天帝戴冠式

Side・ヒルデ


 本日4月15日は、フィリアス大陸史に燦然と輝く記念すべき日となりました。

 フィリアス大陸において樹立される初の統一国家アミスター・フィリアス連邦天帝国、その初代天帝陛下が即位される日なのです。

 アミスターは武力でフィリアス大陸を統一したワケではなく、各国君主の話し合いの結果、極めて平和的に統一国家が樹立されています。


 天樹城で行われている戴冠式には、各国君主はもちろんのこと、グランド・マスターも参加されています。

 しかもわたくしとバレンティアのフォリアス陛下、アレグリアのグレイス陛下は、戴冠式で大きなお役目を与えられているのです。

 その理由は、ライ兄様が初代天帝だからです。

 通常の戴冠式ですと、先代となる王が新王に冠と王権を授け、プリスターズギルドが祝福を行うのですが、今回は初代天帝陛下の戴冠式ですから、先王でもあらせられるアイヴァー様からの戴冠は違うというお話になりました。

 いえ、言い出したのはわたくし達ではなく、そのアイヴァー様ご本人です。

 ですから三王国と呼ばれるようになるトラレンシア、バレンティア、アレグリアの王が王権を手渡すという、前代未聞の儀式が執り行われる事になってしまったのです。


 ライ兄様は聖母竜マザー・ドラゴンガイア様のお手によって帝冠を頂戴し、グランド・プリスターズマスター イデア様から祝福を頂いている最中です。

 ガイア様がご参列されるとは思っていませんでしたが、アイヴァー様がウィルネス山に出向かれて出席を打診されたそうですから、アイヴァー様も戴冠式に力を入れられています。

 その後、わたくしが星球儀を、フォリアス陛下が片手直剣を、グレイス陛下が王錫を手渡される予定になっています。

 あ、イデア様による祝福が終わりましたね。

 では最初にお渡しするのは星球儀ですから、しっかりとお役目を果たさせて頂きます。


「ラインハルト・レイ・アミスター天帝陛下、即位、並びに戴冠、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

「こちらの星球儀は、いかなる攻撃からも陛下の御身を守り、この世界をあまねく照らす事でしょう」


 跪き、ヘリオスフィアと名付けられた星球儀を恭しくかざし、口上を述べますが、些か大袈裟な気もしなくもありません。

 ですがヘリオスフィアに使用されている天魔石は、オーク・エンプレスという終焉種の魔石に、エンシェントクラスの魔法を付与させた逸品です。

 本体の装飾はもちろんですが、周囲に浮いている星にも瑠璃色銀ルリイロカネやスリュム・ロードの革や牙を用いているため、攻撃にも防御にも使う事が出来る優れものです。

 とても緊張しましたが無事にお渡し出来ましたので、わたくしはフォリアス陛下やグレイス陛下の所まで下がりましょう。

 わたくしが戻ると、次にフォリアス陛下がユグドラシルと名付けられた片手直剣を持ち、ライ兄様の御前に進まれました。


「戴冠、誠におめでとうございます。こちらの天樹の名を頂く剣は、陛下の眼前に立ち塞がるあらゆる敵を斬り伏せるでしょう」

「感謝する」


 ユグドラシルを受け取ったライ兄様は、鞘から抜き放つと、高々と掲げました。

 こちらも瑠璃色銀ルリイロカネ製ですが、ガードから刀身にかけて、天樹を模したデザインになっています。

 とても微細なデザインが施されていますから実用には耐えられない気もしますが、ライ兄様が実際に使われる事はないでしょう。

 次代の天帝陛下は分かりませんが。


「新たなる天帝陛下、そしてアミスター・フィリアス連邦天帝国の誕生に立ち会えた事、光栄の至りでございます。この王錫エッダを手に、この世界にあまねく平和を」

「力を尽くす事を約束しよう」


 グレイス陛下も、口上とともにエッダと名付けられた王錫を手渡されました。

 エッダも天樹を模していますが、こちらは長杖になります。

 やはり瑠璃色銀ルリイロカネ製ですが、こちらには天樹の枝も使われていますね。


 帝冠を頭上に頂いたライ兄様は、わたくしが捧げたヘリオスフィアをご自身の左側に浮かせ、フォリアス陛下が捧げたユグドラシルを左腰に佩き、グレイス陛下が捧げたエッダを右手で持ち、一歩下がられます。

 そして代わりに、エリス妃殿下とマルカ妃殿下が進み出て来られました。

 天帝妃殿下となられるお2人手自ら、インペリアル・クロウラーの糸で織られた布 帝絹で仕立てられた真紅のマントをお着せになられるのです。

 真紅のマントはイデア様から手渡されるのですが、本来でしたらエリス妃殿下、マルカ妃殿下が共に受け取ります。

 ですがマルカ妃殿下は妊娠5ヶ月ですから、あまり無理をして頂くワケには参りません。

 ですからマントを受け取るのは、エリス妃殿下のみとなります。


 マントを受け取ったエリス妃殿下は、階上にある玉座の前に辿り着くと、待機されていたマルカ妃殿下と共に、ライ兄様にマントを着せ始めました。

 いえ、足元ばかりか体をしっかりと覆う程のサイズですから、マントと言うよりケープと言った方が良いかもしれませんね。

 ケープ留めをマルカ妃殿下が当て、着用も終わりました。

 これでライ兄様は、名実ともに天帝として即位なされた事になります。


「皆、楽にしてくれ。これで天帝としての戴冠式は終了になる。フィリアス大陸初の事ゆえ、皆には苦労をかけたが、これからもより一層の活躍を期待する」


 即位後のご挨拶は、簡単に済ませられましたね。


「続いて任命式を行う。グランド・オーダーズマスター トールマン・ブレイアルス。アソシエイト・オーダーズマスター ディアノス・フォールハイト。両名、前へ」

「「はっ!!」」

「両名とも、長年オーダーズギルドを、よく支えてくれた。貴君らの尽力に、尽きぬ感謝を」

「もったいないお言葉にございます」


 任命式ではグランド・オーダーズマスターはもちろん、大和様やマナ、ユーリの叙爵も行われます。

 叙爵については天帝位継承権も付随する天爵がメインになりますが、オーダーにも叙爵する者がいますから、先にオーダーズギルドからという事になっていますね。


「ディアノス・フォールハイト、貴君はフィールのサブ・オーダーズマスターとして、今後も変わらぬ活躍を期待する。また、これまでのフォールハイト家の功績を鑑み、貴君に子爵位を授ける」

「はっ、身に余る光栄にございます」


 ディアノス卿はミーナやレックス卿の実父ですから、それもあってフィールのサブ・オーダーズマスターとして任命されたとお聞きしております。

 レックス卿はフロートに移動ですから、フロートにあるフォールハイト家の本邸宅はレックス卿が、フィールでレックス卿が使われていた屋敷はディアノス卿が使う事になるそうです。

 フォールハイト家は貴族ではありませんが、代々有能なオーダーを輩出してきた名家でもありますから、ディアノス卿は子爵としても叙爵される事になりました。

 アミスターの貴族は、子爵以上は必ず領地を持っていますが、ディアノス卿は拝領はされていません。

 いずれは拝領する事もあるかもしれませんが、現時点では領地を有していない唯一の子爵家となります。

 後嗣はレックス卿となりますが、グランド・オーダーズマスター在任中は爵位を継ぐ事は出来ないでしょうから、場合によってはレックス卿のご子息が後嗣となる可能性もありますね。


「トールマン・ブレイアルス。40年もの長きに渡り、グランド・オーダーズマスターの大役、よくぞ務めてくれた。本来であれば貴君も叙爵するべきだが、その経験を埋もれさせるのは惜しい。よって貴君は、新たに設立されるランサーズギルドのアソシエイト・マスターとして、グランド・ランサーズマスターの補佐を担ってもらいたい」

「謹んで拝命致します」


 ランサーズギルドの人選は難航していましたが、トールマン様を派遣される事で一応の解決は見ています。

 さすがに40年もグランド・オーダーズマスターという大任を務められていたトールマン卿をグランド・ランサーズマスターにというのは憚られますから、アソシエイト・ランサーズマスターとして任命される事になったようです。

 協議の末、グランド・ランサーズマスターには公国騎士団総団長が就任され、獣騎士団総団長はアソシエイト・ランサーズマスターに決まりましたから、トールマン卿はそのお2人の補佐といった扱いになりますね。

 他にも貴族籍を持つオーダーにも爵位が授与され、領主や代官として任命されました。

 旧バシオン領は全土が伯爵領となり、トラレンシア派遣部隊第3分隊ファースト・オーダーを務めていたソロ・リアマベルデ卿が拝領しました。

 代官となる男爵も、同じ第3分隊から5名程が任命されています。

 旧エスタイト王爵領は3つに分譲され、子爵領となるようです。

 こちらは第4、第8、第10分隊のファースト・オーダーが叙爵、拝領されました。

 参加したオーダーも、10名程がロイヤル・オーダーに任命されましたし、ウイング・クレストに加入されたルーカスとライラもノーブル・オーダーとして任命されています。

 ノーブル・オーダーはロイヤル・オーダーの一種になるそうですが、ルーカスとライラのための役職ですから、今後任命されるオーダーはいないでしょう。


「マナリース・レイナ・アミスター・ミカミ。此度の私の即位に伴い、放棄した王位継承権を天帝位継承権として復活させ、同時に天爵位とラピスラズライトの家名を授ける」

「拝命致します」

「ユーリアナ・レイナ・アミスター。其方にも天爵位とエスメラルダの家名を授ける。また其方には、北方にあるフィール周辺地域も与える。領主として、民の為に尽くしてくれ」

「謹んでお受け致します」


 天爵位が天帝家の分家となる貴族家だという事は、この場の方々は既にご存知ですし、ユーリが拝領する事も同様です。


「ヤマト・ハイドランシア・ミカミ。妹マナリースと婚姻を結び、ユーリアナとも婚約をしている其方にも天帝位継承権を与え、2人と同様に天爵位とフレイドランシアの家名を授ける。其方が天帝として即位する事は無いと思うが、子孫は私にとっても近しい親族となるからこその処遇だ」

「謹んで拝命致します」


 大和様も無難に答えられましたね。

 奇をてらう必要はありませんから、当然ではありますか。


「任命は以上だ。続いては婚礼の儀を執り行う」


 ついに来ましたか。

 結婚の儀式を取り仕切って下さるのはグランド・プリスターズマスター イデア様です。

 メインはライ兄様とシエル様ですが、レックス卿とサヤ、大和様とわたくしの婚礼も同時に行われますから、式典前から緊張していました。

 シエル様はリヒトシュテルン大公女としての正装を、サヤは自ら仕立てたドレスを纏い、とても緊張した表情をしています。

 わたくしもですから、お気持ちはよく分かります。

 ですがいつまでもお待たせする訳には参りませんから、シエル様に中央にお立ち頂き、わたくしは左側に、サヤは右側に立ちました。

 大和様とレックス卿は玉座の両側にある階段を登りライ兄様の隣に並び、その後ろに初妻のエリス妃殿下、プリム、ローズマリー卿も立たれています。


 結婚の儀式は、結婚の女神様に報告をする必要があります。

 ですから本来はプリスターズギルドで執り行われるのですが、今回は天帝陛下の戴冠式からの流れですから、プリスターズギルドには参りません。

 ですが戴冠式後にライ兄様とシエル様の婚礼を執り行う事は決まっていましたから、クラフターズギルドの石工に依頼し、天樹城でも式が行えるように結婚の女神像を製作しているのです。

 今回は時間の関係で結婚の女神像のみですが、父なる神を除く残り11体の女神像も謁見の間に安置される事も決まっています。

 台座に念動魔法を付与させた天魔石が組み込まれていますから、移動も容易に行えます。

 私達が玉座に続く階段を登り切ると、プリスターが天魔石を起動させ、結婚の女神像を正面に動かしました。


「それでは始めさせて頂きます。汝、夫となりし者、ラインハルト・レイ・アミスター」

「はい」

「汝、妻となりし者、シエル・リヒトシュテルン」

「は、はい」

「汝、新たな妻を迎え入れし者、エリス・レイナ・アミスター」

「はい」

「汝ら、聖なる女神へ祈りを捧げたまえ」


 結婚の順番は、ライ兄様、大和様、レックス卿となっています。


「シエル・リヒトシュテルン、汝が彼の者の新たな妻になることを、新たなる名と共に女神像に告げよ」

「私シエル・リヒトシュテルンは、ただ今よりシエル・レイナ・アミスターとなることを誓います」


 シエル様が誓いの言葉を口にすると同時に女神像が光を放ち、シエル様のライブラリーが表示されました。

 ライブラリーは余人にも見る事が出来ますが、見られたくない称号などもあるであろう事を考慮し、玉座の前で行われています。


「汝、夫となりし者、ヤマト・ミカミ・フレイドランシア」

「はい」

「汝、妻となりし者、ヒルデガルド・ミナト・トラレンシア」

「はい」

「汝、新たな妻を迎え入れし者、プリムローズ・ミカミ・フレイドランシア」

「はい」

「汝ら、聖なる女神へ祈りを捧げたまえ」


 シエル妃殿下のライブラリーを確認されたイデア様は、次となる大和様の名を口にされました。

 下賜されたばかりとはいえ、既に大和様もプリムもこの名を使い始めていますから、違和感なく答えていますね。


「ヒルデガルド・ミナト・トラレンシア、汝が彼の者の新たな妻になることを、新たなる名と共に女神像に告げよ」

「わたくしヒルデガルド・ミナト・トラレンシアは、ただ今よりヒルデガルド・ミカミ・トラレンシアとなることを誓います」


 表示されたライブラリーには、たった今わたくしが口にした名が記されていました。

 退位後は大和様のご厚意でヒルデガルド・ミナト・フレイドランシアと名乗る予定でいますが、王位を持っている現状ではこう名乗るのが精一杯です。


「汝、夫となりし者、レックス・フォールハイト」

「はい」

「汝、妻となりし者、サヤ・ウェルシア」

「はい」

「汝、新たな妻を迎え入れし者、ローズマリー・フォールハイト」

「はい」

「汝ら、聖なる女神へ祈りを捧げたまえ」


 最後にレックス卿とサヤの儀式が行われます。


「サヤ・ウェルシア、汝が彼の者の新たな妻になることを、新たなる名と共に女神像に告げよ」

「私サヤ・ウェルシアは、ただ今よりサヤ・フォールハイトとなることを誓います」


 サヤのライブラリーも表示され、無事に儀式が終了しました。

 この後はテラスから国民に周知するだけですから、護衛を除く参列者は謁見の間を後にし、ダンスホールへ移動する手筈になっています。

 国民への周知と挨拶を終えた後は、ダンスホールで晩餐を行う予定ですから。


「皆様には陛下のご厚意で、個室が用意されております。ご夫婦でのご歓談が終わりましたら、待機しているプリスターにお声がけください」


 ありがとうございます、イデア様。

 大和様はもちろん、ライ兄様もレックス卿も同妻がおられますし、式後でもありますから、ライ兄様が気遣って部屋を用意して下さっています。

 そのお部屋に移動し、わたくしは改めて皆様にご挨拶をさせて頂き、無事に大和様の妻となれました。

 夜はアルカでお世話になっていますが、実際にご一緒させていただくのは退位してからになりますし、ミレイがウイング・クレストに加入するのも同様です。

 その日を楽しみに、ソレムネの統治を行うように心掛けましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る