成就の時

 神帝のサンダーケージ・ドームは手加減されていたようで、剣先は丸められており、俺に刺さったものはない。

 だが鉄の塊が無数に衝突した衝撃は大きく、俺は立っていられなくなり、両の膝をついて息を荒げてしまう。


 そして神帝が指示したのか多くの魔族に囲まれた俺だったが、その魔族達は光の雨によって跡形もなく消滅していった。

 何が起きたのか分からないし、理解も追いつかない。

 マジで何が起きたんだ?


「ボロボロだな。随分と派手にやられたな、大和」


 その声を聴いた瞬間、俺の背筋が跳ねた。

 まさか……いや、そんなことは……。

 だけど……だけど、その声は……!


「と、父さん……?」


 何とか振り返り、霞む目を凝らしてよく見ると、そこにいたのは俺の父 三上飛鳥だった。

 なんで父さんが……ヘリオスオーブに……?


「その翼はよくわからないが、機械的な方は法具だろう?父さん達が教えるまでもなく、刻印融合術は成功させたようだな。よくやった」


 涙が溢れそうになった。

 父さんに褒められたことは珍しくないが、刻印術に関しては滅多になかった。

 かなり厳しかったし、出来て当然と思って課題とかを出してくるから、本気で鬼かと思ったもんだ。

 だけどその父さんが、俺のことを褒めてくれたのか?


「状況はよくわからないが、あいつがお前の敵だな?」


 言葉が上手くでないから、頷くことで肯定する。


「ば、馬鹿な……。俺の手勢を、こうもあっさりと……。いや、まさか貴様……その顔、忘れたことはない!三上飛鳥!」

「俺の名前を知ってるのか。だが俺は、お前のことは知らないんだが?」


 父さんのセリフに、多分神帝は額に大きな青筋を浮かべたことだろう。

 神帝は確かに強いが、それでも父さんには遠く及ばない。

 本人もそれを理解しているだろうが、神帝だって父さんがこんなところに現れるなんて思ってもいなかったはずだから、戸惑ってるのも間違いない。


「てめえ……!一度は俺を殺しかけたってのに、その俺のことを忘れたってのか!?ならこいつで、思い出させてやる!」


 だが神帝は、その父さんに向かって、怒りとともにサンダーケージ・ドームを発動させた。


「避けたと思わせておいて逃げ道を塞ぎ、土から金属を生成することで物理的にダメージを与える。考えは悪くないが、タネが割れてしまえば対処は容易い。こんな風にな」


 ところが父さんは、そのサンダーケージ・ドームに対して、自分も同じような術式を即席で組み上げ、全て迎撃してしまった。

 俺は逃げるしか手が無かったのに、父さんにとっては取るに足らない術式ってことなのかよ。


「バ、バカな……」

「この程度の術式で満足してるようじゃ、三流もいいところだな。その程度の奴のことを、いちいち覚えてるはずがないだろう?」


 かなり辛辣な物言いをする父さんだが、普段はこんなことは言わない。

 普段は厳しいが温厚だし、月に何回かは国内の高校に足を運んで刻印術についての授業を行ってることもあって、評判も良い。

 だけど敵に対してのみ、とてつもなく冷酷になるって話は聞いたことがあった。

 普段の父さんからは想像も付かなかったが、今の父さんはまさに話に聞いてた通りの雰囲気を放っている。


「大和君!」

「大和!な、なんて酷いケガ!」


 この声は真子さんと……母さんか?

 父さんだけじゃなく、母さんまでヘリオスオーブに来てたとは、さすがに思いもしなかった。


「意識は……あるわね。なら大丈夫よ」

「でも!でも!」


 母さんは心配性だからな。

 だけど真子さんの言う通り、意識があるなら大丈夫なんだよ。


「いいから、見ててね。『エクストラ・ヒーリング』」

「え?ええっ!」

「これは!」


 父さんと母さんが驚くのも無理もない。

 俺は光に包まれ、その光が消えると骨折も含めた全てのケガが完治してたんだからな。


「血も結構失ってるわね。『ブラッド・ヒーリング』。どう?」

「すいません、ありがとうございます」

「どういたしまして。油断してたワケじゃないのは見てて分かったけど、もう少し周りを見るようにするべきね。これについては、私も予想外だったけど」

「ええ、あいつに集中しすぎてました」


 神帝のサンダーケージ・ドームは、集中してなきゃ避けるのも難しかったからな。


「馬鹿な……あれほどの傷が、一瞬で治っただと!?」

「どうやらアバリシアには、治癒魔法ヒーラーズマジックや回復魔法はないみたいね。ま、当然の話なんだけどさ」

「お前が何者かは知らんが、俺達の息子をあそこまで痛めつけてくれたんだ。ただで済むと思うなよ?」

「絶対に許さないからね!」

「ひっ!」


 真子さんだけじゃなく、父さんと母さんにまで睨まれた神帝は、腰を抜かしたようにへたり込んだ。


「あいつは刻印術師優位論者だ。真子さんのことを知ってたから、父さん達が若い頃に戦ったことがあるんじゃないのか?」

「そうなの?」

「そうっぽいわね。私も覚えてないし、そもそも見たことないから、多分私がヘリオスオーブに転移した後だと思うんだけど。あ、そうそう。2人とも、さっきアンサラーで倒したのと同じような魔力を持つ連中、全部補足することってできる?」


 突然真子さんが変なこと言い出したが、父さんと母さんに何をさせようってんだ?


「それはできるよ。ああ、なるほど」

「まだ残ってるから、それを一掃したいってことか」

「ええ。私もまだ余力はあるけど、2人がやった方が早いしね」


 残ってる魔族の一掃を、父さんと母さんにさせようってのかよ。

 いや、確かに刻印神器を手にしてるようだから、それぐらいは簡単にできるだろうけど、巻き込むつもりはなかったんだけどな。


「それじゃあやるか」

「私がやるよ。フェイルノート、お願いね」

「心得ている」


 突然母さんの弓が喋ったから驚いたが、そういえば刻印神器って意思を持ってるし、俺も話したことあるんだった。


「奥方、補足完了だ」

「分かった。それじゃあいっくよ~!」


 年に似合わない気合とともに母さんが発動させたのは、光性神話級戦術型広域対象攻撃系殲滅術式トリスタン。

 俺も初めて見たが、さっきの光の雨と似たような光の矢が、戦場にいる数多の魔族を正確に射抜き、存在ごと消滅させていく。

 戦場全域を覆うだけなら真子さんもできるが、エンシェントクラスにすら匹敵するハイデーモンを倒すほどの攻撃力はない。

 なのに母さんは、いとも容易く葬り去っていく。

 確かヴァルキリーは、戦場で生きる者と死ぬ者を定める死の神でもあったはずだ。

 この光景は、まさに死を運ぶ戦女神そのものだぞ。


「はい、終わったよ」

「久しぶりに見たけど、相変わらず凄いわよね、神話級って。あ、ご苦労様。手間かけてごめんね、真桜」

「大丈夫だよ」


 この軽さが、恐ろしさに拍車をかけている。

 というか真子さん、トリスタンっていう神話級術式も見たことあんの?


「大和は初めて見たんだっけ?」

「あ、ああ……。話には聞いてたけど、ここまですごかったとは……」

「大和、あの竜みたいなのは、敵でいいのか?」

「竜みたいなの?」


 母さんの神話級術式を見て驚いていたところ、父さんに促されて視線を空に向ける。

 そこでは魔力切れで竜化を維持してるのがやっとのアテナとエオスを守るように前にでていたミーナ、リディア、ルディアの3人が、ドラゴンに包囲されているところだった。


「なっ!」

「赤いドラゴンが敵よ。銀と緑の方は大切な仲間だから、傷つけたりなんかしないでよ?」

「分かった。カラドボルグ」

「補足は完了している。いつでもよいぞ、主よ」


 真子さんからレッド・ドラゴンが敵だと聞いた父さんは、カラドボルグに一声かけてから、無造作に一振りした。

 たったそれだけで、アテナ達を襲っていた5匹のレッド・ドラゴンが、胴体から真っ二つになって地面に落ちていく。

 2匹はバーニング・ドラゴンだったっぽいが、構わず一撃?


「……は?」

「光性神話級戦術型対象攻撃干渉系術式フェルグスか。前に見た時より精度上がってない?」

「お前が消えてから、何年経ったと思ってるんだ?俺達だってそれなりに力が付くぞ」


 いやいやいやいや、それなりでAランクどころかOランクのドラゴンを一刀両断なんて、どう考えても無理だろ!

 首を狙えば俺もできるが、さすがに数十メートルもある胴回りを一刀両断なんて、グランド・ソードを使ってもできる自信ないぞ。

 確かフェルグスってカラドボルグの持ち主で、山を3つ一度に切り裂いたって逸話があったような?


「思ったより脆いな。ドラゴンっていうぐらいだから、もっと硬いと思ってたんだが」

「飛鳥君だから言えることでしょ、それは」


 父さんに激しく呆れてる真子さんだが、俺は何が起こったのか理解するので精一杯だ。

 もう一度空を見上げると、ミーナ達も何が起こったのか分からないって顔をしながら、俺達の方を見ている。

 そうなるよな。


「それにしても、お前もなかなか面倒な相手と戦っているな」

「どういうこと?」

「フェルグスで斬ったドラゴンから、母さんが倒した連中と同じような印子の乱れを感じた。そうだろう、カラドボルグ?」

「相違ない」


 マジか、それは?

 母さんが倒した連中、つまり魔族と同じような印子、魔力の乱れを感じたってことは、あのドラゴン達も、魔化結晶を使われてたって考えられる。

 だけど父さんは魔化結晶のことなんか知るはずもないのに、カラドボルグは魔力の乱れを把握までしていた。

 刻印神器って、何でもありなのかよ。


「これで残ってるのはあなたと、あなたの後ろにいるレッド・ドラゴンだけね。どうする?まだやるっていうなら、次は私が相手になるわよ?まあ逃げるっていうなら、今回は見逃してあげるけど」


 回復してもらったとはいえ、瑠璃銀刀・薄緑が折れたこともあって、俺は本調子には程遠い。

 だけど真子さんは、魔力が増えてるからエレメントヒューマンに進化できたっぽいし、相性も俺より良さそうに思う。

 俺が苦戦したのはブラッドルビー・ドラゴンの存在があったからでもあるし、万全の状態なら多分俺も倒せるだろう。

 できれば借りは返したいが、倒せるんなら倒してしまった方が後腐れがないとも思うんだけどな。


「こ、後悔するなよ!」


 神帝は生き残ったレッド・ドラゴンにまたがり、そのまま東の海に向かって逃げていった。


「追撃しなくていいのか?」

「今回はいいわ。借りは自分の手で返したいしね。でしょ、大和君?」

「当然でしょう」


 可能なら俺の手でっていう思いもあるし、フィリアス大陸で神帝を倒したとしても、多分意味はない気がする。

 根拠はないんだが、本当に決着をつけるなら、アバリシアに行く必要があるんじゃないだろうか?

 漠然とした勘だが、真子さんもそう考えたからこそ、神帝を逃がしたんだと思う。


「そうか」


 父さんは何か理解したかのように、瞑目したまま頷いた。

 多分父さん達は俺を探してくれてたんだと思うが、今のセリフで俺が帰るつもりはないってこともわかってくれたと思う。


「大和、大丈夫?ケガは……ちゃんと治ってるよね?」

「大丈夫だよ。あそこまでのケガは初めてだったけど、ちゃんと治ってるから」

「良かった……」


 俺のアチコチに手を当てて、すごく心配そうな顔をする母さんだが、しっかりと腕や足を動かすと安心してくれた。

 この過保護さ、懐かしいな。


「大和さん!」

「大丈夫ですか!」


 このタイミングで、ミーナ、リディア、ルディア、竜化を解除したアテナとエオスが飛んできた。

 本陣の方を見ると、ラウス達にレックスさん達もこっちに向かってるな。


「大丈夫だ。ヤバかったけどな」

「良かった……」

「それで……あの、こちらの方々は?」


 俺の無事に安堵したかと思ったら、今度は父さんと母さんに向ける視線が少し厳しい。

 突然戦場に現れて、あっという間に魔族もドラゴンもまとめて殲滅しちまったからな。

 しかも何が起こったかなんて、直接見てた俺でも理解が追いつかないぐらいだ。

 その上母さんは俺に半ば抱き着いてる形になるから、視線が厳しくなるのも仕方ない気がする。


「こっちが俺の父さんで、こっちが母さんだ」

「……はい?」

「え?大和さんのお父様と……」

「お母さん?え?」

「えと、マジで?」

「マジだ」

「マジよ」

「「「「えええええええええええええええっ!」」」」


 うん、そりゃ驚くよな。

 俺だってこんなところどころか、二度と会えないと思ってたんだから。


「大和、この子達は?」

「あー……えーっと、そのだな……」


 ここで答えにつまってしまった。

 全員俺の奥さんです、と素直に紹介しようもんなら、間違いなく母さんが死神になる。

 さっきその様をマジマジと見せつけられたところだから、普通に怖い。


「大和君の奥さん達よ。私も含めてね」

「……は?」

「奥さん……達!?ちょっと大和!どういうことなの!しかも真子も含めて!?」

「おおお、落ち着け、母さん!ちゃんと説明するから!!」


 俺の肩をつかんで、力いっぱい揺する母さん。

 小柄な見た目に反してすげえ力なんですけど!


「落ち着いてよ、お義母さん」

「真子にお義母さんって呼ばれると、すごい変な感じがする!」


 だろうな。

 真子さんから同い年だって聞いてるが、真子さんはヘリオスオーブに転移した際に時間のズレが生じたようで、実年齢は俺の4つ上。

 対して母さんは、確か今年で46だったはずだ。

 年の割には若く見えるが、地球でもそうだったし、ヘリオスオーブにきても特に変化は見られないのは疑問だが。

 いや、ちょっと若返ってる、か?


「大和、詳しい話を聞かせてもらえるよな?」

「そのつもりだよ。だから肩離してくんない?食い込んでてマジで痛いんだけど!」


 父さんは父さんで、俺の左肩をものすごい力で掴んでいる。

 肩が引き千切られる気がして仕方ねえぐらい痛いんだけど!

 ギブギブギブギブ!

 マジで離して!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る