アバリシアへの対策

Side・ミーナ


 コバルディアに飛来したドラゴンの情報は、急遽開催された国際会議サミット騎士会議リッター・デア・ラウンドによって、各国にも共有される事になりました。

 アバリシア神帝はヘリオスオーブを統一し、支配を目論んでいるとされていますから、まかり間違ってアミスターが落とされてしまえば、おそらくどこの国も太刀打ちできませんから。


 幸いと言いますか、軍事行動には時間が掛かるため、1ヶ月から2ヶ月は事態が動かないでしょう。

 魔族には食料は必要ありませんから、その分早い可能性は高いのですが、兵を集めるのも時間が掛かりますから。


 ですから大和さんは、マイライトで戦う時間を増やした以外は今までと大きく違いのない生活をされています。

 本音としては真子さんにエレメントヒューマンに進化して頂き、二心融合術という刻印術を試したいのですが、それも絶対出来ると決まったワケではありません。

 今は喫緊の事態ですから、不確かな事に頼るよりご自身の力を付ける事を選ばれたのです。

 これは大和さんだけではなく、私達も同様になります。

 妊娠なさっているリカ様、ご出産されたばかりのマナ様はそこまで無理は出来ませんけど。


 ですから私達は、今日もマイライト山脈で山狩りをしつつ、訓練を行っているんです。


「とは言っても所詮はオークだし、もはや肩慣らしぐらいにしかならないのよね」

「やっぱプリムや真子さんに進化してもらうには、こいつらじゃ足りないか」

「そりゃね。何度も狩ってるから攻撃もパターンも見飽きてるし、何をしてくるかも予想付くから、経験値としてはそこまでにはならないわよ」


 なんてことを仰ってるプリムさん、大和さん、真子さん。

 仰ってる事は分かりますが、それでも災害種相手の会話とはとても思えません。

 いえ、私達も何度も相手していますし、実際何をしてくるかは私でも分かりやすいと思いますから、倒すのも作業になってるんですけど。


「他のハンターが聞いたら、目を回しそうだよね」

「目を回すというか、腰をぬかすんじゃない?」

「無造作に武器を振ってるように見えて、的確に仕留めてるものね」


 なんて仰るアテナさん、ルディアさん、リディアさんですが、お三方も人の事は言えなかったりします。


 現在のレベルは、大和さんが103、プリムさんが96、マナ様が92、ユーリ様が56、ヒルデ様が75、リカ様が57、フラムさんが82、リディアさんとルディアさんが86、アテナさんが79、アリアさんが57、真子さんが94、そして私が83と、ハイクラスの方々もエンシェントクラスへの進化が見えてきている状態です。

 リカ様は妊娠中ですし、ユーリ様とアリアさんは春から総合学園に入学しますから、しばらくは進化どころかレベルアップの機会もありませんが、それでもこれは一般的に見ればあり得ません。

 その上でエンシェントクラスはレベル80前後が多いですから、戦い慣れているオークでは、例え異常種や災害種であっても既に敵ではなくなってきているんです。

 その証拠に私達も、マイライトではあまりレベルが上がらなくなっていますから。


迷宮ダンジョンに入れないのが痛いわね。通信具があるから連絡は付くし、トラベリングですぐに移動できるけど、大和やライ兄様が懸念したようにあたし達が行った事のない場所が狙われたら、手遅れになりかねない」

「それに通信具も、常に人が近くにいるワケではありませんから、必ず連絡が付くとは限りませんしね」


 ラインハルト陛下に迷宮ダンジョン行きを禁止されてしまったのは、プリムさんとフラムさんが口にした理由が大きいです。

 実際その通りですから、大和さんも納得されているんですけど、それでも一度ぐらいは行っておきたかったというのが本音になります。

 その一度でプリムさんと真子さんが進化されるかは分かりませんが、お2人なら可能性はありますからね。


「あとはマナ様だけじゃなくリカ様にサキちゃんの事もあるから、大和もあんまり長くアルカを空けたくないんだよね?」

「おう」


 実は今なら、数日程度でしたら迷宮ダンジョンに入る事も不可能ではなかったりします。

 何故ならアバリシアとの戦が起こる時期には、プリムさんとフラムさんの妊娠も発覚しているからです。

 ですが今のところお2人には兆候が見られませんし、エグザミニングにも反応はないと聞いています。

 ですがお仕事をしないワケにはいきませんし、何より大和さんは生まれたばかりのサキちゃんを可愛がっていますから、数日間とはいえ離れたくはないみたいです。

 さらに……。


「確かにプリムもフラムも妊娠してるか分かってないけど、予知夢はあくまでも俺が窮地に立つって事だからな。その前にも何度かぶつかっててもおかしくはないだろ?」


 という言い分もありますし真子さんもそう考えておられますから、しばらくは迷宮ダンジョンに入る事はなさそうです。


 平時でしたらそれでも問題ありませんでしたし、私もゆっくりとエレメントヒューマンへの進化を目指すつもりだったのですが、今は準戦時状態ですし、大和さんに危機が迫るのですから、出来れば少しでも力を付けておきたかったところです。

 これは私だけではなく、皆さんが思っている事です。

 ご出産されたばかりのマナ様や妊娠で力になる事が出来ないプリムさん、フラムさんも、私と同じ考えなのです。

 ですが焦って怪我どころか命を落としてしまっては、それこそ本末転倒ですから、たとえ間に合わなかったとしても、少しずつでも着実に力を付けて行きたいと思います。


Side・マナ


 サキを無事に産んだことで簡単な狩りなら許可が下りた私なんだけど、産褥期ってことで2ヶ月ぐらいは本格的な狩りは禁止されたまま。


 産褥期っていうのは、妊娠中に変化した身体を妊娠前の状態に戻す期間を指していて、個人差はあるけどだいたい2ヶ月ぐらいは見ておく必要があるそうよ。

 下手をすると命の危険になる病にかかる事もあるそうだって聞いたし、妊娠・出産後の避けられない時期でもあるから、エンシェントクラスでも無理をするとどうなるか分からないって散々脅されたわ。


 だけど、少しぐらいの無茶はしないといけないんじゃないかって思わずにはいられない事件が起きてしまった。

 コバルディアに降り立ったドラゴンは、スカウト・オーダーやレックス達から3日程そのまま滞在し、東の空に飛び立ったと報告があった。

 偵察に同行したレックスの妻でエンシェントハンターのサヤが遠巻きながらクエスティングで確認したそうなんだけど、種族はレッド・ドラゴンとなっていて、モンスターズランクは驚きのAランク。

 竜種はドラグーン、サウルス、ドレイクの3種で、ドラゴニアンを含めても4種しか確認されていない。

 だけどここに来て、5種目の竜種が確認されてしまった事になる。

 推測になるけど、グラーディア大陸にはドラゴン種が生息していて、アバリシアはそのドラゴン種を隷属させる手段を得たという事なんでしょう。

 通常種、上位種、稀少種、異常種、災害種、そして終焉種を表すサブランクが無かったっていうのがよく分からないけど、Aランクっていう上から2番目のランクっていうだけで脅威度は跳ね上がるわ。

 しかもあのレッド・ドラゴン1匹だけしか隷属してないはずがないから、アバリシア兵を空輸してくるドラゴン種は増えると考えておく必要がある。


「Aランクか。それだけならエンシェントクラスが相手すれば倒せると思うが、問題なのはサブランクが分からないことだな」

「ええ。同じランクでも、通常種と終焉種じゃ危険度の桁が違うわ。それがAランクなんていう最上位に近いランクなんだから、迂闊な真似をすればいくらエンシェントクラスでも怪我で済むかどうか……」


 大和とサヤだけじゃなく、天樹城の会議室に集まった者達は全員が険しい顔をしている。

 Sランクモンスターを例に出すと、通常種となるアロサウルスは、竜種といえどハイクラスなら単独討伐が可能だけど、異常種となるグリーン・ファングやホワイト・ファングが相手じゃ単独では危険が高く、最悪の場合命を落とす事になる。

 その上の災害種ゴブリン・キングやクイーンともなると、ハイクラス数人でも対処できるか分からない程の危険度だから、エンシェントクラスへの指名依頼が出るかアライアンスが組まれるかのいずれかになるでしょう。

 低ランクでさえこんな感じなんだから、上から2番目となるAランクモンスターともなれば、どれ程の差があるのか分かったものじゃないわ。


「終焉種を想定するべきだが、どれ程の数がいるかかは全く分からない。さらにマナとマルカは出産後、プリムとフラムは妊娠中の可能性が高いため、参戦させる訳にはいかないか」

「4人も抜けるのは痛いけど、一番痛いのはフラムね」

「ええ。エンシェントクラスが増えたとはいえ、弓術士はフラムさんしかいませんから」


 お兄様、エリスお義姉様、ローズマリーが悩まし気な顔をして口を開く。

 現在エンシェントクラスに進化した者は、30人を超えている。

 それだけの戦力があれば、通常であれば過剰戦力で、それどころか各地にいるとされている終焉種の討伐も可能でしょう。

 だけどアバリシア軍を相手にするとなると、心許ない人数になってしまう。

 さらにそれだけの人数がいるのに、後方支援も行える弓術士はフラムしかおらず、同じく後方支援が可能な魔導士の真子に大きな負担を掛けてしまう事になる。

 フライングやスカファルディングのおかげで空中戦もこなせるようになったとはいえ、後方支援があるのと無いのとじゃ重圧が全然違うし、いざという際に離脱も難しくなってしまうわ。


「いや、前もって分かっているのだから、ここは前向きに考えよう。確かに弓術士、魔導士は少ないが、他の者も援護が出来ない訳じゃない」

「そうですね。アロー系やランス系を使えば、牽制ぐらいにはなるでしょう」


 確かに直前になって離脱されてしまうより、今から離脱すると分かっていた方が指揮官からすれば助かる話か。


「こうなってくると、そのレッド・ドラゴンがAランクだということが、せめてもの救いになるな」

「ええ。A-Cランクはイスタント迷宮の守護者ガーディアンミスリル・コロッサスと同ランクになります。トラレンシアにいたアバランシュ・ハウルや迷宮氾濫の際に現れたアビス・パンサーにカトブレパスなんかもいますから、エンシェントクラスなら討伐は可能です」


 確かにそれが唯一の救いね。

 A-Cランクモンスターが相手でも、エンシェントクラスなら討伐は十分可能だし、それどころか上手くすれば単独討伐でもできてしまう。

 だからレッド・ドラゴンをA-Cランク相当と想定して動けば、何も出来ずにやられてしまうような事にはならないで済むと思う。

 竜種だからそれだけじゃ安心には程遠いけど、攻撃方法なんかは予測しやすい部類になるから、対策も立てられるわ。

 もちろん未知の攻撃手段がある可能性も否定できないから、それも含めて対策を練らないと。

 そのためには、何よりもまずエンシェントクラスに動員を掛けないといけないわね。


「アバリシア軍が魔族となっていると仮定し、複数のドラゴン種が運んでくる前提でオーダーズギルドを動かす。相手の戦力を最大限見積もり、さらに動けるエンシェントハンターにも指名依頼を出す。レックス、大変だが指揮は頼むぞ」

「はっ!」


 そうなるわよね。


 アバリシアはグラーディア大陸を統一しているという噂があるけど、そのグラーディア大陸はフィリアス大陸より一回り小さいと言われている。

 総人口はおそらく同じぐらいだと思うんだけど、少し多めに見ておいた方がいいでしょう。

 フィリアス大陸で全軍動員という事になったら、2万から3万に届くかどうかってところだから、アバリシア軍も同程度から4万弱を見ておくべきね。

 もちろん全軍出撃なんて真似は、アバリシアだってするはずがないし、ドラゴン種による空輸っていう手段を取る以上、精鋭を見繕うことになるから、最大でも1万ってところかしら。

 1匹のドラゴン種の空輸でどれ程の数を運べるかによって変わってくるけど、2万に届く事はないと思う。


 対してオーダーズギルドは、総動員したとしても5,000に届かないし、ノーマルクラスを出さないって事だと1,000人もいない。

 30人近いエンシェントクラスを動員できるとはいえ、ハイデーモンの数によっては劣勢は免れないから、他のリッターズギルドからも志願なり派遣なりを募らないと、さすがに厳しいわ。

 しかもいつ侵攻してくるかも分からないから、士気にも影響が出かねない。

 さすがに今日明日って事は無いだろうし、いくら魔族に食事がいらないって言っても徴兵にはそれなりの時間が掛かるから、1ヶ月から2ヶ月後辺りって事になるでしょうけど。

 あと目安になるのは、プリムとフラムの妊娠ね。

 2人は妊娠が発覚してるからこそ参加しない事はガイア様の予知夢で判明しているし、明言もされているんだから。


 時間がどれだけあるか分からないけど、凡その目安が分かるのはありがたいわ。

 レックス達オーダーには負担を掛けるけど、私達も迎え撃つ準備を整えないとね。

 私も参戦してないそうだから、本当に戦場外から支援するぐらいになりそうだけど。

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