魔の気配
サキが生まれて2週間経った。
生まれたばかりのサキはマジで可愛く、俺は1日に数度、必ずサキに会いに行っている。
サキの顔を見ると疲れが吹っ飛ぶし、それどころかどんな無茶でも出来そうな気がしてくるから不思議だ。
マナも出産の疲れから回復してきたから、昨日一緒に狩りに行ってきている。
出産というブランクはさすがに楽観視できないから、フィール周辺でしか狩りをしていないが、それでも感覚を取り戻すのに手間どって、予想外の攻撃を受けたりしてたから俺もフォローで大変だった。
マナもレベル91のエンシェントエルフだから、フィール周辺の魔物じゃ致命傷どころか掠り傷すら受けないんだが、ちゃんとした狩りはヒーラーから許可が下りるまで止めておくべきだって思ったね。
リカさんやフィーナもお腹が目立つようになってきてるし、エドもあたふたする日が増えてきた。
俺もマナの妊娠中はあたふたしたりしてたんだが、お仕事も忙しかったから言う程でもなかったか。
ところがそんな幸せな日々に、陰りが差した。
天樹城から呼び出しがかかり、俺達は登城する事になったんだが、そこで聞いた話はこれから起こる激闘、そして運命の日が迫っている事を示していた。
「え?コバルディアに?」
「そうだ、東の空からドラゴンが現れたと報告があった。だがそのドラゴンは住民を襲う訳ではなく、どちらかというと騎獣のような扱いのようだ」
レティセンシア皇都コバルディアは、住民のほとんどが魔化結晶を使って魔族となっているため、食料の必要が無くなっている。
だが戦闘経験の無い人々だから、魔族と化したとしても大した脅威にはならない。
レティセンシア軍も魔族となっているがハイクラスは一握りしかいないと言われているから、こちらは警戒が必要だがオーダーズギルドがいれば対処は出来る。
だけど騎獣となっているドラゴンが現れたとなれば、さすがに話は別だ。
ドラゴンはドレイク種、サウルス種なども存在しているが、最高峰とされているのはドラグーン種とドラゴニアンとなっている。
だが竜化出来るといえドラゴニアンは人間だし、ドラグーンは低くてもPランクだから、従魔・召喚契約は不可能だ。
にも関わらず騎獣になってるって事は、ドラゴニアンやドラグーンとは違うドラゴン種なのか、それともドラグーンを使役する事に成功したのか、果ては未知の方法を編み出したのか、そのいずれかになるだろう。
ドラゴニアンを隷属させたという可能性だが、ドラゴニアンは全員の所在が判明しているから、隷属されている可能性はあり得ない。
しかも東の空から来たって事は、十中八九アバリシアから飛来したって事になるし、そのアバリシアはヒューマンのみの国家だって判明してるから、グラーディア大陸にはドラゴニアンはいないって事でもある。
「確かアバリシアって、隷属魔法や隷属の魔導具とは違う方法があるって噂だったわよね?」
「ああ。だからオーダーは、その方法を使うなり発展させるなりして、ドラグーンの隷属に成功したのではないかと見ている。そうだな、レックス?」
「はっ。アバリシアで使用している隷属魔法が如何ほどのものかは分かりませんが、あの国の民は
レックスさんが眉を顰めながらオーダーズギルドの見解を述べるが、確かにアバリシアは魔化結晶を開発した事で魔族の国とも呼ばれているし、何より神帝はヘリオスオーブを滅ぼす存在だと神々に断定されているから、国どころかグラーディア大陸に住む人々は
普通なら安心するところなんだが、神帝は俺や真子さんと同じ
神帝本人にその知識がなくても、刻印法具の特性が意図せずに再現してしまう事も無い訳じゃないからな。
「これはすさまじく面倒で、それでいて緊急過ぎる事態ね」
「ああ。アバリシアが軍を派遣するとしたら船だと思っていたが、ドラゴンを使役している以上空輸という手段が浮上する。
「しかも空輸ですから、アバリシア軍がコバルディアに降り立つとは限らず、そればかりか国内の海岸線全てを警戒しなければなりません。無論、急ぎ配備致しますが、それでも見落としが出るのは避けられないかと」
全員が苦い顔をしているが、無理もない話だ。
ヘリオスオーブにはレーダーなんて存在しないから、襲来があったとしても目視でしか確認出来ない。
しかも確認してから報告となるが、通信具はオーダーズギルドにすら配備出来てないから、ワイバーンみたいな飛行型の騎獣を使って報告に来るか、鳥とかに報告書を括りつけて飛ばすかのどちらかになる。
どちらの手段をとっても確認から報告までは数時間、下手したら数日のタイムラグが生じるから、その間に近隣の町や村が滅ぼされる可能性は否めないし、その後で移動されたりしたら相手の動きが分からなくなる可能性すらあるだろう。
実際空輸出来るんなら、それぐらいは難しくないからな。
「ドラゴンが1匹という確証も無いし、多機能獣車みたいな魔法で拡張した獣車みたいなのもあるかもしれない、って事か」
「アバリシアがどれだけの兵を用意出来るかにもよるけど、兵士達は全員魔族だって思っておく必要もあるでしょうね」
プリムが口を開くが、確かにその問題もあったな。
魔族はノーマルクラスでもハイクラス並の魔力を持ち、ハイクラスならばエンシェントクラスにも匹敵する。
アバリシアのハイクラスがどれ程いるかは分からないが、アミスターと同程度だと仮定すると、数十人いるエンシェントクラス全員で迎え撃っても苦戦は免れない。
俺がエレメントクラスに進化してるとはいえ、エンシェントクラス並の相手を複数なんてのは、さすがに厳しい。
アバリシアのエンシェントクラスは魔族となった神帝だけだと言われているが、本当にそうだとは限らないっていうのも厄介な話だ。
「問題はまだある。万が一アバリシアが軍を派遣し、兵士が魔族となっていた場合、投降しても受け入れる事は出来ない。これはコバルディアの住民にも言える事だが、魔族の魔力は宝樹を蝕む上に神々からも明確に敵視されている。だからこそ相手が兵士であれ民間人であれ、魔族は根絶やしにしなければならないという事だ」
ラインハルト陛下の口も重いが、そんな難問もあるのを忘れていた。
確かに魔族の魔力によって、コバルディアの近くにある宝樹は蝕まれているため、神々が守っているという神託が下っている。
宝樹が蝕まれているという事は、1つ下のランクになる桜樹だってやられてるって事になるし、そればかりかヘリオスオーブを支える柱でもある天樹ですら危ない。
「さすがに民間人もっていうのは抵抗があるけど、魔族と化している以上はやむを得ないわね。その場合はコバルディアを攻めると同時に、コバルディアの住民もって事?」
「そうなる。さすがにオーダーも躊躇うだろうが、魔族である以上油断すればこちらがやられる。非情だが、ヘリオスオーブを守るためには魔族には消えてもらわねばならん」
確かに非情だし、コバルディアの住民も生きるために仕方なく魔化結晶を使ったんだと思うが、それでも魔族の魔力が宝樹を蝕み、天樹にすら影響を与える可能性がある以上、1人たりとも生きていてもらう訳にはいかない。
だからコバルディアに攻め上がった時に、住民も含めて虐殺って事になるかもしれないが、心を鬼にしてでも成し遂げる必要がある。
こちらの心的外傷も大きなものになるだろうから、アフターケアはしっかりと考えておかないといけないだろうな。
「それから大和君。真子と結婚した際に下った神託の件はどうなんだ?」
ラインハルト陛下の言う神託の件とは、俺と真子さんの二心融合術の事だ。
俺がウイングビット・リベレーターを生成してから分かったんだが、俺も真子さんも、もしかしたら出来るかもしれないっていう感じは確かにした。
だから何度も試してるんだが、成功した事は一度も無い。
今は俺がレベル103、真子さんがレベル94だから、レベル差に加えてクラスの差もあるかもしれない。
「そうか。もし成功していたらアバリシアが侵攻してきても即座に迎撃出来ると思っていたんだが、現状では難しいか」
口では残念そうだが、態度に表さないのは凄いと思う。
「本当に予想でしかありませんからね。ただレベル差があると無理かもしれないっていう予想はあるので、真子さんもエレメントヒューマンに進化してもらってからもう一度試してみようと思ってます」
ただ口で言うのは簡単だが、エレメントクラスへの進化は簡単じゃないんだよな。
現在俺の次にレベルが高いのはプリムのレベル96だが、魔力を全開にして戦うような魔物は地上だと終焉種ぐらいになっていて、あとは
さすがにレベルアップのために終焉種にケンカを売るのはリスクが高いし、かといって
通信具があるから連絡は付くし、移動もトラベリングがあるからタイムラグは発生しにくいんだが、それでも万が一という可能性はあるし、俺達が行った事のない場所を襲撃されたらお手上げだ。
「それは是非とも試してもらいたいが、現状で
「分かっています」
アバリシアのあるグラーディア大陸までの距離は、地球の太平洋と同じぐらいの約8,000キロだと予想されている。
最高速度時速300キロのエオスでも、全力で飛んで丸1日以上かかる計算になるから、アバリシアが隷属させているドラゴンが時速200キロで飛べると仮定すると、途中休憩を挟む事になるから3日は掛かるか。
海路だとハイドロ・エンジン搭載船を使っても2週間ほどだろうから、それと比べれば十分早い。
だけど、こちらの動きに制限が掛かってしまったのは間違いない。
時期的に見ても、ほぼ間違いなくガイア様の予知夢の戦いに繋がるから、こんな事なら少し無理をしてでも真子さんに進化しておいてもらうべきだったと後悔が滲み出てくる。
俺は追い詰められるとはいえ助かるって話だし、ガイア様の予知夢は外れた事がないそうだが、世の中に絶対は無いし、ちょっとした事で結果が変わるなんて事もザラにある。
だからこそ俺はエレメントヒューマンへの進化と刻印融合術の成功を目指し、どちらも達成してはいるんだが、本当に二心融合術が出来るかは、そんな気がするっていう程度だったから、そこまで急がなくてもいいと思ってしまっていた。
真子さんもマナとリカさんが妊娠中って事で遠慮があったから、タイミングが悪いと言えば悪いんだが、それこそ誰が悪いっていう話でもないし、しいて言うなら重く考えてなかった俺が悪いだろう。
「アバリシアからの兵は、ほぼ間違いなくドラゴンによる空輸で送られてくるだろう。だが輸送方法以外、ドラゴンの数や兵数を始め全てが不明である以上、こちらも最大限の警戒しなければならない」
警戒するのは当然だが、空輸出来る人数がどれ程かも分からないし、どれ程の数の兵を送り込んでくるのかも予想が付かない。
さすがに万を超える事はないだろうが、それでも数千人規模で送り込まれてきたら、オーダーズギルドも苦戦は免れないし、ハイクラスの魔族ハイデーモンの人数によっては滅亡すらあり得てしまう。
予想でしかないが、アバリシアだろうと徴兵には時間が掛かるから、最低でも1ヶ月から2ヶ月は侵攻は無いだろう。
魔族に食事は必要無いが、招集には時間が掛かるからな。
問題のドラゴンはまだコバルディアにいるそうだから、そのドラゴンが東に飛び立ってから運命の歯車が回りだす気がする。
いや、既に回っているか。
だけど運命だろうと何だろうと、ねじ伏せてやる。
奥さん達だけじゃなく娘まで生まれたんだから、ヘリオスオーブの滅亡なんて、絶対にさせねえよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます