ヴァルトの迷宮氾濫
真子さんから話を聞いた俺、リディア、ルディアは、急いでデセオを出て、アルカに戻った。
既にプリム、マナ、ミーナ、フラム、アテナ、エオスも戻ってきていて、俺達を待っていたようだ。
簡単にラオフェン迷宮の氾濫を伝えると、さすがに驚かれたけど、そっちはエンシェントクラスが既に派遣されているから、余程の事がなければ対処は出来る。
それでも気になるから、後で様子を見に行くつもりだが。
「ラオフェン迷宮まで氾濫とか、シャレにならない事態ね」
「はい。2ヶ所の
初の事態なのかよ。
元々迷宮氾濫は、
その前段階として迷宮放逐が行われるが、こちらは一度に数体の魔物を放出するのに対し、迷宮氾濫は何十どころか何百、何千といった数の魔物を放出する事があるから、近隣の町や村はもちろん、国が滅びる事もあったそうだ。
迷宮放逐、迷宮氾濫ともに異常種や災害種が確認されるが、終焉種が確認された事はない。
その
ラオフェン迷宮は、M-Iランクのグラン・デスワームが確認されているが、幸いにも他の異常種は確認されておらず、災害種もいないと報告がある。
だがガグン迷宮は、異常種どころか災害種まで出ている可能性があると報告されている上に、ガグン大森林という特殊な立地もあるから、ハイクラスであっても対処に当たるのは厳しい。
「ハヌマーンがどうしてるかは、さすがに分からないんですよね?」
「ええ。元々ハヌマーンは、ガグン大森林の奥にある宝樹を巣にしているみたいだけど、そこまで偵察に行けるハンターは、今のヴァルトにはいないわ。だけどガグン大森林は迷宮氾濫で放出された魔物で荒れ始めているから、ハヌマーンも黙ってはいないんじゃないかってランサーズギルドじゃ考えられてるみたいよ」
それが一番厄介だ。
ガグン大森林には、終焉種ハヌマーンが生息している。
ハヌマーンは宝樹を棲み処にしており、その宝樹はガグン大森林の奥地だ。
ガグン迷宮はガグン大森林に入って30分程の距離にあるから、普通ならハヌマーンを刺激するような事は無い。
だけどガグン迷宮が氾濫を起こしたとなると、ガグン大森林には大量の魔物が溢れる事になるし、その魔物も高ランクが多いから、ガグン大森林のような危険地帯であろうと奥に進む個体は出てくるだろう。
さすがに終焉種を倒せるような魔物がいるとは思わないが、相性によっては手傷ぐらいは負わされる可能性も無いとは言えない。
身の危険を感じて、ガグン大森林の外に出てくる可能性だってある。
「とりあえず行こう。っと、ラウスとレベッカは?」
「プラダ村に残してきました。明日の開港記念式典は、大和さんの代理として出席してもらいます」
ラウスには災難だが、ガグン迷宮ばかりかラオフェン迷宮まで氾濫を起こしているとなると、1日2日程度で鎮圧できる訳がない。
同時にグラシオンまでの護衛も、ラウス達に任せる事にしたそうだ。
「分かった」
とはいえ、俺やマナも出席しない訳にはいかないから、明日は少しぐらいは時間を取るようにしないとだな。
簡単に情報交換をした俺達は、すぐにオヴェストに転移した。
そこには聞いていた通り、ネージュさんが待っていてくれた。
「大和君、皆さんも。忙しいところありがとうございます」
「ネージュさん、状況を教えて下さい」
開口一番感謝の言葉を口にするネージュさんだが、そんなのは後回しだ。
「分かったわ。プリムが皆さんを迎えに行ってから報告が届いたのだけど、本格的に迷宮氾濫が起きたわ。ガグン迷宮から溢れた魔物は、ミステル方面に向かっているだけでも1,000は下らず、さらに悪い事にガグン大森林の奥に向かった魔物もいるわ」
考えうる限り、最悪の事態じゃねえか。
ガグン迷宮からミステルまでは徒歩で半日ってとこだから、足の速い魔物ならもう目の前まで迫っているだろう。
「ギリギリね。あたしはミステルに行ったことあるから、すぐに飛べるわ」
「私も、ハンター活動をしていた際に訪れた事があります」
俺達はミステルに行った事はないが、プリムとエオスは行った事がある。
だから幸いにも、トラベリングで移動が可能だ。
というよりハイドランシア公爵領はミステルの南東、旧オヴェスト王爵領と旧ロッドピース王爵領の境にあったらしい。
エオスはガグン迷宮に入るためじゃなく、ガグン大森林を見るために来た事があるそうだ。
「ネージュ様、他に何かありますか?」
「ええ。災害種も数体、確認されたわ。ブラストブレード・ビートル、クレストホーン・ペガサス、カトブレパスよ」
また面倒なのが。
ブラストブレード・ビートルはM-Cランクで、甲虫らしく硬い甲殻を持っている。
角は鋭い剣のような槍のような形状をしていて、さらに伸縮自在だから、間合いの外だからといって油断していると、あっさりと命を落とす。
クレストホーン・ペガサスは、三日月の角を持つ天馬で、バトル・ホースの災害種になるP-Cランクモンスターだ。
バトル・ホースは人間と関りが深く、地上にいる個体はほぼ全て飼育されていると言われているが、魔物である以上
実際ガグン迷宮には、生息しているらしい。
そして一番厄介なのが、A-Cランクモンスター カトブレパスだな。
ブル種ではあるんだが、額には漆黒の宝石のような第三の瞳があり、その瞳から放たれる
ノーマルクラスではあがらう術はなく、ハイクラスでもレベル40代では防げないらしい。
エンシェントクラスは情報がないから分からないが、気を抜けばアウトだろう。
他にもいるだろうが、ランサーが確認した災害種はその3種で、そのランサーもどうなったか分からないから、ガグン大森林の奥に向かった魔物については全く分からない。
こりゃ急がないとマズいな。
「了解。行ってとっとと殲滅してくる」
「ありがとう」
深々と頭を下げるネージュさんだが、誰も何も言わない。
それどころか、ヴァルトの要人やランサーまで頭を下げてきた。
「姉様、軽々しく頭なんて下げちゃダメよ」
「分かってる。だけど建国したばかりでいきなり滅亡しかねない国難に襲われて、それをあなた達に救ってもらうんだから、これぐらいはしても構わないはずよ」
「それでも王なんだから、言動には注意すべきですよ。それはひとまず置いておいて、フロートには使いを送っていますから、近いうちにオーダーからも援軍が派遣されるでしょう。ただラオフェン迷宮も氾濫を起こしていますから、派遣されるまで何日かかかるかもしれませんが」
「ラオフェンというと、ソレムネの?そんな所でも氾濫が起きていたなんて……」
さすがにネージュさんも、ラオフェンの情報は掴んでなかったか。
ソルジャーズギルドは警戒していたが、ラオフェン周辺は反抗的な貴族が治めている地域だから、ソルジャーも時折調査に向かう程度だった。
ソルジャーは何度かグランド・ワームを討伐しているし、デルフィナさんはグラン・デスワームを討伐した事もあると聞いている。
ラオフェンの領主は、迷宮放逐された魔物の討伐は行わず、そればかりかラオフェン迷宮が領内にある事から、素材を全て寄越せと言ってきているらしい。
当然ヒルデは全て突っぱねているが、そのせいでソルジャーがラオフェン迷宮の調査に出向く事も少なくなり、ハンターも同様の理由で入った事がないそうだ。
さすがに今回の迷宮氾濫は、その領主を処罰するに足る事態だから、遠慮なくソルジャーやハンターを派遣し、ラインハルト陛下やオーダーズギルドにも報告を入れているし、ヒルデも遠慮なく領主の捕縛に動くだろう。
翻ってガグン迷宮の氾濫は、ネージュさんに非は無い。
元々ガグン迷宮は旧ロッドピース王爵領にあったが、ヴァルト建国の際に旧ハイドランシア公爵領とともに組み込まれた。
理由はシュタイルハング獣公国となった旧ロッドピース王爵領は、復興だけで手いっぱいになり、
シュタイルハング獣公の父がソレムネによって命を落とし、影響力を落としてしまった事も理由だな。
元々シュタイルハング獣公国にはもう1つ
そのガグン迷宮は、バリエンテの内乱が原因で入るハンターが少なくなり、攻略どころか調査すらままならなくなってしまった。
ハンターである以上魔物討伐は必須だが、ハイハンターが出るような魔物じゃないという屁理屈もこじつけて、ロクに狩りもしなくなった奴もいたらしい。
さすがに要請があれば戦いに出るが、ほとんど貴族の私兵状態だったっていう話もあるぐらいだ。
その結果、ガグン迷宮は魔物が増え、徐々に迷宮放逐を行うようになり、ついに迷宮氾濫にまで発展してしまった。
ネージュさんはハンターばかりかランサーも調査に入れていたが、それでも間に合わなかったという訳だ。
責任を感じているがネージュさんに責任は無いんだから、他人の尻拭いとはいえ、これだけは言っておこう。
「心配しなくても、援軍が来るまでは俺達がヴァルトを守るよ」
「ありがとう、大和君」
カッコつけすぎな気もするが、ネージュさんに安心してもらう必要もあるから、これぐらいはいいだろう。
あと援軍だが、プラダ村に残っているラウスとキャロルがラインハルト陛下に報告してくれる手筈になっているから、そろそろ耳に入る頃だろう。
ラインハルト陛下なら、すぐに援軍の手配をしてくれるはずだ。
移動に関してもエンシェントオーダーが4人いるから、そんなに日数がかかるとも思えない。
いや、ランサーを移動させるために、誰かが先に来る可能性もあるな。
レックスさんが来るとなるとローズマリーさん、ミューズさん、サヤさんもついてくるから、ミランダさんになると思うが。
「じゃあネージュさん、行ってきます」
「ええ、気を付けて。無事に帰ってきてね?」
「当然」
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