異変

Side・マナ


 夜営予定地でメガ・クエイク、クエイク・コングを倒した私達だけど、メガ・クエイクの土属性魔法アースマジックによる地震のせいで荒れてしまって、とても夜営なんて出来なくなってしまった。

 多機能獣車を出せる場所があればいいんだけど、そんな簡単に見つけられるとは思わないから、頭が痛いわね。


「そろそろ日も暮れるし、空からも場所は見つけにくいね」

「というか、空なんか飛んだら、ハヌマーンを刺激するだけでしょう?」

「そうなんだよねぇ……」


 ファリスとエルも、どうしたもんかと頭を悩ませているわね。

 夜行性の魔物もいるし、今はガグン大森林の魔物がどう動くかが予想できないから、早めに夜営地を探さないといけないんだけど、日が暮れてしまったら動けなくなる。

 かといってここはメガ・クエイクやクエイク・コングだけじゃなく、メガ・クエイクの地震で一掃されたステラ・ガルムの血の臭いも染みてるし、地震で地面になっている根も荒れてるから、とてもじゃないけど夜営なんてできないわ。


「仕方ない、今夜はアルカに行くか」

「ガグン大森林の様子は気になるけど、今回はそれが最善かな」

「そうね。悪いけど、お願いできる?」


 空から夜営できそうな場所を探すっていう手もあるけど、ガグン大森林で下手に空を飛んでしまうとハヌマーンを刺激してしまうから、出来れば避けたい。

 そうなると危険を承知で、夜のガグン大森林を歩いて場所を探すしかないんだけど、絶対に見つかるっていう保証も無いし、ハイクラスのみんなは疲労困憊だから、出来れば早く休ませたいわ。

 トラベリングを使ってミステルに戻るっていうのも手だけど、アルカなら大和や真子の持っている転移石版を使えば簡単にこの場に戻ってこれるから、リスタートも簡単にできる。

 それに下手にミステルに戻ってしまうと、不安感を煽るだけな気もするから、最善かどうかはともかくとして、アルカで一晩明かすのも止む無しね。


「それじゃあ今夜は……うっ!」


 今夜はアルカでって言おうとした瞬間、突然私は激しい吐き気に襲われ、その場に蹲ってしまった。


「マナッ!大丈夫か!?」

「だ、大丈夫……ありがと……うぷっ!」


 大和に心配かけまいと思ったのに、これはダメだわ。

 というか、なんで急に吐き気なんか……。


「エル、もしかしてこれは?」

「多分ね。真子、診てもらってもいい?」

「あっ!わ、分かりました!マナ様、失礼します!『エグザミニング』!」


 ファリス、エル、真子の3人は私の体調不良の原因が分かったみたいだけど、それならそれで少しは安心できる……のかしら?


「やっぱり!大和君、急いで転移石版を!」

「え?」

「早くしなさい!」

「わ、分かりました!」


 ものすごい剣幕の真子に言い寄られて、大和が転移石版を使う。

 というか、原因が分かったのなら早く教えて欲しいんだけど?


「ここじゃダメです!というか、これからマナ様は、狩りを禁止します!」

「な、なんでっ!?うっ……」


 原因を教えてくれるどころか狩りの禁止って、なんでよ!?


「まあ、仕方ないですね」

「ええ。むしろ当然の措置です」


 ファリスとエルの言葉に、何人かが納得している。

 だけど私は納得出来ないし、大和なんてちょっと狼狽してるから、今の会話は耳に入ってない感じだわ。


「ともかく、急いでアルカに行きましょう。真子、こっちは任せてもらって構わないよ」

「お願いします!」


 真っ先に転移石版の魔法陣を通過した真子に続いて、私達もアルカに戻る。

 みんながアルカに転移したのを確認してから、大和は魔法陣を閉じたけど、私の体調が優れないことを心配して、本殿まで抱き上げて連れていってくれた。


 本殿に到着すると、先に戻っていた真子だけじゃなくアプリコット様までやってきて、すぐに3階にある私の私室に連れていかれた。


 夜は本殿4階にある寝室でみんな一緒に寝てるけど、気分が乗らない日や体調が優れない日もあるから、本殿3階には大和も含めて、全員の私室があるの。

 最上階の露天風呂は寝室からしか行けないから、そこだけがちょっと問題ね。


「これで良し。アプリコット様、どうですか?」


 すぐに着替えさせらてベッドに寝かされた私だけど、さすがにAランクヒーラーとMランクヒーラーが額を突き付けて悩まし気な顔をしていると、すごく不安になるわね。

 エンシェントクラスは病を患う事は無いはずなのに、もしかしたらすごくヤバい病気なんじゃないかって思っちゃうわ。


「真子さんと同じ見立てだし、エグザミニングでも間違いないわね。おめでとうございます、マナ様」

「へ?」


 突然アプリコット様におめでとうとか言われてしまって、思わず間の抜けた声が出た。

 というか、気分が悪いのにおめでとうって、普通に意味が分からないんですけど?


「えっとですね、マナ様、妊娠されているんですよ。もう4ヶ月目に入ってます」


 ……え?

 妊娠って……私が?

 もしかしなくても、それって大和との子ってことよね?

 というか、4ヶ月?


「吐き気は悪阻ですから、もうしばらくすれば落ち着くはずです。私も真子さんに言われるまで気付けませんでしたが、こればかりは個人差もありますから」


 そういえば、確かエリス義姉様はレストを妊娠中、よく体調を崩していた気がする。

 逆にマルカ義姉様は、私と同じで特に兆候は感じられなかったわ。

 あ、でもマルカ義姉様もエンシェントアルディリーに進化してるから、それで気付くのが遅れたって事になるのかしら?


「さすがに2人目ですから、その可能性大ですね。あとでグランド・ヒーラーズマスターには報告しますけど、簡単に調べられるものじゃないですから、どうなるかは分かりませんが」


 まあ、私は天爵だし、マルカ義姉様は皇妃、さらに妊娠してるエンシェントクラスは私達2人だけだから、調べるのも大変よね。


「そっか……私、妊娠してたんだ」

「気付けなくて、申し訳ありません」


 頭を下げる真子だけど、私だって気付かなかったんだから、さすがにそれは無理でしょう。


「気にしないで。それにしても、ガイア様から聞いてはいたけど、本当に私が一番最初なのね」


 聖母竜マザー・ドラゴンガイア様の予知夢によれば、最初に大和の子を産むのは私で、次がリカということになっていた。

 その次はプリムかフラムのどちらになるか分からないけど、お話を聞いた限りだと私を含む4人が子を産むのは間違いない。

 私はもう少し先の話だと思ってたけど、いざ妊娠したって分かると、何というか、嬉しいんだけど、不安にもなってくるわね。


「そんなものですよ。私もプリムを身籠っていた間は、同じ気持ちでしたから」


 身近に経験者がいると、アドバイスを聞けるから、そこは助かるわ。

 ファリスとエルが気付いたのも、2人とも子持ちだからだったのね。


「さて、それじゃあ私は、みんなに説明してこないと」

「あ、待って。私も行くわ」

「ダメです。マナ様はここで、アプリコット様に看病してもらっててください」


 私の口から直接話したかったのに、あっさりと真子に止められてしまった。


「本来ならその方がいいですし、そうするべきなのですが、歩くのも辛い程だったとお聞きしています。お腹の子のこともありますから、今は体を休めることを優先してください」


 アプリコット様にそう言われてしまうと、私としても従うしかない。

 大和には私から報告したかったのに、本当に残念だわ。


Side・プリム


「マナが妊娠!?」

「ええ。私だけじゃなくアプリコット様も確認したから、間違いないわよ」


 アルカに戻ってすぐにマナが連れていかれたのに、ファリスさんやエルさんは特に慌ててなかったから、もしかしたらっていう予感はあったけど、やっぱりだったか。

 最初に妊娠するのはマナだって分かってたとはいえ、出来れば最初に大和の子を産みたかったけど。


「しかも妊娠4ヶ月か。普通はもっと早く気付くんだけどね」

「そうよね。マルカ殿下のこともあるから、エンシェントクラスだと気付きにくいってことなんでしょうけど」


 エンシェントクラスはあらゆる病に罹らないって言われてるから、それはあるかもしれない。


「じゃ、じゃあマナは?」

「部屋で安静にしてもらってるわ。アプリコット様もついてくれてるから、少し落ち着きなさい」


 大和が激しく狼狽えてるけど、こればっかりは仕方ないか。

 だけど大和が出来ることって、何もなかったりするのよね。

 ああ、1つあったわ。


「大和さん、陛下や兄さん達にも報せないと」

「え?あ、そうか!」


 ミーナの言う通り、ライ兄様やレックスさん達に報せないといけないんだけど、大和はすごくテンパってるから、そこまで考えが及んでいないみたい。

 落ち着かせるためにも、大和に行かせた方がいい気がするわ。

 ユーリやヒルデ姉様、リカさんにも報せないといけないんだけど、3人はそろそろ戻ってくるはずだから、それからでもいいでしょう。


「そっちも大事だけど、明日からのガグン大森林の調査をどうするのか決めないといけないわよ?」

「「「あ……」」」


 エルさんに言われて思い出した。

 そうよ、あたし達って、今はガグン大森林の調査をしてたんじゃない。

 なのにそのこと、完全に忘れてたわ。


「同妻の妊娠だし、仕方ない話だけどね。ともあれ、マナ様の離脱は当然だけど、君達はどうするんだい?」

「どうするもなにも、参加するわよ」


 マナが離脱するのは当然だけど、だからといってあたし達まで離脱する理由にはならないでしょう。


「それはそうなんだが、明日は天樹城やラオフェンにも報告に行くんだろ?誰かは残らないとダメじゃないか?」


 クリフさんにそう言われて、顔を見合わせるあたし達。

 完全に考えてなかったわね。


「それでしたら、私どもにお任せください」


 どうしようかと思ってたら、ルミナが名乗りを上げてきた。

 いや、天樹城は問題ないと思うけど、ラオフェン迷宮の方は無理でしょ。


「プリム様の仰る通り、ラオフェン迷宮は手に余りますが、アソシエイト・オーダーズマスターはフロートに戻られているのですよね?」

「どうでしょう?オヴェストかミステルに残ってる気もしますね」

「ラオフェンの方は、今からでもよくないかい?」


 ルミナはミランダさんに伝言を頼もうと考えてたみたいだけど、フロートに戻ってるかどうかは分からない。

 それならファリスさんの言う通り、今から直接伝えてもいい気がするわ。


「それがいいか。大和、行ってくる?」

「おう!」

「待ちさないよ!」


 言うが早いか、大和がラオフェンに向かおうと駆けだしたけど、真子の風の刻印術によって捕縛された。


「まったく……。行くのは構わないけど、誰かお供をつけなさい。あと、その前にマナ様に会っていったらどうなの?」

「……はい、すいません」


 ここまでテンパってる大和を見たのって、さすがに初めてだわ。

 あたしは、分かってたこととはいえ、最初に大和の子を身籠れなかったから、少しマナに嫉妬してるけど、それでも心から祝福している。

 マナとは姉妹同然の付き合いだったし、今は同じ男に嫁いだ同妻だしね。


 大和は真子に連行されるように、マナの元に連れていかれた。

 あたし達も、あとでマナのお見舞いにいかないといけないわね。


「私達もお見舞いに行かせてもらいたいけど、明日の事も考えないといけないね」

「ええ。マナ様が動けなくなったのは痛いけど、私達まで調査を打ち切るワケにはいかないわ」


 一瞬忘れてたけど、あたし達はガグン大森林の調査をしている最中だった。

 マナは妊娠してるから離脱は当然なんだけど、あたし達まで離脱する理由にはならない。

 だから明日も調査を続行するしかないんだけど、問題なのはあたし達やマナでもないのよね。


「大和の奴はどうするんだ?」

「マナ様が説得してくれると思うけど、役に立たないと思っていいだろうね。クリフも身に覚えあるだろ?」

「俺の事はいいんだよ!」


 クリフさんとファリスさんは夫婦で、結婚して10年以上経ってるって聞いてる。

 子供もいて、今はフロートのファリスさんのお母様に預けているそうよ。

 なんでもファリスさんが妊娠した時、クリフさんは舞い上がっちゃって、狩りに出ても上の空で、ロクに魔物も狩れなかったらしいわ。

 だからファリスさんは、大和も同じような感じになるんじゃないかって心配してるの。


「否定できないわね。特にマナ様のお腹の子は、大和君にとっても初めての子になるんだから、何をしても上の空になるだろうし、集中力も欠けるでしょうね」


 マナだけじゃなく、大和も離脱させた方がいいんじゃないかって雰囲気になってるわね。

 確かにさっきの大和の様子を見たら、そうした方がいいんじゃないかって気もするわ。


「事情が事情だからやむを得ないが、それでも大和殿の離脱は痛いな」

「ヘリオスオーブ最高レベル更新者だし、終焉種討伐の実績も大きいからね」


 終焉種討伐の実績はあたしにもあるし、エルさんにもあるんだけど、レベルという意味では大和の離脱は痛い。

 先日のガグン迷宮の氾濫を鎮圧した事で、大和のレベルは97になってるから、名実共にヘリオスオーブ最高戦力になってるし、終焉種もオーク・エンプレス以外は大和がトドメを刺してるから、あたしもちょっと心細いわ。

 だけどマナの事もあるし、上の空で調査に来ても怪我で済むかも分からないから、大和の離脱も止む無しね。

 明日は大和とマナ抜きで、何とかするしかないか。

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