竜翼の人魚

Side・ミーナ


 プラダ村の港開発が始まってから、今日で10日が経ちました。

 私とマナ様の固有魔法スキルマジックで対岸の一部を切り離して湖口を広げ、今は湖底を均している最中です。

 フラムさんは作業監督であり護衛でもありますが、エンシェントウンディーネの魔力を十全に使っていますから、作業は一番早いそうです。

 他のクラフターも、当初は水中では地面を均す工芸魔法クラフターズマジックベーシングの魔力消費が多くなる事に戸惑っていましたが、今では慣れてきています。

 それでも作業完了は、当初の予定より少し遅れる事になりそうですが。

 地上で行われている作業は滞りなく行われていることが、幸いと言えるでしょうか。


「しばらくは石材の加工ですけど、量は足りるでしょうか?」

「足りないでしょうね。でもマイライトで石材を切り出す作業も始まってるし、シュタイフェルゼン伯爵にも依頼してるから、近い内に取りに行ってくるわ」


 シュタイフェルゼン伯爵にも依頼されていたんですね。

 シュタイフェルゼン伯爵領はイデアル連山の南西にあるアセロ山脈にあり、鉄鉱山、銅鉱山、魔銀ミスリル鉱山はもちろん、金鉱山に銀鉱山、数年前に発見された金剛鉄アダマンタイト鉱山まであります。

 魔銀ミスリルの採掘量こそマイライトに劣りますが、晶銀クリスタイトも産出しますから、シュタイフェルゼン伯爵領はアミスターでも最大規模の鉱山街となっているんです。

 そのアセロ山脈で採掘される石材はアミスターでも最高峰の品質ですから、港の建材としては十分過ぎますね。


「それでも量は足りないから、フロートの北にある岩山も切り崩してるはずよ」

「フロートの北というと……ああ、あの岩山ですか」


 港を建設するために使用する石材の量は、何百トン、何千トンという単位になります。

 マイライトやアセロ山脈で調達する石材でも十分賄えますが、山を切り崩すワケではありませんから加工に時間が掛かります。

 ですからフロートの北の岩山も切り崩しているそうですが、こちらはフロートにもメリットがあります。

 件の岩山の奥には宝石の原石の鉱脈があるのですが、道が険しいために護衛を雇わなければ採掘が出来ません。

 魔物はロック・ボアやロック・スネークといったCランクモンスターばかりですが、道が険しいばかりか切り立った崖も多いですから、ハイハンターでも油断すれば怪我をする程です。

 ですからラインハルト陛下も、鉱脈までの道を整備し、山道も整えたいと考えておられたのですが、作業を行うクラフターはもちろん、護衛のオーダーやハンターも相当数集めなければなりませんし、切り崩した山肌をどうするかという問題もありました。

 ですから今まで、岩山は簡単な整備のみで、本格的な開発は行われなかったんです。

 ですが今回は、切り崩した山肌を少し加工すれば港の建設に利用できますし、岩山の開発も並行して行う事が出来ます。

 ユーリ様がそう提案されたのですが、ラインハルト陛下はすぐに受け入れて下さり、石材の加工も請け負って下さったんだそうです。


「あの山を切り崩すなら、材料が不足する事は無さそうね」

「運搬もストレージングやインベントリングがあるし、移動も私達がトラベリングを使えば良いですしね。まあ、あんまりやりすぎるとトレーダーズギルドからクレームが来るでしょうから、程々にしておかないといけませんけど」


 確かにプリムさんの仰る通り、フロートの北にある岩山を切り崩せば、材料が不足する事は無いでしょうし、同時にそちらも開発が行えます。

 運搬に関しても、私達がインベントリに収納し、トラベリングを使えば一瞬ですけど、真子さんはそれが問題になると仰います。

 どういう事なんでしょうか?


「岩山を切り崩すクラフターや護衛のハンター、オーダーもだけど、本来ならその石材を運ぶのはトレーダーの仕事でしょう?」

「はい。商品になりますから、トレーダーズギルドの管轄になります」

「輸送費とかが発生するからトレーダーの収入にもなるんだけど、私達がやっちゃったらトレーダーズギルドが関与出来なくなるわ。そうなるとこっちまで行商に来るトレーダーも減るかもしれないし、お金が回らなくなるから、経済的に見ても良くないのよ」


 経済的に、ですか。

 ある程度蓄財するのは当然ですが、必要以上に貯め込んでしまっても意味が無く、更にお給金が払えなくなってしまって失業してしまう人も出てくるので、お金は使わなければならないそうです。

 特に今回のような開発事業は人を雇わないと行えませんし、人を雇うということは物資も必要になるということですから、近隣の領地からも食料や資材、嗜好品までも大量に購入する必要があります。

 お金が多く入れば生活にも余裕が出来ますから、嗜好品を購入する人も増えるので、製作を請け負っているクラフターはもちろん、販売しているトレーダーも利益を得ることになり、経済が活性化し、国が潤う事になるんだそうです。

 私にはよく分からないお話ですが、かいつまんで言うとお金を貯め込むと世界に出回っているお金が減り、物価が値上がりしてしまうので、お金はしっかりと使いましょうという事みたいです。


「ウイング・クレストはかなり貯め込んでるから、公金だけじゃなくてそっちからもいくらか出す事にしてるのよ。なにせハンターは、装備品とかぐらいにしかお金を使わないからね」


 確かにウイング・クレストの資産は、下手な貴族よりも遥かに多くなってしまっています。

 高ランクモンスターを好んで狩ることも多いですから、個人資産だけでも1億エル近くありますし、ユニオン資産も10億エルは下りませんからね。

 低ランクハンターでも、ヘマをしなければ生活費ぐらいはすぐに稼げますから、高ランクハンターならば言わずもがなです。

 ですから高ランクハンターは、かなり裕福な生活をしています。

 しかもそういったハンターは大抵結婚していますから、嗜好品もお酒や食事、服ぐらいにしか使わないため、蓄財する一方になる事もあるんだそうです。


「ウイング・クレストとしては、ユニオン・ハウスは建てたし、獣車も試作を含めて3台所有してるから、定期的に使うのは従魔の食事代に私達の生活費ぐらいね。獣車はあと2台ばかり依頼する事になるけど、それでも足りてるとは思えないわ」


 だから開発資金と嗜好品に回すんだとマナ様は仰いました。

 確かに今回の開発では、ウイング・クレストには1エルも報酬が入ってきません。

 依頼者はユーリ様ですし、私達は家族として、天爵夫人として参加しているのですから、それは当然のお話です。

 その分依頼を受けて下さったクラフターやオーダーへ、報酬の上乗せを考えています。

 水中での作業ですし、人数も多くはありませんからね。


「ミーナも天爵夫人になったんだから、経済についても勉強した方が良いわよ?」

「いずれ大和も拝領するから、領地運営と無縁じゃいられないしね」


 確かにマナ様とプリムさんの仰るように、数年後には大和さんも拝領する予定です。

 ですが大和さんは、同じく拝領される予定のマナ様のラピスラズライト天爵領、リカ様のアマティスタ侯爵領、ヒルデ様が代官を務めておられる旧ソレムネ領、そしてここエスメラルダ天爵領の運営にも関わらなければなりません。

 ですからプリムさんはもちろん、私も関与する事になります。

 ですが私は経済に関しては全くと言っていい程分かりませんから、今の内から勉強しておいた方がいいのかもしれません。

 ものすごく大変そうですね……。


Side・フラム


 私は今日もベール湖の湖底で整地作業を行いつつ、作業員の護衛を行っています。

 本来でしたら妹のレベッカも一緒なのですが、レベッカは昨日から進化してしまった副作用が出たため、寝込んでいます。

 しかもタイミングの悪い事にユーリ様とキャロルさんまで寝込んでしまいましたから、今回は真子さんも来て下さり、魔物が現れたら対処して下さる事になっているんです。

 まあ魔物に襲われた事は2度ほどしかありませんから、万が一のために待機するだけになると思いますが。


「フラム様、湖口の整地が終わりました。確認をお願いします」

「分かりました、すぐに行きます」


 クラフターを纏めているグラバさんの報告を受けて、私は湖口に向かいました。

 湖口はナダル海とベール湖を結ぶ水路で、20メートル級の船がすれ違える程の余裕を持たせて用意されています。

 喫水の問題もありますから、水深は10メートルを確保していますし、港は12メートル確保出来ました。

  ナダル海側はもう少し水深がありますが、それでもここはプラダ村に近い事もあって浅くなっていますから、水深の確保は必須です。


 丁寧に整地された水路の上を泳ぎ、時には手で触れて確認しましたが、さすが皆さん一流のクラフターだけあって、手抜きが無いのはもちろん、しっかりと均されていました。

 これなら水底が船底に触れる事はないですね。


「確認しました。皆さん、お疲れ様でした」


 確認を終えると、皆さんも安堵の表情をされました。

 どこか1ヶ所でもミスや手抜きがあれば、場合によっては全てやり直しになりますからね。


「港の方の整地作業も、あと少しで終了です。大変ですが、もうひと頑張りお願いします」


 最近は皆さん慣れてきて、魔力の消費も少し抑えられるようになったそうですが、それでも地上より多く魔力を消耗するのは間違いありません。

 ですが限界まで魔力を使うのは危険ですから、なるべく余裕をもって作業に当たってもらっています。

 ウンディーネにドラゴニュートですから、魔力が多い種族なのが幸いですね。


 そのままベール湖側の港で作業を続けてもらったのですが、湖口が広がった関係で水流にも変化が生じており、魔物の動きが変わってきています。

 ですから最近は、何度か魔物が襲撃してくるようになりました。

 今日も、既に2度ほど迎撃しています。


「フラム様、来ました!デビル・メガロドンです!」

「分かりました!」


 また魔物が来たようですが、今度はデビル・メガロドンですか。

 水の悪魔と呼ばれるG-Iランクモンスターで、ブルー・シャークの異常種。

 Pランク相当の魔物ではありますが、ここが水中である事を考えるともう1つ上のMランク相当と考えててもいいでしょう。

 以前大和さんとプリムさんが討伐しているのですが、また生まれていたとは思いませんでした。


 私はストレージからラピスライト・ロングボウを取り出し、デビル・メガロドンの注意を逸らすために全力で泳ぎました。

 同時にアイス・アローを生成し、射掛ける事も忘れません。

 本当はサンダー・アローが効果的なんですが、もう少し作業場から離れないと作業員の皆さんを巻き込んでしまいますからね。

 幸いデビル・メガロドンは1匹だけですから、作業場から引き離す事が出来れば対処は難しくありません。

 いえ、以前大和さんとプリムさんが討伐した際は、私は恐怖で動けなかったんですけど。

 まだ1年も経っていないのに、私も成長したというか、強くなったというか……。

 そんな事をチラッと考えながら、私はデビル・メガロドンの進路を変えるべく、矢を射掛け続けます。

 アクセリングも使っていますから作業場に矢が届く事はありませんし、アイス・アローは私の魔力で生成されていますから、外れた瞬間に消す事も簡単です。

 その矢を鬱陶しく思ったデビル・メガロドンは、私の思惑通りに私に向かってきました。

 それを確認した私は、ウイング・バーストを纏って水面に向かい、離れると同時にフライングも使って空でデビル・メガロドンを待ち受けます。


「はあっ!」


 私に遅れて水面から飛び上がってきたデビル・メガロドンに対して、私は固有魔法スキルマジックタイダル・ブラスターを放ちました。

 デビル・メガロドンは空も自在に泳げる魔物ですが、私も空を飛ぶ魔物の相手は慣れています。

 タイダル・ブラスターの直撃を受けたデビル・メガロドンは、体内を駆け巡る雷撃によって体内を焼かれ、やがて息絶えました。

 そのデビル・メガロドンは、すぐにインベントリに収納します。


「ウイング・バーストも、やっと慣れてきたわね。どう、空を飛ぶ感覚は?」

「あ、プリムさん。そうですね、泳いでいる感覚と近いですから、あまり違和感は感じません」

「ああ、ウンディーネだとそういう感覚になるのね。だから翼も、ドラゴニュートの物にしたのか」


 私だけではなくミーナさんやヒルデ様も、ウイング・バーストは習得しています。

 その際、ミーナさんは大和さんやマナ様と同じく、プリムさんのような白い鳥の翼を選ばれましたが、私はドラゴニュート、というよりドラゴニアンを模した翼を選びました。

 水中でも使いやすいようにと考えた事が理由です。

 ヴァンパイアの翼族もドラゴニュートの翼に近いそうですから、ヒルデ様も私と同じですね。


「それでは私は、下に戻ります」

「ええ。そっちはフラムに任せるしかないから、大変だけどお願いね」

「はい、大丈夫です」


 心配して下さるプリムさんですが、この開発はプラダ村のためにもなるんですから、最後までしっかりと頑張るつもりです。

 まずは水の中に戻って、デビル・メガロドンを討伐した事を伝えないと。

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