第一四章・迷宮騒乱
氾濫の予兆
Side・プリム
「え?ガグン迷宮に、氾濫の兆しがあるの?」
プラダ村の開港を翌日に控えた日、あたしはヴァルト獣都オヴェストに来ている。
あたし的には不本意なんだけど、あたしにはヴァルト獣公継承権一位っていう肩書があるし、ヴァルトは旧ハイドランシア公爵領も併合しているから、国民への顔見せや慰安なんかをしなきゃいけない。
今日もその予定だったんだけど、完成間近のヴァルト獣公城を視察中、ヴァルト獣公であるネージュ姉様の元に、そんな報告がもたらされた。
「はっ。以前よりガグン迷宮から放逐されたと思われる魔物が確認されていたのですが、ここ数日、その数が増えているのです」
報告してきたのは、ヴァルトのヘッド・ランサーズマスターを務めている女性ハイオーガ ネルケ・ヴィレファーネ。
オヴェスト獣騎士団団長を務めていたから、そのままヘッド・ランサーズマスターに就任した女傑よ。
そのネルケからの報告を聞くと、ガグン迷宮から放逐されたと思われる魔物は、ガグン大森林に生息していないはずのクラック・パンサーとエクリプス・ビートル、サードアイ・ブル、さらにその上位種も確認されたんだとか。
クラック・パンサーはG-Uランクモンスターで、
エクリプス・ビートルは黄金色に輝く三日月の角を持つ漆黒のビートル種で、こちらはP-Iランクモンスター。
そしてサードアイ・ブルは、額にある第三の目と呼ばれる漆黒の宝石から
それらの上位種となると、P-Rランクのヴァレイ・パンサー、M-Cランクのブラストブレード・ビートル、M-Iランクのダークブレス・ブルかしら?
その上がいる可能性も否定できないけど。
「だけどガグン迷宮には、ハンターが入ってるはずでしょう?」
「はい。ですが現状では、第10階層まで到達しているハンターは非常に少ないのです。先の内乱の影響もあり、
そういう事か。
旧バリエンテの内乱の影響を受け、ガグン迷宮に入るハンターは激減してしまっていた。
内乱は1年程で終息したけど、元々旧バリエンテ所属のハンターはあまり
内乱が終結し、ヴァルトを含む5つの獣公国に分裂した際に、ガグン大森林はヴァルトに組み込まれたけど、それでも旧バリエンテのハンターは数を大きく減らしていたから、入るのはアミスターやバレンティア、アレグリアのハンターが多かったみたいだわ。
だけどガグン大森林の中にある
だから
これが迷宮氾濫と呼ばれる現象で、異常種や災害種も普通に混じるし、しかも群れる事が珍しくないから、近隣の町や村はすぐに飲み込まれ、そればかりか生態系まで狂わせることになってしまい、ヴァルトどころか隣接しているシュタイルハング獣公国にも大きな被害が出てしまう。
さらに旧バリエンテはハウラ大森林が広がっているから、ブルーメ、フリューゲル、ホルンにも影響が出るのは避けられないでしょう。
これはさすがに、あたしも黙ってられないわね。
「分かったわ。ランサーズギルドはグラシオンの総本部に、最優先で連絡を。それと可能な限り迅速に、ミステルの防衛準備もお願い」
「はっ!」
獣公国や橋公国に支部を持つランサーズギルドやソルジャーズギルドは、有事の際は必ず総本部へ報告する事が義務付けられている。
事後報告になる事もあるだろうけど、緊急時に指示待ちなんて自殺行為でしかないから、余程の事がなければ問題にはならない。
というか、問題にされても困るわ。
「それと、ハンターズギルドにも、連絡をお願い」
「はっ!大至急、手配致します」
ランサーの手配は当然だけど、場所が場所だからハンターも動員する必要がある。
だからハンターズギルドへ連絡するのは分かるんだけど、問題なのは現在ヴァルトにいるハンター。
あたしも把握してないけど、ガグン迷宮に入ってるハンターの数から考えると、多分ハイクラスは50人もいないでしょう。
それだけの数じゃ、とてもじゃないけど迷宮氾濫を抑える事は出来ないし、犠牲が出るだけでしかない。
となると、あたしがやるべき事は1つしかないわね。
「姉様、ちょっとアルカに戻るわ。みんなを呼んでくるから」
「みんなって、良いの?」
こんな状況で、良いも悪いも無いでしょ。
あたしだけでも数を減らす事は出来るけど、ガグン大森林は広いし、終焉種ハヌマーンだって動く可能性は否定できないから、可能な限りエンシェントクラスを動員するべきだわ。
ただ問題は、大和とヒルデ姉様、リディア、ルディアはデセオ、マナとミーナ、フラム、アテナ、エオスはプラダ村だから、全員は動かせないのよね。
さらに明日は開港記念式典もあるし、あたし達もユーリの護衛として船に同乗する予定だから、急いでみんなを集めないと。
「ありがとう、プリム。悪いとは思うけど、お願い」
「ええ。じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
ヴァルト獣公城はまだ建造中だけど、8割がた完成していて、居住区は普通に使える。
既にネージュ姉様もこっちで生活してるから、ゲート・ストーンも移転済み。
だからオヴェストの外に出なくても、アルカに転移出来るようになっているの。
視察を中止して、あたしは急いでアルカに戻った。
Side・真子
工芸殿でMARSに使うバイザーを作っていたら、慌てた様子でプリムが帰って来た。
今日はヴァルトに行ってたはずだけど、どうかしたのかしら?
「真子、良かった」
あたしを見るなり安堵の溜息を吐いたけど、これは只事じゃないわね。
話を聞くと、プリムが慌てる理由がよく分かった。
迷宮氾濫の予兆、しかも場所がガグン迷宮なんて、思いっきり緊急事態じゃない。
「分かったわ。じゃあみんなを呼んでくれば良いのね?」
「お願い。あたしはプラダ村に行くから、面倒だけどデセオをお願い出来る?」
「了解よ」
デセオは広いけど、私も探索系術式は使えるから、プリムより大和君達を探しやすい。
帝王城にいると思うけど、別の町に視察に行ってる可能性もあるから、それが面倒ではあるわね。
私は急いでデセオに転移すると、バトル・ホースの楓に乗り、探索系術式をいくつか使いながら、帝王城に急いだ。
ゲート・ストーンがあるからヒルデ様の寝室に転移する事は出来るんだけど、ソレムネ側には極秘だし、対応してるゲート・クリスタルを持ってるのもヒルデ様だけだから、私は転移出来ない。
こんな時は面倒だけど、防犯や機密保持の関係もあるから、仕方がないわ。
幸いというか、大和君達は帝王城にいるみたいね。
さすがにヒルデ様は連れていけないけど、リディアとルディアも一緒だから、説明の手間が省けて助かるわ。
帝王城に着くと、顔見知りのソルジャーの姿が見えた。
「これは真子様。どうかなさいましたか?」
「ええ。ちょっと緊急で、大和君に用が出来たの。通っても?」
「はっ!お通り下さい!」
顔見知りが門番してると、楽でいいわね。
だけど厄介事と面倒事は、忘れた頃にやってくる。
「そこの女、何をしている?」
「え?」
振り返ると、初めて目にする貴族が数人立っていた。
男ばかりだけど、ソレムネって貴族の間じゃ男尊女卑がまかり通ってるから、当主は男が多い。
女性当主もいるけど、数は少ないわね。
「ここは栄えある帝王城だ。貴様ごとき下賤な女が、気安く立ち入れる場所ではないぞ?」
「俺に仕えるというなら、考えてやらんでもないがな」
相変わらず、腹の立つ物言いね。
というか、なんで帝王城に来ると高確率で邪魔が入るのかしら?
だけど今日は時間が無いから、少し手荒になるけどまかり通らせてもらうわ。
「邪魔よ。あなた達ごときと話してる時間は無いの」
「ひっ!」
マナリングをちょっと強めに使い、威圧する。
邪魔されたから思ってたより強くなったけど、特に問題はない。
貴族達は腰を抜かしたようだけど、知った事じゃないわ。
「何事だ!って、真子様?」
私の魔力に何事かと、ソルジャー達もやってきた。
顔見知りもいるから、これは話が早そうで助かるわ。
「ごめんなさい。急いでたんだけど、この人達に邪魔されたから、ちょっとやっちゃったわ」
「なるほど、分かりました。ではこの者達は、こちらで対処致します。ご迷惑をお掛けしました」
「こちらこそ、手間を掛けてごめんなさい」
ソルジャー達に謝罪してから、私は歩を進めた。
後で聞いた話だけど、私に絡んできた貴族達は、全員蟄居引退という処分を受け、デセオに用意された屋敷から出る事を禁じられたそうよ。
その屋敷には同じ処分を受けた元当主が何人かいて、政治への関与どころか屋敷の敷地から出る事も禁止されている。
5メートル程の壁で囲われているから、政治犯を収容する刑務所っていうのが、イメージが近いかしら?
重い処分な気もしないでもないけど、天爵夫人である私に絡んだこと、私が迷宮氾濫の情報を持ち込んでいたことが重要視され、更にその貴族達は典型的なソレムネ貴族でもあったから、ラインハルト陛下やヒルデ様としてもさっさと排除したかったんですって。
そのまま進み、ヒルデ様達がいる会議室の前に到着する。
普段は執務室にいるけど、会議室を使ってるという事は、何かしらの会議を行っているという事になる。
さすがに内容までは知らないけど、そんなとこにお邪魔するのは気が引けるわね。
それでも入らないワケにはいかないから、私は扉の前に立っているソルジャーに一声かけて、中に入る。
「真子さん?どうかしたんですか?」
最初に私に気が付いたリディアが、驚いたように口を開く。
「ええ。ヒルデ様、会議中に申し訳ありません。ヴァルトで緊急事態が発生したので、大和君達を迎えに来ました」
「ヴァルトで?」
「はい。ガグン迷宮が氾濫を起こしているそうです」
私のその一言で、会議室は騒然となった。
「面倒な、ガグン迷宮もかよ……」
「ガグン迷宮も?」
大和君のセリフで、私は会議室が騒然となった理由を理解した。
まさか旧ソレムネも、どこかの
「はい。覚えていますか?デセオに向けて進軍中、迷宮放逐されたと思われる魔物に襲われた事を」
ヒルデ様に言われて思い出した。
ラオフェンという町の近くに
その証拠に、進軍中にそのラオフェン迷宮から放逐されたと思われるP-Rランクモンスター グランド・ワーム、M-Iランクモンスター グラン・デスワームに襲われたわ。
それが半年近く前の事だから、確かにラオフェン迷宮も氾濫の恐れがあると考えてもおかしくはないんだった。
というか、私はその事を完全に忘れてたわ。
「ラオフェン迷宮は、第3階層までしか人が入っていません。元々ハンターはおらず、旧ソレムネ兵が訓練のために入っていたそうですが、出てくる魔物はCランクモンスターばかりだそうです」
第3階層でCランクって事は、ラオフェン迷宮はかなり深そうだわ。
調査も出来てないって事だし、これは本格的に調査しないとマズい事になるわね。
「既にソルジャーズギルドはラオフェン周辺に部隊を展開し、魔物に当たっている。幸いにも、最も高ランクの魔物がグラン・デスワームという事だから、厄介ではあるがソルジャーでも対処は可能だし、私も諸々の手続きが終わり次第向かう予定でいるわ」
グランド・ソルジャーズマスター デルフィナさんが、報告を受けた時点でソルジャーを派遣し、防衛体制を整えていたと教えてくれた。
さらにハンターも、デセオ迷宮に入るためにやってきたグレイシャス・リンクスとブラック・アーミーに依頼出来たから、戦力に不足はない。
もちろん不測の事態は十分あり得るから、会議後デルフィナさんはフロートに出向いてラインハルト陛下に報告し、オーダーの派遣やハンターへの依頼もするそうよ。
「それなら、俺達はヴァルトに行っても大丈夫そうだな」
「はい。真子さんの話を聞く限りでは、ヴァルトにはハンターもおらず、ランサーの派遣も難しいようです。大和様、ご足労をお掛けしますが、よろしくお願い致します」
「ああ。じゃあ会議中で悪いけど、抜けさせてもらうな」
「はい」
さすがにラオフェン迷宮まで、氾濫を起こしてるとは思わなかったわね。
だからこそヒルデ様は動けないけど、大和君、リディア、ルディアを連れて行く事は許可してくれた。
この後はアルカに戻ってみんなと合流してから、すぐにヴァルトに転移する事になる。
ヴァルトに設置したゲート・ストーンも、帝王城と同じくネージュ様しか使えないんだけど、そのネージュ様はオヴェストの入口で待っていてくれるそうだから、登城しなくても済むのは助かるわ。
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