精霊の翼

Side・マナ


 夕方近くになって、大和達がガグン大森林から戻ってきた。

 どうやら無事に、ハヌマーンを含む宝樹の魔物達を倒したらしいけど、問題もあったらしくて、大和が真子に正座させられてお説教されてるわ。


「真子さん、もうその辺で……」

「そうだよ。ボク達そんなに怒ってないし」

「いいえ。あなた達が無事だったのは、結果論でしかないの。普通なら取り返しのつかない事になってたんだから、お説教の一つや二つは当然よ」


 リディアとアテナが減刑嘆願してるけど、真子に止めるつもりはない。

 真子曰く、魔物の数をある程度減らしたところで、ウイング・クレストはハヌマーンやその周囲の魔物の討伐に乗り出したらしい。

 予定では大和がハヌマーンを抑えている間に異常種や災害種を全て倒して、その後でハヌマーンだったらしいんだけど、力を付けることを焦った大和が先走ってハヌマーンと正面からやり合い、左手を失う程の怪我を負わされた。

 だからみんなが慌てて援護に向かったんだけど、災害種がその隙を見逃すはずがなく、リディアとアテナが重傷を負わされてしまった。

 幸い真子のミーティアライト・スフィアっていう刻印術が間に合ったから追撃はされなかったけど、そうじゃなかったら2人の命は失われていたかもしれない。

 その後で大和が刻印法具を融合させる事に成功して、無事に討伐も出来たそうだけど、確かにこれは私でも怒る案件だわ。

 大和はスリュム・ロードの討伐前にも、真子に似たような理由で怒られてたからね。

 ちなみにその事で怒られたのは大和だけじゃなく、プリムもよ。

 だからプリムも、神妙な顔をして真子のお説教を聞いているわ。

 大和みたいに正座ってわけじゃないけど。


「真子、その辺にしといてあげなよ」

「確かに結果論だし、その結果もあなたの刻印術のおかげなのは分かるけど、今は無事に、ハヌマーン討伐の成功を喜びましょう」


 見かねたファリスとエルが声を掛けてくる。


「それはそうですけど……いえ、そうですね。大和君、話はまた今度ね」


 真子はまだ言い足りないって顔をしてるけど、確かにハヌマーンの討伐には成功したし、ガグン大森林に入り込んだ氾濫種も、多分大半を討伐出来ているはずだから、今はその結果を喜んでも良いか。

 ガグン大森林の生態系に変化が出るのは確定してるし、迷宮氾濫まで絡んでるから、今後も注意深く観察しないといけないけど、そこはランサーに任せる事になる。

 ランサーズギルドは大変になるけど、今回のアライアンスに参加したハイランサーはかなりレベルを上げてるし、リーダーのミナリスを含む数人はレベル60近くになってるから、エンシェントクラスに進化出来れば少しは楽になると思う。

 いえ、エンシェントランサーになったら、グランド・ランサーズマスターに推される可能性が高いから、逆に大変な事になるかもしれないわね。


「マナ様、ラオフェンの方がどうなってるのか、聞いてますか?」


 気持ちを切り替えたのか、真子が話題をラオフェン迷宮に移した。

 一応聞いてはいるけど、まだブラック・アーミーは戻ってきてないのよね。

 それでも魔物は溢れてないから、攻略の方は順調だと思う。


「という事は、アライアンスは迷宮前で待機が続いてるんですか?」

「そう聞いてるわ。まあお昼過ぎの話だから、今はまた状況が変わってるかもしれないけど」


 もう夕方だし、もうそろそろしたらルーカスとライラが新しい情報を持って帰ってくるはずだわ。


「ルーカスとライラ待ちかぁ。仕方ないっちゃ仕方ないけど、もどかしいなぁ」


 ルディアの気持ちも分かるけど、こればっかりはどうしようもないわよ。

 そっちは報告待ちだから、今はこっちの話を進めましょうか。


「ん?なんだ?」

「なんだ、じゃないわよ。エレメントヒューマンに進化したんでしょ?」


 そう、大和はヘリオスオーブで初めてレベル100の壁を越え、エレメントクラスに進化した。

 エレメントクラスっていうのは初耳だし、エンシェントクラスの上があるなんて思った事も無かったんだけど、実際に進化した人が目の前にいるんだから、信じるしかないわ。


「ああ、その事か。確かに進化は出来たけど、大きく何かが変わったって感じはしないんだよな」

「何がよ。その背中の翼は何なのよ」


 なんてことを言う大和だけど、背中に翼族としか思えない立派な翼があるんだから、私達からしたら大きく変わったとしか思えない。


「ウイング・バーストを常時纏ってるような感じではあるが、翼の感覚はより鮮明になったな。思ってたより簡単に動かせるし」


 そう言って背中の翼をパタパタと動かす大和。

 さすがに屋内だから広げたりはしてないけど、それでも片側だけを動かしたりとかも出来てるから、本当に思った通りに動かせてるみたいだわ。


「けっこう自由に動くのね。プリム、翼族として見るとどんな感じなの?」


 この場にはエンシェントハンターやハイランサーもいるけど、翼族はプリムしかいない。

 だから本当に大和が翼族になってるのか、それを判断できるのもプリムだけになる。


「さっきも思ったけど、本当に翼族と変わらないわね。元々ウイング・バーストは、エンシェントクラスの魔力を翼族の翼に見立てて自己強化を行う固有魔法スキルマジックだけど、大和はエレメントクラスに進化した事で、常にウイング・バーストを纏ってると言ってもいい状態になってるんだと思う」


 ウイング・バーストの常時展開みたいなものなのね。

 本来ウイング・バーストに使う魔力は、強化に充てるための魔力でもある。

 だから強化魔法の一種になるし、余剰分を回してるっていう意識も無いんだけど、エレメントクラスだと完全に余剰魔力って事になるのか。


「あとあたしも、ステータリングが奏上されてから初めて知ったんだけど、翼族って翼を消すことも出来るでしょ?」

「ええ。寝る時とかは邪魔になるからって事で、必ず消してるわよね」


 翼族に限らず、竜族や妖族も、生活のために翼を消したり、下半身を変化させたりしているわね。

 天嗣魔法グラントマジック人化魔法を使ってるからっていうのは有名だわ。


「実は翼族も、その人化魔法を使って翼を消してるの。ステータリングに人化魔法ってあったし、試しに使ってみたら間違いなかったわよ」


 翼族も人化魔法が使えたなんて、さすがに初耳だわ。

 だけど確かにリディアやルディア、フィーナにレイナは人化魔法を使って背中や両腕の翼を消してるし、逆にアテナとエオスは竜化魔法を使う事で翼を生やしたりしている。

 翼族の翼は生まれつき魔力が多いから、余剰魔力で形成されてるって言われてるけど、確かに消したりも出来るんだから、よく考えたら翼族が人化魔法を使えてもおかしくはないか。


「ということは大和さんも、人化魔法が使えるようになったって事ですか?」

「多分ね。それにあたしは慣れてるけど、大和は慣れてるワケないから、普段の生活に支障が出ると思う。だから多分、使えるようになってると思うわ」

「どうなんですか、大和さん?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 みんなに視線を向けられた大和が、急いでステータリングを確認している。

 ヒューマンやエルフなんかの人族は人化魔法なんて言われてもピンとこないから、大和も予想すらしてなかったみたいね。

 私もそうだから、気持ちは分かるわ。


「あー、あるな。あと融合魔法も増えてやがる」


 どうやら覚えてたみたいね。

 だけど融合魔法までって事は、天嗣魔法グラントマジックも授かったって事じゃない。

 人化魔法も天嗣魔法グラントマジックだけど、竜族や妖族にとっては生活に必要な魔法でもあるから、例外扱いされている。

 エレメントクラスに進化した大和も、人化魔法は例外扱いで授かったって事になるのかしら?


「融合魔法も授かったのか。いや、進化すれば新たな天嗣魔法グラントマジックを授かるんだし、これは特におかしくはないか」

「そうね。フェアリーのファリスはともかく、ハーピーの私は人化魔法が使えなかったら生活どころじゃないから、大和君が人化魔法と融合魔法を授かったのは当然だと思う」


 ファリスとエルも、人化魔法を授かるのは当然で、進化したから新しく融合魔法を授かったって予想してるか。

 という事は、属性も何かしら授かってるわね。


「大和さん、属性はどうですか?」


 リディアも気になるようで、真っ先に大和に属性が授かったかどうかを訪ねている。


「ああ、そっちは土属性魔法アースマジックだった」

土属性魔法アースマジックって、また意外な属性ね。いや、そうでもないか」

「ええ。元々俺は火属性は苦手だし、同じ理由で雷属性魔法サンダーマジックも滅多に使わない。闇属性に至ってはそもそも適性がないですから」


 そういえば確かに、大和は火属性魔法ファイアマジック雷属性魔法サンダーマジック闇属性魔法ダークマジックも使わないわね。

 全く使わないってワケじゃないけど、水や氷、風に比べたら使用頻度は極端に低い。

 別にこれは大和が珍しいワケじゃなく、苦手だったり適性のない属性魔法グループマジックの使用頻度が低いのは普通の事だし、だからこそ全属性が満遍なく使えないと習得出来ないトラベリングの習得に手間取ったのよね。


「授かる属性魔法グループマジックもランダムっていうのは、天嗣魔法グラントマジックと一緒なのか」

「そんな感じですね」


 属性魔法グループマジック天嗣魔法グラントマジックも、選べたらすごい偏りが出そうな気がするわよね。


「大和君、装備品の方はどうなの?」

「装備品、ですか?」


 ファルコンズ・ビークのホリーが、興味深そうな顔をしている。

 というか、なんで装備なの?


「みんな忘れてるようだけど、そもそも大和君が合金を試したのは何のため?」

「「「あっ!!」」」


 完全に忘れてたわ。

 大和とエドが合金を作ったのは、既存の魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイトじゃ、ハイクラスの魔力に耐えられないからだった。

 幸いにも翡翠色銀ヒスイロカネ青鈍色鉄ニビイロカネ、そして瑠璃色銀ルリイロカネはハイクラスどころかエンシェントクラスの魔力にも耐えてくれてるけど、大和がエレメントクラスに進化した事で状況が変わった。

 もし合金がエレメントクラスの魔力に耐えられないとしたら、大和にとってまた去年の問題が再燃した事になる。

 しかもそのエレメントクラスは大和しかいないから、問題になるのは間違いないけど、以前ほど大きな問題にはならないわね。


「進化したのは、多分ハヌマーンを倒してからなんで、何とも言えないですね。ただ今の所は、特に魔力が淀むとか、そんな感覚はないです」


 進化したタイミングが討伐後なら、確かに何とも言えないわね。

 今の所は大丈夫って事だけど、どうなるかはしっかりと確認しておかないと命に関わるから、何日かしたら大和も検証に乗り出すでしょうけど。


「今の所大丈夫って事なら、すぐに装備がダメになる事はなさそうだな」

「だな。俺らがハイクラスに進化した直後は、すぐに魔力の淀みが感じられたんだ。そう考えると、装備がイカれるとしても、急にって事はないんじゃないか?」


 ホーリー・グレイブのクリフとファルコンズ・ビークのクラークの言うように、昔はハイクラスに進化すると同時に装備品に流れる魔力が淀むのが分かったそうよ。

 戦闘中に進化する人もいたし、実際クラークと奥さんのフローラはそうなんだけど、そのせいで武器が壊れて、危うく死にかけたって言ってたわね。


「近いうちに調べてみますよ。まあ今の所は俺しかいないし、さらに俺は刻印法具もあるから、最悪の場合でも何とかなりますし」

「それは羨ましい話よね」

「背中から伸びた板みたいなのに、剣が翼みたいに生えてたわよね。あんなのまで生成出来るなんて、すごいじゃない」


 今度は大和が新しく生成した刻印法具に、話が飛んだわね。

 大和がずっと試してたマルチ・エッジとミラー・リングを融合させたのがウイングビット・リベレーターで、確か翼刃状融合装飾型だっけ?


「融合型は双刻の生成者にとって、本来の刻印法具って事らしいです。とはいえ、融合させられない人の方が多いんですけどね」

「そうなの?」

「ええ。その辺は私も詳しくないですけど、そんな話は聞いた事あります」


 確か大和のお父様とお母様をはじめ、真子も数人しか知らないって言ってたわね。


 そのウイングビット・リベレーターは、背中にあるラックっていう板のような枝のような物が左右一対あり、そこから6本ずつ翼刃が、ウイングビットっていうそうだけど、それがぶら下がっている。

 ウイングビットは大和の魔力が許す限り何本でも生成出来て、剣のように使うのはもちろん、スフィア系の魔法みたいに使う事も出来るそうよ。

 実際大和はハヌマーンと戦った際、アイスエッジ・ジャベリンを無数に撃ち出してたって聞いたわ。


「他にも何かあるだろうから、それは要検証だな」


 なんて大和が言ってるけど、刻印法具の特性はそれぞれ異なるから、大和や真子でもどんな特性や能力があるかは分からないそうよ。

 ウイングビット・リベレーターはマルチ・エッジとミラー・リングを融合させてるから、その2つの特徴は継承していて、だからこそウイングビットを無数に生成出来るそうだけど、他は試してみないと分からないんですって。

 あと分かってるのは、12のウイングビットに意識を投影できるから、自由に動かす事が出来るってことみたいだわ。

 生成出来ておめでとうっていうワケじゃなく、生成してようやくスタートって事だから、私達が思ってるより生成者っていうのは大変なのね。


 そういえば大和がウイングビット・リベレーターを生成出来たら、何か試すみたいな事を言ってなかったかしら?

 まあ急ぐ事でもないでしょうし、先にウイングビット・リベレーターの性能を把握しないといけないでしょうから、聞くとしてもまた今度かしらね。

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