母と船

Side・フラム


 妊娠が発覚してからの私とプリムさんは、気分転換にフィールやプラダに行くことはありますが、それ以外はほとんどアルカから動かなくなりました。

 アルカには山や森、湖もありますし、工芸殿には書庫もあります。

 そして湯殿は、温泉のみならず打たせ湯や泡風呂もありますから、のんびりと過ごすことができます。


 とはいえ、やることが無いので、暇を持て余しているのも間違いありません。

 私はクラフターでもありますから、工芸殿で何かを作ることで時間を潰せますが、プリムさんはハンター登録しかされていませんし、狩りは禁止されていますから、簡単に体を動かすぐらいしかできないので、暇な時は本当に暇そうです。

 ですからサブチーフ・バトラーをお任せしているルミナさんの娘、ユニーちゃんの相手をしていることが多いですね。

 今日はユニーちゃんと一緒に、アルカの湖でクルージングをするそうですが、エレクト海でケートスを倒してこられたお義母様もご一緒したいと仰られたので、私と大和さん、リカ様、そしてお義父様も来られることになりました。


「これ、魔銀ミスリルじゃないんだよね?」

「ああ、翡翠色銀ヒスイロカネ製だ。頼むから、無理に魔力を流さないでくれよ?」

「そんなことしないよ」


 翡翠色銀ヒスイロカネは、エンシェントクラスまでは普通に使えるのですが、エレメントクラスの魔力には耐えられないため、最近は大和さんや真子さんも気を遣って乗っています。

 お義父様とお義母様は、エレメントクラスの上となるであろうアーククラスですから、普通に乗る分には問題ないのですが、船体に魔力を流されてしまうと、すぐに沈んでしまいます。

 さすがにお二方がそんなことをされるとは思いませんが、無意識に使ってしまわれる可能性は否定できません。

 ですから大和さんは、けっこう厳しめに注意されているんです。


「それにしても、魔法っていうのは便利だな」

「突然どうしたんだ?」

「リカさんにプリムさん、フラムさんと、3人もの妊婦を乗せたソファを、苦も無く運べてるじゃないか。妊婦の移動には気を遣うから、特に臨月が近い妊婦は入院して出産に備えてたものだぞ」

「そうなのか」

「ああ。母さんもそうだった。フライ・ウインドを使えば似たようなことは出来るが、長時間使えないのは知っての通りだし、車までの移動に使うのが関の山だったな」


 地球でも、妊婦さんの扱いはほとんど変わらないのですね。

 妊婦さんに何かあってしまえば、お腹の子はもちろん妊婦さん本人の命に関わりますし、ヘリオスオーブでも進化していても危険なことに違いはありません。


「ああ、フライ・ウインドは微妙な力加減が難しいから、自分の手のように使える念動魔法があれば、もっと楽だったってことか」

「フライ・ウインドと違って時間制限もないんだろう?向こうでも使えたらと思わずにはいられないな」

「それは俺も思った」


 フライ・ウインドですか。

 フライングやスカファルディングが奏上されるまで、大和さんが好んで使っていた刻印術ですね。

 そのおかげで大和さんはもちろん、風属性の魔石に付与させたプリムさんも空中戦を多用して、多大な戦果を上げていました。

 ですが長時間の使用は命に関わるそうですから、一度使用したら数時間のクールタイムが必要です。

 それもあって現在では、あまり使われていません。


「それじゃあ出発するぞ」

「ええ、よろしくね」

「おう」


 大和さんが開発したハイドロ・エンジンは、操縦席にある天魔石を使います。

 天魔石は全ての人が使えるよう、必要以上に魔力が流れない仕組みになっていますから、エレメントクラスやアーククラスがどれほど魔力を流そうとしても、余剰魔力は空気中に放出されてしまいます。

 ただ必要以上の魔力を流してしまうと、移動中だと魔物に感付かれてしまう可能性が高まりますし、天魔石の寿命も短くなってしまうんです。

 ですから大和さんも、かなり気を遣いながら天魔石に魔力を流されています。


「天魔石、だったか?それに魔力を流すだけで操縦ができるとは、なかなか便利だな」

「そうなるように作ってるからな。万が一壊れた場合に備えて予備も積んでるし、最悪の場合はフラムが契約してるフロウに引いてもらうから、立ち往生することもないぞ」


 ハイドロ・エンジンの開発以前は、水棲従魔が船を牽引することが一般的でした。

 ですが最近はハイドロ・エンジンが出回ってきていますし、外付けでも対応可能ですから、水棲従魔の活躍は減ってきています。

 それでも万が一ハイドロ・エンジンが壊れてしまった場合に備えて、多くの方は従魔契約を継続されたままですし、私が契約しているリドセロスのフロウも、そのために契約したと言っても過言ではありません。


「フロウって、あのサイみたいな魔物だよね?」

「ああ、リドセロスっていう。サイっぽい見た目だけど、あれで水棲種に分類されてるんだ」

「ということは、サイとカバを足して2で割ったようなものか」

「見た目は似てるけど、水中でも呼吸できるみたいだし、ちょっと違うかもしれない」


 サイとかカバとか言われても、大和さんの世界の動物のことはサッパリ分かりません。

 ですがリドセロスに限らず、地球とヘリオスオーブの動物は近しい見た目をしている種も多いそうですから、その2種の動物はリドセロスによく似ているということなのでしょう。


「それは確かに、少し違うな」

「なんでなの?」

「詳しく調べた訳じゃないけど、どうもオゾン・ボールみたいに、周囲の水から空気を取り込んでるみたいだ」

「大量の空気を溜め込んで潜る訳じゃなく、自ら直接取り込んでるのか。面白いな」

「だね。それ、刻印術にも応用効くかもしれないよ」


 魔物の生態は、不明な点も多いんですが、リドセロスは比較的判明していることが多い魔物になります。

 リドセロスは大和さんが仰ったような方法で水中呼吸をしていますから、数日潜ったままということも珍しくないようです。

 実は私のようなウンディーネや水竜のドラゴニュート、ドラゴニアンも、似たような方法で泳げるんですが。


「そういえば大和、飛空艇の構想ってまとまったの?」

「いや、フラム達とも話し合ってるけど、なかなかまとまらないな」


 飛空艇、空を飛ぶ船のお話ですね。

 私達はアテナさんやエオスさんに獣車ごと運んで頂いていますし、トラベリングを使うことも多いです。

 ですがとてもではありませんが、一般的とは言えません。

 ですからお義母様は、一般の方でも使えるよう、飛空艇という空を飛ぶ船を開発されてはどうかと提案してくださったんです。

 定番とも仰っていましたけど、そちらについてはよくわかりませんが。


「あたしは初めて聞いたけど、空飛ぶ船か。本当にできれば、アテナやエオスの負担も大きく減りそうね」

「ああ。途中で下りて休憩する必要もなくなるだろうから、アバリシアへも進攻しやすくなる」

「ええ。それに一度到達できれば、トラベリングでの移動も可能になるわ」


 大和さんとプリムさんの仰る通りです。

 トラベリングが使えるようになれば、より安全にグラーディア大陸に兵を送ることが出来るようになります。

 グラーディア大陸にあるアバリシアは魔族の国となっていますし、神託まで下っているのですから、神帝は討たなければなりません。

 ですから最初は、アテナさんかエオスさんに獣車を運んでいただき、島があればそこを拠点にしてトラベリングか転移石板を使い、無ければ天樹製獣車の船体を展開してアルカに戻る、という工程を繰り返し、グラーディア大陸を目指すつもりでした。

 ですが飛空艇が完成すれば、途中で帰還する必要もなくなりますし、何よりグラーディア大陸に到達さえできれば、トラベリングによる移動が可能となります。

 いえ、飛空艇の大きさやミラールームの規模によっては、トラベリングを使う必要もなくなりますね。


「とはいえ、なかなか構想がまとまらないんだよな」

「構想もですけど、どうやって船体を浮かせるのかっていう問題もありますからね」


 船内はミラーリングを付与させれば重さも軽減できますから、何十人、何百人乗っても問題ありません。

 とはいえ空中戦を想定する必要はありますし、見張りも必要ですから、その分プラスαは考えておかないといけませんね。


「推進に風属性魔法ウインドマジックを使うのは確定してるんだが、どうやって浮かせるかが問題なんだよな。スカファルディングは魔力の足場を作る魔法だから魔力の消費が激しいだろうし、フライングは翼が必要だしな」


 私や真子さん、ルディアさんも同じことを考えたのですが、大和さんの仰った点が問題ですから、なかなか話がまとまらないんですよね。


「気持ちはわかるけど、それは後にしてくれないかな?」

「え?ああ、悪い」

「仕方ないけどね。あ、お義母様、先日メモリアンMINERVAを視察されたそうですけど、いかがでしたか?」


 そういえば先日、お義母様は大和さんと一緒に、メモリア総合学園の視察に行かれていましたね。

 大和さんは間近に迫った入学式の準備もありましたけど、リカ様のご出産と重なる可能性も高いですから、代理として入学の挨拶も担当されることになっています。

 ものすごく頭を抱えていましたけど、これもアマティスタ侯爵の夫でありフレイドランシア天爵でもある大和さんのお仕事ですから、諦めて頑張ってくださいとしか言えません。

 かく言う私も、週に2日ほどはプラダに行き、代官となるための勉強をしています。

 妊娠発覚前は週4日から6日でしたから、気を遣っていただいているんですけどね。


「うん、面白かったよ。問題もあったけど、ちゃんと大和が解決してたし」

「あれはなぁ……」


 ああ、あれですか。

 お義母様の仰る問題とは、とあるハンターズレイドがMINERVAを不当に使用していたことです。

 しかもそのレイドには、MINERVA管理責任者の弟がいたんだとか。


「ああ、ロクにBランクの相手も出来ないのに、大和に食って掛かったんだっけ?」


 そのレイドは、どうやらBランクハンターのみで構成されていたようなのですが、自分達の力量を過信していたため、最近は依頼失敗が続いていたそうです。

 ですから管理責任者を務めているお姉さんを丸め込み、MARSを使ってレベルを上げようと考えていたんだとか。

 お姉さんも魔物の研究が捗ると考え、受諾してしまっていましたから、そのレイドはハンターに解放されていない日も何度か使っていたようですね。


「ああ。ルール違反もあったから、ハンター達はMINERVAのある街への立ち入りは緊急時以外は禁止で、メモリアからも追放だ。管理責任者も責任は大きいが、スカラーの方が問題だったから、処罰はスカラーズギルドに任せたよ」


 既に聞いていますけど、けっこうな重罰ですよね。

 最初は大和さんのことが分からず、管理責任者に逆らうのかと脅してきたそうですから、処罰としては軽いんですけど、その話は広まりますから、しばらくはどこの町でも白い目で見られるでしょう。

 管理責任者も監督不行き届きではありますが、ハンター達が好き勝手していたことは知らなかったそうなので、役職解任で済んでいます。


「MARSはアマティスタ侯爵家の所有物ってことになっていて、スカラーズギルドには管理と運営を委託しているだけってこと、知らなかったみたいね」

「ちゃんと説明はしてるはずなんだが、聞いてなかったってことなんだろうな。ま、そのためにスカラーズギルドには渡さなかったんだから、効果があったってことで」

「そこはちゃんと考えていたか」

「そりゃな」


 MARSはMINERVAに設置することは決まっていましたから、管理はスカラーズギルドに任せることになっていました。

 スカラーズギルドの施設にしてしまえば、領主であっても下手に介入できなくなってしまう可能性がありますし、今回のようにスカラーが関与していれば発覚しても揉み消されてしまうかもしれません。

 事実、勘違いしていたハンターは管理責任者の権力をかさに着ていましたし、スカラーも巻き込まれないよう口をつぐんでいました。

 ですからMINERVAは国営施設とし、MARSも含めて施設の管理をスカラーズギルドへ委託という形をとったんです。

 国の施設ですからいくらスカラーでも勝手なことはできませんし、介入もしやすくなりますので、問題が発覚した場合はスカラーズマスターをすっ飛ばして領主に話が行くこともありますから、そこが問題でしょうか。

 とはいえ、その場合はスカラーズマスターも処罰は免れませんし、そういったことも込みでの任命ですから、後から文句を言われても対処可能なんですが。


 こんな早く処罰される者が出るとは思いませんでしたが、いずれ出るとは思っていましたから、これを戒めとしてもらいたいですね。

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