大和の決意

Side・ミーナ


 大和さんに付き添って、私はラオフェン迷宮の前にやってきました。

 他にフラムさんと真子さんも付き添い、というかお目付け役として来ていますが、大和さんは浮足立っていますから、1人で行動させるワケにはいきません。

 既に日は沈んでいますが、私達の来訪理由が理由ですから、まずはグランド・オーダーズマスターを務めている兄さんのいる獣車に行かなければ。


「大和じゃねえか。どうしたんだ?」


 オーダーが仮宿としている多機能獣車で、既に夕食も終えているため、数人のオーダーが見張りをしています。

 その中の1人は、ソレムネ進軍中に第一分隊に派遣されていた男性ドラゴニュートのハイオーダーで、私達も顔見知りです。


「レックスさんに伝えたい事があってな。取り次いでもらえるか?」

「分かった。ちょっと待ってろ」


 そのハイオーダー ジュドーさんは、同僚に声を掛けてからミラースペースに下りて行きました。


「こんな時間に来るなんて、珍しいこともあったものね」

「だな。ガグン大森林で問題でも起きたのか?」


 兄さん達を待っている間に、ラオフェン迷宮に派遣されているグレイシャス・リンクス、ワイズ・レインボー、スノー・ブロッサム、セイクリッド・バードの皆さんも集まってこられました。

 私達がホーリー・グレイブ、ファルコンズ・ビークと共にガグン大森林の調査を行っていることは知らされていますし、ガグン大森林に災害種が向かった事もご存知ですから、何か想定外の事態が発生したのではと心配してくださっています。

 想定外の事態という意味では、間違ってはいませんけども。


「ガグン大森林も問題でしたけど、今の所は私達で何とか出来る感じです。それより別の問題が発生したので、レックスさんに報告に来たんですよ」

「別の問題?」

「ガグン大森林以外で?何があったの?」


 真子さんが説明してくれていますが、要領を得ないといった感じで、皆さん首を傾げています。


「ええ。レックスさん達が来たら、皆さんにも報告しますよ。悪いどころか良い話ですから」

「さっぱり分からないな」

「まあ、悪い話なら、そんな顔はしないわよね」


 私達がどんな顔をしているのかは分かりませんが、緊急というワケではありません……いえ、ある意味では緊急ですね。

 あ、兄さん達も出てきましたね。


「大和君、真子さん、フラムさん、それにミーナも。こんな時間にどうしたんだい?」

「報告があると聞いたが、その顔を見る限りじゃ緊急というワケじゃなさそうだな」


 マリー義姉さん、ミューズ義姉さん、サヤ義姉さんも一緒ですか。

 3人ともエンシェントクラスですから、お伝えしておいた方がいいと思っていましたけど、来てくれたのなら都合が良いですね。


「ローズマリーさん、ミューズさん、サヤも。出て来てくれて良かったわ」

「はい?」

「私達が、ですか?」


 義姉さん達はよく分からないという顔をしていますが、それはそうでしょうね。


「その理由も含めて、説明させるわ。ね、大和君?」

「やっぱり俺ですか?」

「当たり前でしょ。こういう話は、夫から説明するものよ」

「分かりましたよ。えっとですね、実はさっき分かったんですが、マナが妊娠しました」


 真子さんに促されて、ようやく大和さんが口を開きました。

 マナ様は天帝位継承権1位をお持ちですが、同時にラピスラズライト天爵家当主でもありますから、跡継ぎは必要です。

 ラインハルト天帝陛下の実の妹君でもあられますから、このお話は連邦天帝国全土に広めなければならないお話でもあります。


「な、なんだって!?」

「マナ様が妊娠!?」

「おめでたいじゃないか!」

「おめでとう、大和君!」


 皆さん口々に、大和さんに祝福の言葉を掛けて下さいます。

 大和さんは照れくさそうなお顔をしていますけど、嬉しそうでもありますね。


「ありがとうございます」

「確かに目出度い話だ。陛下には?」

「明日、バトラーから報告してもらいます。俺達はガグン大森林の調査中なんで」

「そういえばウイング・クレストは、ガグン大森林の調査をしていたな。だけどマナ様が妊娠されたということは、必然的に離脱せざるを得ないか」

「戦力は低下するけど、仕方ない話よね」


 マナ様が妊娠されたということは、当たり前ですが戦闘行為は厳禁になります。

 緊張感もすさまじいガグン大森林の調査なんて、させられるワケがありません。


「そっちは俺が、何とかカバーします」


 マナ様の妊娠を知らされた当初は、もの凄く狼狽していた大和さんですが、マナ様に諭されてから、しっかりと気持ちを切り替えられています。

 切り替えざるを得ないお話でしたから、無理もありませんが。


「思ったよりしっかりしてるね。大丈夫なのかい?」

「ええ。マナが妊娠したって事は、ガイア様の予知夢も遠くないってことなんで」


 その一言で、皆さんが納得したという表情をされました。


 ガイア様の予知夢によれば、大和さんは魔族の大群に囲まれ、窮地に陥ることになっています。

 その時期はマナ様がご出産後のようですから、早ければ半年後、遅くても1年以内という事になります。

 行軍中に世間話としてガイア様の予知夢のお話もしたことがありますから、皆さんご存知なんですよ。


「確かに否定できない話ですね」


 マリー義姉さんの言う通りです。

 その場は無事に切り抜けられるともお聞きしていますが、それでも力を付けておかなければ、悪い意味で予知夢が外れてしまう事になりかねません。

 マナ様にそう諭された大和さんは、生まれてくる子のためにも改めて強くなることを、マナ様に誓われたんです。


「じゃあ大和君は、レベル100を目指すの?」

「ええ。多分だけど、レベル100を超えたら、別のクラスに進化するんじゃないかと思うんで」


 以前エスペランサの防衛を行った際、グランド・プリスターズマスター イデア様からお聞きしたお話ですね。

 有史以前より、ヘリオスオーブではレベル100に到達した人は存在しません。

 現在は大和さんが最高レベルを更新されていますが、それ以前はシンイチ・ミブ様のレベル95が最高でした。

 ですからエンシェントクラスの上があるかもしれないと考えた人は、誰もいないんです。

 イデア様も明言されたわけではありませんが、お話を伺った際の様子では、エンシェントクラスの上はあるのは確実だと大和さんや真子さんが仰っていました。


「エンシェントクラスの神帝が魔化結晶を使った結果、エンシェントクラスが束になっても敵わない力を手に入れてしまった、か」

「さらに大和君や真子と同じく刻印法具を生成するとなると、厄介どころの話じゃないわね」


 30年程前、シンイチ様、カズシ様、エリエール様が深手を負わせ撤退させる事に成功されていますが、ご自身も大きな傷を負ってしまいました。

 お三方はその時の傷が元でお亡くなりにならていますが、神帝は魔化結晶を取り込むことで命を長らえることに成功しているそうですから、結果的に見れば神帝に軍配が上がったと言えます。

 しかも魔族と化した事で、お三方と相対した時よりも遥かに強くなっていますから、シャザーラさんやフラウさんの仰るとおり、厄介なんていう話じゃ済まなくなってきています。


「幸いというか、まだ半年以上ありますし、ガグン大森林やクラテル迷宮の事もあるから、頑張ってみますよ」

「私も同じ意見です。神帝は私達の世界の人間みたいですから、責任もありますし」

「そうかもしれないが、だからといって君達だけに任せるワケにはいかないぞ?」

「自分達が住んでる世界のためだしね。何もしなかったら、何のためにエンシェントクラスにまで進化したのか分からないわよ」


 私もプラムさん、スレイさんと同じ意見です。

 神帝の正体が何であれ、倒さなければヘリオスオーブが滅ぶなどと言われていますから、私達にとっても切実な問題です。

 それに私や同妻の皆さんは、大和さんの力になりたいと思い、エンシェントクラスにまで進化する事が出来たのですから、神帝の正体は関係ありません。


「ありがとうございます」

「お礼を言うのは、私達の方じゃない?」

「大和君達のおかげで、私達も進化できたようなものだからな。それはそうと、マナリース殿下のご懐妊の報告以外にも、まだ何かあるんじゃないのか?」


 ミューズ義姉さんにそう言われて、もう1つ来訪理由があったことを思い出しました。


「そうでした。まだ確定じゃないんですけど、エンシェントクラス、というかハイクラス以上が妊娠すると、発覚が遅れるんじゃないかって真子さんが言ってるんですよ」


 大和さんが口を開くと、皆さん驚かれていました。

 特にこれから妊娠するであろうマリー義姉さん、ミューズ義姉さん、サヤ義姉さんは、目を大きく見開いています。

 私もでしたから、気持ちは分かります。


「ど、どういうこと?」

「私が説明するわ。ハイクラスやエンシェントクラスって、病気に罹らないって言われてるでしょう?」

「ああ。過去に流行病で滅んだ町や村があったが、ハイクラスは罹患した様子も無かったと聞いている」


 流行病は下手な魔物よりも恐ろしいですから、サユリ様がヒーラーズギルドを設立される以前からカズシ様、シンイチ様達が危険性を訴えておられました。

 ですからアミスター、トラレンシア、バリエンテではあまり流行ることはなかったのですが、ソレムネやレティセンシアでは猛威を振るったことが幾度かあります。

 その時は罹患した町や村を完全に封鎖し、当時の回復魔法の使い手も治療を拒否していたそうですから、命が助かるかどうかは完全に運任せだったそうです。

 そこにたまたまハイクラスもいたそうなのですが、その方は周囲の人々が病で苦しんでいるのに、ご自身は感染した様子も無く、それどころか看病や村の警備などに駆け回られていたと聞きます。

 のちにヒーラーズギルドが調べたところ、ハイクラスの魔力は病魔を退けるほど強いため、ハイクラスは病に罹りにくく、エンシェントクラスは病に罹らないと結論付けられました。


「妊娠した場合って悪阻が起こるでしょう?」

「ああ。あれは辛いと聞くな」

「悪阻は妊娠初期にしか起こらないんだけど、母体が胎児に慣れていないことが原因の、一種のアレルギー反応だって言われているの」

「そうなの?」

「一説によればってところで、地球でも解明されたワケじゃないんだけどね。だけどアレルギー反応は、体内に入り込んだ異物を抑制するための過剰反応だから、ある意味じゃ病気ってことになるわ」


 真子さんの説明はよく理解出来ないんですが、ようは胎児が母体にとっての異物として認識されている妊娠初期でも、膨大な魔力のおかげで兆候が表れにくく、胎児がある程度大きくなってから悪阻が起こるのではないかということみたいです。


「つまり私達も、いずれは妊娠するだろうから、発覚が遅れる可能性があるってことよね?」

「ええ。だから定期的とは言わないけど、月に1度ぐらいはヒーラーズギルドで確認しておいた方がいいと思うわ」


 サヤ義姉さんはハンターですが、マリー義姉さんとミューズ義姉さんはオーダーで、グランド・オーダーズマスターの兄さんの補佐でもありますから、妊娠が発覚すれば休職することになります。

 気付かずに無理をしてしまうと、母体はもちろん胎児にも悪影響が出てしまうでしょうから、月に1度ぐらいの検査はしておくに越したことはないでしょう。

 私達も、真子さんやアプリコット様が定期的に検査をして下さることになっていますから、突然発覚して慌てることもなくなるんじゃないかと思います。


「エンシェントクラスに進化したことによる、数少ない弊害ね」

「私達は問題ないけど、真子達やサヤ達にとっては切実な問題だな」


 妊娠できるのは40歳までですから、スレイさん、フラウさん、プラムさん、シャザーラさんは妊娠することはありません。

 ですが私達ウイング・クレストと兄さんの奥様方は10代から20代で、しかも新婚ですから、本当に切実な問題です。

 マナ様には申し訳ありませんが、早めに分かって助かったというのが私達の心境ですね。


「マルカ殿下のこともありましたし、まだ推測でしかありませんから、これからグランド・ヒーラーズマスターにも報告して、調べていく事になると思います」

「独身のハイクラスも多くなってきているから、確かに早めに調べてもらった方がいいわね」

「なんとか頑張りますよ。そのためには、ガグン大森林の方を何とかしないといけませんけど」

「そっちは頑張って、としか言えないわね」


 グレイシャス・リンクス、ワイズ・レインボー、スノー・ブロッサム、セイクリッド・バードの皆さんは、ラオフェン迷宮がどうなるか分かりませんから、攻略のために中に入っているブラック・アーミーが戻るまで動けません。

 ですからガグン大森林は、私達ウイング・クレストとホーリー・グレイブ、ファルコンズ・ビーク、そして派遣されたランサーで対処する必要があります。

 ガグン迷宮も気になりますが、攻略する前にガグン大森林に入り込んだ災害種を討伐しなければなりませんし、場合によっては終焉種ハヌマーンも討伐しなければなりません。

 本音を言えば、この場の皆さんにも協力して頂きたいぐらいですが、ラオフェン迷宮も放置できませんから、私達でやるしかありません。


「というか、大和君がやる気だし、ハヌマーンも討伐するつもりだろ?」

「可能ならってとこですけどね。本当にエンシェントクラスの上があるのかは、試してみないと分からないですし」


 本当にエンシェントクラスの上があるのかは、実際にレベル100に到達するか進化しなければ分かりません。

 先の事もありますから、大和さんは本気でレベル100を、可能ならその先の進化を目指しています。

 ですが本当に進化が可能なら、私達も黙っているつもりはありません。

 大和さんの隣で戦えるように、必ず進化してみせます。

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