次なるMARSの設置場所
Side・真子
天樹城に登城すると、すぐさま第1会議室に案内された。
予定より少し早めに来たつもりだけど、どうやら陛下達は既にお揃いで、私達が来るのを待っていたらしい。
待たせたっていう自覚が無いワケじゃないけど、ちゃんと仕事しなさいよと思わずにはいられないわ。
「すいません、お待たせしました」
「まだ時間にはなっていないんだから、気にしなくてもいいわよ」
「我等も興味があったからな。ラインハルト陛下を始め、王家でもハンター登録をした者が少なくない以上、実物ではなくとも魔物と戦えるようになるのだから、ありがたい限りだ」
確かにハンター登録をした王家の方って、結構いらっしゃるのよね。
天帝と皇妃は全員登録済みだし、妖王と獣王も先日登録していた。
獣公家はホルン、フリューゲル、ブルーメが、橋公家もグランレーヴェとジェミオスが登録してたから、半数近い国の王がハンターになってるのよ。
ハンターは魔物を狩るのが生業だから、魔物に命を奪われてしまう事も珍しくない。
なのに、よりにもよって各国のトップがハンターになってるんだから、万が一の可能性が起こりやすくなってしまう。
さすがにエンシェントクラスに進化している天帝や皇妃、ハイクラスのグランレーヴェはそこまで大きな問題じゃないんだけど、他の国はそうじゃないし、ジェミオス橋公なんてレベル30に届いてないそうだから、はっきりいって何で登録したのって思っちゃうわ。
「戦闘訓練としては危険が少ない方だと思いますけど、多分レベルアップには繋がりませんよ?」
「魔法を使うとはいえ、相手が幻影だからか?」
「そうだと考えています」
MARSを使って訓練をしてもレベルアップしない事は、まだ断定はできないけどほとんど確定している。
幻影があるから攻撃が当たったり当てられたりするように見えるけど、実際は実戦を想定した素振りや魔法でしかない。
だからどれだけ魔力を使って攻撃しても、魔物を斬ったり突いたりするような手ごたえは一切感じられない。
経験は積めるし対策も立てられるから、レベルアップしたければちゃんと魔物を狩りなさいって思うし、MARSは仮想現実でもあるから、そっちでのレベルアップを優先して狩りに行かなくなったりなんかしたら、それこそ本末転倒でしかないものね。
「それはそうだろう。だがおそらく、そういった事を考える者も出てくるだろうな」
「でしょうな。まあ、そういった者は信用におけませんから、ある意味では助かる話ですが」
高レベルだって事を鼻にかけて狩りにいかないっていうハンターは、残念な事に存在している。
具体的な数は分からないけど、去年まで内乱状態だったバリエンテ地方は特に多く、既に何人かのハンターが処罰を受けているらしいわ。
バレンティアも東部の貴族の私兵状態だったハンターにそんな感じの輩が多かったから、そっちも同様だとか。
だからMARSが正式に稼働したら、幻影を使った戦闘訓練でレベルを上げて、大きな顔をしようと考えている連中は絶対に出てくる。
当面はメモリア総合学園にしか設置予定がないけど、いずれはアミスターと三王国の首都に設置するつもりだし、大和君が拝領する領地にも設置する事になるだろうから、その頃に問題が発生するって感じかしら。
「そうなるでしょうね。もっとも横暴なハンターが、メモリア総合学園のMARSを使わせろと言ってくるかもしれないから、そっちの方の対応は必要になるわ」
「そうですな」
あー、その可能性もあるんだっけか。
メモリア総合学園にMARSが設置される事は、特に秘匿事項というワケでもない。
秘匿しても学生達が使うんだから、情報はすぐに拡散してしまう。
最初はハンターも懐疑的だろうけど、安全に魔物と戦う訓練が出来ると知れば、自分にも使わせろって言ってくるハンターは絶対に出てくるわ。
「そちらに関しては、月に数回程度ですが、ハンターにも開放しようと考えています。さすがにスカラーズギルドだけが使えるのでは、軋轢しか生みませんから」
「あ、そっちは纏まったんですね」
「一応ですが。既に申し込みが殺到していますから、こちらとしては対応に四苦八苦していますよ」
グランド・スカラーズマスター クリノスさんが、苦笑しながら答える。
MARSは戦闘訓練だけじゃなく、魔物の生態調査にも使える。
既にブルーレイク・ブルの畜産化の目途を付けたアーキライト子爵という実例があるんだから、スカラーにとってもとんでもなく魅力的。
だけど設置場所が学園だから、いくらスカラー校舎に併設してるといっても、スカラーが好きに使う事は出来ない。
だから週に一度、希望するスカラーにMARSを使ってもらい、研究を行ってもらう事になったんですって。
「それで多くのスカラーから希望が殺到し、グランド・スカラーズマスターは手いっぱいということか」
「申し訳ありませんがその通りです。授業内容の調整も平行して行っていますが、全く人手が足りていないのが現状です」
どっちも私達に端を発する問題だから、申し訳なく感じるわね。
特に授業内容に関しては、完全に丸投げだったし。
「という事は、早めにフロートなりフィールなりにもMARSを設置した方が良いんですかね?」
「そうして頂けると助かりますが、設置場所の問題があるのでしょう?」
「仰る通りです……」
手っ取り早い対策はMARSの設置だけど、国都にしろフィールにしろ、今は拡張工事を行っている段階だから、まだスペースが確保出来ていない。
特にフィールは面倒で、北、東、西の三方がベール湖になるから、拡張するとしたら南しかないのよ。
トレーダーズギルドが管理している畑もあるから、ユーリ様も頭を痛めているのよね。
「現状、少しの拡張で設置が可能なのは、やっぱりグラシオンじゃないかな?」
「グラシオン?なんで……ああ、確かにそうか」
「ほう、それは興味深いな」
ルディアの呟きに大和君が納得すると同時に、グリシナ獣王陛下の目が光った。
うん、そうなるわよね。
陛下方もなんでグラシオンなのか、気になってるわね。
「あー……えーっとですね、プラジア島ってグラシオンの周りも含めて、森が多いですよね?」
「ああ。しかも何割かはトレントの木だから、討伐依頼も採取依頼も多いな」
トレントが樹木の名称であると同時に魔物の名称でもあるのは知ってたけど、実際に聞くとすごい違和感がするわね。
だけどトレントは天樹や宝樹、桜樹、そして扶桑に次ぐ木材でもあるし、高ランクのトレントはエンシェントクラスの魔力にも耐え、一番下のランクのトレントでもハイクラスの魔力を受け止められることが検証の結果判明したから、アレグリアの特産品としても使えると思う。
ただその反面、開発が難しくなっている原因でもあるのよね。
「グラシオン近辺の一部だけになりますけど、そのトレントを全部伐採、あるいは討伐後に更地にして、そこを開発してもらおうかなって考えた事があります」
素直に白状する大和君も大和君だけど、確かにそう考えた事はあるし、内輪で話し合った事もある。
さすがに結界の外になるから、結界を広げるか新しく設置してもらうかする必要があるけど、フロートやドラグニアは区画の問題を何とかしてもらわないといけないし、ベスティアに至ってはネブリナ湾に浮かぶベスティア島全域が都市になってるから、拡張の余地が無い。
だからヒルデ様の妹で次期女王のブリュンヒルド殿下は、スラムを根絶した上で再開発を考え、現在実行中だったはずだわ。
翻ってグラシオンは、周囲は森と海で囲われているけど、そもそも獣王城や獣王宮はグラシオンの結界の外になっていて、別の結界で覆われている。
だから獣王城側の結界を拡張する事も出来るし、新市街でも建造してそこに新しく結界を張ってもらう事も十分可能なの。
トレントの森があるから開発が出来なかっただけだから、それさえ何とかすればいつでも開発可能だっていうのも大きいわね。
「ふむ、それは一考に値するな」
「しかもグラシオンはフィリアス大陸の中心に近いですし、プラダが開港した事で交通の便も良くなってます。だから俺達の中では、次にMARSを設置するならグラシオンが最有力かなって」
私達の中じゃ、それで結論が出たわよね。
放棄された橋上都市や遷都したばかりのフリューゲル獣公国とブルーメ獣公国でも可能なんだけど、先に三公国にっていうのも問題な気がしたから、申し訳ないけど選択肢から外させてもらったわ。
いずれは設置するのもアリだと思うけど。
「ふむ、設置されているのがメモリア総合学園のみというのも問題か。フロートでないのは残念だが、そもそもフロートはメモリアからも近い。だがグラシオンは、立地から見ても悪くはないな」
「交通の便も改善されていますからな。特にプラダに港が出来た事は大きい」
「レティセンシアは実質封鎖のようなものだからな。まあ、レティセンシアを通過するぐらいなら、無理をしてでも空路を使用した方が安上がりになりやすかったのも事実だが」
プラダの港が完成したおかげで、アミスターもナダル海に船を出せるようになった。
それまではアミスターからアレグリアやリベルターに行こうと思ったら、陸路だとレティセンシアを抜けるかバリエンテを通過するかのいずれかで、後は空路しか存在していなかった。
特にレティセンシアを通過するルートは治安が悪いどころか、その治安を守っているはずのレティセンシア軍までもが賄賂を要求してくる事が珍しくなかったそうよ。
更に一般人までもが搬送中の商品を盗もうとするのが普通だったし、発覚して追求しても逆ギレされて兵士を呼ばれることまであったそうだから、ここ数年はレティセンシアを通過するルートを使うトレーダーなんて皆無に近かったんだとか。
それでもアミスター北部在住だと、空路が使えなければレティセンシアを通過する方が早いから、渋々使うトレーダーがいたのも間違いないみたい。
だけどプラダ港が開港した事で、レティセンシアを通過する必要が無くなった。
マイライト山脈があるとはいえ、フィールもアミスター北部に位置しているし、船賃もそんなに高くないからレティセンシアを通過する理由が無く、治安もアミスターは圧倒的に良いから、トレーダーは長年プラダ港の開発を待ち望んでいたの。
プラダから就航している船便は、グラシオンまでの直通便はもちろん、グラシオンを経由してアクアーリオやロッドピースまで通ってるし、いずれはソレムネ側へも考えているわ。
もちろんそれらの国だけじゃなく、流通が良くなったことでフィリアス大陸全体が恩恵を受けている形になる。
地球でも海運が発展すると国も発展していたから、港ってすごいって思うわ。
「大和君、グラシオンの開発だが、君が言い出したんだから、トレント討伐はするんだろう?」
「してもいいんですか?」
「してくれると助かるが、報酬はさほど払えないぞ?」
指名依頼なんかにしちゃったら、エンシェントクラスどころかエレメントクラスまで擁しているウイング・クレストへの報酬はとんでもない金額になってしまう。
だからこそ言い出せなかったっていうのもあるんだけど、そこは私達が勝手に狩りをしたって事にしてもいいし、狩ったトレントはこちらで引き取らせてもらえれば、それでも十分な報酬になると思う。
欲を言えば異常種や災害種がいてくれるとありがたいんだけど、アレグリアとしてはたまったものじゃないから、それは高望みが過ぎるかしらね。
「トレントか。開発予定地の規模によるが、全ては厳しいぞ?」
「アレグリアにとっても基幹産業の1つになるかもしれませんし、そこまで強欲な事は言いませんよ」
開発予定地がどれぐらいの規模になるかは分からないけど、MARS用の施設をメモリア総合学園より巨大にすると仮定すると、コロシアムだけで150~200メートル四方はあった方が良いでしょう。
そこに研究施設とスカラーの宿舎なんかを併設して、ハンターも使う事を考慮すると、そっち関係の施設も必要ね。
という事は、最低でも東京ドーム並の広さがないと厳しそうだわ。
いえ、東京ドームの広さがどうだったかは覚えてないから、後で調べてみないといけないけど。
確か刻印具に、データぐらいは入れてたはずだし。
とはいえそこまで行くと、新しい区画にしてしまった方が良い気もするわね。
「グリシナ獣王、頼めるか?」
「アレグリアとしても願っても無い事ですから、喜んでお引き受けします。グラシオンに戻り次第、関係者と詳細を詰め、決まり次第ご連絡致します」
「頼む」
あっさりとグラシオンの再開発が決定されたけど、グリシナ陛下としてもグラシオンの拡張は考えていたみたいだから、渡りに船って事か。
しかもMARSの設置まであるんだから、アレグリアとしても益になるし、一部とはいえトレントの森は私達が更地にする上に報酬はトレントでも構わないんだから、費用も抑えられる。
もちろんハンターのランク別最低保証額は必須だけど、多くのハンターを雇うと時間も掛かるし犠牲も出るし問題も出てくるから、そっち方面の手間も少なくなる。
研究者とはいえスカラーも集まるから、経済的にもプラスになるわね。
またしばらくは忙しくなるけど、マナ様とリカ様が妊娠しているから狩りにも行き辛かったし、トレントとはいえ大体的に狩れるから、これはこれで良しとしておきましょうか。
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