宝樹への道のり

 ラオフェン迷宮のレックスさん達にマナの妊娠を伝えた翌日、マナをアルカに残し、俺達はガグン大森林に戻った。

 ユーリ、ヒルデ、リカさんには昨夜のうちに伝えてあるし、エド達やラウス達も同様だ。

 あとはラインハルト陛下達への報告だが、そっちはルミナさんやルーカス、ライラに任せることにした。


 本当は俺もそっちに行きたかったし、マナの傍を離れたくはなかったんだが、マナとの子が生まれてしばらくしたら、俺は魔族の大軍と戦うことになる。

 今のうちに力を付けておかないと、悪い意味でガイア様の予知夢が外れることもあるって諭されてしまった。

 妊娠や出産の苦しみは男には分からないが、俺に出来る最善のことは強くなることだとも言われてしまったから、気を取り直して俺はレベル100を、そしてその先にあると思われる新たな進化を目指すつもりだ。


 と意気込んでみたものの、今日はまったく魔物に出くわさないから、ちょっと肩透かしを食らった気分だ。


 それでも昼飯を食った辺りから、チラホラと魔物を見るようになったし、数も増えてきているから、宝樹の麓はとんでもないことになってそうな気がする。

 なにせ今ミーナが斬り伏せたのは、クエイク・コングだからな。

 P-Iランクの異常種になるが、終焉種は異常種を産むと言われているから、ハヌマーンがメスだとしたらクエイク・コングの数が多いのはまだ納得出来る。

 だけどクエイク・コングは、追い立てられるように深部側から姿を見せている。

 M-Cランクのメガ・クエイクの姿は見かけないが、これは宝樹の麓でガグン大森林の既存種とガグン迷宮から溢れた氾濫種がしのぎを削ってるのは間違いないな。


「思ってたよりマズい事態だね」

「ええ。クエイク・コングが逃げてくるなんて、さすがに思ってなかったわ」


 ファリスさんやエルさんの言う通り、クエイク・コングは深部から逃げてきているような雰囲気だった。

 ガグン大森林の深部には宝樹があり、そこには終焉種ハヌマーンが棲み付いているから、クエイク・コングやメガ・クエイクも深部近くに生息していると言われている。

 だからこそガグン大森林の深部は、生きては帰って来られないとされている絶対危険領域に指定されているんだが、その一因となっているクエイク・コングが逃げてくるなんて、緊急事態でしかない。


「幸いなのは、クエイク・コングはP-Iランクだから、今ならハイクラス数人で掛かれば倒せる相手ってことだな」

「だね。本当に合金様々だよ」


 それは俺も思う。


 以前のハイクラスは、強大な魔力に装備品が耐えきれず、すぐに魔力疲労や魔力劣化を起こしていた。

 金属素材は、鉄はほとんど使い捨てで、魔銀ミスリル金剛鉄アダマンタイトでさえ長くても数ヶ月程度しか使えない。


 だけど俺が提案し、エドが開発した合金は、ハイクラスどころかエンシェントクラスの魔力でさえしっかりと受け止め、魔力疲労や魔力劣化を起こさない。

 もちろん万が一はあり得るから予備は持っているが、少々の刃毀れとかはマナリングを使えば修復出来るし、何より魔力を抑える必要が無くなった。

 おかげで数十人単位で必要だった異常種や災害種の討伐も、数人から十数人程度で行えるようにもなっている。

 だから異常種や災害種の多い絶対危険領域であっても、以前より遥かに危険度が下がっているとも言われているそうだ。


 とはいえ、絶対危険領域が絶対危険領域たる所以は終焉種が生息していることだから、ヘリオスオーブ最高峰の危険領域だって事は変わらない。

 終焉種は異常種を産み、異常種は災害種に進化する可能性があるからな。

 まあ、合金は供給量の問題もあるから、リッターズギルドが優先されていて、ハンターもハイクラスでもなければ買えないんだが。


迷宮ダンジョンじゃないから、マッピングが使えないのが厳しいですね」

「そうですね。だいぶ宝樹に近付いているとは思うんですけど……」


 リディアとフラムの呟きに、全員が同意してしまった。


 狩人魔法ハンターズマジックマッピングは、迷宮ダンジョン内の地図を記録する魔法だ。

 だが迷宮ダンジョン内という一文が全てを表しているように、迷宮ダンジョン内でなければ使えない。

 ガグン大森林は迷宮ダンジョンじゃないから、使えないって事になる。

 ガグン大森林の奥まで行った事がある者は一握りしかいないし、詳細な地図なんて物もない。

 根が入り組んでることもあって真っ直ぐ進むことも難しいから、現在俺達がどこにいるのかとか、あとどれぐらいで宝樹に辿り着けるのかとか、そういった事は分からない。


 それでも昼飯の際に、フライングやスカファルディングを使って、こっそりと森の上に顔を出す形で確認はしている。

 多分、明日には辿り着けるんじゃないかと思う。


「それにしても、本当に異常種が増えてきたね」

「だな。だがクエイク・コングはまだ分かるが、サードアイ・ブルにクレスト・ユニコーンまでいやがるのはどういうことだよ?」


 昼飯を食ってからだが、クエイク・コング以外の異常種も何種か倒している。

 クリフさんが口にしたサードアイ・ブルとクレスト・ユニコーンは、それぞれグレイロック・ブルとバトル・ホースの異常種であり、ガグン大森林には生息していないはずの魔物だ。


「カトブレパスやクレストホーン・ペガサスの下位種だから、でしょうね」

「つまりはハヌマーンやメガ・クエイクに蹴散らされて、逃げてきてるってことか?」

「そうとしか思えないんじゃない?」


 サリナさん、バークスさん、クラリスさんの言う通りなんだろう。

 ただ話に出たメガ・クエイクも、昨日ファリスさん、クリフさん、エルさんがそれぞれ狩ってるから、ハヌマーンを筆頭としたコング種も優位を保ってる訳じゃなさそうだ。

 しかもミステル前で狩った魔物の数を考えれば、クレストホーン・ペガサスにしろカトブレパスにしろ、1匹だけな訳がない。

 多分宝樹に近付けば、メガ・クエイクやクレストホーン・ペガサス、カトブレパスなんかも出てきそうだし、他にも氾濫で溢れた魔物が出てくるだろうな。


「ああ、そうか。ウイング・クレストがミステルで狩った魔物の質や量を考えたら、他に災害種がいてもおかしくはないね」

「というより、いるって思っておかないといけないわね」

「だな。さすがにドラグーンはいねえようだが、サウルスぐらいはいてもおかしくねえ」


 ファリスさん、エルさん、クリフさんも、俺の考えに同意してくれた。

 クリフさんの言うように、ドラグーンは20メートル近い巨体だし、ほぼ全てが空を飛べるから、ガグン大森林どころか溢れた時点ですぐに分かる。

 ガグン迷宮から溢れたドラグーンはホワイト・ドラグーンやレッサー・ドラグーンだけで、数も20匹もいなかったから、全て討伐出来ていると思っていいはずだ。

 もう1種の竜種、サウルス種については、大型種も存在しているが、人間大程度のサイズしかない種もそれなりにいるし、空を飛べない種の方が多いから、魔物の群れに紛れていたら判別は無理だろう。

 とはいえ、扶桑の木々が密集しているガグン大森林ではあるが、10メートルぐらいの魔物なら動けるぐらいのスペースはあるから、小型種しかいないっていう思い込みは危険だが。


「ともかく、先に進みましょう」

「だね」


 エルさんの言葉に頷き、先に進む。

 いつまでも話してても仕方ないし、俺達は宝樹の様子を確認しないといけない。

 可能なら溢れた魔物の討伐も依頼されているが、ハヌマーンだけは対象外となっている。


 だが俺は、ハヌマーンも倒すつもりだ。

 マナに諭されてガイア様の予知夢を思い出した俺は、レベル100の先にあると思われる進化を目指すことにしている。

 本当に進化できるかは分からないが、まずはレベル100に到達しないと何とも言えないし、神託でアバリシア神帝はエンシェントクラスが束になっても敵わないと言われてしまっているから、できるできないは二の次だ。

 俺のレベルは97だが、ハヌマーンを倒したからといって目標レベルになるとは限らない。

 だけど1つか2つはレベルが上がるんじゃないかと思うから、できることなら倒したいと思っている。


 そんなことを考えながら先に進んでいると、魔物の襲撃が増えてきたように感じる。

 魔物達は逃げてきているっていう感じだったから、魔物からしたら獲物を見つけたから襲い掛かってきたっていうより、逃走に邪魔だから排除しようとしてきたって言うべきかもしれない。

 クエイク・コングが多かったが、迷宮氾濫で溢れたと思われる魔物も増えてきたな。

 稀少種が多かったが、トリケラトプスまでいたのは驚いた。

 トリケラトプスはP-Rランクだがサウルス種でもあるから、個体によっては1つ上のランク相当の強さを持っている事もある。

 見た目はほとんど地球のトリケラトプスと同じだが、鋭い牙が生えている口元が唯一違う点か。

 そのトリケラトプスが10匹近い群れになってたし、同じくP-Rランクのファランクス・グリズリーにフリーザス・タイガー、G-Uランクのライトニング・モスもいたな。

 グリズリー種はミステルでも見かけなかったが、タイガー種とモス種は倒してあるから、種ごとに別れてた訳じゃないみたいだ。

 まあ、迷宮氾濫じゃよくある事みたいだが。


 それと1匹だけだが、クレストホーン・ペガサスとも遭遇している。

 空を飛べるくせに森の中を突っ切ってきてたから、最初はクレストホーン・ペガサスだと分からなかったな。

 戦闘になったら普通に空を飛び回りだしたが、木々が邪魔になってたから、動きが激しく制限されてもいた。

 そのクレストホーン・ペガサスも、俺に突っ込んできたところにカウンターで居合を叩き込んだから、首が胴体からおさらばしているが。


「ここでクレストホーン・ペガサスか。1匹だけなら宝樹争奪戦に敗れたって考えてもいいんだけど、迷宮から溢れたワケだから、他にもいそうね」

「ランクもP-Cだし、いるって思っておかないと危険ですよね」


 プリムとリディアの言うように、迷宮ダンジョン内じゃ異常種や災害種も普通に群れで生息してたりする。

 クレストホーン・ペガサスはP-Cランクモンスターだから、PランクやMランクが生息している階層に配置されていた場合、1匹どころか10匹単位で溢れてる可能性は否定できない。


「ともかく、行ってみましょう。狩るにしろ退くにしろ、宝樹の様子を見ないと決められませんから」

「だね」

「大和君は狩るつもりでいるみたいだから、できれば撤退っていう選択肢は選びたくないけどね」


 ファリスさんもエルさんも、先に進むことには同意してくれているし、俺のやる気も汲んでくれているからありがたい。

 本当にエンシェントクラスの先があるのかっていう興味もあるだろうが、ホーリー・グレイブもファルコンズ・ビークも経験豊富なレイドだからな。

 とはいえ、仮にハヌマーンを倒したとしても、レベル100に到達できるかは分からないんだが。


 なんにしても、まずはハヌマーンと邂逅してからの話だな。

 さすがに倒されてることはないだろうが、ミステルで狩ったアビス・パンサーにアバランシュ・ハウルが複数匹いたことから考えると、クレストホーン・ペガサスやカトブレパスも複数いると思っておく必要がある。

 いくら終焉種でも、Oランク相当の魔物の群れに囲まれたら、さすがに無傷じゃいられないはずだ。

 それに、エンシェントクラスが10人以上いるとはいえ、数によっては俺達も撤退を考えなきゃいけないから、宝樹の様子は確認しなきゃいけない。

 できることなら、対処可能な数であってほしいと思う。

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