氾濫終息

 宝樹の麓でハヌマーンを含む魔物を討伐した翌日、俺達は報告のためにミステルを訪れた。


 あ、ラオフェン迷宮の方だが、昨夜アルカに戻ってきたルーカスとライラに聞いたところ、まだ中に入ってるブラック・アーミーは戻ってきてないそうだ。

 それでも昨日、50匹程の中ランクモンスターが溢れてきて、それの討伐を行ったらしい。

 溢れた魔物のほとんどはBランクで、最高でもGランクだったそうだから、討伐するのにさして時間はかからず、待機していたハンターは暇を持て余してるんだと。

 エンシェントクラスもいるし、報酬に光絹布を追加した方が良さそうだな。


 オヴェストからネージュさんとヘッド・ランサーズマスター ネルケさんも連れてきていて、ハンターズギルド第10鑑定室で報告をすると、やっぱり驚かれた。

 ハヌマーン討伐の成功もだが、異常種や災害種の数、さらに俺のレベル100到達にエレメントヒューマンへの進化と、ヘリオスオーブでも初の異常事態が続き、それを解決したに等しい状況だから当然っちゃ当然か。


 今回の討伐戦で討伐した魔物は総数700匹余りだから、ミステルどころかオヴェストでもさばき切れない。

 なのでヴァルトが所有してない魔物を優先的に献上して、後は参加者で山分けって事になった。

 ランサーは辞退を申し出てきてるんだが、無茶な戦いに付き合わせたのは間違いないし、異常種を倒した人もいるから、倒した魔物を引き取ってもらっている。

 ハンター側は、ファルコンズ・ビークのサブ・リーダー ホリーさんがエンシェントフォクシーに、クラークさんとフローラさんが共にエンシェントヒューマンに進化した。

 ホーリー・グレイブでエンシェントクラスに進化した人は出なかったが、バークスさん、サリナさん、クラリスさんはレベル61になってるから、進化は近いだろう。

 だからなんだろう、どちらのレイドもMランクやAランクモンスターの素材を使って、装備を一新する事にしたそうだ。


 ハヌマーンについては、アミスター、ヴァルト、ウイング・クレストで三等分し、魔石はネージュさんからラインハルト陛下に献上されることになった。

 ヴァルトの国内にいたんだからヴァルトが保有するべきだと思うが、公国が持つには価値が高すぎる上に余計な事を企む奴も出てきやすいからっていう理由をつけて、アミスターに押し付けたいんだそうだ。

 まあ、確かに今はともかく、何年かしたら馬鹿な事を企む輩も出てくるだろうから、安全っていう意味じゃ天樹城が無難か。


 アライアンス恒例のお披露目は、ミステルとオヴェストでそれぞれ行っている。

 どっちも驚きと歓声で迎え入れてくれたが、ラオフェン迷宮の事もあるから、今回は簡単なパレードだけで終わらせ、後はランサーズギルドに丸投げだ。


 そしてお披露目と報告を終えてから3日後、ブラック・アーミーが無事にラオフェン迷宮を攻略して戻ってきた。

 迷宮攻略に1週間が早いのか遅いのかは分からないが、全20階層以上あると目されているラオフェン迷宮なんだし、今回は氾濫を防ぐために最速で攻略をしてたはずだから、早いって事でいいんだろう。


「シーザー、無事に攻略できたようだね」

「ああ。道中はなかなか面倒だったけど、守護者ガーディアンはダイヤモンド・フェザーだったからね。倒すのは比較的楽だったよ」


 ラオフェン迷宮の守護者ガーディアンって、アイス・ロックの災害種でM-Cランクモンスター ダイヤモンド・フェザーだったのか。

 って事は最深層は、雪原とかそういった感じの階層になるな。


「全何階層だったの?」

「全24階層だよ。ただラオフェン迷宮は2階層続けて同じ環境っていう構成で、そのくせ出てくる魔物はガラリと変わるから、対処が面倒だった」


 2階層続けて同じ構成なのに、魔物は異なるのか。

 確かにそれは面倒だな。

 2階層どころか数階層続けて同じ環境っていう迷宮は、階層が多い迷宮ダンジョンにありがちらしいが、魔物がガラッと変わるのは珍しいらしい。

 それでもエンシェントオーガのシーザーさん率いるブラック・アーミーにとっては大きな問題にはならず、ほとんどのメンバーがハイクラスに進化できたし、サブ・リーダーでハーピーのロビンさんと男性ドワーフのクロウさんがエンシェントクラスに進化していた。

 ファルコンズ・ビークを含めると5人もエンシェントクラスが増えた事になるが、進化出来そうな人はまだいるから、これからも増えていくんだろうな。


「え?大和君、また進化したの?」

「ああ。エレメントヒューマンっていうのに進化したよ」


 なんか俺の話をしてらっしゃるが、いつの間にそこまで話が進んだんだ?

 他の人達には説明済みだが、ブラック・アーミーは今戻ってきたばかりだから、また最初から説明しないとな。

 というかシーザーさん、またって俺が頻繁に進化しまくってるみたいじゃないですか?


「頻繁に進化してるだろう。この1年でハイクラスやエンシェントクラスどころか、エレメントクラスっていう前代未聞のクラスにまで進化してるじゃないか」


 スレイさんにツッコまれてしまったが、確かにヘリオスオーブに転移すると同時にハイクラスに進化して、そっから1ヶ月足らずでエンシェントクラスに、そして今回エレメントクラスに進化した訳だから、確かに1年強で3段階進化しちまってるな……。


「エレメントヒューマンか。ということはレベル101になると、エレメントクラスに進化すると?」

「ハイクラスやエンシェントクラスへの進化は個人差がありますけど、エレメントクラスは違う気がしますから、多分そうじゃないかと」


 俺の葛藤を無視して、シーザーさんが話を進めていく。


 ハイクラスへの進化はレベル41~50、エンシェントクラスへの進化はレベル61~70の間で、どのタイミングで進化するかは個人差がある。

 だけど俺がエレメントクラスに進化したのは、レベル101か102になってからだ。

 もしかしたらレベル101~110の間って事なのかもしれないが、現在エレメントクラスは俺だけだから、どのタイミングで進化するのかは分からない。


「エレメントクラスの特徴は、後天的な翼族になる事だね。大和君もまだ慣れてないけど、この数日は色々やってるみたいだよ」

「そうなのかい?」

「ええ」


 確かに色々やってるが、ウイング・バーストやフライングの使い勝手は良くなってたから、後は普段の生活で翼を出しっぱなしにしてるぐらいだな。

 慣れてないから翼が引っかかったり、無意識に動かしてテーブルの上から物を落としたりして、けっこう難儀してるんだよ。


「あと後天的な翼族っていう割には、羽纏魔法は覚えませんでしたね」


 翼族のみが授かる天嗣魔法グラントマジック羽纏魔法は、残念ながら授かっていない。

 プリムを見てるから使いたいと思った事もあるんだが、こればっかりはどうにもならないから諦めた。

 多分だけど翼族とエレメントクラスは、似て非なる存在なんだろうな。


 ついでって訳じゃないが、ちゃんとウイングビット・リベレーターの特性を掴むこともしているぞ。

 ウイングビットの無限生成に刀身変形、最大12のビットへの意識投影は生成してすぐに使ったから分かってたんだが、他にもウイングビットをマウントしているラックが可動式で、肩からミサイル・ランチャーみたいな感じで撃ち出す事も出来たな。

 あとはウイングビットは基本使い捨てだが、ラックに戻すことも可能だし、マルチ・エッジと違って刻印化出来る術式に制限はなかったから、使い勝手はかなり向上している。

 見た目が某ロボットのバックパックだからなのか飛行アシストもあるみたいなんだが、ヘリオスオーブだとフライングやスカファルディングがあるし、俺も最近はそっちをメインに使ってるから、悲しいけど死にアビだな。

 いや、フライングでも使えるか、確かめてみよう。

 他にもあるかもしれないが、それはおいおいだな。


「羽纏魔法も天嗣魔法グラントマジックだし、それは当然と言えば当然かな」

「私達もそう思ったよ。まあ、新しい天嗣魔法グラントマジックを授かったみたいだから、それは羨ましいと思うけどね」

「とはいえ、私達じゃエレメントクラスへの進化は無理だろう。エンシェントクラスへの進化でさえ、望外だったんだから」


 シーザーさん、フラウさん、プラムさんに羨ましそうな顔をされてしまったが、それはエレメントクラスへの進化より天嗣魔法グラントマジックの方が比重が大きい。

 エンシェントクラスの寿命は約250年だから、頑張ればいけそうな気はするんだけどな。


「そこはなるようにしかならないだろうね」

「だね。それよりも攻略は強行軍だったから、今はゆっくりと休みたいよ」


 ああ、1週間足らずで全24階層のラオフェン迷宮の攻略なんて、そりゃ確かに強引に行く必要もあっただろうな。

 基本イスタント迷宮より狭かったらしいが、中には倍ぐらいの広さの階層もあったそうだし、1日だけセーフエリアの外で野営をする羽目になったって話だから、特にノーマルクラスの人達は大変だ。


 普通なら攻略の報告は最寄りの街のハンターズギルドなんだが、ラオフェン迷宮は旧ソレムネ国内にあり、ハンターズギルドも現在はデセオに出張所がある程度だから、報告に関してはフロートで行う事になっていて、ブラック・アーミーを含むアライアンスはこれから戻らないといけない。

 ガグン大森林調査アライアンスは既に報告を終えてるから、俺達は別に行かなくてもいいんだが、報告の後で依頼したい事があるから同行する。


 ユーリが、マイライトで大規模な山狩りを行いたいらしいんだよ。

 マイライト山脈は広く、それでいて森も深いし、去年オーク・エンペラーとオーク・エンプレスっていう終焉種の番いが生まれてたから、異常種や災害種が尋常じゃないほど生息してやがる。

 しかも冬を越したことで、さらに数が増えてるって予想されてるし、俺達も何度か狩ってるから、マジで一度大規模討伐戦でもやらないと、そのうちフィールやプラダが襲われかねないんじゃないかと思う。


 だから俺とマナ、つまりフレイドランシア天爵とラピスラズライト天爵からの指名依頼って事で、是非ともお願いしたい訳だ。

 ユーリは自領の事だから自分で依頼するつもりだったんだが、さすがにエンシェントクラスを多く動員することになるから報酬がとんでもない額になるし、規定額で済ませる訳にもいかないから、下手したら領地経営にも支障が出かねない。

 だから領地を持ってない俺とマナが金銭報酬を負担し、その上でエンシェントクラス用に高ランクモンスターの素材、特に布系も用意する事にした訳だ。


 まあ、こっちの件はまだ口にしてないし、休養もしっかりとってもらわないといけないから、実際に始めるとしても1週間は先の話になるだろう。

 エンシェントクラスに進化した人達は、装備も整えないといけないしな。


「あれ?そういえばレックス君は?」

「レックスなら、オーダーを引き連れてシュライエンに行ってるよ」

「シュライエンに?ああ、領主を捕らえるのか」

「正解」


 グランド・オーダーズマスター レックスさんは20人程のオーダーを引き連れて、ラオフェンを含む一帯を治めている領主を捕らえるため、領都となっているシュライエンに向かっている。

 本来なら領主を捕らえるのはブラック・アーミーが戻ってからの予定だったんだが、ラオフェン迷宮は一昨日にも100匹近い魔物を溢れさせていた。

 ランク的にはBランクが多かったし、俺達やホーリー・グレイブ、ファルコンズ・ビークもいたから一瞬で殲滅出来てるんだが、何を血迷ったのか領主直属の兵が素材を徴収しにやってきやがったから、逆に捕らえてラインハルト陛下の裁可を仰いだ結果、予定を前倒しにする事に決まった。

 だからレックスさんはこの場を俺達ハンターに任せて、シュライエンに出向くことになってしまったという訳だ。


「シュライエンの領主って、頭悪いのかい?」


 説明すると、シーザーさんのみならず、ブラック・アーミー全員が意味が分からないという顔をした。

 そう言いたくなる気持ちも分かるんだが、俺達の中ではバカということで結論が出てるから、その感想で間違いないと思う。


「並の頭の悪さじゃないね」

「だな。もっとも、そんな馬鹿が迷宮ダンジョンのある領地を管理する事は出来ないし、させるワケにもいかないから、陛下も即断だったそうだが」

「そりゃそうだろうね」


 迷宮ダンジョンは資源の宝庫でもあるから、可能なら攻略した上で管理をしたい。

 これは為政者なら当然の考えで、ラインハルト陛下もその例に漏れずそう考えている。

 シュライエンの領主も同様なんだが、ラインハルト陛下が連邦天帝国のために管理しようとしているのに対し、シュライエンの領主は私腹を肥やすことしか考えてないから、大きな隔たりがあるんだが。

 だからこそ攻略済みの迷宮ダンジョンを管理させる訳にはいかず、迷宮氾濫や素材の摘発といった悪行を理由に領主を捕らえて天帝直轄地とし、代官を派遣する事を決定した。

 領主は抵抗するだろうが天帝の決定だし、迷宮氾濫を起こすまで迷宮ダンジョンを放置してたのも素材の摘発を行っていたのも事実だから、言い逃れなんて出来るもんじゃない。


「馬鹿どもの事はどうでもいいさね。それより大和君、ブラック・アーミーが無事に攻略してきたんだから、もう警戒は必要ないだろう?」


 プラムさんが興味なさそうに、話題を元に戻す。


「はい。攻略が成功したら、全員で天樹城に戻ってくるようにとのことです」


 俺もあんまり興味ないし、いつまでもここにいても仕方ないから話を合わせる。


「分かった」


 トラベリングを使える人が多いから、移動はかなり楽になったよな。

 エンシェントクラスに進化したばかりの人もいるから、その人達もマルチ・エッジでのアシストを報酬にしておこう。


 ハンターのはずなのに、いつの間にか俺は報酬を与える側になってて、どんな報酬がいいのかも考えてるな。

 いや、いずれ領地が与えられる訳だから、予行演習って事で無理矢理納得しておこう。


 そう考えながら、俺はトラベリングを使い、フロートに移動することにした。

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