戴冠式の予定

Side・マナ


 4月に入ってからはユーリを手伝ってエスメラルダ天爵領の開発計画を立てたり、アマティスタ侯爵領の桜樹園で伐採をしたり、マイライト山脈の簡単な調査をしたりと、結構忙しかった。

 だけどいよいよ明日は、お兄様の戴冠式の日になる。

 フィリアス大陸初の統一国家誕生の宣言も同時に行い、お兄様は名実ともに天帝として即位するわ。

 その際にオーダーズギルドも人事異動が行われ、40年もの間後任が現れなかったグランド・オーダーズマスターも交代し、アソシエイト・オーダーズマスターも新たに任命される。

 そして私とユーリ、大和にも天爵という新しい爵位が与えられ、天帝位継承権まで付与されるおまけ付き。

 天帝位継承権を持つのは天爵家のみとなるけど、一度に三家も立ち上げる事になってるし、三家とも大和の血族になる事が確定しているから、これで良いのかと今でも思わずにはいられない。

 更に天爵家としての家名も下賜されるから、明日からは私達も名前が変わる事になる。

 4月に入ってユーリがフィールに着任してから、慣れるために新しい家名を名乗るようにはしていたけど、正式に下賜されたワケじゃないからライブラリーに変化は無かった。

 だけど明日は下賜と同時に、戴冠式に参列されるグランド・プリスターズマスターが手続きを行ってくださる予定だから、戴冠式が終わると同時に私は王女から天爵になる。

 お兄様が退位するまでは王妹でいると思ってたけど、まさか貴族にさせられるとは思ってもいなかったわ。


 今私達は、天樹城の王家専用区画のリビングで、お兄様達と戴冠式の予定も含めて雑談をしている。


「戴冠は予定通り、謁見の間で行うのね?」

「ああ。プリスターズギルドからも天帝の名を冠する以上、天樹の中で行うべきだと言われてな」

「新しい総本部は大量の桜樹が植えられてますけど、エスペランサ支部程荘厳ってワケにはいきませんでしたからね」


 アミスター国王の戴冠式は、エスペランサにあるプリスターズギルドで行われていた。

 プリスターズギルド・エスペランサ支部は、バシオン教国時代はプリスターズギルド総本部だったし、天樹城のように宝樹の中に作られていたから、戴冠式を行うに相応しい場所だったの。

 バシオン教国がアミスターに復領したから総本部はフロートに移されたんだけど、新しく建立された総本部は、申しワケないけどエスペランサ支部に比べると見劣りしてしまう。

 宝樹がない以上は仕方ないんだけど、それでも出来得る限りの装飾なんかは施されているし、アミスター本部よりは立派になっているんだけどね。


「それも理由の1つだな」

「ですが新しい総本部がエスペランサ支部より立派だったとしても、結局は天樹城で行われる事になったのではありませんか?」

「天帝としての即位に戴冠だと、そうするべきだしね」


 ユーリとプリムの言う通り、天帝は『天樹を頂く国の皇帝』の略でもあるから、戴冠式を行うに相応しい場所は天樹以外には無い。

 これはグランド・プリスターズマスター イデア様もご理解して下さっているし、むしろその通りだとも仰っていたわ。


「あと聞いた話だと、アイヴァー様は一切関わらないんですって?」

「ああ。アミスター王国からアミスター天帝国へと変わる以上、先王からの戴冠は相応しくないと言ってね。だからわざわざバレンティアにまで出向いて交渉して、ガイア殿まで参列する事になってしまったな」


 苦笑するお兄様だけど、お父様ったらそこまでして戴冠式に出たくないワケ?

 でもレックスのトラベリングでドラグニアに行って、フォリアス陛下に話を通してからウィルネス山に行き、そこでガイア様も参列して頂けるように取り計らったみたいだから、初代天帝の戴冠式としては悪くないわね。


「恐ろしい事に、戴冠はガイア様が行われるらしいからね。普通なら先王陛下かグランド・プリスターズマスターの役目だけど、ガイア様は神託の巫女の1人で、さらにエンシェントドラゴニアンでもあるから、エンシェントエルフにして初代天帝への戴冠にはこれ以上ないって当のグランド・プリスターズマスターが認めちゃったんだよ」


 それは本当に恐ろしい話ね。

 そもそもガイア様は、若い頃にプリスターズギルドに登録しようとした時以外で、ウィルネス山から下りた事は無いって仰っていた。

 なのに天帝の戴冠式のために下山して、しかも戴冠までして頂けるなんて、バレンティアでもあり得ない話だわ。


「大袈裟な話になってきた気がするがな」

「フィリアス大陸初の統一国家なんだから、大袈裟にもなるでしょう」


 大和に同意だわ。

 戴冠後はヒルデ姉様、フォリアス陛下、グレイス陛下が王権を捧げ、エリス義姉様とマルカ義姉様がマントを纏わせる。

 この時点でトラレンシア、バレンティア、アレグリアが主従の関係を受け入れていると見なされるんだから、場合によってはこちらの方が大袈裟に受け取られるわね。


「その後はシエル様との婚礼が行われるんですよね?」

「いや、その前にオーダーの任命式だな。レックスやミランダ以外にも、オーダーズマスターやロイヤル・オーダーに任命しなければならない者はいる」

「え?そっちが先になるの?」

「ああ。なにせ私とシエルだけではなく、レックスとサヤの婚礼も執り行う事になったからな」


 ああ、そうなったのね。

 サヤはグランド・オーダーズマスターとなるレックスの3人目の妻という事になるけど、何で今まで結婚してなかったのかが不思議だった。

 だけど戴冠式の後に天帝とグランド・オーダーズマスターが同時に結婚の儀式を行う事になれば、お兄様とレックスが良好な関係である事も示せる。


「大和君とヒルデの婚礼も同時に執り行おうかという案もあったんだが、そちらはヒルデに固辞されてしまった。他国の女王が天帝と同時に婚礼を行うのは恐れ多いと言われてね」

「気持ちは分かります」


 大和がホッとした顔をしている。

 ヒルデ姉様との婚礼は受け入れてるけど、さすがに天帝と同時に結婚なんて、大和からしたら避けたいわよね。

 だけどお兄様としては、大和にも天帝位継承権を与える事になってるワケだし、トラレンシアも連邦参加国且つ天帝への抑止力となる三王の国なんだから、出来れば同時に行ってもらいたかったでしょう。


「マナの考えてる通りだ。可能ならリディアやルディア、アテナとの婚礼も同時に行いたかったぐらいだからな」


 でしょうね。

 リディアとルディアはアソシエイト・ドラグナーズマスターとなるフレイアス様の双子の令嬢だし、アテナはガイア様のご息女だから、バレンティアとの繋がりを強めるという意味でも、同時に婚礼を行えるならそれに越した事はない。

 だけどリディアとルディアの誕生日は5月で、アテナは8月らしいから、まだ結婚出来ないのよね。


「まあ下手に大和君の婚礼も行ってしまうと、アレグリアをどうするかという問題が出てくるんだが」

「そりゃね。まあグレイス陛下もそこは承知の上だろうし、無体な事を言ってくるような方でもないけど」


 家臣が面白く思わない可能性はあるから、そこは避けて正解だったかもね。


「それで大和とヒルデ姉様だけど、ヒルデ姉様が退位してから結婚って事になってたけど、もう結婚してしまっても良いの?」

「ヒルデの退位を待っていた理由は、ヒルデの立場があったからだ。だがトラレンシアが連邦天帝国に参加した以上、その立場は変わっている。更に大和君も天帝継承者の1人となるのだから、むしろ早い方が良いだろうという話になっているな」


 なるほどね。

 ヒルデ姉様はトラレンシアの統治を妹のヒルドに任せて、ソレムネの統治に注力している。

 状況が落ち着くまでは結婚出来なかったけど、その状況が変わってきた以上、早めに結婚してもらった方が後々の手間を減らす事が出来るかもって考えてるのか。

 それなら尚更、大和とヒルデ姉様の婚礼は明日、戴冠式の後でやってもらった方が良さそうね。


「大和、ヒルデ姉様を説得してよ」

「は?え?いや、マジでか?」

「ええ。あたしもそうするべきだと思うしね。それに今のままじゃ、いつヒルデ姉様と結婚出来るかも分からないんだから、早い分には良いでしょ?」

「それはそうだが……」


 大和から説得してもらえば、ヒルデ姉様も承諾するでしょう。

 それに今でもヒルデ姉様に言い寄ってくるソレムネ貴族はいるみたいだし、最近じゃ商人とかまでもヒルデ姉様の夫の座を狙う馬鹿が出てきだしたって聞いてるから、そんな有象無象を排除するためにも、正式に結婚してしまった方が良いわ。

 子供はソレムネの状勢が落ち着いてからになるけど、それは今までと変わらないしね。


「同時に婚礼を執り行えるのなら、私としてもありがたい。頼むよ、大和君」

「わ、わかりました。とりあえず話はしてみます」

「ああ、ありがとう」


 戴冠式は明日で、既にお兄様とレックスの婚礼が執り行われる事も式次第には含まれてるんだけど、大和とヒルデ姉様の結婚もねじ込むのね。

 まあやるにしてもやらないにしても、婚礼に関してはそこまで手間が掛かるワケじゃないから、大きな問題にはならないか。


「ああ、婚礼に参加出来るようなら、衣装はアーク・オーダーズコートでお願いするよ」

「アーク・オーダーズコートで?ああ、確かに見栄えは良いですしね。分かりました」


 クレスト・ディフェンダーコートも見栄えは良いんだけど、大和は天爵として婚礼を行う事になるし、天騎士アーク・オーダーの称号を持つOランクオーダーでもあるから、天帝と共に婚礼を行うならアーク・オーダーズコートの方が良いか。

 ヒルデ姉様は女王の装束だけど、サヤはどうするのかしら?


「お兄様、ヒルデお姉様はともかく、シエルお義姉様とサヤの衣装はどうされるのですか?」

「シエルはリヒトシュテルンから嫁いでくる事になるから、リヒトシュテルン公女としての衣装になる。サヤも今回のために自分でドレスを仕立てているから、それを着用すると聞いているな」


 シエル様はリヒトシュテルン公女としてね。

 実際にリヒトシュテルンから嫁いでくる事になるワケだから、これは当然の話か。

 サヤはハンターだからドレスとかはあんまり持ってないでしょうし、新しく仕立てるしかないわよね。

 エンシェントクラフターでもあるから、自分で仕立てるのも理解出来るわ。

 ただ素材の問題があるから、二度と着れなくなると思うけど。

 結婚祝いって事で、ローズマリーとミューズの分も含めて、グランシルク・クロウラーを何匹か贈った方が良いかもしれないわね。


 余談になるけど、公女は三公国の王女に相当する呼び名で、王子に相当する呼び名が公子、継承権第一位の者が公太子になるわ。

 天帝国だと皇子、皇女に皇太子となるわね。

 私は明日から天爵になると同時に皇太子にもなるから、肩書が仰々しくなるのよ。

 早くレストが10歳になって欲しいんだけど、まだ7年もあるのよね。


 夜、アルカに戻ってきたヒルデ姉様は、大和に説得されると、喜んで戴冠式の後に婚礼を行う事を了承した。

 いつ結婚出来るかも分からなかったから、本当はお兄様に提案された時点で受けたかったと思うけど、トラレンシア女王としての責務もあるし、大和や私達に無断でというワケにもいかなかったから、断腸の思いで断念したんでしょう。

 だけど夫となる大和からも同じ提案をされたワケだから、ヒルデ姉様も心からの笑顔で受け入れてくれた。

 お礼なのか、ベッドでは凄かったわね。

 結婚儀式は普段着でも問題無いんだけど、今回は戴冠式からの流れで行う事になる。

 だからドレスは必須なんだけど、幸い真子の提案でベスティアで仕立ててもらったのがあるから、明日は全員それを着用ね。

 ハンターとしてはどうかと思うけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る