デセオの現状

 プラダ村の港開発が始まってから1週間が経った。

 幸いにも工事は順調で、先日はマナとミーナの固有魔法スキルマジックで対岸の一部を切り離して、ナダル海とベール湖を繋ぐ湖口を広げたそうだ。

 20メートル級の船が、問題無くすれ違えるぐらい広くなったと聞いている。

 まあ無理矢理対岸を切り離してるから、しっかりと湖底の整地や護岸工事もしなきゃいけないんだが。


 その間俺はフィール、プラダ村、メモリア、デセオに顔を出し、ユーリやリカさん、ヒルデの仕事を手伝っていた。

 と言っても、フィールでは完成したエスメラルダ天爵邸への引越し作業にバトラーズギルドとの契約、メモリアじゃ伐採された桜樹の加工に周辺警備ぐらいしかしてないが。


 だがデセオでは、典型的なソレムネ貴族に絡まれたな。


「平民風情が、栄えある帝王城で何をしている?」

「そこのソルジャー、この愚図を始末しておけ」


 帝王城に入った瞬間、こんな事を言われた。

 そもそもソレムネ貴族にソルジャーへの命令権は一切無いし、帝王城に入る民間人を妨害する権利も無い。

 だがそいつらにとっては、貴族である自分達の言う事は絶対で、平民が帝王城に入る事など論外だ。


「ほう。いつからあなた方は、ソルジャーに命令出来るようになったんですか?」

「黙れ。ソルジャーといえど所詮は平民に過ぎん。それにソルジャーズギルドへの指揮権は、この俺が正式にヒルデガルド陛下の婚約者となった事で、陛下から委任されている」

「つまり彼の命令は、陛下からの命令に等しいというワケよ。お前達は陛下に逆らうつもり?」


 その瞬間、ソルジャーは憐れむような視線を貴族に向けた。


「なるほど、つまりあなたは、一族連座で処刑が決まったという事ですか」

「何を訳の分からぬ事を。いいからさっさと、そこの平民を始末しろ」

「お断りします。そもそもヒルデガルド陛下は、先日の天帝陛下の戴冠式の際に、Oランクオーダーにして天帝位継承権を与えられた天爵と正式に婚姻を結ばれました。つまりあなたがヒルデガルド陛下の婚約者になる事など、ありえないということです」

「な、なんだとっ!?」


 デセオでも俺とヒルデの結婚は公表されてるはずだが、こいつは知らなかったのか。

 それか、自分に都合の悪い事は聞こえないっていう、都合の良い耳をしてるかだな。


「ちなみにお相手は、あなた方が平民風情と罵ったそちらのヤマト・ミカミ・フレイドランシア天爵です。凄いですね、天帝位継承権をお持ちの貴族に、ソレムネ貴族風情がそのような大口を叩くとは。ああ、この事は間違いなく、ヒルデガルド陛下にもご報告させて頂きます」

「ま、待てっ!」

「私は関係ないでしょう!」

「無関係な訳ないだろ。そいつがヒルデの婚約者だと詐称した際に、お前も便乗して俺を見下してやがったじゃねえか。前々から言ってるが、連邦天帝国では平民だとか貴族だとかの区別はないんだ。しかもソレムネは敗戦国だろ?なのになんで、そんなデカい態度が取れるんだよ?」


 ヒルデが着任した時や反乱軍を鎮圧した時、さらには連邦天帝国が成立した時にも通達されてるってのに、こいつらはこんな態度を取っている。

 多分これでもマシになったんだと思うが、何度通達されても態度が改まらない以上、こいつらは必要ない貴族だと断定してもいいはずだ。

 個人的にもヒルデの婚約者を名乗った男の家は、潰しておくべきだと思うしな。


「あとな、なんでお前如きが、ヒルデの婚約者を詐称してやがんだ?その時点で、俺の逆鱗に触れてるんだよ。それを当然のように受け止めてたお前も、俺にとっては許す理由は欠片もねえよ」

「な、なんだ……なんだ、その魔力は!?」

「ご存知なかったとは、本当に愚かですね。大和天爵はエンシェントヒューマンであり、レベルも95なのですよ?先の戦争ではアントリオン・エンプレスすら討ち取った功績もお持ちですし、他にもオーク・エンペラーやスリュム・ロードの討伐も成功させています。敗戦国の貴族と終焉種を討伐したエンシェントヒューマン、どちらが重用されるかなど、その足りない頭でも理解出来るでしょう?」


 ソルジャーも辛辣だが、気持ちは俺も分かるから援護しておこう。


「頭が足りないから、理解出来なかったんだろ」

「それもそうですか。ではこの者どもは、我々が責任をもって牢に閉じ込めておきます」

「ええ、お願いします」


 なんて事があった。

 そいつらはヒルデの怒りを買って爵位剥奪に財産没収の上で、一族は犯罪奴隷に落とされ、婚約者を詐称した男の貴族は処刑されたぞ。

 女の方は犯罪奴隷に落とされて、デセオの復興活動に従事させる事になったな。


 だがソレムネ貴族は、俺が思ってたより遥かに馬鹿が多かった。

 その後でも、こんな事を言ってきた輩がいたからな。


「今の天帝は、暴君となる素質があります。いかがです?私も協力させていただきますから、次代の天帝となられては?あなた様のような方が天帝となれば、フィリアス大陸はますます発展するでしょう」


 とかいって俺に反逆を促してきた馬鹿もいた。

 当然だが即座に捕らえて、ヒルデに突き出してある。

 内容が内容だからラインハルト陛下にも報告が行って、その結果そいつは一族諸共処刑と決まった。

 明確な国家反逆罪なんだから、当然だな。


 他にもソルジャーに命令してた奴が数人いたが、そっちも蟄居引退という処罰を受けている。


 ただヒルデの婚約者を詐称した馬鹿どもと俺に反逆を促した馬鹿は領地を治める貴族だったらしく、3ヶ所の領地が領主不在という問題が起きてしまった。

 仕方なくヒルデが直轄領として治める事にして、代官も派遣している。

 ただ代官を派遣しても、その街の住民がヒルデに従うとは限らないから、ソルジャーも30人ずつ護衛に付き、衛生環境を整えるためにクラフター20人とヒーラー5人も同行し、移動のために多機能獣車も使う事になった。

 ちなみに代官として派遣された貴族子弟は、いずれはその領地を拝領する可能性があるらしい。

 本人達は永住に近付いたって事で、心からイヤそうな顔をしていたな。


 その反面、デセオの住人は連邦天帝国成立の影響を受けてか、全員のギルド登録が済んだそうだ。

 最近はスラム住人に対する風当たりも弱くなってきたらしく、ソルジャーの仕事が減ってきたとデルフィナさんが言っていた。

 まあ弱くなったってだけで、未だにスラムとの確執は消えてないんだが。


 デセオで俺が出来る事は、実はあまりない。

 書類仕事は出来なくもないが、ヒルデの下に運ばれる書類は最終確認が必要な物が多いから、奏上魔法デヴォートマジックスタンピングはヒルデが使うしかない。

 だから俺は、ギルドの仮本部となっている多機能獣車に足を運ぶ事が多い。


 ギルドへの登録はトレーダーズギルドが一番多く、その次はハンターズギルドとバトラーズギルドになっている。

 ヒーラーズギルドへの登録は、スラムの住人が何人か登録しているが、デセオの住民は誰も登録していない。

 ヒーラーズギルドは治癒魔法ヒーラーズマジックが使えなければ登録する意味もないから、これは当然の結果だ。

 同じくクラフターズギルドも工芸魔法クラフターズマジックが必須だから、こっちも登録者は多くない。

 ソレムネ国民は魔法を使わずに物作りをしてるから、工芸魔法クラフターズマジックが使えなくても多少は仕事が出来るけどな。

 バトラーズギルドは、デセオ在住の執事や女中が全員登録している。

 本来なら3年はTランクから昇格する事は無いんだが、全員がある程度の知識は持ってるって事で、最低限の座学を受けた後は、該当するランクに昇格させてあるそうだ。

 fただベテランでもSランクがほとんどで、Pランク以上に登録されたバトラーはいなかったらしいが。


 ハンターズギルドは戦える者が登録しているらしいが、ランク的にはCランクが多く、Iランクも近い人数が登録している。

 逆にBランクは10人程度しかおらず、Sランク以上はスラム住人しかいないという体たらくだ。

 そのくせ無茶な狩りをする者が多いようで、既に魔物に命を奪われた者も出ているらしい。

 一攫千金狙いなのか自分の実力を過信してるのかは知らんが、そこはハンターズギルドでも注意してるんだから、最終的には自己責任か。


 一番多いトレーダーズギルドだが、人気が高いのはデセオ内限定の行商依頼となっている。

 だが依頼数に反して希望者が多いため、全員が依頼をこなせておらず、さらに魔導具や売り上げを横領した者も少数ながら出たため、トレーダーズギルドとしてもどう対応すべきか悩んでいるみたいだ。

 後は上鉄について研究する者もいたな。

 上鉄、つまり鋼の事だが、どうやら蒸気戦列艦製造の過程で偶然精製に成功したらしい。

 だが鉄より丈夫で錆びにくい事もあって、ソレムネでは主流になりつつある。

 それでも品質にはバラツキがあるから、今は配合比を中心に調べている最中だそうだ。

 鉄はふんだんにあるし、クラフターズギルドに登録したスラム住人にも協力を頼んだらしいから、研究は順調に進んでいるとも聞いている。


 後はソルジャーズギルドだが、ソルジャーズギルドは現在登録を受け付けていない。

 元々ソレムネ軍の受け皿として設立されたギルドだが、ソレムネは兵士への待遇が良かった国でもあるから、その関係でソルジャーズギルドへの登録希望者が多かったんだよ。

 さすがに全員って訳じゃなかったが、それでも3割近くがソルジャーズギルドへの登録を希望してたから、しばらくは登録を受け付けないようにする事になったそうだ。

 ソルジャーズギルドはオーダーズギルドと同じく1年は研修期間となっているが、その期間中でも俸禄が発生するし、研修が終わるとそれぞれの部署に配属される。

 だがソルジャーズギルドの部署はまだ少ないし、そっちや幹部にはリベルター軍から登録した者が配属されているから、デセオ住民が入り込む余地はない。

 他の街にも派遣出来るようになれば別だが、今はまだそこまでの余裕が無いから、デルフィナさんを始めとしたソルジャーが定期的に巡回するにとどまっている。

 一応領主がトイレの設置や棄民の受け入れを公表して実行にも移しているが、ソルジャーが来ないと作業が進まないらしいから、領主からは早くソルジャーを派遣してくれと嘆願も増えていてかなり大変らしい。

 ただ巡回は、近隣なら多機能獣車で移動してるが、遠方だとデルフィナさんのトラベリングになるから、週に一度ぐらいしか行けないのが問題になっている。

 リベルター軍も加入した事もあって、デルフィナさんはかなり多忙になっているからなぁ。

 エンシェントソルジャーに進化出来そうな人は何人かいるから、ちょっと戦闘訓練でもさせてもらうか。

 絶対に進化出来る訳じゃないし、レベルが上がるかも分からないけどな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る