレスト・ディフェンダーコートのアップグレードに使う分を用意するだけでも、けっこうな時間がかかるか。

 魔族との決着がつくまでに用意できれば、それでいいかな。


Side・真子


 大和君がエドワード君に工芸殿に連れ去られた後、私も飛鳥君と真桜を伴って工芸殿に向かった。

 理由なんて1つしか考えられないし、2人も興味津々だったからね。

 工芸殿に到着すると、丁度大和君が銘を決めたところだったけど、天照とはまた大仰な銘にしたわね。

 日緋色銀ヒヒイロカネを使ってるワケだから、気持ちはわかるけどさ。


「綺麗な剣だね~」

「ああ。エドワード君の腕があってこそだろう」

「いやいや、飛鳥さんと真桜さんがいなきゃ、日緋色銀ヒヒイロカネなんてできませんでしたよ」

「そうかもしれないが、扱えるだけの腕がなければ意味はないだろう?」


 互いに謙遜しあってるエドワード君と飛鳥君だけど、どっちがいなくても日緋色刀・天照が出来なかったのは間違いないわね。


「大和、少し持ってもいいか?」

「もちろん」


 天照に限らず、薄緑も日本刀の製法を取り入れているとはいえ、日本刀とは違う。

 それでも日本刀を参考にしているのは間違いないし、飛鳥君も本質は剣士だから、興味があるのは当然か。

 大和君から天照を受け取った飛鳥君は、ゆっくりと鞘から抜いた。


「なるほど、思った以上に手に馴染むな。それに軽い。取り回しも良さそうだし、本当に良い剣だ」

「いよっしっ!」


 飛鳥君のお墨付きも得たことで、エドワード君は本当に満足そうだわ。


「これができたってことは、大和も本来の戦い方ができるようになったってことだよね?」

「いや、薄緑弐式でやってた戦い方と変わらないぞ」


 確かに天照が完成したことで、大和君は本来の戦い方、高機動戦闘ができるようになった。

 薄緑弐式でもやってたんだけど、大和君は少し違和感を感じていたこともあって、以前より頻度は落ちてたのよ。

 エドワード君には悪いけど、薄緑弐式はリチャードさんが打った薄緑よりワンランク下の性能になっちゃってるから、それが原因なんでしょうね。


「それに関しちゃ、俺の腕がじいちゃんに及ばないってのが理由ですからね」

「リチャードじいさん、フィリアス大陸1の鍛冶師ですから。エドもけっこう腕を上げてるけど、こればっかりは一朝一夕でどうにかなるものでもないですし」

「あ、ごめん。エドワード君が悪いって言ったつもりはないんだ」


 真桜も悪気があったワケじゃないんだけど、ちょっと軽率だったわね。

 エドワード君も気にしてるようには見えないけど、もうちょっと言葉は選んだ方がいいわよ?


「俺にとっても、じいちゃんの打った薄緑は目標なんで。あれから何本も打ってるけど、薄緑以上の剣は打ててないみたいですからね」

「素材の問題もあるけど、リチャードじいさん入魂の一振りですからね。さすがにあれを超える剣を打てる鍛冶師は、多分フィリアス大陸にはいないんじゃないかな?」

「それはすごいな。そんな方が打ってくれた剣がダメになってしまったとは、とても申し訳なく思う」

「それは俺のセリフだ」


 私が知ってるリチャードさん作の瑠璃色銀ルリイロカネ製の武器は、瑠璃銀刀・薄緑以外だとプリムのスカーレット・ウイングにラインハルト陛下やグランド・ハンターズマスター、リディアとルディアのお父様のフレイアス侯爵が持つ剣ぐらいか。

 いずれもリチャードさん入魂の一振りらしいけど、薄緑とスカーレット・ウイングはリチャードさんにとっても最高傑作の1つらしく、未だにそれらを超える武器は打てたことがないそうよ。

 それもあって、エドワード君はリチャードさんの所にも日緋色銀ヒヒイロカネを持ち込んだそうなんだけど、リチャードさんはノーマルクラスだからか、満足に加工することができなかった。

 レベル的にはリチャードさんより上のフィアナでも日緋色銀ヒヒイロカネを加工することはできなかったから、ノーマルクラスでは扱えないって結論付けられた出来事だったわね。

 ハイクラフターどころかエンシェントクラフターでも大変なんだから、それは仕方ないけど。


「武器は壊れるもんだからな。それに瑠璃色銀ルリイロカネ製だから1年以上持ったが、魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイトなら1ヶ月どころか1戦持つかどうかなんだから、どれだけ精魂込めて打っても、クラフターからしたらキツイんだぜ?」

「そうか、すぐに武器が壊れてしまうようでは、クラフターとしても精魂込めて武器を打つ意味が薄くなる。だが合金製の武器は、それなりに長く使うことができるから、ハンターにとっては正しく相棒として使うことができるようになったのか」

「ええ。それに合金製であっても、魔物に折られたって話は聞きます。もちろんそれは珍しくない話ですけど、クラフターにとって長く使ってもらえるんなら、これに勝る喜びはないんですよ」


 それは確かに言えるわね。

 私もクラフター登録をしたからわかるけど、自分が作った武器や魔道具は、できることなら長く使ってもらいたいと思う。

 だけど武器に関しては、どれだけ大切に扱っていたとしても、魔物との戦闘中に折られてしまうことはあり得るし、戦闘中にハイクラスに進化して、魔力に耐え切れずに壊れてしまうこともある。

 どちらもハンターやリッターにとって避けられない問題だけど、クラフターにとってもそれは同じこと。

 だからハイクラスはおろかエンシェントクラスの魔力にも耐え得る翡翠色銀ヒスイロカネ青鈍色鉄ニビイロカネは、クラフターにとってもありがたい素材になる。


「そうなんだ。ハンターはもちろんだけど、クラフターにとってもすごく大切なことなんだね」

「そうなんだよ。だから合金ができて、ホッとした覚えがある」

「同感だ」


 でしょうね。

 私や大和君は刻印法具を生成することでカバーできるけど、一般のハンターはそういうワケにはいかない。

 事実ハイクラスは武器に困っていて、ストレージには予備となる同型の武器が大量にストックされていたって聞いてるわ。

 私がヘリオスオーブに来た頃には、既にある程度出回りだしていたし、何より私はウイング・クレストに加入することを決めたから、そっちで困ったことは一度もないけど。


 それはいいとして、日緋色刀・天照が完成したことで、明日の予定に試し斬りが入るのは決定事項。

 その後は日課となってる二心融合術を試して、それから大和君はお仕事ね。

 カラドボルグとフェイルノートが言うには、予想より早くウイングビット・リベレーターが大和君に馴染んできてるから、早ければ数日以内に成功できるかもしれないそうよ。

 毎日魔物を狩ってるし、ヘリオスオーブは地球より魔力が多いから、馴染みやすいってことなんでしょうね。

 2人が日本に帰るまで、もう2週間切ってるから、できれば見てもらいたいわ。

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