1年
披露宴から1ヶ月経った。
つまり俺がヘリオスオーブに転移してから、1年が経ったって事になる。
俺がヘリオスオーブに転移してきたのは7月14日だから、正確にはまだなんだが、ここまで来たら変わらないだろう。
披露宴が終わってから俺達は、今まで通りプラダ村の港開発やスカラーズギルドの設立、旧ソレムネの統治を手伝っていた。
プラダ村の港は4日後の7月14日、奇しくも俺がヘリオスオーブに転移して丁度1年経つ日に開港される事になっている。
まずはアレグリアの獣都グラシオンまで、週に一度定期便が出る予定で、領主のユーリが船で訪れる予定だ。
当然俺達も、護衛として乗り込むぞ。
スカラーズギルドは、3日前に正式に開業している。
フロートの旧貴族邸を改築して総本部として使っているが、同時に博物館としても使われている。
入館料は100エルだが、中には災害種の剥製も展示されているから、連日多くの人で賑わっているそうだ。
特に目玉は、オーク・エンペラー、オーク・エンプレス、アントリオン・エンプレスの剥製だな。
さすがに大型種は、敷地の関係で展示出来ないが。
そして旧ソレムネ地方だが、こちらも状況は好転してきている。
ギルドへの登録はもちろん、棄民への態度もかなり軟化してきているらしい。
ただギルドに登録した元棄民が、
逆に住民も、
いっそのこと、どこかに新しく町でも作って、そこに元棄民を集めてもいいんじゃなかろうか?
いや、その場合、領主として真っ先に名前が上がるのは俺の可能性があるから、考えなかった事にしよう。
それはともかくとして、俺達は今、プラダ村の港が開港してからの事を話し合っている。
「開港したら、ユーリも纏まった休みが取れるのよね?」
「はい。1週間から10日は取れるかと」
「ちょくちょく休んではいたけど、フィールの事もあるから、ちゃんと休めてたとは言えないものね」
フィール、プラダ村といったマイライト山脈周辺地域をエスメラルダ天爵領として与えられたユーリは、休日でもフィールのエスメラルダ天爵邸で、書類に目を通していた。
大きな問題は起きていないんだが、マイライト山脈にはオークの異常種や災害種がかなりの数生息していると予想されているから、ハンターへの依頼も常に出している。
披露宴の後、招待したホーリー・グレイブ、グレイシャス・リンクス、ファルコンズ・ビーク、ブラック・アーミー、ワイズ・レインボー、スノー・ブロッサム、ライオット・フラッグがマイライトで山狩りを行って、多数のオークを狩ってくれているが、それでもまだいるみたいな感じだった。
フィールやプラダ村を覆っている結界は災害種には効果が薄いため、最悪の場合は大きな被害が出てしまうから、ユーリもどうしたもんかと連日頭を悩ませている。
俺達がいればともかく、いない事も多いからな。
「幸いと言うか、ファルコンズ・ビークがしばらく留まってくれる事になりましたから、しばらくは安心できます」
「そうなの?」
「はい。エルはスリュム・ロード討伐戦ではアイスクエイク・タイガーを倒し、クラーゲン会戦ではアントリオン・エンプレスとも刃を交えましたから、多くのハンターから注目を集めていて、ロクに依頼も受けられなかったそうですから」
あー、そうなのか。
ファルコンズ・ビークのリーダー エルさんは、トラレンシア派遣アライアンスに参加し、スリュム・ロード討伐戦では他のレイドと同様にM-Iランクモンスター アイスクエイク・タイガーを討伐している。
さらにソレムネ進軍中にエンシェント・ハーピーに進化し、クラーゲン会戦では突然現れたアントリオン・エンプレスを、俺やプリムと一緒に討伐した。
トドメを刺したのは俺だが、エルさんがいなきゃもっと手古摺ったし、場合によっては腕の1本はもっていかれてたかもしれない。
俺とプリムは、その時点でオーク・エンペラー、オーク・エンプレス、スリュム・ロードも討伐しているが、所属がウイング・クレストで、さらに俺が天爵位を賜ってしまった事もあって、囲まれるような事はない。
だがエルさんは騎爵位こそ賜っているが一介のハンターだから、ハンターズギルドに行くと話をせがまれる事はもちろん、ファルコンズ・ビークに入れてほしいっていう嘆願で身動きできなくなる事もあったらしい。
エルさんはファルコンズ・ビークの人数を増やすつもりはないから、全て断っているそうなんだが、それでも懲りずに連日押しかけてくるハンターが多く、それどころか増えているそうだから、しばらくはフロートから離れる事にした。
そこで白羽の矢が立ったのが、フィールなんだそうだ。
「確かメンバーも、全員がハイクラスに進化出来たんだっけ?」
「はい。それとクラークさんが、エンシェントヒューマンへの進化間近だったはずです」
「あれ?フローラの方じゃなかったっけ?」
リディアとルディアが混乱してるが、どっちもエンシェントヒューマンへの進化が秒読み段階に入ってるよ。
クラークさんとフローラさんは幼馴染の夫婦で、年齢は38歳だ。
フローラさんがエルさんの妹なんだが、母親が違うと聞いている。
子供はいないが、ファルコンズ・ビーク上位の実力者でもあるから、2人同時にエンシェントヒューマンに進化って事もあり得るだろうな。
っと、それで思い出した。
「ユーリ、ファルコンズ・ビークへの報酬、どうしてるんだ?」
「申し訳ないですが、規定通りです。元々かなり稼いでいますし、しばらくフィールにいるのも身を隠すのが目的ですから、そちらはあまり気にされていませんでしたが」
予想通りだが、規定通りか。
全員がハイクラスに進化してるから、武器は当然のように合金製だが、確か全員が
後は防具だが、クラークさんとフローラさんが進化目前なら、光絹を報酬に追加してもいいんじゃなかろうか?
「それなら光絹を、いくつか報酬にしておいたらどうだ?特にエルさんは、普通に必要だろ?」
「あ、確かにそうですね。でしたら3反、いえ、5反ほどお渡ししておきます」
光絹はグランシルク・クロウラーの糸で紡がれた絹布だ。
グランシルク・クロウラーはP-Rランクモンスターって事で、エンシェントクラスの魔力も受け止められるから、普段着はもちろん下着にも使える。
エンシェントクラスに進化して何が辛いかって、Gランク以下の魔物素材で仕立てた服や下着は、数回袖を通したらダメになるし、戦闘なんかしたら即アウトなんて事も普通だった。
だから予備も含めて、かなり大量に買っておいたぐらいだ。
当然エルさんをはじめとしたエンシェントハンターには、優先的に2反ずつ売ってるんだが、それだと下着はともかく普段着は数を仕立てられない。
だから光絹5反なら、報酬としては十分喜ばれるはずだ。
「あたし達も使うし、また補充に行く?」
「それもいいわね。それにアリスがクロウラーと契約したがってるから、行くなら一緒に連れて行きましょう」
「あの見た目が大丈夫なら、契約はありですしね」
バトラーのアリスは、
だから副業って訳じゃないが、安定した布を確保するために、キャタピラーと契約するつもりだった。
キャタピラーはTランクモンスターで召喚契約も結びやすく、さらには進化もさせやすい魔物だから、っていうのが理由だ。
だが俺達の話を聞いて、可能ならクロウラーと契約したいと口にしている。
クロウラーの進化は、キャタピラーよりは遅いが通常の魔物よりは早いという噂があるから、グランシルク・クロウラーに進化させる事が出来れば、俺達もいちいちクラテル迷宮に行かなくても済むという利点がある。
だからアリスを連れて行くのは賛成なんだが、問題は契約出来るかだ。
召喚契約は、相性が良さそうな魔物なら、
ただ召喚契約を結ぶという事は、当然召喚獣の世話をしなけりゃいけないという事になるから、相性が良くても契約をしない魔物だって存在する。
実際クロウラーは毛の生えた芋虫だから、召喚魔法が使えるマナはクロウラーのランクの問題で契約せず、真子さんに至っては生理的に受け付けない。
マリーナ達も敬遠してしまったぐらいだ。
だからアリスが契約するかどうかは、実際に対面してみないと分からない。
「契約出来なかったら出来なかったで、それは構わないさ」
「その都度クラテル迷宮に行けばいいだけだしね」
そういう事だ。
「そういえばさ、
「あー、そういえば使った事無かったわね。どうなるのかしら?」
真子さんの疑問に、俺も虚を突かれた。
転移石版やゲート・クリスタルは、アルカへ転移するための魔導具だ。
だが
エスケーピングは
だが
「全く使えないか、離脱のみ可能か、何度でも使用可能か。このいずれかだとは思いますけど、さすがに何度も使用可能という事はあり得ませんか」
「そりゃね。使用不可か離脱のみかのどちらかでしょうね。どっちもありそうだから、実際に試してみるしかないんじゃないかしら?」
だな。
さすがに人体実験は怖いしやるつもりもないから、魔物の死体か適当なアイテムを使って試してみるか。
「明日、イスタント迷宮にでも行って、試してみるか」
「そうしましょう。もし使えるなら、アリスも連れて行きやすくなるわ」
クロウラーと契約するにしろしないにしろ、俺達についてくるのは大変だからな。
それにアリスは、戦闘訓練こそしているが、まだフィール周辺の魔物でも1人じゃ倒せないから、クラテル迷宮なんて精神を消耗するだけでしかないだろう。
「そっちはそれで良いとして、ヒルデ様やリカ様はどうなんですか?」
「問題が無いワケではありませんが、わたくしも最近は長期休暇を取っていませんから、ユーリに合わせる事は可能です」
「私もヒルデ様と同じよ。桜樹の伐採もひと段落したし、総合学校は建設中だから、余程の事がなければお母様に任せられるわ」
ヒルデとリカさんも、休みは取れそうか。
それならやっぱり、クラテル迷宮に行くしかないよな。
「あ、大和さん。陛下にも確認を取られた方が良いのでは?」
「そりゃ陛下も来たがるだろうけど、マルカ妃殿下の事があるから、さすがに断念するだろ?」
「いえ、そちらではなく、兄さん達の事です」
なんでミーナがラインハルト陛下に確認を、なんて言い出したのかと思ったが、そっちがあったな。
「ああ、確かにそうした方が良いわね」
「オーダーズギルドも、素材の確保は急務ですからね。皮素材ももちろんですが、光絹は必要でしょう」
マナとリディアの言う通り、オーダーズギルドもエンシェントクラスへの進化が近いオーダーが何人かいる。
だからエメラルド・オーダーズコートには、Pランクモンスターの素材を使うようにしたいそうだ。
さらに普段着や下着の問題もあるから、素材の確保は急務だったりする。
俺達に同行するって事で、来るのはエンシェントオーダーになるんだが、現在エンシェントオーダーは4人で、うち3人が夫婦だから、参加するとしたら夫婦の方になる。
その夫婦は、ミーナの兄でグランド・オーダーズマスターのレックスさんとローズマリーさん、ミューズさんで、さらにレックスさんはエンシェントハンターのサヤさんとも結婚したから、戦力としては申し分ないどころの話じゃない。
それにサヤさんは仕立師だから、グランシルク・クロウラーやロイヤル・クロウラー、もしかしたらインペリアル・クロウラーを狩れると知ったら、絶対についてきそうだ。
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