MARS完成

 フリューゲル獣公国を訪れてから5日、今日は朝からアルカの草原で、MARSの調整を行っている。

 真子さんが担当しているバイザー、フラム担当のオーバーコートも試作が完成してるし、ルディアの案を基に作った結界も正常に作動してるな。


「大和君、準備はいい?」

「ええ、いつでも」

「それじゃあ始めるわよ」

「お願いします」


 俺はバイザーとオーバーコートを纏い、結界の中に入っている。

 MARSの操作は真子さんにお願いしていて、今から起動させ、魔石をセットしてもらうところだ。

 今回使う魔石は、I-Nランクモンスター ゴブリン、P-Iランクモンスター グレートブレード・フィッシュ、M-Iランクモンスター アビス・フォールを予定している。

 事前テストじゃAランクモンスターでも使えるのは確認してるんだが、少し動きが鈍いように感じられた。

 1つ下のMランクモンスターは問題ないようだったから、今回Aランクは見送り、アミスターに多く生息していて俺もよく狩った魔物とMランクでも上位の魔物を使ってのテストにしてみたわけだ。


「あ、出たね」


 まずは使用頻度も高いだろうゴブリンからだ。

 結界は展開しているが、これは幻影を出せる範囲内でもあるから、ヤバくなったら結界外に出れば逃げる事は出来る。

 現実でも縄張りから逃げ出せれば助かる事はあるが、あくまでも訓練だから、MARSを実用化する場合は逃げれば助かると思われないようにしないといけない。


「どう、大和君?」

「バイザーには俺の名前に種族、レベルだけじゃなく、魔物の名称にランクも表示されてますね。仮想ライフ・バーもあるけど、これは目安にしかならないかな」

「個体によって攻撃力が違うしね。それに高ランクモンスターになると、大抵の人は一撃死だから、確かに凡その目安にしておくのが無難でしょうね」

「ゴブリンの攻撃はどうなの?」

「いや、実はそっちはよく分からないんだよな。対象がゴブリンだからってのもあるかもしれないけど、一応俺に攻撃は当たってるみたいだから、大丈夫だとは思うんだが」


 幻影のゴブリンは、先程から俺に攻撃を続けている。

 攻撃速度は現実のゴブリンと同じか、やや早い感じがするんだが、それは個体差って事で片付けられる。

 だが俺がエレメントヒューマンだからか、バイザーのライフ・バーは微動だにしない。

 一応オーバーコートに、何かが当たってるような感じがしないような気もしない訳でもないんだが……。


「言いたい事は分かるけどね」

「そもそもIランクモンスターの攻撃なんて、エンシェントクラスでも無効化出来るんだし、エレメントヒューマンの大和に効果が無いのは当然だよね」

「まあテストですし、こうなると分かってましたしね」


 真子さん、ルディア、フラムの言う通り、IランクどころかSランク以下の魔物の攻撃は、エンシェントクラスなら無効化とまではいかずとも、かなり軽減する事が出来る。

 だからI-Nランクでしかないゴブリンの攻撃が、俺に通用しない事も分かっていた。

 それでもあえてゴブリンの魔石を使用した理由は、実際に使う可能性が一番高いのがIランクモンスターの魔石だと考えてるからだ。


 Tランクモンスターはレベル一桁の子供でも倒せるぐらいだし、その上のIランクモンスターも基本は同じだ。

 だけどIランク上位のウルフ種やI-Uランクとかになると、登録したばかりのルーキー・ハンターでも荷が重くなる。

 その上のCランクモンスターになると、そこそこ慣れてきたハンターでも油断出来ない。

 だから総合学園の戦闘訓練で使うとしたら、入学するのが10代前半って事もあってIランクが選択肢となる。

 俺達にとっては脅威でも何でもないが、普通の人達にとっては脅威でしかないから、慣れてもらうという意味でも使用頻度は高くなるだろう。


「頑張ってるのは分かるけど、相手が大和君だと何の参考にもならないわね」

「ゴブリン程度じゃね。大和、次いこ」

「そうするか」


 とりあえずゴブリンの動きは本物と大差ないって事が確認出来たし、次の魔石を試すか。

 瑠璃銀刀・薄緑を抜き、真横に薙ぐと、幻影ゴブリンはそのまま真っ二つになった。

 内臓まで飛び散らかしてるが、そこまで再現しなくてもいいと思う。

 だけど必要かもしれないから、とりあえずはこのままにしておくか。


「次はグレートブレード・フィッシュですね」

「事前テストじゃ結界があれば水棲魔物も普通に活動出来てたけど、これだとこっちが水に潜ってる感じになるわね」

「それが問題なんだよね。だけど高ランクになると空を飛ぶのも出てくるし、あくまでもお試しみたいなもんなんだから、今はこれで行こうと思うんだ。あ、もちろんちゃんと改良はするよ」


 結界を完成させたのはルディアだが、その問題は俺も感じていた。

 水中戦が出来るのはウンディーネや水竜のドラゴニアン、ドラゴニュートだけしかいないし、変化魔法も解かないといけないんだが、この結界はあくまでも幻影で環境を再現するだけだから、そんな事をしたら、特にウンディーネは動けなくなる。

 いずれ改良っていうのは俺も賛成だが、メモリアはラソ湾に面してる事もあるから、なるべく早くした方がいいかもしれないな。

 それでも水棲種と戦える良い機会でもあると思うから、これはこれでアリだと思うぞ。

 おっと、出てきたか。


「これはこれで、クラテル迷宮を思い出すわね」

「はい。あそこはある意味で、この結界と同じようなものですからね」


 真子さんとフラムに言われて気が付いたが、確かにクラテル迷宮第2階層にある瀑布の火山は、通路が水で覆われていた。

 だから左右どころか上からも魔物が襲い掛かってきたんだが、この結界と同じような感じで対峙する事も普通だったから、これはこれで十分有用的だと言える。

 そのグレートブレード・フィッシュは、俺を目指して真っ直ぐに突っ込んできた。


「ぐおっ!」


 幻影の攻撃だから傷を負う事は無いが、オーバーコートを着てるから衝撃は受ける。

 吹き飛ぶ程じゃなかったし、バイザーに表示されてるライフ・バーも1割ぐらいしか減ってないんだが、それでも予想外の衝撃だったから驚いたぞ。


「大丈夫?」

「ええ。思ってたより衝撃がきたから驚いたけど、ライフ・バーも全然減ってないから、もうちょい魔力強化しとけばダメージは抑えられそうです」


「P-Iランクでも、エレメントクラスにはそんだけしかダメージが通らないんだね」

「1割もなのか1割しかなのか、判断が難しいですけどね」


 それは俺も思う。

 エンシェントクラスならもうちょいダメージ食らうだろうし、ハイクラスだと下手したら致命傷になるかもしれないから、後でみんなにも試してもらうのもアリか。


「それは確かにアリだけど、リカ様はダメだからね?」

「分かってますって」


 ウイング・クレストのハイクラスはユーリ、アリア、エド、マリーナ、フィーナ、カメリア、キャロル、マリサさん、ヴィオラ、ユリア、ミレイだが、エドとマリーナ、フィーナはクラフターだから真っ先に除外される。

 ユーリは領主だし、アリアはハンター登録しているが魔導士だから、テストには不向きだ。

 キャロルとマリサさん、ヴィオラ、ミレイはエンシェントクラス間近だから、残るはカメリアとユリアになる。

 戦闘訓練でもあるし、ここはハンターのカメリアに頼んだ方が良さそうだ。


 俺の奥さんの1人のリカさんもハイクラスだが、リカさんもユーリと同じく領主だし、何より昨日妊娠が発覚したから、いくら幻影であっても戦闘なんかさせられない。

 オーバーコートを着てないと衝撃は来ないが、魔物と対峙するっていうだけでストレスになるだろうから、さすがに候補にすら挙げられないぞ。


「カメリアか。確かレベル52だったよね?」

「前の山狩りでオーク・プリンスを相手にしたから、レベル53になってるわよ」


 今のハイクラスはレベル50超も増えてきてるから、ハイクラスの平均と考えてもいいレベルだな。


「晩飯の時にでも頼んでみよう。っと、終わったぞ」

「分かりました」


 話ながらでも、今更P-Iランクには後れを取らないから、正面から真っ二つにして終わりだ。


「それじゃあ最後ね。行くわよ」

「了解」


 最後はM-Iランクモンスター アビス・フォールだ。

 レオの異常種で、竜種と並ぶヘリオスオーブ最強種の一角。

 さすがにここまでランクが上がったら、エレメントクラスでもダメージを食らうどころかやられる可能性が高いが、それも含めてテストになるから、最初は攻撃を食らわないといけないんだよな。


 そのアビス・フォールは、水属性魔法アクアマジックを使いながら俺に近付いてきたが、さすがに動きが早いし、水属性魔法アクアマジックも鋭い!

 高レベルの水属性魔法アクアマジックは人体どころか神金オリハルコンすら貫通したり斬り裂いたりできるが、アビス・フォールの水属性魔法アクアマジックもそれぐらいの威力はある。

 だからなのか、オーバーコートの上からの衝撃も大きかったし、ライフ・バーも3割も減ってしまった。


「実物だったら衝撃で後退りぐらいはするでしょうけど、幻影だとさすがに無理か」

「後退り出来ないのは厳しいけど、訓練って事で割り切るしかないかな。それにエレメントクラスで3割もライフ・バーが減るんなら、ハイクラスやノーマルクラスだと一撃だろうし、そこまで問題にはならないんじゃない?」

「そりゃ一撃だったらね。当たり所が悪かったり急所に当たったりしたら、エンシェントクラスでも致命傷になるだろうから、攻撃を受けるなんて真似はしないでしょうけど」


 確かにそれはあるだろうが、さすがにそこまで再現するのは無理だぞ。

 特に衝撃は、それだけで体内に大ダメージが来ることもあるんだからな。

 訓練で再起不能なんて、本末転倒だろ。


「っのやろ!」


 さすがにアビス・フォールが相手だと、俺も本気でかからないとマズい。

 一撃でライフ・バーを3割も削られたし、この結界はテスト用って事で半径5メートル程だから、俺が得意としてる高機動戦闘もし辛く、ライフもさらに1割減ったしな。


「あー、もうちょい結界を広くしときゃ良かったかな」

「テスト用ですし、実際に設置するのは総合学園のコロシアムですから、それぐらいの広さなら大和さんのような戦い方をする人も使いやすくなると思いますよ」


 確かにな。

 だけどこれは、俺にとっても良い訓練になった。

 今までは空も含めて十分なスペースを使って戦えてたんだが、この結界は半径5メートルの半円状で、結界から出るとライフ・バーや幻影がリセットされるから、逃げるんならともかくスピードを活かした戦法は相性が悪い。

 最後はウイングビット・リベレーターを生成してからアイスエッジ・ジャベリンを雨のように降らせて終わらせたが、結界内のほぼ全域を埋め尽くすなんて力技でしかないから、戦闘訓練の意味がないよな。


「さすがにM-Iランクともなると、エレメントクラスでも大変みたいね」

「普段の戦い方が出来るんならともかく、閉所だと厳しいですね。そのための訓練としてはもってこいだと思うから、これはこれで十分有用ですけど」


 力技ではあるが、いざって時は有用だから、経験としては悪くないと思っておこう。


「とりあえず、これで完成って言ってもいいと思う。設置場所が総合学園のコロシアムだから、高ランクモンスターの魔石を使う事はほぼ無いと思うけど」

「お試しって事で使うかもしれないわよ。変に自分の力を過信してる子はいるだろうから、鼻っ柱をへし折るには最適だと思うし」

「それでもGランク辺りで事足りると思いますよ」

「Sランクでも十分じゃない?」


 入学生はラウス達を除いて全員ノーマルクラスだし、確かにSランクやGランクでも十分過ぎる脅威だよな。


「だけどこれで完成か。まだ改良の余地は十分あるから、研究は引き続き継続ね?」

「ええ」


 一応の完成を見たとはいえ、Aランクモンスター以上は戦闘訓練に使えないから、継続は当然だな。

 だけどこれでクラフターズギルドにも登録出来るようになったし、俺だけじゃ完成までこぎつけることは出来なかった。

 だからMARSは、俺、真子さん、フラム、ルディアの共同開発って事にするつもりでいる。

 後はカメリアにもテストしてもらってから、メモリア総合学園に設置だな。

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