MARS設置
Side・リカ
大和君達がMARSを完成させた3日後の今日、私は開発者の4人と共にメモリア総合学園にやってきた。
もちろんMARSを設置する事が目的よ。
開校までまだ半年もあるけど、実際に使うのは教員やスカラーズギルドだから、使い方を覚えてもらう必要もあるし、体験してみる事も大切だから、早い分にはこちらも助かるわ。
あ、私も先日妊娠してる事が分かったから、マナ様も使っている横にもなれるソファに腰掛けて、大和君の念動魔法で運んでもらっているわ。
妊娠4ヶ月目に入ってるって言われたから、ちょっと驚いたけど。
定期健診はしっかりと受けてたんだけど、どうも個人差があるみたいで、早ければ2ヶ月で分かるんだけど、遅いと4ヶ月から5ヶ月にならないと
私もそうだったし、何より悪阻も無かったから、妊娠してるなんて思いもしなかったのよ。
だけど待望のアマティスタ侯爵家の跡取りになるから、私はもちろんだけどお母様やミュンも大喜びしてくれたわ。
しかも大和君はオーダーズギルドにも掛け合って、護衛としてサブ・オーダーズマスターのダートと奥様のリアラを派遣までさせちゃってるのよ。
元エスコート・オーダーだから護衛には慣れているし、私も信頼しているから、ありがたく思っているわ。
マナ様もフィールにいる間はフィール支部のオーダーに護衛してもらってるから、過保護が過ぎる気もするんだけどね。
「完全に固定で良いんですかい?」
「ええ。こいつはMランクどころかAランクの素材も使ってますから、簡単に持ち出されたりしても困ります。特に基幹部の魔石はA-Cランクですからね」
MARSを設置してくださっているのは、メモリアのクラフターズマスターでドワーフのトラスト。
鍛冶師でもあるけどMARSにも並々ならぬ興味を持っているから、話を持ち掛けたらすぐに快諾して、クラフターズマスター自ら予定を空けてくれたわ。
「A-Cランクの魔石か……。天魔石に加工してるって話だが、確かにそれだけでもひと財産だな。んなもんすぐに足が付くに決まってるから、盗もうとするバカはいねえ気もするが」
「普通ならそうですけど、絶対にいないとは言い切れないんで」
「確かにそうですな。それにここに固定しちまえば、本体は完全に埋め込まれる形になる。万が一盗もうとしても、すぐにバレますか」
トラストは呟いたつもりだろうけど、私はハイエルフ、真子達はエンシェントクラス、大和君なんてエレメントヒューマンなんだから、しっかりと聞こえてしまったわ。
私も大和君達も聞くつもりはなかったし、別に失礼な事を口にしてたワケじゃないんだけど、聞こえてしまったのが分かったトラストはバツの悪そうな顔をしてるわね。
MARSは高ランクモンスター素材を使ってるから、盗難防止という意味も込めて施設の壁に埋め込む形になる。
完全に埋め込んでしまうと魔石をセット出来なくなるから、魔石受けを含む操作盤とライフ・バーを表示するモニターは表に出してるけど、それ以外は完全に埋め込む形ね。
さらに本体と操作盤、モニターは離してあるから、万が一操作盤を壊してもMARS本体は無傷で済む。
さらに防犯用に、操作盤の奥と本体には大和君のリンクス・マインドっていう探索系刻印術を付与させた魔石を仕込んであって、想定外の使い方をされたり壁を壊されたりしたら、すぐに映像を対になっている魔石に送る仕組みになっている。
魔法と刻印術の合わせ技だから通信具とはまた違うんだけど、その受信用の魔石はアマティスタ侯爵家の執務室に置いてあるから、犯人もすぐに特定出来るのよ。
これは防犯用だから詳細は極秘って事で、トラストにも伝えていないわ。
「うし、終了だ!天爵、侯爵。確認を頼んます」
トラストは20分程で、MARSの設置を完了させた。
MARS本体の大きさも操作盤を離す事も事前に聞いてたから、その分のスペースじゃ事前に空けておいたし、本当に置いてロッキングで固定して壁を塞ぐだけなのよね。
「うん、問題ないわね」
「ええ。継ぎ目も分からないし、さすがMランククラフターですね」
「この程度なら、天爵達も十分可能でしょうよ」
それはどうかしらね。
さすがに登録して1年程のクラフターと就任して20年近くのクラフターズマスターじゃ、魔力の差はともかく技術は全然違うと思うわ。
大和君達がやったとしても、多分ここまで綺麗には出来なかったんじゃないかしら?
「それじゃ次は動作実験だな。ダート、頼む」
アルカで実験は済ませているけど、ここでもちゃんと動作するのかはしっかりと確認しないといけない。
特に結界はコロシアム全域を覆うって話だから、確認しないっていう選択肢はあり得ないわ。
「分かった。いや、分かりました」
「別に普段通りで構わないんだけどな」
今回は私も大和君も公式な施工という事で来訪しているから、サブ・オーダーズマスターのダートは目上の存在となる大和君に敬語を使う必要がある。
だけど大和君は突然叙爵されたっていう思いが強いし、ダートのことは友人だと思ってるから、この対応はあまり好きじゃない。
私に限らずアミスターの貴族は多くがそんな感じなんだけど、公私の区別をつけるっていう意味でも必要だと思っておいた方がいいわよ。
「あー、普段はともかく公の事業とかになると、上下関係をしっかりしとかないと作業に支障が出たりするのか」
「そういう事ね」
しっかりと公私の区別を付けておかないと、現場作業員が上役に気付かずに反抗したり、最悪の場合は正反対の事を仕出かして崩壊させたりもするからね。
さすがにそんな事は滅多にないんだけど、だからこそしっかりしないといけないわ。
「天爵、準備出来ました」
「了解。フラム、魔石は事前の打ち合わせ通りので頼む。ルディア、結界はパターン2で」
「分かりました」
「うん」
ダートの準備が整った所で、大和君がフラムとルディアに指示を出す。
今回使う魔石は2つあって、1つはジャイアント・オーク、もう1つはブレード・フィッシュになる。
ジャイアント・オークはS-Rランクモンスターだけど、ダートはマイライト山脈に生まれていたオーク・エンペラー、オーク・エンプレス討伐に参加した経験があるから、CランクどころかBランクモンスターじゃ相手にならない。
さすがに異常種っていうのはどうかと思うから、今回は稀少種のジャイアント・オークを選ぶ事にしたの。
そして結界の種類は、風景を変化させないのはもちろん、草原だったり雪原だったり海中だったりと、全部で10パターン用意されている。
パターン2は、確か草原だったわね。
「おお、ホントに魔物の幻影が……」
「幻影だから触れるのはもちろん、こちらを認識する事もないんですが、さすがにそれじゃ戦闘訓練にはならないんで、バイザーにはMARSの天魔石を作る際に使った魔石を浸した特殊な水を使い、連動性を持たせたんです」
「そんな手が……。ですがそれじゃあ、今後は作れないって事になりませんか?」
私も話を聞いた時はそう思ったんだけど、そこは大和君も提案者のフラムもしっかりと考えていて、その魔石はMARSには組み込んでいないのよ。
今後バイザーを量産する事になるのは分かっていたから、今後もその魔石を使えるように、しっかりとアルカの工芸殿で保管してあるわ。
ちなみに浸した水はただの水じゃなく、溶かした
バイザーの一部をその粘液でコーティングするから、浸すっていうのも微妙に違うのかしら?
さらにその技術は、通信機にも応用が出来る事が分かったから、大和君は大喜びだったわね。
「って事で、製法の公開は出来ないんですよ」
「国家機密ですか。それほどまでに大仰な話になってるとは、さすがに思いませんでしたぜ」
「ええ。それにMARSは希少素材も多く使ってるから、量産には向きませんし」
「それは確かに」
製法もだけど、素材もAランクモンスターとかだから、どう考えても量産には不向きよね。
ウイング・クレストなら簡単に集めてきそうだけど、それでも手間はかかるし、事故が起こる可能性は否定できないから、無理に作れとは言えないわ。
そんな事言うつもりもないけど。
「そんな大仰な事にしなくてもいい気もするんですけどね。お、終わったか」
「さすがサブ・オーダーズマスターね。全く危なげなく倒したわ」
「討伐経験もありますし、あの時の経験は私達にとっても得難いものでしたから」
トラストにMARSの製法が非公開の理由を簡単に説明している間に、ダートはあっさりとジャイアント・オークの幻影を倒していた。
この場にいる者でダートがジャイアント・オークを討伐したのを目撃したのは大和君と妻のリアラだけなんだけど、2人曰くあの時より安定しているそうよ。
リアラも夫を褒められて、嬉しそうにしているわ。
「サブ・オーダーズマスターだから簡単に倒してるように見えたが、実際はあんな簡単にはいかねえんだろうな……」
「ダートはハイヒューマンだし、レベルもハイクラスの平均より上ですからね」
合金のおかげで、ハイクラスの平均レベルは以前より上がっていると聞く。
特にオーダーは顕著で、確かレベル50が平均になっていたはずだわ。
以前は43とか44とかだったから、6レベル分も上がった形ね。
「お疲れさん。次行くけど大丈夫か?」
「問題ありません、お願いします」
「分かった。フラム、ルディア、頼む」
労いの言葉を掛けた大和君は、ダートに問題がないことを確認してから、フラムとルディアに指示を出した。
次はG-Rランクのブレード・フィッシュだけど、こちらは完全な海棲種だから、普通に幻影を作り出すだけじゃ何の意味もない。
作り始めた頃にも試しているけど、陸に打ち上げられたみたいにビチビチと跳ね回るだけだったわね。
さすがに私も頭痛かった覚えがあるわ。
面白かったけど。
ルディアもそれを見ていたから、今度はフラムが魔石をセットする前に結界のパターンを海中に変更している。
海中とはいえ結界だから、ダートには何の影響もないんだけど、景色が歪んで見えるから、ちょっと戸惑ってるみたいね。
「あれがブレード・フィッシュ……」
「私も初めて見ましたけど、海の中だとあんな感じで泳いでるんですね」
トラストとリアラが驚いているけど、水棲の魔物を観察する機会なんて、普通は無いものね。
体を左右にくねらせながら泳いでいたブレード・フィッシュは、ダートの姿を確認すると真っ直ぐに突っ込んできた。
ダートも慌てて動き出したけど、サブ・オーダーズマスターとしてメモリア近辺の魔物討伐も何度か行っているし、レベルもいくつか上げているそうだけど、一度動き出すとさすがに戸惑いが見受けられる。
結界のパターンは海中だけど実際には違うから、ダートの動きは制限されていない。
ダートには事前に説明してあるけど、それも戸惑いの理由なんでしょうね。
「あっ!」
「左腕を斬りつけられたか。実物なら切断ってとこね」
「ですがすれ違いざまに腹部に攻撃を加えていますから、痛み分けといったところでしょうか」
ブレード・フィッシュの攻撃を受けたダートを心配しているリアラだけど、真子とフラムは冷静に観察している。
私も幻影だと分かっていてもダートが攻撃を受けた時は焦ってしまったから、気持ち的にはリアラ寄りね。
これ、妊婦にはよくないんじゃないかしら?
いえ、妊婦も町から町への移動はよく行うし、道中で護衛が魔物を討伐する事は珍しくないから、これぐらいなら問題ないと思っておこう。
「ダートのライフ・バーは3割程減ってるが、ダメージはブレード・フィッシュの方が大きそうだな。仮に左腕を切断されてたとしても、ブレード・フィッシュが相手なら
「ええ。しかもこれは幻影だから、実際にダート君の左手は切断されてなんかいない。オーバーコートを着てるから制限ぐらいは掛かってるかもしれないけど、ハイクラスなんだし特には問題にならないでしょう」
まあねぇ。
実際ダートは、弱っていたブレード・フィッシュの頭部に剣を突き立てて、トドメをさしていた。
幻影だから怪我はしないけど、幻影だからこそ致命傷になる傷を負っても普通に戦えてしまう。
実際はそんな余裕は無いどころか死を待つだけなんだから、これはこれで問題な気がするわ。
ライフ・バーは最大で30人までは本体に繋がっているモニターに、名前と一緒に表示されるようになってるから誤魔化しは効かないし、ライフが無くなれば幻影からは見向きもされず、さらに攻撃も通らなくなるそうだけど、普通に戦えるっていう事は普通に逃げられるっていう事でもあるから、実際にそんな場面に遭遇したら、命を落とす事になりかねない。
あ、ちなみにダートの盾はメモリアのクラフターズギルドでオーダーメイドしているけど、剣はサブ・オーダーズマスター就任の際に大和君が贈った物よ。
「これはそんな場面を減らすための訓練用だから、無茶な狩りをしてそんな場面に遭遇するような奴は完全に自己責任でしょ」
「訓練してるからこそ、自分なら出来るって思うかもしれないけど、確かにその通りね」
だけど大和君と真子は、あっさりと自己責任だと口にした。
確かにMARSの開発はそんな意図だったし、学生には事前にしっかりと説明するけど、理解出来ない者はどれだけ丁寧に説明しても理解しないし、そういった者ほど自惚れが強い。
そしてハンターは自己責任の強い職業でもあるから、魔物から逃げられないような状況も、完全な自己責任になる。
偶発的な状況もあるだろうけど、それも含めてハンターを選んだんだから受け入れろってこと?
「ハンターなんてハイリスクハイリターンなんだし、しっかりと勉強しとけばそういった状況は極力避けられる。運も関係するけど、それは結局実力不足って事だから、しっかりと力も付けろって話でしょ」
「運不運に関してはどうかと思うけど、討伐隊への参加もあるんだから、力を付けろっていう意見には私も賛成ね」
「私もです」
「あたしも」
私は乱暴な意見だと思ったけど、ハンター4人の意見はそうじゃなかった。
確かに、自分の実力に見合わない魔物を狙って命を落としたっていうハンターはよく聞く。
だけどMARSを使えば、その魔物がどういった特徴や能力を持っているのかを、事前に調べる事が出来る。
それで実力を過信するようなら、その人はそれまでだって、完全に割り切ってるわね。
だけどそう言われると、確かにそうだと思えてしまうわ。
今はメモリア総合学園にしかないけど、大和君としては天帝国と三王国には最低でも設置したいって考えている。
三王国にも設置されれば、無茶をするハンターは減るかもしれないわね。
そうなればいいと思うけど、実際にどうなるかは分からないし、ダートやリアラも同じ意見だから、私も割り切ることにしよう。
妊婦には大変な負担よね、ホントに。
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