貴族の獣車

 MARSの設置は無事に終わったが、まだまだ改良の余地はある。

 だから研究は継続して行う予定だし、上手く行ったら折を見て交換なりバージョンアップなりをしていきたいと思う。

 MARSは俺が提案し、真子さん、フラム、ルディアの助けを借りたおかげで一応の完成を見たが、総合学園開校に間に合って良かったよ。


 筐体は3つに別れていて、基幹部となる本体には3ヶ月前の迷宮氾濫の際にガグン大森林で討伐した、A-Cランクモンスター アビス・パンサーの魔石を使っている。

 エレメントヒューマンに進化した事で融合魔法を授かったから、天魔石への加工は俺が担当した。

 属性魔法グループマジック天与魔法オラクルマジックも大量に付与させる事になっちまった上にA-Cランクの魔石を使ってるから、希少性も重要性も国宝並かそれ以上になってるが、そこまで意識してなかったな。

 その天魔石を本体に組み込み、魔石受けのある操作盤と名前やライフ・バーを表示させるモニターを特殊な液体に浸したインペリアル・クロウラーの糸を寄り合わせたコードで繋ぐ。

 操作盤は魔石受けの隣に起動用の天魔石を、更に結界のパターンを組み込んだ天魔石10個を5列2段で設置しているため、それなりの大きさになっている。


 そしてモニターは、真子さんが完成させてくれた桜樹の樹脂製だ。

 当初はモニターはない予定だったんだが、魔石を浸した水に溶かした瑠璃色銀ルリイロカネや桜樹、ゴールド・ドラグーンの血にロイヤル・クロウラーの糸、アビス・フォールの鬣を混ぜる事で粘性を持たせ、それをさらに混ぜ合わせて加工すると、浸した魔石の魔力と同期する事が分かったから、MARS本体を親機、バイザーやオーバーコートを子機として扱う事が出来るようになった。

 だから桜樹脂を1×2メートルというサイズのモニターに加工して本体から配線を繋ぎ、モニター用の天魔石を使う事で、最大30人までの名前とライフ・バーを表示させる事に成功した。

 その配線もインペリアル・クロウラーの糸を使ってるからなのか、情報伝達に過不足は無いし、遅延もみられない。

 これが完成した時は、マジで嬉しくて小躍りしちまったほどだ。

 その魔石、基幹魔石って呼ぶ事にしたんだが、これはMARS開発の必須魔石でもあり、重要度はMAR本体に使っているA-Cランクの天魔石の比じゃない。

 今は工芸殿で厳重に保管しているが、もしMARSが俺達の手を離れるような事になったらクラフターズギルド総本部に譲渡するつもりだ。

 まあ、基幹魔石は応用性が高いし、実際そのおかげで通信機も高性能に改良出来たから、譲渡するとしたらクラフターズギルドじゃなく天樹城になりそうな気もするんだが。


「ではこれで設置、並びに動作試験は終了します。クラフターズマスター、並びにサブ・オーダーズマスターには感謝します」

「いえ、良い物を見せさせてもらいました」

「失態をお見せしましたが、こちらこそ良い経験になりました」


 クラフターズマスター トラストさん、サブ・オーダーズマスター ダートに感謝を伝えると、どちらも良い経験をしたと口にしてくれた。


「この後俺達は、天樹城に向かいます。近いうちに陛下方の視察もあると思うので、その時はまたよろしくお願いします」

「分かりました」


 この後は天樹城で、教職員と授業内容の件で会議が行われる予定だ。

 本当は朝からの予定だったんだが、MARSが完成した事もあり、陛下達も会議前に設置してこいって声を揃えて言い出したもんだから、会議は昼過ぎからに変更されてるんだよ。

 ラインハルト陛下はもとより各国の王達も、俺達の披露宴で未完成のMARSを見てるもんだから、期待値がえらい高い。

 だから今日は無理だが、間違いなく近日中にまた視察の予定が組まれる事になるだろう。


 メモリア総合学園はその名の通り、アマティスタ侯爵領領都メモリアにある。

 だから領主のリカさんは、会議はもちろん視察の際には案内をしないといけないんだが、さすがに妊婦さんだし、そんな無茶をさせるわけにはいかない。

 今日はMARSの設置だけだから大丈夫だと思ってたんだが、戦闘試験は実際の魔物の狩りと同じような感じになるっていうのを忘れてたから、妊婦さんに見せてはいけないようなショッキングな光景を見せてしまったのは大いに反省しなきゃいけない所だ。

 なので今後の会議や視察は、俺が夫として代理で参加する事にしている。

 リカさんの出産予定日は4月だが、出産してすぐに仕事に復帰できるか分からないし、そもそも4月になったらユーリも総合学園に入学するから、メモリアの代官どころかフィールの代官までしなきゃならないのが辛いところだ。

 同じフィールの代官になるマナは1月が出産予定だが、こっちも無理はさせられないからな。

 まあ、俺の子供を妊娠してくれてるんだから、大変でも頑張って仕事をこなすしかないんだが。


「それじゃあフロートに行くか」

「ええ。そういえば大和君、フレイドランシア天爵としての獣車は作らないの?」

「やっぱりあった方がいいかな?」

「勿論よ。家紋を付けるから身分を示すことにも繋がるわ。エスメラルダ天爵領やアマティスタ侯爵領の代官みたいなこともしてくれてるけど、代官だからこそ必要になるのよ」


 そう言われるとそうなのかとしか言えないな。


 今日の移動にはアマティスタ侯爵家の獣車を使っているんだが、その獣車にはちゃんとアマティスタ侯爵家所有だという事を示す、桜樹とアマリリスをデフォルメしたような感じの家紋も描かれている。

 だから入場門も、ほとんどフリーパスだ。

 ちなみにフレイドランシア天爵家の家紋は天樹の花弁の中に翼が広がり、さらに刀と剣が斜めに交差したものになっていて、ラピスラズライト天爵家は同じく天樹の花弁をデフォルメしたものの中に、こちらは真横に伸びた天樹の枝と立てられた剣が十字に交差している。

 エスメラルダ天爵家も天樹の花弁と天樹の枝を使っているが、こちらは枝の下に現在制作中のユーリの星球儀をデフォルメしたものになっている。


 そのアマティスタ侯爵家の獣車はミラーリング10倍付与の総桜樹製で、内装は俺達が最初に作った獣車に近い。

 木材やミラーリングの倍率による差はあるが、王家や貴族の獣車はだいたいそんな感じで、アプリコットさんが管理しているハイドランシア公爵家の獣車も、その例に漏れていなかったな。


「それじゃあ会議が終わったら桜樹を買って、フィールで依頼するか」

「それは構わないんだけど、デザインはどうするの?」

「一回り小型化した多機能獣車かな。兵員輸送は考えなくてもいいし、御者と使用人、それと護衛が寝泊まり出来る部屋を用意するだけで事足りると思う」


 アマティスタ侯爵家の獣車は普通の箱型だが、ユーリがフィールで製作を依頼したエスメラルダ天爵家の獣車は、多機能獣車と同じになっている。

 さすがに外観は違うし一回り以上小さくなっているんだが、ちゃんと展望席はあるし後方デッキも使えるから、貴族が使う獣車としては問題ないと思う。

 貴族の移動用でもあるから、兵員輸送は考えなくてもいいしな。


「確かに一度でも多機能獣車を使うと、普通の獣車じゃ物足りなく感じるのよね。特にデッキの存在は大きいわ」

「だからアマティスタ侯爵家の獣車も、新しく依頼してるって言ってましたよね」

「そうなの?」


 さすがにそれは初耳だな。


「ええ。エスメラルダ天爵家の獣車を見て、これしかないと思ったのよ。あと4,5日で完成するはずだわ」


 あー、丁度その頃はMARSの開発が佳境だったから、俺もほとんどアルカに籠りっ切りだったっけか。

 フラムはオーバーコート、真子さんはバイザー、ルディアは結界を担当してくれていたが、真子さんとルディアも俺と同じくほとんどアルカから動けなかったはずだ。

 だけどフラムのオーバーコートは、基幹魔石を浸した液体、仮称ラピスに浸した王絹布やアビス・パンサー素材を使っているが、それ以外は特に調整とかも必要なかったから、フィールやメモリア、そしてプラダにもよく足を運んでいた気がする。

 だからその際に、リカさんから直接アマティスタ侯爵家の獣車の話を聞いたって事か。


「もっともユーリ様も、マナ様と相談した上でデザインを決めてらしたから、多分ラピスラズライト天爵家の獣車も似た感じになってるはずよ」


 エスメラルダ天爵家用だけじゃなくラピスラズライト天爵家用の獣車まで、既に依頼済みかよ。

 いや、確かにマナは妊娠中って事もあって暇を持て余してるって言ってたから、それぐらい考える時間は十分あるんだが、せめて俺にも相談ぐらいしてほしかったぞ。


「大和君が忙しいのはマナ様も知ってるから、気を遣ってくれてたのよ。驚かせたかったっていうのもあるみたいだけど」

「外観から内装まで、全部マナ様が考えてたものね。あ、大和君、先にトラベリングをお願いできる?」

「それはそれで見てみたいな。っと、了解」


 ここまで話したところでメモリアの外に出たから、まずはフロートに転移しないとな。

 ステータリングを開いてオペレーターを操作し、トラベリングの欄からフロートを選択し、発動させるための魔力を流す。

 これだけでフロートまでの転移陣が展開されるから、マジで便利だよな。

 トラベリングは瞬間移動じゃなくて、異なる地点をワームホールみたいなので繋ぐ魔法で、転移陣は出入り口って事になるから、妊婦さんでも安全に使えるっていうのも良い。


「ミュンさん、お願いします」

「畏まりました」


 御者を務めてくれているアマティスタ侯爵家のバトラーにしてリカさんのもう1人のお母さんになるミュンさんに合図を送り、俺達は転移陣を通過する。

 転移した先は、フロートの正門から少し外れた所に整備されたトラベリング用のゲート・ポイントになる。

 トラベリングの使い手も増えてきたから、フロートを始めとした国都にメモリアやフィール、エンシェントハンターが拠点にしている町はゲート・ポイントを整備して、エンシェントクラスの移動をサポートしてくれているからありがたい。

 ゲート・ポイントが整備されてれば俺達も移動しやすいし、緊急時なんて特にそうだからな。


「お勤めご苦労様です」

「ありがとうございます。ライセンスを確認しました。どうぞ、お通り下さい」


 門番のオーダーにライセンスを確認してもらってから、俺達はフロートに入った。


「で、マナがデザインから考えたってことだけど、それがラピスラズライト天爵家とエスメラルダ天爵家用の獣車になったって?」

「ええ。ユーリ様が領主になられたからエスメラルダ天爵家の方を優先してもらったけど、ラピスラズライト天爵家用獣車も数日中に完成するそうよ」


 マナが2台の獣車の製作依頼を出したのは、1週間程前になるそうだ。

 丁度俺達がフリューゲル獣公国を訪問し、その後はMARSの開発に掛かりっ切りになってた頃だから、真子さんやリカさんの言うように俺に気を遣ってくれたのと同時に、完成した獣車を見せて驚かせようとしたってのは間違いなさそうだな。

 ここで俺にも発覚してしまったから、驚くかどうかは微妙だが。


「まあ、それはね。だけどマナ様も隠そうとしてたワケじゃないから、問題にはならないでしょ」

「あ、そうなんだね。あたしも知らなかったから驚いたけど、だけどどんな獣車なのかは見てみたいから楽しみだよ」


 MARSの結界を担当していたルディアも、俺と同じでほとんど手が離せなかったからな。

 だけど俺もどんな獣車なのかは気になるし、兵員輸送用の客室を削った、一回り小さな多機能獣車って事だから、見るのが楽しみでもある。


「ウイング・クレストの多機能獣車は高額過ぎるから貴族でも製作費の捻出が大変だけど、そもそも貴族が兵員輸送をすることは無いしね」

「ええ。だからミラーリングの倍率も抑えられるし、内装は後からでも手を加えられるから、今後は小型多機能獣車が貴族の標準になると思うわ」

「展望席やデッキがありますから閉塞感から解放されますし、ミラーリングはデッキ下の空間を使いますから、10倍付与でも既存の獣車より広く使えますからね」


 既存の箱型獣車は奥行き5メートル前後、幅3メートル、全高2メートル弱が平均だが、ウイング・クレストの多機能獣車は奥行き15メートル、幅3メートル、高さは展望席を含めると5メートルもある。

 幅は法で決められてるからこれ以上は取れないんだが、奥行きと高さに制限は無い。

 だから多機能獣車はこんなデカくなったんだが、これは兵員輸送も兼ねているため、兵員用の客室を多く擁しているためだ。

 だけど真子さんの言う通り、貴族が大量の兵員を輸送する事はまず無い。

 だからその分を削れば空間は確保出来るし、その分ミラーリングの倍率も低くすることも出来る。

 ミラーリングは空間を拡張するが、それは横だけじゃなく縦もだから、元の空間の高さが30センチでも10倍付与すれば3メートルになる。

 だから奥行き7メートル程の獣車でも10倍にする事で210平米ってことになって、貴族の寝室はもちろん貴賓室や使用人室、護衛用の部屋も用意出来るだろう。

 さすがに風呂は無理だろうが。


「そこまで行くと獣車の方が居心地良さそうだから、宿に泊まる貴族が減りそうだよね」

「そこは問題だけど、貴族にも常宿はあるし、今までの付き合いもあるでしょう。それに経済的な観点から見ても、町中では宿に泊まらないと立ち行かなくなるわね」

「真子の言う通り、貴族にとっては経済も大事だから、どうしても野営しなければならない時以外、獣車に泊まるような事にはならないわよ」


 経済問題は俺もお手上げだが、それで収入を得ている人がいるのも事実だし、それが巡り巡って税収になるわけだから、しっかりと金は使いましょうって事か。

 移動はトラベリングを使ってるし、金もかなりの額を溜め込んでる俺には耳の痛い話だが、今後はその辺もしっかりと考えないとだな。

 フィールやメモリアの代官になるし、何年かしたら拝領までする予定だから、大変だがしっかりと勉強しておこう。

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